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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
7章 『獅子と猪』編
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第437話 13歳(春)…狂い始める歯車

 ギーリスが元エルトリアの諜報員であることを暴露したが、それはエルトリアがカロランに乗っ取られるずいぶん前の話であり、現在は引退してこの酒場の店主をする変人でしかなかった。

 なので今現在のエルトリアの状況などといった情報は持っておらず、ほとんど一般人となっていたが、カロラン打倒を目指す活動家たちにちょっと協力するくらいのことはやっているらしい。

 まあ本当にそれだけなので、特別な情報源になったりはしなかった。

 やがて町から皆が戻って来たので、ちょっと神が来ていたことを話して聞かせた。


「なんでよー! 私も会いたかったー! 加護とか欲しかったー!」


 ミーネが駄々をこねるが、おれに言われても困る。


「欲しかったって……、おまえ錬金術とかさっぱりだろ?」

「何か始めるわ! 何か! 色々お薬とか毒とか混ぜるわ!」

「恐いからやめろ」


 嫌な予感しかしない。


「むー、またしても逃したわ。裁縫もそうだったけど、お薬まぜまぜをやっておけば……」

「ちょっとかじったくらいで加護はくれないだろ。刺繍ももうあんまりやってないみたいだし」

「なによー、時間がとれなくてなかなか進まないけどすごいの作ってるんだから」


 ミーネはぷんすかしているが、他の面々――リオ、アエリス、リビラ、パイシェはそんな強欲なことは言いだしたりしない。

 ただ、出来るなら会ってみたかったと考えているようだ。

 錬金の神についての話が一段落すると、今度は神酒『悪漢殺し』に話題が移る。


「きれいなお酒ねー」

「飾っておくとよさそうニャー」

「あ、それいいですね! お部屋が華やかになりますね!」


 実際に『悪漢殺し』を眺めてお嬢さん方が言う。

 それから効果について説明したのだが――


「御主人様、その、うまく理解できないのですが……」

「また不思議なものを作りあげたんですね……」


 アエリスとパイシェが言う。

 基本はアルコール度数が超高い回復ポーション。

 ただ外傷を治癒するついでに、その精神の澱みを払い、肉体にも影響を与える代物だ。


「大旦那様は喜びそうですね」

「いや、父さんにこれはあげられないな……」


 薬用酒みたいなものではあるが、だからって度数に限度というものがあるだろう。

 この『悪漢殺し』は70度以上ある。

 そして困ったことにギーリス曰く飲み口は爽やか。

 茶にクセのない強い酒を混ぜたようだと言う。

 おれもちょっと舐める程度に味見したが、なんだか薄い緑茶っぽい感じだ。冷やしてごくごく飲むと美味しいか、と思ったが、五分ほどしたところで頭がぐわんとしたので考えを改めた。

 こんなもんごくごくいったら死ぬ。

 父さんには渡せない。

 しかしそう説明しても、好奇心というものは恐ろしいものだ。


「ちょっと味見させて?」

「おまえが酔っぱらったら恐いからダメ」

「ぶー」


 水かジュースで滅茶苦茶薄めてやればいいのだが、そうなると魔術儀式として保たれていた状態が崩壊し、この『悪漢殺し』を使ったただのカクテルになるだけだ。

 なので提供するとしたらこのまま。

 だがそれはお嬢さん方には強すぎる。

 しかし――


「ちょっとくらいならいいんじゃないですか?」


 シアがミーネに味方した。


「そうよね、ちょっとくらいならいいわよね」

「ええ、悪いものではありませんし、もしかしたらおまけの効果もちょっと出て、気分がすっきりしたりするかもしれませんよ」


 はて……、シアがミーネをダシにしようとしているのはなんとなくわかったが、その意図がよくわからない。

 副次効果のことに言及しているし、何か憂さ晴ら――


「あ」


 考えている途中でおれはシアの真意に気づいた。

 シアが求めている副次効果は魂の浄化ではなく、もう一つ、肉体の成長促進の方だ、間違いない。きっとシアは成長促進効果を持つブラジャーが完成しないことに業を煮やしていたのだ。

