第441話 13歳(春)…秘密結社の長の悩み
一時期レヴィリーとバイアーの双陣営は一触即発になっていたが、今ではすっかり打ち解けて和気藹々としており、その影響を受けて暗かった都市全体の雰囲気も明るくなりつつあった。
これに関しては、元気と筋肉を持てあますムキムキどもが都市のために無償で働いているというのが特に大きく影響している。
だが、都市の雰囲気が良くなる一方、おれを取り巻く状況は悪化の一途を辿っていた。
毎日毎日、毎晩毎晩、ムキムキどもを相手にしなければならない状況はいつ終わりを迎えるのだろう?
ティゼリアはいったい何をしている?
頼むから早く来てくれ。
そしてこの都市からおれを脱出させてくれ。
いや、べつにムキムキどもを嫌っているとかそういうことではないのだが、なんか奴ら、最近おれを崇め始めているのである。
ムキムキどもの誰かが言った。
誰もが『悪漢殺し』を飲むとつい口にする叫び。
あの「ふおぉぉ――――うッ!?」が、まるで言い伝えにある猪の悪霊フォーウォーンの叫びのようだと。
すると、戦士に力を与えるというフォーウォーンと『悪漢殺し』を与えるおれが結びつけられ、おれはフォーウォーンの化身として勝手に有り難がられるようになったのである。
これを特に面白がったのはリオだ。
「ご主人様、ご主人様、前に話したエルトリアの三代目国王の話なんですけど、あれってもしかしたら修行しているときに見つけた森酒を飲んで酔っぱらって見た夢なのかもしれませんね! 森酒っていうのは木の洞に溜まった樹液が自然とお酒になったものなんですけど、それがたまたま魔術的な効果も得ていて力を与えることになった……、どうです? なんとなくありそうと思いませんか? でもってもし三代目の話がこの想像通りなら、ご主人様はまさにフォーウォーンの化身ということになるんじゃないでしょうか!」
「まったく嬉しくない見解をありがとう」
野郎どもの言いがかりを補強してどうすんだよ。
ともかくムキムキどもの思いつきで崇められ始めてしまったおれ。
もちろん抵抗した。
が、奴らは鍛えるあまり脳まで筋肉になってしまったのか話が通じない。
なんとか説得しようと話しかけても、あいつら満面の笑みでポーズとって筋肉を見せつけてくるだけなんだ。
会話すらできない相手の説得なんて無理なんだよぉ……。
暴走を止めることが出来ない状況のなか、奴らは奴らの望むままに精力的に活動を続け、状況はますますおかしくなっていく。
すでにおかしかったのが、さらにおかしく、だ。
今では酒場の地下――戦いの広間は日頃の訓練の成果を互いに披露し、確かめ合い、そしてフォーウォーンの化身たるおれに認めてもらうという儀式の場に変貌している。
気づけばこの集まりは『共に鍛え称え合う闘士たちの集い』と呼ばれ、仲間内では『闘士倶楽部』で通じるようになっていた。
エンジョイマッスル集団は称すべき自分たちの形を模索した結果、とうとう怪しげな秘密結社と化してしまったのである。
まあ秘密でもなんでもないのだが。
おれはこの状況を深く嘆き、シアに八つ当たりする日々である。
「お、おまえがついでに酒造りしてみたらなんて言ったから……!」
「そんなこと言われてもー……、ご主人さまだってそれはいいアイデアだって賛成してたじゃないですかー。努力の結果が牙を剥いてきたのはわたしのせいじゃないですよ」
「それはわかってる……、わかってるけど……、うぅ……」
「まあ少し落ち着いてください。ほら、飴をあげますから」
「うぅ……、あむあむ……」
たぶんネーネロ家にお邪魔したときにロヴァンが用意してくれたお土産用の飴だろう。美味しい。ちょっと落ち着いてきた。
おれの精神はガリガリごきげんに削られる状況であるが、これを受け入れられているのはシア、ミーネ、リビラ、リオ、アエリスであり、大いに歓迎しているのはアレサとパイシェの二名だ。
アレサはおれが崇められていたらそれで良し、パイシェは暑苦しいのが好みなので当然とも言える。
デヴァスは食料の輸送で忙しくてそれどころではなく、そしてリィは居住区から出てこなくなった。
つきあいきれねぇ、と夜の集会には一度も参加せずである。
出来ればおれも放棄したい。
しかしおれが居ないと夜の儀式が始まらない。
下手すると居住スペースにムキムキどもが押しかけて来る。
おれは涙を呑んで用意されたフォーウォーンの仮面を被り、椅子に腰掛けて皆と儀式の監督をすることになるのだ。
そして今宵も始まるムキムキどもの宴。
集まったムキムキたちはそれぞれ上半身を、人によってはパンツ一丁となって己の肉体を披露し合い、そして褒め称え合う。
それからその夜の宴の一番手となる二名の決闘。
その後はフリーバトル。
勝手に好きなだけ殴り合い、そのあとおれのところに『悪漢殺し』をもらいに来る。
