第442話 13歳(春)…闘士たちを謳う者
ティゼリアに『闘士倶楽部』誕生の経緯をすべて話したところ、額を押さえてしばらく黙りこんでしまった。
「ぼ、ぼくはただ良かれと……、良かれと……」
「あー、うん、貴方は間違ってはないと思うわ。事実、町の問題を解決したんだから悪いわけがない。でも……、もうちょっと控え目な集まりにすることは出来なかったの?」
「頭の中まで筋肉になってしまった百人を越えるムキムキが好き勝手始めたらぼくじゃどうにもならないんですよ……、聖都と同じです」
「んー、そこは一緒にしてほしくないかなー……」
ティゼリアから伝えられた話はロンドにとっても無視できない問題であったため、ひとまず都市参事会にも伝えるべきとおれは考え、まずは伝手のあるバイアーに話を持っていき、酒場地下で話し合いをしたいので参加できる人を集めて欲しいと伝えた。
そしたらバイアー、何を思ったのか都市参事会のメンバーじゃなくて闘士倶楽部の連中を集めやがった。
なんでだよ。そうじゃねえだろう。
「大丈夫ですよ、決まったことは後で参事会にも報告しますから」
「この集まりって参事会よりも上位なの!?」
やべえ、ロンドの行政がおかしくなってる。
おれか、おれのせいなのか。
想定していたメンバーとだいぶ違ってしまったが、地下居住区の食堂、円卓に雁首揃えたのはうちの面々とアーシェラを同行させたレヴィリー、バイアーを始めとした上級闘士たち九名だった。
うん、なんだ上級闘士って。
おれそんな枠組みまで出来ていること初めて知ったんだけど。
本当はもう一人、ストレイもここに加わって十名なのだが、連絡がとれなかったようだ。
「それではまず、このロンドに獅子王騎士団が向かっている理由を説明します」
何故か上半身裸でいる上級闘士たちに、ティゼリアから聞いた話とこの都市の状況を照らし合わせた結果――要は闘士倶楽部が邪神教徒だと疑われ、獅子王騎士団が派遣されてくることを説明する。
そしたらレヴィリーが激怒した。
「俺たちが邪神教徒だと……! ふざけやがって……!」
他の面々も声こそ上げないが憤怒の形相である。
「いったい俺たちのどこが邪神教徒だと言うんだ!」
邪神教徒ではないにしろ傍から見れば怪しさ爆発。
そのあたりのことはどう思っているのか気になる。
あとレヴィリー、おまえよりにもよって獅子王騎士団がこっちに来ることよりも、邪神教団と認定された方に衝撃受けてるってどういうことだ。
「許せねえ……! 来るなら来い! ブッ殺してやる!」
「そうだそうだ!」
おい、レヴィリー。
なんでそうなる。
おまえ戦いにならない方が良いと思っていたんだろう。
あと同意したおまえ、この町の人間だろおまえ。
筋トレしすぎて頭がおかしくなったのか?
「こうなったら……!」
そこでレヴィリーがおもむろに両腕を水平に伸ばし、肘を曲げてぐっと見事な力こぶを作った。
そして何も言わない。
でも他の上級闘士たちはその通りだと言わんばかりに頷いている。
え、なに?
力こぶから信号でも送られたの?
おれ確かに雷の魔術使うけど、筋肉を動かす電気信号で交信とかまでは出来ないから口で言ってもらわないとわからないよ?
ってかアーシェラもニコニコしてないで注意とかした方がいいって!
そいつおまえの旦那になるんだよ!?
