第432話 13歳(春)…国境都市の抱える問題
レヴィリーたちがすごすご立ち去り、酒場にはおれたちと、むすっとしたまま状況を見守っていた酒場のマスターだけが残った。
ってかあの状況でずっと動かず見守っていたとか、なかなか肝の据わったおっさんである。
「ちょっと騒ぎになっちゃったけど……、最初にシアがめってすればよかったんじゃないの?」
「いやー、ミーネさん、これはこれでよかったと思いますよ? 威圧で何もさせないまま圧倒していたら、下手するともうご主人さまがここを取り仕切る流れになってしまったかもしれませんし」
おまえら強いな、もうここ防衛してくれよ、ということか。
確かにそんなことになったら面倒である。
ならあれでよかったのか?
でもそのせいで酒場がめちゃくちゃなんだよなぁ……。
ちら、とマスターを見やると、未だに憮然とした表情で特に何か言うでもなく……、こうなるとその無反応が恐くなってくる。場合によってはいきなり奇声を上げて襲いかかってきてもおかしくないだろう。
ここはおれが責任を取るか……。
「すいません、お騒がせしてしまって。補償についてはぼくが――」
「あんたら、どこに泊まるつもりなんだ?」
おれの言葉を遮りマスターが言う。
「それは……、こちらの宿に泊まろうかと思ってるんですが……」
「そいつは難しいな。国境の町ということもあって宿屋は普通の町より多いが、国境が封鎖されたこともあって商人や行商人でだいたい埋まっちまってるからな。帰りゃいいのに、商機があるとでも思ってるのかしぶとく残ってやがるんだ」
「あー、そうなんですか……」
ならミーネにお願いして町の外に建物を作ってもらうしかないか。
そう考えたところ、さらにマスターは言う。
「この状態じゃ営業はできんからな、ここに居てもかまわんぞ。まあ雨風をしのげる程度だがな」
「それは……」
郊外に拠点を構え、いちいち町に訪れて情報を集めるよりここにいた方が便利と言えば便利である。
しかし快適さで判断すれば郊外の拠点だ。
どちらがいいか考えていたところ、ミーネが言う。
「なら地下に部屋を作るわ!」
地下に……?
そうか、それも有りと言えば有りか。
「そうだな、頼む」
「任せて!」
それからミーネは酒場の地下に居住空間を構築する作業に取りかかり、残るおれたちは散らかった店内の片付けを行ったのだが、気づけばそれは本格的な清掃作業になり、一体何時から掃除していなかったのかも謎な店内を見違えるように綺麗にした。
メイドたちの本領発揮であった。
さらにデヴァスは屋敷で色々やっていた経験を生かして酒場全体の補修まで始めている。
「ここまでしてもらうとむしろ申し訳なくなってくるのだが……」
ぴかぴか――はまあ言い過ぎにしても、すっかり清潔になった店内を見てマスターは困惑していたが、戸惑うのはまだ早い。
そろそろミーネが手がける地下居住区も出来上がっているだろう。
おれはマスターを連れ、様子を見に地下へ。
酒場の地下には小さな酒の保管庫があったが、そこからさらに下へと続く螺旋階段が作られていた。
魔導灯で足元を照らしながら降りていくと底には小部屋くらいの空間があり、正面には奥へと続く通路が暗闇の向こうへと伸びていた。
そんな通路の上部には文字が並んでいる。
『汝のすべてをもって挑むべし』
なんじゃそら。
まるでダンジョンの入口のような……、な?
