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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
7章 『獅子と猪』編
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第443話 閑話…魔道具を使う者(前編)

 時は少し遡る。

 国境都市ロンドへ急ぐ聖女ティゼリアとすれ違うように、ロンドから出立した男がいた。

 男は旅人、名をストレイ。

 影の薄い男であった。

 彼が不穏なエルトリア王国から別の国へ逃れる過程でロンドに立ち寄ったのが二月ほど前の話。本来であれば数日の滞在、準備を整えた後にザナーサリー側へ、さらには別の国へと向かう予定であったが、彼が酒場で王都ヴィヨルドの様子を語ったことで状況が変わった。

 話は都市参事会員であるバイアーへと伝わり、彼はある程度エルトリアの状況を把握するためストレイにもうしばしの滞在を要請したのである。

 ストレイはこれを承諾し、以後、しばしばバイアーと行動を共にするうちに、いつのまにか相談役のような立場に収まっていた。

 その頃からバイアーの言動が荒くなり、終いには悩みのタネになりつつあったネーネロ辺境伯家のレヴィリーと衝突するようになったが、これをストレイの存在と結びつけて考えられる者はいなかった。

 確かに乱暴になりはしたが、その言動は一貫しており、市民の不満が増大するなかその声を受けとめなければならないことがストレスになって荒れてきた、そう考えるのが妥当だったからである。

 まして、魔道具によって心の一部を増大させられ、誘導されていたなどと思いつける者などいるわけがなかったのだ。

 ストレイ――彼こそが二年前、ザナーサリー王都エイリシェで起きた、コルフィーを巡る事件の裏で暗躍し、一部で『魔道具使い』として手配され、行方を追われている人物であった。

 ストレイはロンドで『問題』を起こすために派遣された工作員であり、その工作によって兵と市民の衝突が起きる状況を作りつつあったのだが――、その計画はレイヴァース卿の登場により潰えた。

 もはや衝突を起こすことは不可能に近かったが、しかし『抗争』は手段の一つ、要は『問題』さえ起きればそれで事足りる。

 例えそれが事実でなかろうと、エルトリアが兵を派遣する名目になりさえすればよかったのだ。

 レイヴァース卿によって『抗争』の芽は摘まれた。

 が、同時につけいることのできる集団が誕生した。

 これはストレイにとって都合が良く、より状況を把握するためその集団にも参加、気づけば十名だけの上級闘士という地位にすらついた。

 奸計は順調であったと言える。

 だが――、だが……。


「……?」


 ストレイは向かう道の先に不審な人物がいることに気づいた。

 フードを深々と被るローブ姿の人物。

 横をすれ違って行ける雰囲気ではなく、ストレイは怪しい人物から少し距離を置いて立ち止まった。


「物盗り……、ですか?」


 刺激しないよう、ストレイは静かに話しかけるも反応は無い。


「私は先を急がねばなりません。手持ちは多くありませんが、お金をすべて置いていきますので……、通してはもらえませんか?」


 そう言ったところ、怪しい人物は初めて声を発する。


「金はいらない。だがそう言うなら――」


 と、怪しい人物はストレイの腰を指さした。


「君の腰、右側にさげている小さな鞄をもらおうか。その鞄はちょっとした物を入れておくのに便利そうだ」

「……わかりました」


 ストレイは頷き、腰の小さな鞄に手をかけると――


「ふッ!」


 内部より拳大――金属製の球を取りだして怪しい人物に放つ。

 ストレイが手をかけたその鞄は魔導袋であり、彼の持つすべての魔道具が収納されていたのだ。

 金よりもこの鞄を欲しがるとなれば、それはもうこちらのことを知っており、そして害すべく現れた刺客に他ならない。

 故の先制。

 ストレイの放った球は投擲された勢い以上に加速し、躱そうとも出来なかった怪しい人物に激突した。

 が――


「――ッ!?」


 その瞬間、怪しい人物は消え失せた。

 攻撃はローブには当たった。しかし、それを纏っていた人物がローブの内より消え失せていたのである。

 残ったのは放った球に被さったまま、頼りなく地面に落ちたローブだけだ。


「……これ、は……?」

「攻撃を受けた際、着ている者を別の場所へと移動させる魔道具――、いや、魔導器だよ。昔の魔導師は敵が多かったのかもしれないね。まあ、私としては違う使い方をされていたのではと推測しているんだが」


 その声はストレイの背後から。

 ふり返ればそこには赤みがかった茶色い髪をすべて後ろへ流し固めている一人の男。細身で身綺麗、そこそこ上等な服を纏い、手の甲を金属で補強された手袋をはめている。


「私の名はエドベッカ。普段はザナーサリー王都エイリシェにある冒険者ギルドの支店長を務めている者だが、今ばかりは魔道具ギルドの組員としてここにいる。端的に言えば――」


 と、エドベッカは腰に下げた小さな鞄に手をかけた。


「君を仕留めにきた狩人だ」


    △◆▽


 子供は親を選べない。

 逆に、親も子供を選ぶことは出来ないが、望みもせず誕生させられる被害者と、望んで――場合によっては望みすらせず誕生させる加害者とでは事情が違う。

 ストレイは母を知らない。

 物心ついた頃にはすでに父と二人であった。

 父からはおよそ愛情と呼べるものを与えられることなく、であれば放置されて育ったのかとなるとそうでもない。

 愛情は与えられなかった。

 だが代わりに狂気を注ぎ込まれた。

 ストレイの父の名はカロラン。

 古の時代、都市ヴィヨルドを支配していた邪神教団の神官を祖先に持つ魔導師である。

 カロランはこの神官の血筋であることに誇りを持っており、もし自分に何かあったときはストレイがその使命を引き次ぐよう、幼少よりひたすら邪神教団の教義をストレイに教えこんだ。

