第433話 13歳(春)…ポーション作りと酒造り
酒場の掃除が終わったところでおれたちは地下に下り、どの部屋を自室にするか決めてから夕食のために食堂へ集まった。
食堂には大きな土の円卓が用意されており、そこにミーネの魔導袋から大放出された料理が並ぶ。
円卓の中央にクマ兄貴が鎮座している理由は謎だ。
「食べながらでいいから、ちょっとこれからのことを話そうか」
おれは夕食をとりながらの簡単な話し合いを提案。
まずは大量のポーションの手配について。
たぶんサリス経由でダリスに話を持っていっても難しいと思われる。
「もごごー?」
「んーとな、ポーションの製造・販売については錬金術ギルドが取り仕切っているんだが、つまりこれは供給をコントロールして価格を一定に保つことができるってことなんだ。やろうと思えば生産量を減らし、価格を高止まりさせたまま販売し続けることもできる」
そもそもギルドとは職人が仲間内の利益を守るために存在するものであるからそれも仕方ないが、やりすぎると世間からハブられて錬金術ギルド無しにどうにかなるような状況が作られかねない。そのあたりのことはちゃんと錬金術ギルドも考えているのか、効能に合わせて妥当と納得できる価格で販売を続けている。
「逆に、変に価格が下がってしまわないように需要に応じての供給をしている。要は過剰な在庫はどこにも無いってことなんだ」
「もごもごごー」
ふむ、ミーネは納得できたようだ。
たぶん錬金術ギルド内部となればたくさんポーションの在庫を持っているのだろうが、そこに直接交渉しにいって分けてもらうのは……、まあおれに関係するということを前面に出していけば不可能ではないかもしれないが、簡単というわけにはいかないだろう。
いや、むしろおれが関わっているとわかったら門前払いか?
「なあリビラ、今のベルガミアにおけるポーションの供給状況とかわかったりする?」
これまでとある事情からポーション消費量が他国に比べ飛び抜けていたベルガミア王国。現在はとある改善が行われ、その消費量もずいぶんと減少しているようだ。ならばこちらに余剰なポーションがあるのではないかとリビラに尋ねる。
「ニャーさま、さすがに遅いニャ。もう調整されてるニャ」
「そっかー……」
需要と供給は釣り合ってしまったか。
そうなると他は……、うーん……。
「作るか」
「ニャ? ニャーさまがポーション作るニャ?」
「ふわー、ご主人様ってポーションも作れるんですか。ホントになんでも出来るんですね。どれくらいのポーションが作れるんですか?」
リオに尋ねられ、どんなものかを説明をする。
一応、効果だけに注目するなら市販品の中級に相当する代物だ。
「けっこうなものじゃないですか。でも、屋敷では作ってないですよね……? 王都では手に入りにくい材料とかあるんですか?」
「あ、いや、買った方がいいからさ。おれの作るポーションは効果はまあまあなんだけど不味いんだ。もうびっくりするくらい不味くて、味を良くしようと頑張ったんだけど結局それは叶わなかった」
それでも一応使うかもしれないと準備して実家を出発したら全部自分で飲むハメになった。ってかあのとき冒険者訓練校の入学日に間に合わなくなったのって子供の誘拐事件に関わったせい、つまりはカロランのせいである。くそ、なんか腹が立ってきたぞ。
おれが密かにプンスカしていると、ふと思いたったようにリィが尋ねてくる。
「なあなあ、それってリセリーから習ったやつか? ならそれ私が教えたやつだな」
「あ、そうだったんですか。なら、味も……」
「あれは傷にかけて使うものだ。私はそう納得した」
「リィさんも味をどうにかすることは出来なかったんですか……」
「出来なかったな。どうにかする方法もあるんだろうが、そもそもポーションの開発や改良ってのはよっぽどポーション作りが好きでないと無理なんだよ。今あるポーションってのは多くの人間が長い年月をかけて作りあげたものだしさ、やっぱ一人が思いつきでやったところでうまくはいかないんだろうな。味が変わるまで別の物をまぜると効果が薄くなるどころか無くなったり、別の効果になったりするし」
