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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
7章 『獅子と猪』編
442/820

第435話 13歳(春)…錬金の神

 ポーション作りが順調に進むなか、おれは出来上がったポーションの一部を使ってリィと一緒に味をどうにかできないかの実験も行っていた。

 当初は酒造りにあてるはずだった時間が、ギーリスの活躍によってぽっかりと暇になってしまったからである。

 ただ、実験と言っても本格的なものではなく、色々とポーションに混ぜて変化を〈炯眼〉でチェックするくらいのものだ。

 本当に軽い暇つぶし、とくに期待などせず始めたこと。

 ――が、それでもまったく成果が出ないとなるとイライラしてくるものである。

 良い効果同士をかけあわせたのに効果が消えてただの邪悪な煮汁になってしまったり、毒になったりするこのわけのわからなさ。

 試みはどれもこれも上手く行かず、迷宮都市エミルスでベルラットに作り方を教えてもらった薬草汁を混ぜたものに至ってはこうである。



〈至高の下剤〉


  【効果】もはや便意などという煩わしいものは感じない。

      それは震えた心が流す涙のごとく、とめどなく。



「うがぁぁぁぁ――――ッ!」


 あまりにもあんまりな代物の完成におれはキレた。

 ついカッとなって作業台に手をかけてひっくりかえそうとしたが、この土の作業台、ミーネが拵えた床と一体化している代物。そんなものひっくり返せるわけもなく、すべての力が腰へかかってなんかグキッとなった。


「ウギャアアァァァァァ――――ッ!?」

「ご主人さまー!」

「おいおい大丈夫かよ!」


 絶叫しながらのたうち回るおれの様子があまりにも悲惨だったからだろうか、シアとリィが素で心配してきた。


「レイヴァース卿! どうしました!」


 おまけに悲鳴が上にまで届いたのか、アレサまで心配して駆けつけて来てくれる。

 凄く申し訳なくなった。

 すいません……、バカですいません……。

 と、そんなとき――


「ぷはははは!」


 室内に聞きなれない笑い声が響き渡った。

 ポーション製造室にはおれとシアとリィ、それからびっくりしてすっ飛んできたアレサしか居なかったのに、聞き覚えのない笑い声が響き始めたのである。

 きょとんとして見やれば、そこには一人の……、若い女性?

 いや、まだあどけなさの残る面立ちをしているから、女性と言うにはちょっと早いだろうか? ともかくその少女なのだが、栗色のふわふわっとした髪と瞳をしており、作業着のようなツナギ服を身につけている。元は白かったであろうツナギは、いたる所にさまざまな色がしみ込んでまだら模様になっていた。

 そんなツナギ少女、いつから居たのか知らないが、どうやらおれの自爆がよほどおかしかったらしく、おれと同じように床に転がって笑い続けている。

 おれたちがぽかんとするなか、ツナギ少女はひとしきり笑ったあと涙を手で拭いながら起きあがった。


「あ、ごめんごめん。驚かせた? 実はシアちゃんが興味深い話をしていたからこそっと隠れて聞いていたんだけど、君の様子が面白くてつい姿を現しちゃったの」


 妙に馴れ馴れしく、そして唐突に現れたこの感じ。


「……えーっと、もしかして神さまですか?」

「うん、そうそう。錬金のね。名前はディーメルンよ。ポーションもお酒も私の管轄。変化によって生みだされるものだから」


 シアに起こしてもらいながら尋ねたところ、ツナギ少女はあっけらかんとそう名乗った。

 女神に遭遇するのは初めてだな。

 なんか軽そうな神である。


「……え、本当に神……?」


 神の登場に、初遭遇なのかリィは愕然としていたが、アレサがうやうやしく跪くのを見て慌ててそれに倣う。


「あ、特に何かしにきたわけじゃないからね。本当にシアちゃんの話を聞いていただけ。いやー、でも久しぶりに笑わせてもらっちゃったな。昔はね、君みたいにカッとなって道具に八つ当たりするくらい頑張ってポーションの改良をしようとする人が多かったんだけど、最近は伝統的な手法を守るばかりで面白くないのよね。一つ忠告すると、その薬草液を使って何かしようとしても上手く行かないよ? それ、元は私が考えたもので、それ以上にはならないからって破棄したものなの」

「え、そうだったんですか……?」


 ベルラットのおっさん、えらい代物を服用してやがったんだな。

 だからこそのあの馬鹿げたタフさだったのか?


「一応ね、元気になったり、成長を助けたりする効果はあるんだけど……、目指したのはそれ以上の効果だったの。それを使ってもっと凄いポーションを目指してたのよ」


 話をよく聞くと、薬草汁は材料の持つ効能の組み合わせのみで効能を持つ、あっちの世界とほぼ同じタイプの薬であり、ディーメルンはそれを元にして凄いポーションを作ろうとしていたようだ。


「神の力でもどうにもならなかったんですか?」

「うーん、担う神だからってなんでも有りってわけじゃないの。摂理をねじ曲げるわけにはいかないし、力を使う理由って言うか、説得力って言うか、途中の過程が現実的である必要性があるのよ」

