表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
1章 『また会う日を楽しみに』編
44/820

第44話 7歳(春)…シア

 シリアーナを家族に迎えての生活が始まり、まずは我が家のことを色々と聞かせた。といっても、特別しきたりがあるわけでもないので、ただどんな感じで暮らしているか話しただけだ。

 家族に迎えられたことが嬉しかったのか、シリアーナはやけにはりきっていた。特に母さんに懐き、さっそく家事を手伝ったりしている。

 ただ、やはり自分の名前は気に入らないのか、シリアーナと呼ばれるとちょっと表情がこわばる。気持ちはわかる。本当によくわかる。しかしそれも二日ほどしたら平気な顔でいるようになったので、まあなれたのかとおれは思った。

 しかし生活三日目――


「あっちに〝クラリネットをこわしちゃった〟って歌、あるじゃないですか」


 唐突に死神は妙なことを言い始めた。


「あれってドレミファソラシまで音でないとか、もう大破してますよね。息子さんはお父さんからもらったクラリネットでいったいどんな激しいプレイを楽しんだんでしょうね」


 死神の目がおかしい。

 焦点があってないというか、おれを見ていないというか、ちょっと向かい合っていると不安になってくる目をしている。

 この感じ――、かつておれは元の世界で体験したことがある。

 ちょっと社会勉強にいこう、とジジイに誘われ、おれはごみごみとしてうらぶれた、時代に取り残されたような住宅地に連行された。

 そしてボロアパートの一室で全身毛という毛をすべてそぎ落としてつるつるになった中年男性に会った。なんで全身つるつるかわかるかというと、そいつはすっぽんぽんで仁王立ちだったからである。

 さすがにフリーズした。


「ご無沙汰しております、天神様」

「久しぶりだな翁よ。して、あれはどうなっておる?」


 ジジイがいきなりすっぽんぽんを天神様と呼び頭をたれると、そいつは厳かな表情で大仰に頷いて問いかけた。


「あれについては粛々と進んでおります。もうしばしお待ちくだされば、天神様の期待なさるとおりの結果になることでしょう」

「重畳である」


 すっぽんぽんは実に満足げな表情をする。

 あれ、がなんだかわからないおれは気味の悪さがますばかりだ。


「ときに翁よ」

「はい、なんでございますか」

「ふと思ったのだが、なぜ我を神と崇め奉る者はおぬししかおらぬのだ?」


 神じゃないじゃん――うっかりそう突っこみそうになるのを、おれは寸前で堪えることに成功した。口走っていたときのことを想像して冷や汗がでた。


「それはおそらく……」


 ジジイは険しい表情になってすっぽんぽんに言う。


「天神様が役所に届出を提出しておられないからではないでしょうか?」

「なんと!?」


 いやちょっと待てこら。


「そのため登録がなされておらず、結果として誰もこの日の本に天神様が親臨なされたことに気づくことができないのでしょう」

「なるほど、そうであったか」


 な、納得してる……!?


「よし、ではさっそく届出をだそうではないか」

「はっ、それがよろしいかと」

「うむ、ではいってくる」


 そう言うと、すっぽんぽんはすっぽんぽんのまま外に出掛けていった。


「……なにあれ」


 すっぽんぽんの姿が離れたのを確認してから、おれはジジイに言う。


「ああ、あの人な、昔はえらい先生のお手伝いをやっていたんだ。でも心労からかちょっと変わった行動をするようになってしまってな、それで儂に面倒を見てくれとその先生から頼まれていたんだ。まあその先生ももう歳だし、そろそろあの人も解放していいかなと。でもせっかくだからお前にも見せておこうと思ったんだ」

「あんなの見てどうしろと……?」

「ああいう感じの人はな、とりあえず話を合わせておいた方がいい。事件を起こした犯人と交渉する際の鉄則に似ているな。否定や拒否をしてはいけないんだ。はじけるから」


 そして夜、疑惑の政治家の元秘書が市役所に全裸で押し入るという妙なニュースがあった。

 ――で、だ。

 現在、死神はそのすっぽんぽんとよく似た雰囲気を醸しだしているのである。

 ここは経験をいかし、否定や拒否をせずさりげなく話題を変えることにしようか。


「ま、まあふざけた話はこれくらいにしてだな――」

「ふざけてないです! これはとても真面目な話なんですよ!」


 いかんさっそくしくじった!

 というかこれ真面目な話だったの!?