「ですねー……」
成功した、と思ったら下剤になっていたという悲しい出来事でおれのポーション改良の熱意は冷めていってしまった。
あ、盗み飲みして酷い目に遭ったシアが凄く嫌そうな顔してる。
「ポーションってのは作ってみるとよくわかるが、けっこう繊細な代物なんだよな。あれだぞ、実のところ錬金術ギルドにしても、どうしてその効果が出るのか、現在ではもうわからないという作り方もあるみたいだぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、今流通している効果も味も良い、最高級とされるポーションは作り方だけが伝わった旧文明の発明品らしい。もし何らかの問題が起きて製造法がわからなくなれば、もう永遠に失われてしまうって話だな」
高級ポーションってわりと真面目にロストテクノロジーなのか。
「味はひどいけど、傷にかけて使うぶんには問題ないからひとまずそれを作ってレヴィリーに渡してみるか……」
となるとポーション作りの道具が必要だ。
さすがにこんなことになるとは予想しているわけもなく、魔導袋にも入っていない。
ここは必要なものをクマ印の精霊便でサリスに伝え、ダリスに用意してもらうことになる。
「あ、ご主人さま、どうせ作業になるならあれもやりましょう。酒造り」
「それもそうだな」
シアが良い提案をしてくれた。
依頼した蒸留器も完成して屋敷に届けられていたし、あとは麦か芋か、酒の原料となる作物を用意してもらえればいい。
こうなると次はデヴァスにお願いをすることになる。
ダリスに用意してもらってもこちらに届けるのにどれだけ日数がかかるかわからないため、荷物を吐き出した魔導袋をデヴァスに持たせて回収してきてもらうのである。
「いや、あの、私にそれを預けるのはどうかと……!」
「信用してる」
元傭兵団の団長をしていたデヴァスに記憶が戻っているのかいないのか、そのあたりは謎のままにしているが、屋敷で雑務や庭いじりをしながら暮らすデヴァスに邪心は感じられず実に善良そうである。何がどうしてデヴァスがあのようになっていたか知らないが、ちょっと欲を出して今の生活を放棄するようには思えない。
それにあれだ、おれを裏切ったら大変なことになることは、ルーの森で聖女たちの様子を見て思い知っているだろうし……。
こうしてデヴァスはロンドへ到着して早々、エイリシェへととんぼ返りしてもらうことになった。
往復、さらに向こうで回収なども含め五日か六日か、まあその間は情報収集もかねて町の様子を見てまわるのもいい。
そしてそれ以後はどうするか。
デヴァスが戻ったらしばらく休んでもらい、おれはさっそくポーションと酒作りにとりかかる。
シアには酒造り、リィにはポーション作りの協力を頼むことになるだろう。
残るメンバーのうち、アレサはおれの側にいて何か手伝いをするということなので、手持ち無沙汰なのはミーネ、リビラ、パイシェ、リオ、アエリスの五名となる。
「ひとまず自由行動でのんびりしてていいよ?」
「レイヴァース卿、もしお許しいただければなのですが……」
と、そこでパイシェが挙手。
「なんでしょう?」
「はい、実はレヴィリー殿が連れてきた兵たちの素行の悪さがボクには我慢ならなくて……、そこで町にとっては余計なお世話なのかもしれませんが、巡回して迷惑行為をしている兵を片っ端から更生していこうかと……」
「なるほど……、少しは良くなるかもしれませんね……」
極端にヤバいのがいると、ゴロツキであってもさすがに目立つ行動は控えるようになる。これは去年の冬に行ったベルガミアの迷宮都市ペアナで実際に確認した。
これで市民からの信頼が得られたら何かと情報を得られるかもしれないし、案外よいのではなかろうか。
一応、レヴィリーとバイアーには話を通しておいての話だが。
そのあたりは明日だな。
こうして会議は終了となり、国境都市ロンドに到着しての一日目は終わりを迎えた。
※脱字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/06