「どうにか誤解を解くことが出来れば……」
おれが困惑するなか、まだ脳まで筋肉になっていない冷静なバイアーが言う。
元はおれが作った『悪漢殺し』――錬金の神にも認められた神酒が発端であることを理解してもらえたら……、きっと荒事にまでは発展せず、騎士団もすんなりとお帰りになってくれるだろう。
しかし、おれとしてはもう一声、この状況をどうにかしてしまうために提案する。
「ぼくたちは邪神など崇めてはいませんが……、いらぬ誤解を生む結果となったのは事実です。ここはこの集まりを解散すべきでしょう」
『な――ッ!?』
おれの提案に上級闘士たちが愕然とする。
なんかパイシェまでショックを受けた顔になってるな。
「騎士団が来たらまず事情を説明し、誤解を招いた集まりもすでに解散したことを伝えれば惨事が引き起こされるようなことはないでしょう。そのあたりのことはこちらにいらっしゃる聖女のお二方が保証してくれます」
「ま、待て! なにも解散までしなくてもいいではないか!?」
「そうですよ! 我々が無害な存在であることを聖女のお二人に保証してもらえばそれですむではありませんか!」
レヴィリーとバイアーが必死になって言う。
だが知ったことではない。
ふはははは、崇めるのをやめろと必死に訴えても筋肉を見せつけてくるばかりで取り合ってもらえなかったおれの悲しみを知るがいい。
「いえ、ここは少しの疑念も抱かれぬよう、きっちりと解散すべきだとぼくは思います。町に被害が出る可能性を少しでも減らすべきとは思いませんか? 我々の我が侭で町に迷惑がかかるようなことはあってはなりません。ここは解散すべきです。これはこの会の長としての決定です」
『…………』
ぐへへへへ、言ってやったぜ。
シアとリィがしらーっとした目で見てくるが気にしない。
このおれの発言に、上級闘士たちが反論することはなかった。
納得がいかない。
だが、町に被害が出る可能性があるとなれば。
この決定に上級闘士たちは泣いた。
号泣である。
深い悲しみ、もしくは大いなる喜び。
本当に泣けてしまうとき、人はそれを堪えることができない。
どうしても嗚咽がこぼれ、体も痙攣する。
ムキムキどもが筋肉をビクビクさせながら号泣している。
端的に言うと地獄だ。
しかしそんな地獄にあってもおれの気分は清々しいものだった。
これでこのわけのわからない集会が終わる。
リィになんとかならないかと真面目な顔で言われる日々も終わる。
しかし、おれが内心ほくそ笑んでいた――その時だ。
『……闘士たちよ……、諦めるのか、ここで……!』
声が。
その声音、喋り方、どこかで聞いたことがあると思った瞬間、円卓の中心に出現したのはガチムチ男。
その姿を見た瞬間、パイシェが声をあげた。
「あなたは……!?」
そう、パイシェはこいつに会ったことがあった。
パイシェだけではない。
おれも、シアも、ミーネも、アレサもこいつに会っていた。
迷宮都市エミルス郊外にあるレース場、そこで観戦したFDRグランプリ最終戦にこいつは居た。
おれの隣の席だった。
頭はハンバーグみたいなポンパドール&リーゼント。
鍛え抜かれた肉体に纏うのは皮のブリーフに特攻服みたいなど派手なコート。
なるほど、ただの変態か――、そう思っていた。
だがこの登場、この感じ。
そのときは旅の吟遊詩人とか言ってやがったが……こいつ、神か!
「俺の名はドルフィード……、闘神、ドルフィード……!」
そう宣言した闘神。
皆は唖然とするが――
「来た! 神来た!」
ミーネがやけに喜んでいる。
闘神が名乗ったあと、まず動いたのはアレサとティゼリア。
さすがと言うべきか、すぐさま席を立って地面に跪き頭をたれる。
それに倣って皆も急いで跪く。
そのままなのはおれと金銀くらいだった。
「俺は見ていた……、お前達が己を鍛える様を……。共に鍛え、そして闘う様を……! 命じられたからでも、欲望のためでもなく、この世に生まれ落ちた己の持つ権利として肉体を鍛え、競い合うお前たちのことを見ていた……。気持ちの良い男たち――闘士たちよ!」
闘神に闘士と認められ、上級闘士たちは唖然とした表情のままぼろぼろと涙をこぼし始める。
「嘆くな、闘士たち……。お前達の嘆きを止めるために来たのだ、俺は……! 今ここに認めよう! 忍ぶ必要はもう無い……、お前達は闘神に認められた信徒であることを誇るのだ……!」
そう聞いた瞬間、上級闘士たちは再び号泣。
なんてこった。
闘神が認めたことにより、このイカれた倶楽部は神公認の宗教集団と化してしまった。
潰そうとした矢先により強力な集団に変貌とか、もうおれの計画めちゃくちゃである。
おまけにあれだ、エルトリアは戦神と闘神を祀る国。
崇めてる神さま公認の宗教団体となればもう戦いを仕掛ける理由にならないし、場合によっては参加しようとしてくるかもしれない。
最悪だ。
争いになる可能性は完全に消えたが、でも最悪だ。
「闘士たちよ、これからも励め……、そして広めよ……! 争いではなく、戦いではなく、己を鍛える闘いがあることを……! さあ闘士たち、拭け、涙を……! そして泣き止んだならば並ぶがいい……、これより俺が加護を授けてやろう……!」
『――ッ!?』
それは号泣していた野郎どもの涙も引っ込む発言だった。
野郎どもはムキムキの腕で涙を拭うと、立ち上がって横一列に並ぶ。
ちゃっかり一番端にミーネも並んだ。
闘神は何か言うかと思ったら、不敵に笑う。
まあなんでもいいけどそろそろ円卓から降りろ。
おめえがおれの真っ正面を向いているせいで、見上げるのがつらいんだよ。
股間が気になるんだよ。
おれが目から怪光線出せるスキル持ってたら大惨事だぞてめえ。
「……ふっ、ミネヴィアか……、よかろう! 他に――」
と闘神は周囲を見回して言う。
「パイシェ、そしてリオ、お前達も並ぶがいい……!」
この発言にあわあわしながらパイシェとリオが列に加わる。
おれは指名されなかった。
残念な気持ちよりもほっとした感が強い。
恩恵は欲しいけど、もう錬金の神からもらったし、今回は嫌な予感しかしないからくれるとしても遠慮させてもらうところだ。
恩恵を授かる者たちが横一列になったところで、闘神は円卓を飛び降り、その列の右端――レヴィリーのところへ向かう。
「では、これより加護を与える……!」
「ありがとうございます!」
声を張りあげて感謝するレヴィリーに――
「……闘心――、注入……!」
めきめきめきっ、と腕に力を込めまくった闘神の張り手!
