第445話 13歳(春)…正義は我にあり
夢を見た。
身動きひとつできなくなっているおれをぶん殴ろうと、類い希なるガチムチが迫ってくる――そんな夢だ。
その夢の中にはシアとミーネ、アレサが居た。
他にもリビラやパイシェ、リオ、アエリス、ティゼリアにリィ、親睦を深めてきた人たちがいた。
けれど……、誰もおれをガチムチから助けてはくれなかった。
助けてくれと叫んでも、誰も、誰も……。
「ソンナ夢ヲ見タヨ……、ボク、恐カタヨ……」
「だからすいませんて何度も謝ってるじゃないですかー」
「ごめんごめん」
酒場地下にある自室で目を覚ましたとき、おれは何故自分が寝ているのかわからなかった。眠れば意識の連続性は途切れるが、それにしてもこの目覚めは唐突すぎ、どういうことかと記憶を辿って思い出したのが闘神にぶん殴られたという事実だった。
おれは大いに拗ねた。
現在もベッドの上で毛布を被って籠城中である。
そんな毛布の小山になっているおれに、シアとミーネはとっとと機嫌を直せとおざなりな謝罪をしてくるが、今回は本当に恐かったのでその程度でおれの気分は晴れはしない。
しかしそのうち――
「まったくいつまで拗ねているんですか。ちょっと殴られただけで」
「そうよ。私も我慢したじゃない」
とうとう二人は謝るのが面倒くさくなってきたのか、おれを詰るようになる。
「んだとコラァ! あれのどこがちょっとだ!? 浮いただろ!? おれ確かぶん殴られてひょいっと浮いただろ!? あとミーネ! おまえはおでこペチッってされただけじゃねーか! 一緒にすんな!」
カッとなって毛布をはねのけ抗議をしたところ、二人はぽかんとしてから顔を見合わせて言う。
「ほら、出ました。まさか即座にとは思いませんでしたが」
「ふわー、シアの言った通りね」
こいつら……、さては埒があかないと判断して詰ってきたのか。
「くそっ……」
おれは毛布を被って再びもそもそ小山になろうとしたのだが、ミーネに毛布を奪われ、シアには力ずくでベッドから引きずり下ろされてしまった。
「くっ……、おれには拗ねる時間すら与えられないのか……!」
「目を覚ましてから小一時間くらいたっぷり拗ねたからいいじゃないですか、まったくもう。結局、何がそんなに気に入らないんです?」
「そりゃ誰も助けてくれなかったことだよ!? 超恐かった!」
「まあそこは謝るしかありませんが、でもあれですよ、相手は神さまなわけで、おまけに恩恵を与えようとしてくれていたわけですから、止めるのはさすがにはばかられますって。それにご主人さま、もし私がその立場だったらご主人さまは助けてくれます?」
「それなりの理由があればなんとか……」
「じゃあじゃあ私は?」
「それなりの動機があればなんとか……」
おれの返答が気に入らなかったのだろうか、シアとミーネの視線がなにやら冷たい。
おかしいな、どうしておれが責められるような立場になっているのだろう。
「まあいいです。ともかくご主人さま、そろそろ気持ちを切り替えてください。ご主人さまが寝ている間に状況が少し変化しました。すでに皆さん集まっているので、まずはそこで話を聞いてもらいます」
「へいへい」
気乗りはしなかったが、いつまでも拗ねているわけにもいかないことはさすがに理解できる。
おれはひとまず部屋を出たのだが――
「あ、あの……、アレサさん? どうしました?」
部屋の前ではアレサが土下座するように床にうずくまり、頭の上で手を組み合わせていた。
「申し訳ありませんでした……! 猊下があれほど助けを求めたにもかかわらず、私には何もできず……!」
やべえ、ガチ謝罪だ。
「あ、いや、いいんですよ。相手は神でしたからね、アレサさんが手を出すわけにはいかなかったでしょうし」
「それでも……! 私は猊下を救うことを躊躇ったのです……! 真に猊下を想うのであれば、躊躇などする前に救っている――これこそが本来あるべき姿……! もし次にこのようなことがあれば、必ずや猊下をお救いいたしますので……!」