 と、ともかくここはシアの望む通りにしよう。

 おれが推理から我に返ると、皆は唐突に声をあげたおれをきょとんと見つめていた。その中の視線の一つが、何やら刺さるように鋭いものであることにおれはおののきながら、努めて冷静に、何も気づいていませんよ、というていを装いながら言う。


「い、いいかもしれないな。うん、ちょっとだけなら、うん」

「お、ご主人さまの許しが出ましたよ。ミーネさん、よかったですねー。あ、せっかくなのでわたしも頂いていいですか?」

「す、好きなだけ飲んだら……、あ、いや、限度は考えてね?」

「いやですよー、ちょっと味見する程度ですって」


 冷静なおれと、にこにこ上機嫌なシア。

 さすがに妙だと皆も思い始め……、勘の良い者からシアの真意に気づき、場には妙な緊張感が漂い始める。


「え、なにこの空気?」


 事情を知らないリィはちょっと戸惑っていたが誰も何も語らず、ミーネは場の雰囲気を気にもせず早く早くと急かしてくる。

 おれは酒場のショットグラスを人数分借り、そこに半分ほど『悪漢殺し』を注ぐ。量的には大さじ一杯――15ミリリットルほどと少ないが、まずはこれを飲んでもらって五分ほど経過してもまだ大丈夫ならさらに与えるということにした。

 結果、飲む前とそう変わらなかったのがリィ、パイシェ、デヴァスの三名。

 酔いが回ってちょっと様子が変わったのがアレサ。

 意識をしっかり保ったままでいようとしているのか、むっとした感じで押し黙っている。

 そしてそれ以外――言い出しっぺのミーネを始め、シア、リビラ、リオ、アエリスの五名は机に突っ伏してダウン。

 まだ意識はあるものの、酔いが怠さに変わって体を起こせなくなっている。ちょっと精神も緩んできているらしく、あうあう、ニャーニャー呻き続けるという有様だ。

 まあシアがもっと寄こせと言ってこないことだし、危機的状況は回避されたと考えてよさそうである。


「さて、あとはレヴィリーがこれで満足してくれるかどうかだな」

「なあ、でもこれ兵に持たせるんだろ? 回復効果が高いとしてもこの酒かなりきついし、まずくね?」


 リィの指摘はまったくその通りだと思う。

 だがこれはただの酒ではない。


「怪我を負った状態で飲むとまた違うようですし。想像してみてください。倒したと思った相手が瞬く間に回復しておまけに凛々しく復活したら恐怖を覚えませんか?」

「うんまあそりゃ恐怖だけどな!」


 ひとまず、明日はレヴィリーにこの『悪漢殺し』がどういうものか伝えに行くことにした。


    △◆▽


 翌日、レヴィリーに『悪漢殺し』を持って行くため、久しぶりに皆での行動となった。

 地下に籠もっての作業を続けていたせいか、日差しを浴びて歩くだけで気分が良くなってくる。

 が、爽やかな気分も長くは続かなかった。

 レヴィリーを捜していたところ、町の広場でバイアーたちといざこざを起こしていると市民から情報をもらい、急いで現場へと向かうことになったのだ。

 到着してみると、広場の外周には市民の人だかりが出来ており、その輪の中でネーネロ家の兵と市民兵が向かい合っていた。

 騒ぎの中心となるレヴィリーとバイアーはそれぞれの兵を背に、うっかりチューしてそのまま恋が始まりそうなくらいの距離で顔を突き合わせて睨み合っている。二人の側では魔道侍女のアーシェラと影の薄い相談役のストレイがおろおろしていた。