バチコーンッ、と酷い音が響き、張り手を喰らったレヴィリーはそのマッチョな体をコマみたいにくるくるくるっと回してぶっ倒れる。
そして動かない。
これ大丈夫か……?
あ、ちょっと動いた。
生きているようだ。
「次! 行くぞ……! 闘心、注入……!」
そして次にバイアーが。
バチコーン、バチコーンとムキムキどもが次々とコマ回しされるなか、男たちの向こうに並ぶミーネの顔色が悪い。
逃げりゃいいのに。
そしていよいよミーネの番になる。
「ふ、ふくっ……!」
ミーネはちょっと涙目で硬直しているが、それでも加護をもらうつもりだ。
いい根性をしている。
すると闘神はミーネの額に拳を近づけ、親指で人差し指の先を押さえ込み……、お嬢さんということで配慮したのかデコピン。
「闘心注入……!」
が、デコピンであっても放つのは闘神。
ゴッ、とデコピンとは思えないえらくゴツイ音が。
「あったぁぁぁ――――ッ!?」
ミーネは額を押さえて地面をごろごろ。
それからパイシェ、リオと闘神はデコピンで加護を授けていく。
パイシェはミーネのように転げ回ることはなかったが、それでも苦悶の表情である。
ただリオはデコピンされても平然としたもの。
せいぜい「あう!」と声をあげたくらいで、むしろデコピンした闘神が指をさすっている。
どんな石頭だ。
「そして最後に――」
と、そこで闘神はふり返る。
視線の先にはおれ。
……え?
「闘士たちが誕生するきっかけを作ったお前には祝福を授けよう……!」
その闘神の言葉に皆――主にムキムキたち――が『おおぉー』と声をあげたが、おれは青ざめて首を振った。
確かに祝福は欲しいがこいつからは貰いたくねえ!
「け、けっこうです!」
「遠慮するな……!」
「遠慮じゃなくてホントいらないんですけど!?」
「お前にはこいつだ……!」
「聞けよ! ってかおいぃぃ! なんでおれは握り拳なんだよ!?」
やべえ、こいつはやべえとおれは逃げようとした。
が――
「ふん……!」
闘神が左手を突き出すと、おれは謎の圧力によって拘束され、身動きがとれなくなってしまう。
そんなおれに悠然と歩み寄ってくる闘神。
高々と掲げた右腕、怪しいパワーがウギョギョギョンと集中していくのが気配でわかる。
あんなもん喰らったら死ぬ、死んでしまう……!
「助けてくれー! シアー! ミーネー!」
「大丈夫ですよー、死にはしませんてー」
「頑張ってー」
二人は平気平気と助けてくれない!
「アレサさーん! ティゼリアさぁーん! リィさぁぁーん!」
「闘神様が授けるものですから……」
「流石に止めるような無礼なことは出来ないかなー」
「貰っとけ。お前はそれがいるんだろう?」
相手が神なので助けてくれなかったり、必要だから我慢しろというスタンスだったり!
それからおれは他の面々にも助けを求めたが、誰も助けてはくれなかった。
そしていよいよ目の前にまで迫った闘神。
「闘・魂・注・入ッ!!」
放たれる一撃。
まるで発射された砲弾のようなボディブロー。
闘神の拳がおれの腹に深々と突き刺さる。
その勢い、おれごときの小さな体で受けとめられるわけもなく、体がくの字に曲がったまますくいあげられるように掲げられてしまう。
腹部への衝撃は痛みよりもまず混乱に拍車をかけ、結果おれは心のなかで「ストライィ――クッ!」と叫びながら意識を失った。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/25
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/27
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/06
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/04/18