「そういえば真面目な話、で気づいたんですけどシリアスって言葉、あるじゃないですか?」


 やべえそしてなんか話題が次に繋がった。


「シリアスって〝尻〟とアス――〝英語〟の尻ってふうに分けられますよね?」


 なんでふたつに分けちゃうの!?


「つまり深刻とか真面目って意味合いのくせに、実際はあざ笑うように、尻そして尻、となるわけです。すごい発見ですよ。これってトリビアになりませんかね?」


 なんねえよ!


「とすると……ご主人さまのセクロスという名前にもなにか秘密があるのかもしれません」


 ああもう待ってくれ。おまえの思考速度は善悪を飛びこえるほどに速くておれにはとてもついていけない。まずその「とすると」はどういう原理で連結してきたんだよ。

 あとおれの名を呼ぶな。


「セクロス……スペル的にはセックス……ロス……?」


 セックスは性、性別、そんでもって性交、ロスは失うとかそんな感じだ。

 もしそれをくっつけたら不能っぽい?

 いや、そもそもそういう衝動がない感じか?


「ちょっとご主人さま、もしセクロスという名前がわたしの危惧したとおりのものであったらこれは一大事ですよ? ご主人さまはレイヴァース男爵家の次期当主、子作りはとても大切な仕事です。それが不能とあっては……」

「いやまて。それは名前の話だろうが」


 話が妙な方向へ向かい始めたのでおれは訂正しようとした。

 しかしだ。


「ご主人さま、あの神さまに指定された名前がただの名前であると思いますか?」

「……あー……」


 逆に納得させられてしまった。


「こちらでは意味もない言葉かもしれませんが、あちらの概念を持っているご主人さまにとってはその名前――、呪縛になっているかもしれません! ご主人さま、ここ最近、エロい事態におちいってクララがビルドアップしたことありますか!?」

「ねえよ! まだ七歳だぞ!」

「それくらいならあってもおかしくありません! そりゃあもうピサの斜塔のごとき角度ですよ! だというのにクララが意気地なしのままだなんて、これはいよいよ……!」


 死神は深刻な表情で言う。


「ご主人さま、ちょっとクララだしてください! 刺激します!」

「いきなりなに言いだしてなにする気だてめぇは!?」

「ビンタします!」

「まさかのバイオレンス!?」

「いやいや、あれですよ? バイアグラもらいにいったらいい歳した医師にクララをバチコーンバチコーンとしばかれて、本当にビルドアップしないかチェックされるんですよ? それにくらべたらこんな可愛い女の子にしばかれるんですから、それはもうご褒美でしょう?」


 やべえ、このメイドやべえ、どうしたらいいんだこれ。


「ま、まて、ちょっとまて。ようするに、名前があれなのがいけないんだろ? だったら導名を得たらいいわけだ。まだ七歳だし、そんなに焦らなくてもいいだろ?」


 おれは拒否はせず代替案というか妥協案というか、とにかく話を少しでもそらそうとする。

 すると死神は動力がきれた機械のようにぴたりと動きをとめ、おれをじっと見つめてきた。その見つめ方が目の前にいるのに遠くからそっと覗きこむような仕草で非常に気味が悪いというかもう恐いです。


「なるほど、導名ですか……、ひらめきました!」

「なにひらめいちゃったの!?」


 誰かに助けを求めたいけど、誰に助けを求めりゃいいんだこれ!


「なにって魔王を討滅する作戦ですよ!」

「いやおまえなに無茶いいだしてんのってか魔王もクララをピサの斜塔させるために討滅されたらたまったもんじゃねえぞおい」

「名づけて〝キリンさんゾウさん作戦〟です!」

「聞いちゃいねえのかよ!?」


 どうしようもない変調のマイペースで死神は作戦の解説を始める。


「まず魔王がでてきたらご主人さまはわたしをつれて魔王のところへはせ参じるのです。そこでどうにかこうにか魔王の謁見をとりつけてですね、配下にくわえてもらいたいとか適当なこと言うんです。でもって手土産としてわたしを献上するんです」

「おまえ献上してどうなる?」

「はあ? ちょっとご主人さま、その陰険な目をよーく見開いてわたしをもっとちゃんとよーく見てくださいよ。すごい美少女じゃないですか。でしょう? どうせ魔王なんて綺麗な女の子に目がないオヤジです。だからわたしが自分のものになるとなれば、それはもう油断しまくりなわけですよ」

「油断させて……どうするんだ。おれ魔王をぶっ殺すような戦闘力ねえぞ」

「いいんです。ご主人さまは大人しく見守っていてくれれば。とにかくわたしは献上されてしおらしく魔王に近づくわけです。魔王はあれですね、もう『ぐへへへへ、はようはよう』とか言いながらヨダレたらしてます」


 こいつのなかの魔王像ってどうなってんの?