「え、えっと……、はい、よろしくお願いします」
シアとミーネは適当な謝罪なのでイラッとしたが、だからといってここまで本気の謝罪をされても困るのである。
△◆▽
おれが眠っている間に起きた状況の変化。
それは上級闘士たちが闘神から加護を授かったことで倶楽部はえらい騒ぎになっているとか、祝福を授かったおれはさらに称えられるようになったとか、そういうのは置いといて、カロランに関わる情報を持つ者が現れた――、いや、バレたというのが大きな要因だ。
カロランの息子であったストレイ。
こいつがカロランに倶楽部のことを伝えたようだが、ミイラ取りがミイラと言うか、感化されてしまって結局はこちら側についた。
事態を収拾すべく、ストレイは父カロランの元へ向かいその首をへし折るつもりだったようだが、途中でエドベッカに捕縛され、ロンドに連れ戻されることになったようだ。
ってか、こいつが『魔道具使い』だったのか……。
「エドベッカさん、よくわかりましたね」
「魔道具を見つける魔道具というのもあってね」
なるほど、それでストレイを見つけ、注意していたのか。
現在、おれは集会場で偉そうな椅子に座らされ、その周囲にはうちの面々が並んでいる。
そして正面にはボコボコにされたストレイが跪いており、その後ろには上半身裸で腕組みをして並んでいる上級筋肉九人とアーシェラ、それからエドベッカ。
なんでエドベッカまで半裸なのかまったく謎だが、尋ねられる雰囲気ではないのでスルーすることにした。
「まずは我々で根性を叩き直しておきました。まったく不届きな奴で、こうなったらその筋肉すべてそぎ落として置こうとも思ったのですが、うっかり死んでしまっては弁解のさせようもありませんから、仕置きするだけに留めておきました。お望みであればこれから有りとあらゆる責め苦を――」
「あー、妙な小芝居はいいから……」
おれが寝ている間にストレイがどれだけのことを喋ったのか。
エドベッカもいることだし、おれと因縁があることも伝わったのか?
上級筋肉たちはストレイに温情が貰えるようにと、あえてボコってさらに厳しい処断をしようと勧めてくる。
誘拐事件の実行犯、許せるものではないが、これまでのことを告白するストレイに対し、アレサもティゼリアも特別な反応を示して見せないということは、本当に心を入れかえたのだろう。
いや、倶楽部に関わる内に、入れ替わってしまったのか。
今のストレイはこれまでの悪行に悶え苦しむ哀れな男であった。
罪を償うというのはどういうことだろうか。
少なくとも、罪もない家庭を壊しておきながら大人しく収監され健やかな日々を過ごすことではないとおれは思う。
なので自らの手ですべてを終わらせるべく、父の元へ向かおうとしていたその一点を以て、おれ個人としてはストレイを許すことにした。
そのほかの罪についてはまた別の話だが。
「あとであの酒をくれてやれ」
言うと、上級筋肉たちはほっとした様子。
立ち上がったストレイの頭を寄って集ってぺしこんぺしこん叩いているが、怒りや憎しみのあるものではない。
レヴィリーよ、おまえはちょっと許しすぎだと思うが……。
まあいい、そこはネーネロ家の問題だ。
「エドベッカさん、ストレイはこのまま連れて行くんですか?」
「それなのだがね……、私も少し困っている。君が眠っている間に色々と話し合いがあったんだ。場合によってはまだしばらくストレイを自由にしておいた方がいいかもしれない」
「場合によっては……? いいんですか?」
「ストレイはもう逃げるつもりはないようだ。そこは聖女方に確認してもらっている。であれば……、この状況を打破するために協力してもらうのも有りではないかと思ってね」
「協力……?」
「ああ、段階を追って話そう。まずはエルトリアからはるばるやって来る騎士団への対処だね」
騎士団にどう対応するか。
せっかく決まりそうだったのに闘神が出張ってきたせいでご破算、台無しになっている。
「我々は闘神が直々にお認めになったれっきとした宗教団体! 咎められる謂われなどありません!」