「はあ……」


 よくわからん。

 あ、そうだ。

 よくわからんと言えば、そもそもおれはポーションという存在が不思議で仕方なく、誰かわかりそうな人がいたら尋ねてみたいと思っていたのだ。


「ちょっとお尋ねしていいですか?」

「いいわよー、私の管轄に関係することならだいたい答えちゃう」

「では、あの……、ポーションってなんなんです?」

「お! おーおー!」


 どう尋ねていいのかわからず漠然とした質問になってしまったが、それを聞いたディーメルンはちょっと目を見開いて笑顔になる。


「今時の錬金術士はそのあたりのことをさっぱり考えようとしないのに、いいよー、君なかなかいいよー。さすがだね! あの偏屈なヴァンツが気に入っているだけあるね!」

「それ絶対、あなたの勘違いですけど……」

「あははは、ヴァンツもそう言ってた。――で、ポーションとは何か? ずばり答えちゃってもいいんだけど、ここはちょっと考えてもらっちゃおうかしら。きっと君ならすぐにわかるから大丈夫。えっとね、この世界は魔素が巡っているでしょ? 魔素の影響を受けないものはないの。このことをよく考えてみるといいんじゃないかしら?」


 魔素……?

 まあそれがあるから魔術とか魔法とかがあって、そしてポーションみたいな不思議な代物が存在するということだ。

 そもそも広義的な解釈をすれば、すべてが魔術のようなもの。

 おれはディーメルンに言われたことをしばし考えてみた。

 と――


「あ」


 唐突に閃く。


「すべてが魔術……、生きとし生けるものだけでなく、無機物もすべて、存在するものが魔術的な働きのなかにある……、なら、それを組み合わせて作るもの……、ポーションは……、液体という形をとった魔術儀式!」

「正解! パチパチパチー!」


 期待通りの答えだったらしく、ディーメルンからは祝福の拍手。


「もちろんそのものが持つ効能もあるのよ? でもね、重要なのは組み合わせによって完成した魔術なの。だから悪い効果同士をかけわせて良い効果になったり、良い効果同士をかけあわせたのに悪い効果になったりするの。まずここをきちんと理解しておかないと、新しいポーションを作りだしたり、改良することは出来ないし、偶然出来たとしても、どうして出来たのかさっぱりわからないままなのよ」


 なるほど、そういうことだったのか。

 長年の疑問がようやく解消されてすっきりした。

 そんなおれが清々しい気分に包まれていたとき――


「うぉうーい」


 ギーリスがデヴァスに肩を借りながら、千鳥足でやってきた。


「蒸留したとっておきの蒸留のな、出来たんだよ、前に言ってた作ってって言ってたあの蒸留したの。凄くて水みたいにクセがなくて飲むと水じゃなくて凄い効く水じゃないの」


 今日もいい感じに酔っぱらっている。

 もう酔っぱらっての激突や転倒は日常茶飯事で、体中に痣やら小さな傷を拵え続けている。

 さすがにアレなのでアレサに回復はさせず、必要ならおれの作ったポーションを飲めと言ってあるのだが――


「あんな不味いもん飲めるか!」


 怒られた。

 自分のションベンを欠かさず飲んでいるおまえにだけは言われたくないと思ったおれは傲慢だろうか?

 ともかくギーリスは超高い度数の酒を持ってきてくれたらしい。

 ベルラットが薬草汁を酒に混ぜて飲んでいたことを思い出し、もしかしたら効果が増加するのかも、と実験のため頼んでいたのだ。

 予定では薬草汁と超度数の酒を混ぜて薬草酒にし、それをさらにポーションと混ぜてみるつもりだったのだが……、これ、超度数の下剤が出来るだけなんじゃね?


「あ、まだ何かする気だったの? じゃあ私はそれだけ確認しておいとましましょうか」


 ディーメルンはニヤニヤしながら言う。


「またぼくが転げ回るのを期待してません?」

「や、やだなぁ、そんなことないよ?」


 絶対、変なものが出来ておれが荒ぶるのを期待している顔だ。

 しかしまあ、長年の疑問を解消してもらったことだし、期待に応えようというつもりはないが最後に無茶をしてみようか。

 結局、ポーション作りはさまざまな組み合わせを行い、素材の成分ではなく魔術的な傾向を確かめ、詰めていくというのが正当ということらしいし、ならばこれもまた一つの検証だ。

 おれはディーメルンの生暖かい視線を受けながら、まずはギーリスの持ってきた超度数のお酒に『至高の下剤』を投入する。


「ひ、ひぃ……」


 生まれる緑色の液体にシアが恐怖。

 これだけでは飲んだ者が上からも下からも何かを噴出する、この世に地獄を作りだす邪悪な酒だ。

 が、ここにさらに無茶――魔術的な要素を追加する。

 それは何か?

 おれの雷撃である。

 シアから聞いた、泡盛を早く熟成させる方法。

 海底に沈める方法は通常の五倍熟成が早くなり、それを越えるのが微弱超音波を当て続ける方法で、効果は百倍となる。

 おれに超音波を出す能力はないが、そういった方法で酒が良くなるというなら、電気による反応だって何かあってもいいではないか、という本当の思いつき、要はヤケであった。


「あははは! なにそれー!」

「ちょ、ご主人さま!? そんなことしたら電気分解――、ん?」


 ディーメルンは面白がり、シアは慌てた。

 が、シアはふと思いついたようにハッと顔をあげる。


「……あ、ある! 電解酒!」


 え、あるの?

 驚きながらも雷撃を注ぎ続け、そして完成したもの。

 ただの緑色の液体であったものは、今ではうっすらと光を放ってますますヤバい代物に見える。



〈治癒酒〉


  【効果】回復効果があるとても強い酒。

      副次的に魂の澱みが祓われ、肉体の成長が促進される。



 え……。

 なにこれ?


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/06

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/26


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