「わたしはそっと魔王にしなだれかかって言うわけです。『キリンさんも好きです。でもゾウさんはもーっと好きです』って」

「あー……、ああ、うん」

「そうすると魔王は得意げに『ほほう、我のゾウさんは並のゾウさんではないぞ、言うなれば……マンモス!』ってくるわけですよ」

「おまえもう死んだ方がいいな」

「そこでわたしがそのマンモスを見たがるとですね、魔王は得意になってそのマンモスをぼろんとだすわけです。ぼろんと。そこでわたしはそのマンモスの鼻をガッとつかんで、渾身のエナジードレインをぶちかますわけです!」

「やめてさしあげろ。いくら相手が魔王でもやっていいことと悪いことがあるだろう」

「でもやっぱり魔王ですから、それでは死なないかもしれません。なのでこうありったけの力でもってギュギュウーグリグリグリ、ブチブチブチーってもぎもぎフルーツするわけです」

「…………」


 もぎもぎしてモグモグすんのか?

 いやそれはおいといて、だ。

 いくらなんでもこの死神のいかれっぷりはおかしいとおれはやっと冷静になってきた。

 ひとまず死神には喋らせておいて、おれはおかしくなった原因を探ることにする。

 混乱とか錯乱とか、そういう状態異常も〈炯眼〉でわかるだろうか。



《シリアーナ》


  【称号】〈気狂い姫〉

      〈暇神の使い〉

      〈元死神〉


  【神威】〈暇神の興味〉

      〈群体の関心〉


  【秘蹟】〈喰世〉



 前に見たときと変わらないステータス――かに思えたが、称号の順番が変化している。

 アホ神のインパクトが強いからなんとなく覚えていただけだが、確か〈暇神の使い〉が一番目だったはずだ。

 それが今は〈気狂い姫〉、まさに今のこいつの状態となっている。

 どうやら称号は当人の状態によって入れ替わるようだが、上位存在――神とかに関わる称号ってまず最初に表示されるもんじゃなかったっけ?

 まあこいつは中身が死神という珍品だし、例外かなんかだろう。

 今はそれよりもこいつの対処だ。

 神に関係する〈暇神の使い〉も〈元死神〉も押しのけて第一位となった〈気狂い姫〉とやらはどういうものなのか。

 うーむ、この称号を調べることができれば――



〈気狂い姫〉


  【効果】不愉快な名前を呼ばれ続けた結果、心を病んだ。



 と思ったら調べることができて、同時にこいつが壊れてきた理由も判明した。

 わりと他人事でなくてちょっと震えた。

 おれも気をつけねば。


「これからおまえの名前はシアにしようと思う」

「――え!?」


 言うと、気狂い姫はびっくりしたようにおれを見た。


「最初のシリだと連想するし、シリアにすると今度は物騒な地域のイメージがわくから、はしょってシアだ」

「い、いいんですか!? わたしだけ変えていいんですか!? てっきりご主人さまが変えられるようになるまでわたしもおあずけだと思ってたんですけど……!」

「事情が――、いや、気がかわった。それだけだ」

「はあ……、よくわかりませんが、わかりました。じゃあわたしはたった今からシアであります!」

「べつにほかに候補があれば自分で決めていいんだぞ?」

「名前に人一倍こだわりのあるご主人さまがシアという名前を選んだんですからきっと良い名前のはずなのです! その名前、ありがたく名乗らせていただくであります!」

「ふむ……」


 嬉しそうなシリアーナ――あらためシアを〈炯眼〉でチェックすると、称号の並びが前のものに戻っていた。ひとまずは安心ということだろうか。こいつがあの状態では弟の教育にあまりにも悪いのでほっとする。戦闘用モビルスーツが発進する穴とか披露されても困るのである。

 翌日、シアは何事もなかったかのように平常運転にもどった。


※誤字の修正をしました。

 2017年1月26日

※称号についての考察を修正しました。

 2018年7月12日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] なんでシアってニックネームつけられるんですか? シリアーナって呼ばなきゃ自分が呼ばれていると認識できないんじゃ それができるなら主人公もニックネームで呼ばせりゃええやんってなる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