「うおぉぉ――い! ミィィ――ネェェ――――ッ! ちょっとこぉぉ――い! 戻ってこぉぉ――い!」
おれは声を振り絞ってミーネを呼んだ。
が、しばらく待っても反応は無い。
「どうした、行かんのか?」
「すいません、ちょっと手違いがあったようで、どうも悪ノリしてダンジョン作ってるようなんです。進むと罠があると思うので」
「ダンジョン……? 店の下に……?」
「すいません、すぐにやめさせるんで」
すっ飛んでいって頭をひっぱたきたいところだが、どんな罠を拵えているかわからないので恐くて進めない。
仕方ない。
おれはクマ兄貴を召喚すると、大きく『戻れ!』と書いた紙を持たせてミーネの元へ送り出す。
「……今のは?」
「ぬいぐるみ型魔道具です」
「動いていなかったか?」
「ぬいぐるみ型魔道具ですから」
なんとか誤魔化し、もうしばらく待つとミーネがクマ兄貴を抱えてこちらへ戻って来た。
「なにー?」
「何じゃねえ! おまえなんでダンジョン作ってんの!?」
「え、だってほら、いざエルトリアの兵が攻めてきたとき、こういうのあると便利でしょ? こことは別に、エルトリア側の郊外にも入口を作ろうと思ってるの。兵が来たら呼び込んで、えいっ、ってやるのよ。とっても楽しそうでしょ?」
「確かに楽しそうなのは認めるがダンジョンは無し!」
「ええー……」
「ええー、じゃないの」
「だって大規模戦用の大広間も作ったのよ? エミルスでマンティコアと戦ったような所。なのに潰しちゃうの?」
「じゃあそこは体を動かしたくなったら使う所でいいから。ともかくダンジョン製作は中断してまずは居住空間をどうにかしてくれ」
「あ、それならもう作ったわ。案内するわね!」
そう言ってミーネは通路の奥へとおれたちを案内するのだが――
「あ!」
突然声をあげ、付いていこうとしたおれたちにふり返る。
それはちょうどおれが薄い床を踏み抜き、落穴に落ちるのとほぼ同時のことだった。
「…………」
「ご、ごめん……、通路の真ん中を歩かないと危ないって言うの忘れてて……」
申し訳なさげな顔で穴を覗きこんでくるミーネ。
幸い、ちょっと深い穴でしかない落穴だったので怪我をするようなことはなかったが、おれの胸には怒りを通りこして何とも言えぬ虚無感が広がっており、ミーネに怒るよりも罠について尋ねることを怠った自分に腹を立てていた。
「おらぁ!」
「あいたー!」
が、お仕置きするかしないかはまた別問題であり、這い上がったおれの繰り出したハリセンはミーネの頭に炸裂、地下空間に良い音を響かせることになった。
△◆▽
ミーネの構築した居住空間はまず皆の集まる食堂があり、さらには各個室と風呂場、遊戯室まで用意されていた。他にもダンジョン用にと用意した謎の部屋が幾つもあり、ここまでくると地下の居住空間と言うより小規模の地下施設空間である。
「私たちが居なくなったあとは好きに使ってね!」
「お、おう……」
一緒に来たマスターは困惑しすぎてやや放心状態になっている。
ひとまず皆もこちらへ呼ぼうと階段まで戻ったとき、清掃作業の次の段階としてちょっとした店内のリフォームを指揮していたシアがこちらへと降りてきた。
「ご主人さまー、なんか参事会の人が来てるんですけどー……、ってどうしてクーエルさんが?」
事情を知らないシアはミーネが抱っこしたままのクマ兄貴を見て首を傾げ、クマ兄貴もそれにつきあって首を傾げる。
「ちょっとな。どうせだからロンドに着いたことを知らせる手紙を持って行ってもらうことにしたんだ。それで……参事会の人?」
「バイアーさんて方ですねー。あとでわたしたちの訪問の目的を聞きに誰かが行くって町の入口で言われましたし、たぶんそれかと」
「ああ、なるほど」
「バイアーか、なら俺も行こう」
おや、マスターとは知り合いなのか。
会わずにいる理由もないのでそのまま店内へと戻ると、そこには二人の男性――身なりの良い爽やかなのと影の薄そうなのがいた。
「お初にお目にかかります、私はバイアー。この町の市長の息子で、参事会員を務めています。こっちは相談役のストレイです」
バイアーは爽やかな方で、影の薄いのがストレイ。
どうやらおれに挨拶しに行こうとしていたところレヴィリーが騒ぎを起こしたと知らされ、詳しい事情を知らないままこちらへ駆けつけたらしい。
ある程度のことは店内の改修をしていた皆に聞いたようだ。
「レイヴァース卿は到着早々に大変な目に遭われたようですね。申し訳ありません、レヴィリーと奴が連れて来たゴロツキはこの都市も迷惑しているのです。防衛のためと言いつつ、市民に迷惑ばかりかける非常にやっかいな連中です。あれがネーネロ辺境伯の息子でなければさっさと追いだしているのですが……」