 しかしストレイが完全にその教えに従うことはなかった。

 父の言葉に逆らったことはないものの、心では連綿と受け継がれてきた悲願――邪神の復活に懐疑的であり、そもそも邪神などどうでもよかったのだ。

 ただ、どうして自分はこのような境遇にあるのか、そればかりを考えていた。

 諸国を巡るなか、目にする自分と同じような子供、その親、普通の生活、自分には決して得ることが出来ぬもの。

 尊く思いつつも、妬みと憎しみを抱く。

 反社会的な存在である邪神教団の一員であること。

 おそらくこれからもずっと父と二人、いつか父が死ねば自分一人。

 狂気を受け継ぐ器としての存在でしかいられない苦悩。

 唯一の肉親からひたすら狂気を注がれつつも、それに完全に染まらなかったストレイは生まれながらに強い意志を持っていたのかもしれない。だが、いくら強くとも疲弊はする。青年へと成長したストレイは常に疲れたような、存在感の薄い人物となっていた。

 外で行動できるようになった時分から、カロランは積極的に自分の考える邪神の復活のための活動の手伝いをストレイにさせるようになった。

 ストレイはただ言われるがまま、与えられた旧文明の魔道具――魔導器とも呼ばれる物を使い、目的もわからぬ計画の一端を担うべく諸国で活動をした。

 ここ数年の活動は魔導的な才能に溢れた子供を見つけだし、父の元へと送り届けるというものだった。

 結果的に四人の子供を送り届けたが、それ以降は邪魔をされるようになって中断している。代わりにエルトリアの周辺にある諸国のどこでもいいので、大規模な兵を送る理由を拵えるために動いた。

 これにロンド――ネーネロ辺境伯領を選んだのは、前回の活動で多少は地理に詳しくなっていたからというそれだけの理由だった。

 しかしそこで歯車が狂った。

 いや、狂った歯車が直ったのかもしれない。

 ようやく、すでに手遅れになったこの状況の中で。

 しかしそれでも、ストレイはここですべてを投げだし、大人しくエドベッカに捕縛されるわけにはいかなかった。


「戻れ!」


 そうストレイが告げると、放った金属の球は勢いよく飛んで戻って来る。

 ストレイはそれを左手で受けとめた。


「ほほう、良い物を持っているね。君はなんと名付けているのかな? 魔道具ギルドでは『銀狼』と呼んでいる。非殺傷の投擲武器――護身具だったのではないかと考えられているね」


 球はつや消し加工された鈍い銀色の球体である。

 投げると使用者の意志に応え加速。対象にぶつかると動きを止めるが、使用者が念じれば再び手元に戻って来るという代物だ。

 一対一ならば、これをひたすら投げつけてやるだけで相手を制することも出来る。

 しかし、この球の存在を知っている者――魔道具ギルドからの刺客となれば難しそうだ。

 ならば、とストレイは再び球をエドベッカに放つ。

 どれだけ加速する代物であろうと、来るとわかっていればその場から横に避ければいいだけだ。エドベッカはストレイが球を投げた瞬間には横へと跳んでいたが、これはただの牽制。ストレイはエドベッカが動いた隙にさらなる魔道具を取りだした。

 それは腕輪付きの右手用手袋。

 ストレイは素早くそれをはめ、手の平を握り込むとその内側から膨れあがる圧力を感じ、次の瞬間、その手には槍が握られていた。


(たなごころ)の怠惰か! 素晴らしい!」


 突然、槍が出現したのを見れば普通は驚くもの。

 しかしエドベッカの驚きはそういった類のものではなかった。


「まいったな、そんな珍しい品も持っているのか! いや、もしかしたらもっと……、伝聞すらない品までも持っているのではないかね!?」

「ずいぶんと余裕だな!」


 戻した球を仕舞い込みながらストレイは言う。


「いや、余裕というわけではないよ。ただ私はね、魔道具がとても好きなんだ。それでつい気分が高揚してしまってね。ところでその『掌の怠惰』が出せるのは槍だけではないのだろう? 剣、盾、ハサミ、靴ベラに至るまで、ありとあらゆる道具を握り込んだ手の平から生みだす。いや、手の平が魔導袋としての機能を果たす代物だったか」


 頼みもしないのにエドベッカはいちいち解説をしてくる。

 油断を誘うためか、それとも本当に魔道具が好きなのか。

 とそのとき、放置していたローブがひとりでに地面を滑るようにしてエドベッカの足元まで行き、手にとりやすいように持ち上がった。


「ああ、ありがとう」


 そう行ってエドベッカはローブを魔導袋に仕舞い込む。

 ローブをとったあと、そこにあったのは幾つもの金属部が連結した長細い蛇のような何かであった。


「これかね? これは『従順な鋼蛇』と呼ばれている。使用者の意志に従って動く鎖のようなものだ。本来はもっと長かったと思われるのだが……、現在残っているのはこれだけだ。人を捕まえるのに役立つ」

「それで俺を捕まえようというわけか」

「いやいや、この子は大事でね、君にけしかけたら殴られたりするだろう? 壊れでもしたら可哀想だ。なので――」


 と、エドベッカは角に紐を通された一枚の金属板を取り出し、それを首をもたげるようにしていた鋼蛇に掛ける。


「しばらくこれを掛けさせてもらうのさ。これは『(くなど)の前触れ』と呼ばれる品だ。人払いの効果があるんだよ。辺りに誰もいないようだが、それでも一応ね。ほら、あまり人目に曝すのはよろしくない品を出してくるかもしれないだろう?」


 エドベッカはとても嬉しそうにそう言った。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/25

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/31

※さらに文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/06

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/12/23


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