筋肉たちの言い分はそうなる。
まあそれはそうだが、それを相手が信じるかどうかだ。
そこを指摘したところ、こうなる。
「そこは聖女のお二方が保証して下さるでしょう」
ならばひとまず戦闘は回避できるか。
「しかし、我々のことを認めさせ、騎士団を追い払うだけですませてよいものでしょうか!」
「んー? どういうこと?」
おれが寝ている間にどんな話し合いがあったのか知らないが、ちょっと筋肉たちと温度差があって話をすんなり飲み込めない。
するとエドベッカが補足するように言う。
「彼らの言い分は、自分たちをよりにもよって邪神教団などと疑いをかけたこと、これは許しておけないそうだ。これはエルトリア国王に直接抗議すべき案件だそうだよ」
「……いや、エルトリアの国王は――」
と、そこまで言いかけ、ようやく意図を理解する。
エルトリアの王様は囚われ、実権は魔導師カロランが握る。
今回の騎士団派遣も国王の勅命とはなっているが、実際のところはカロランによる派遣であった。
「情報を伝えるストレイはこちら側。したがってカロランは騎士団がしばらくこちらに留まると考えたまま。これは上手くすれば油断を突けると思わないかい?」
「つまり……、騎士団と共にエルトリアへ向かい、カロランをどうにかしてしまうと……?」
「そういうことだ。そうなるとストレイは重要な情報提供者となるし、連れて行くわけにはいかないだろう?」
「なるほど……」
「ちなみに皆はやる気だね」
エドベッカの言葉に強く頷くだけでなく、それぞれ思い思いのポーズを決め始める上級筋肉たち。
実に鬱陶しい。
「ですが……、難しいと思いますよ? これまでカロランをどうにもできなかったのは王族や有力貴族が人質になっていたからでしょう? 騎士団も反撃はしたいと願いつつも、それを考えると出来なかったわけです。ですから、いくら闘神への信仰を侮辱されたという名目でもって王都ヴィヨルドへ向かおうとしても、騎士団はそれを認めることは出来ないと思うんです。本心はどうあれ」
「それもそうか……、いかんな、つい熱にあてられてその気になってしまっていた。そういう問題があったか」
「確かに良い機会とは思うんです。そのためには何か騎士団を味方につけられる材料……、理由を見つけないと――」
「あります」
と、おれの言葉を遮り、言ったのはリオだ。
「騎士団の皆さんに協力してもらう理由……、あります」
リオは珍しく真面目な表情で言い、おれを見つめてくる。
「どんな理由だ?」
「今まで黙っていましたが、実は私、エルトリアの王女なんです」
『――ッ!?』
場に居た者の多くは驚く。
アエリスはそのまますました顔だ。
告白があんまり唐突だったので、おれはちょっと頭が真っ白に。
そのせいでつい余計なことを言った。
「リオ……、酔っぱらってる?」
ぶふぉっ、とすまし顔していたアエリスが吹きだして慌てて顔を背ける。
珍しいものを見た。
そしてリオだが、一瞬ぽかんとしたものの、すぐにぷるぷる震えだして恐い顔になった。
「ごーしゅーじーんーさーまーッ!? ご主人様! ちょっとそれはあんまりじゃないですか!? 私、もうこれ一世一代の告白っていうか、物凄く覚悟を決めて言ったんですよ!? それを酔っぱらってるって酷すぎます! 私の本名はリオレオーラ・ミーヴィス・エルトリア! エルトリアの第一王女です! 今はメイドやってますけどエルトリアの王女なんです! そしてアーちゃんはアスピアル公爵家のお嬢さんですよ! ほらアーちゃん、改めて自己紹介――ってまだ笑ってる!?」
「ご……、ごめ、んなさい……、だって、よ、酔っぱらって……、ぶふっ!」
「アーちゃんがこんな笑ってるの初めて見るけど嬉しくない!」
リオはひどくご立腹で、それからおれはめっちゃ早口でしばらく怒られ続けることになった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/27