「バイアー、そう言うな、あいつも色々と背負い込んでるんだ」
と、マスターが口を挟む。
「ギーリスさん、気楽に構えすぎですよ。ろくに支払いもしない連中を招き入れて……。まあそのおかげで他の酒場に迷惑がかからずにすんでいるのは有り難いのですが」
マスター――ギーリスはのん気すぎるとため息まじりにバイアーは言う。
「しかしレイヴァース卿が来てくださったおかげで、あいつも大人しくなるでしょう。こちらへはどれくらい滞在されるのですか? よろしければこちらで宿を手配しますが……」
「あー、それはありがたいのですが、しばらくはこちらの酒場にごやっかいになろうかと思っていました」
「こ、こちらに……?」
困惑された。
まあ好意に甘えてもいいんだが、ミーネがせっかく住む場所を作ってくれたからな。それにこっちの方が気楽だ。
ひとまず店内でごろ寝を想像しているバイアーを地下へ案内する。
「こ……」
そしたら一言発したっきり言葉を失った。
「もし都市の地下にこんなものがあってはまずいというのであれば、ここは破棄して元に戻しますが……」
「あ、いや、これは……、これは……、うーん……」
流石に即答できないようだ。
「すいません、ここのことについては少し皆と相談させてください。元に戻してもらう場合は、レイヴァース卿が都市を立つ時でいいようにしますので……」
そしてバイアーはストレイと共に去っていった。
なんか挨拶に来てびっくりして帰っていっただけになったなあの人。
「ギーリスさん、あのバイアーって人はやけにレヴィリーにきつい感じでしたけど……、何かあるんですか?」
「腐れ縁というくらいの話なら。仲がいいようで、悪いようで、そんな関係だ。レヴィリーは優秀なバイアーが面白くないが、バイアーはバイアーでレヴィリーに思うところがあるわけだ」
「レヴィリーも何かいいところが?」
「側に居る侍女が気になるのさ」
「あー、なるほど……」
アーシェラは美人さんだしなー。
「まあこれまでは罵り合うくらいのものだったが……、それぞれ立場というものが出来たのが問題でな、だいぶこじれてきているようだ」
「こじれて……?」
「レヴィリーは辺境伯側の立場として兵くらい置いておきたいところだ。しかしバイアーは参事会側としてただでさえ不安を抱えている町に市民の感情をささくれ立たせる要因を置いておきたくない」
「なるほど。……あれ、それって下手にこじれていったら兵と市民の争いにまで発展しかねないんじゃないですか?」
「かもしれんな。そうなると……、エルトリアが兵を出すかっこうの理由になってしまう。半分はエルトリアだしな」
「おおぅ……」
うーむ、来て早々に都市の問題が……。
これはどうにかしないとまずいか?
「ややこしいことになる前に、無理矢理にでも説得してレヴィリーには帰ってもらうか……」
そう考えていたところ、これにリィとリビラが口を挟んできた。
「もうちょっと様子を見てからにしたらどうだ?」
「ニャーもリィにゃんに賛成ニャ」
二人がしばしの様子見を提案してきたのは意外だった。
邪魔だからとっとと追いだそうと言いだすのが二人らしい感じがするからである。
「まあぐーたらしてるようだけど、一応、何か考えがあってここにいるんだ。それがわかるまではな。どうしようもなかったら力ずくで追っ払えばいい」
「はあ、リィさんがそう言うなら……」
おれが困惑していると、リビラがちょっと言いにくそうに言う。
「誰もがニャーさまみたいな判断と行動が出来るわけじゃねえニャ。なんとか動くことはできても、そこで迷ったり後悔したり、うまく行かなくて悩んだり、いざというときを想像したりして腰がひけちゃったりするニャ。まああれニャ、親が立派だったりすると、出来の悪い子供は大変ってことニャ」
「いじける時間も必要だったりするってことだよ」
「はあ……」
そういうものか。
「だからニャーさまはちょっとあの馬鹿息子を助けてやるといいニャ。ニャーさまが関われば、きっとうまく行くニャ」
「助けるったって……」
やれることは参事会側から不信感を抱かれていることをよく理解させ、信用を得られるような行動をするよう説得するくらいだ。
だがそうなると話を聞いてもらえるだけの信用が必要なわけで、となるとそのためには……、ひとまず頼まれたポーションの手配か。
うーん、出来るかなぁ……。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/05
※文章を少し修正しました。
ありがとうございます。
2021/09/17
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/12