置いとくから勝手に飲んでくれと思うのだが、フォーウォーンの化身と崇めるおれが錬金の神に与えられた瓶でもって注いでやることに価値を見いだされてしまったため、渋々付きあうことになっている。
たまに金銀赤、リビラ、パイシェ、リオ、アエリスも参加。
皆の場合は互いに殴り合う儀式ではなく、男たちが手も足も出ず一方的に叩きのめされる浄化の儀になる。
一番人気はやはり指導教官たるパイシェ。
パイシェが戦う場合、一対一ではなく、パイシェ一人に対して野郎どもが集団で立ち向かい、叩き伏せられている。
リオもこれにチャレンジしたが、ちょいちょい攻撃を受けていた。しかしそれでも闘志は衰えず、むしろ攻撃を受けただけ激しく戦うようになり、まるで戦いの申し子と男たちに畏怖される。
まあなんだかんだあるが、おれやリィ以外はみんな楽しそうだ。
野郎どもはどいつもこいつもムキムキしているが、そのなかで目を見張る成長をしたのはレヴィリー、それからバイアーの相談役をしていたストレイという男だった。
二人は野郎たちが一目置く肉体へと生まれかわった。
いいかげん、ムキムキどもを見続けた結果、おれもその肉体の見事さを評価できるほど目が肥え始めてしまっている。
もちろんまったく嬉しくない。
だがそんな日々もとうとう終わりを迎えることになった。
ティゼリアがやっとこさロンドに到着したのである!
やった――ッ!
△◆▽
そろそろ飲むと筋肉が萎むポーションでも作ろうかと考えていたその日、バイアーが町を訪れたティゼリアをおれの所に案内してきてくれた。
知らせを聞いたおれは上の酒場へとすっ飛んでいった。
「ティゼリアさん、遅かったじゃないですか!」
「あら、そんなに待たせてしまった? ごめんなさいね」
「ああいえ、いいんですよ。よくご無事で。ずっとずっと待っていました。本当によく……、うぅ……」
「あらあら、そんなに心配してくれていたの?」
おれがあまりに歓迎するので、事情がわからないティゼリアはちょっと困惑していた。
ティゼリアを案内して役目は終わったと感じたのだろう、バイアーはそこで立ち去る。
「それでは私はこれで。レイヴァース卿、また今夜」
「あー……、はい。それではまた……」
ティゼリアは立ち去るバイアーを見送ったあと、不思議そうに言う。
「あの人、しばらく前に見たときよりずいぶん……、いえ、別人のように逞しくなっているけど……。それに町の雰囲気もなんだか変わっているような気がするわ」
「あー……、それについてはまた後でゆっくりと説明します」
「え、貴方が何かしたの?」
「したと言いますか、全然そんなつもりはなかったのに、そうなってしまったと言いますか……」
「ふうん? まあそれは後で聞くわ。それよりちょっと困ったことになったの。実は近々――、いえ、それは私がエルトリアの王都を出る前のことだったから、もう動いているわね」
「動いて?」
「国王の勅命ってことで、獅子王騎士団がここロンドへ派遣されたの」
「ここへ!? どうして! ネーネロ家の兵がいるからですか!?」
「いえ、国境付近の軍備強化については領地が接する各領で行われているから、それは関係ないわね」
「では何故ここに?」
「実は……、またやっかいな問題なんだけど、ここロンドに邪神を崇める集団が潜んでいるという話があるの。獅子王騎士団の派遣は、その邪神教徒の殲滅が目的よ」
「邪神教徒……? 本当に?」
「それはわからないわ。でも本当に居るなら騎士団が来る前に急いで潰しましょう。そうすれば騎士団はそのまま引き返せるわ。もしこの話がただのデマなら、それがデマであることを証明もしたいの。たぶん、獅子王騎士団はカロランが何かをするのに邪魔だからって王都から追いだされたのよ」
「なるほど……、では邪神教徒の集団がいるかどうかはべつに真実でなくてもいいわけですか。カロランにとっては騎士団がここに留まる時間が長ければそれでいいと」
「そうなの」
「その邪神教徒の特徴などはわかりますか?」
「ええ、そっちもちゃんと。まずその邪神教徒なんだけど、そいつらはとても見事な肉体美を誇っていてね――」
ん?
「日中は善良な市民を装い、無償で都市の人々のために働くんだけど――」
んん!?
「夜になると地下の集会所に集まっては邪悪な面を被った神官を前に殴り合いを行い、邪神を称える儀式としているらしいの……!」
それ闘士倶楽部のことじゃないですか――ッ!
やだぁぁ――――ッ!
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/27
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/06