 これはまた、なかなか一触即発な状況だ。

 ここでぶつかられるとこじれにこじれ、最終的にはギーリスが言っていたようにエルトリアからの介入を招きかねない。

 ひとまず仲裁に入ろうとしたが、そこでリビラが言った。


「ニャーさま、ちょっと待つニャ。ニャーの話を聞いてほしいニャ」

「うん? 名案?」

「名案かどうかはわかんないニャ。でも、ここでニャーさまが出ていって押さえつけてもまだどこかで同じことが起きるニャ。ならここは一度、思いっきりやらせた方がいいニャ」

「いや、思いっきりって……」

「あの二人をニャ」


 と、リビラはちょっと苦々しい表情で言う。


「町で情報を集めるうちに色々と話を聞いたニャ。ニャーの勘ではそこまで深刻じゃないニャ。ただ二人は自分の立場に翻弄されてこじれてしまってるだけなのニャ。だから一度、全部吐き出させるニャ。ニャーさまはその場を作ってあげるといいニャ」

「つまり、周りを抑えろってことか……」


 幼なじみの喧嘩だけですめば、事は大げさなことにはならない。

 なるほど……。


「なんニャ。そんな見つめられると照れるニャ」

「ちょっといつもは啀み合ってる二人のことを思い出してね」


 リビラも本心を隠して隠して、結局、シャンセルの問いに応えたのはガチンコした時だった。

 経験があるからこそわかるということか。

 やることが決まったら大乱闘が起こる前にさっそくと、おれはレヴィリーとバイアーの間に割って入る。


「なんだ、後にしろ!」

「すいませんがそうしてください、今は立て込んでいます」


 二人には邪魔者扱いされたが、そうはいかない。


「別に止めるつもりはありませんよ。どうぞ好きなだけ、とことんやってください。こちらには聖女も居ますので、よほどの大怪我でもなければなんとかなります。あ、実はちょっと回復ポーションを作ったのでその効果を確かめてもらうのもいいですね」


 おれの言葉に二人は「え?」と戸惑ったが、知ったことではない。


「ただ、やるのは二人だけで。他の方たちは応援をどうぞ。この二人はそれぞれ主張を持って対決しているわけですから、それに乗じてどうにもならないウサを晴らすことは認められません。やると言うのであればぼくこと『スナーク狩り』が相手になります」


 と、お子さまが言うだけではわからないと思うので、周囲の者たちにはシアにほんのりと『威圧』をしてもらう。

 頭に血が上っていた両陣営はこれで一気に士気が下がった。


「では、どうぞ続けてください」

「続けろったってお前……」

「さすがにこのまま続けることはできませんよ」


 二人は乗り気でなくなってしまったが、そうはいかない。


「おや、お二人の意気込みはその程度だったんですか? では相手の主張を呑んで引っ込むこともできるでしょう?」

「そうはいくか!」


 と最初に反応したのはレヴィリーだ。


「俺は事が終わるまでここに居る!」

「そ――、それは困ると言っているでしょう! ここにネーネロ家の兵が居ては余計な誤解を生みかねないんです!」

「国境封鎖が始まって各国、各領、それぞれに兵を集め対応しているのにここだけ何もしていないというわけにはいかないだろうが!」

「それはこの都市の者でどうにかなるのです! 何かしたいなら貴方は事が起きてから動けばいいのです!」


 口論再開。

 ちょっと突っついただけで再燃するとなると、やはりリビラの言うとおりこの場は抑え込んだとしてもいずれどこかで爆発するな。


「そもそも、貴方が百名程度の兵を集めて、それで何だと言うのですか! エルトリアの兵がどれほど強力かはよく聞いているでしょう! 戦術家の才能があるわけでもなく、少数の兵を集めいったい何をしようと言うのですか!」

「うるせえ!」


 どん、とレヴィリーがバイアーを突き飛ばす。

 と、間髪入れずバイアーはレヴィリーを突き飛ばして反撃。

 突き飛ばし、突き飛ばされ、やがてそれは殴り合いに発展した。


※アレサの様子を少し加筆しました。

 2018/04/25

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/27


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