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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
7章 『獅子と猪』編
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第430話 13歳(冬)…ネーネロ辺境伯の変態

 進むにつれネーネロ辺境伯の噂は収まるどころか酷くなっていった。

 流言飛語――、すべてを信じるわけではないが、面目丸つぶれでさらに神まで出て来て怒られちゃったからなー。一般的には神は偉大な存在みたいだし、これで精神の均衡を崩してしまった可能性もある。

 もともとエルトリアのことで悩んでたってのもあるようだし……。

 元から行きたくなかったのがますます嫌になってきたものの、領内で活動するのに領主に黙って、というのは問題である。もちろん本当に挨拶だけで、ちょっと領内で活動させてもらいます、というわけにはいかず、おれが関わることになった経緯などもある程度は説明する必要があるだろう。


「これ、お前がのこのこ挨拶に行ったらまずいんじゃね? 私が行ってやろうか?」

「リィさん、ぼくは何もしていませんよ。やったのはオーク的な何かですから。……でも、挨拶するときは一緒にいてくださいね?」


 どんな事態が起きるかわからないからな。

 そしてやって来ましたネーネロ辺境伯の立派なお屋敷……、って言うか城。

 ひとまず面会を望むことを告げるだけ告げようと出向いたところ、すぐに会ってくれるとのこと。

 そこで会うのは、おれ、シア、ミーネ、アレサ、それからリィの五人とし、リビラ、パイシェ、リオ、アエリス、デヴァスの五人には別の場所でひと休みしておいてもらうことにした。

 ところが――


「レイヴァース卿お一人で、というわけにはまいりませんか?」


 そう願い出てきたのは魔道執事のロヴァン。

 この提案に対し、おれが何か言うよりも早くアレサが断った。


「その場には私も同席させてもらいます」


 一昨年、王都で妹の方――魔道侍女アーシェラとガチンコしたアレサはやや警戒しているようで、おれ一人で辺境伯に会うことをよしとしなかった。


「ではわたしもご一緒に」

「私もー」

「まあ、私もな」


 アレサに続き、シア、ミーネ、リィも同席する意志を示す。

 これに対しロヴァンは何か言うかと思いきや、少し――、なんだろう、何かを諦めるように目を瞑り、それから頷いた。


「では皆様、どうぞこちらへ」


 気になる反応を見せたものの、ロヴァンはおれたちを応接間へと案内してくれる。

 向かう途中、屋敷の様子をちょっと観察させてもらったが、特別怪しい雰囲気などは見あたらなかった。

 おれたちを案内したあと、ロヴァンは辺境伯を迎えに退出。

 そして待つことしばし。

 やがて現れた辺境伯は――。

 裸だった。

 すっぽんぽんだった。


「待たせたね」


 そう朗らかに微笑むネーネロ辺境伯はマジですっぽんぽん。

 半裸とかパンツ一丁とかそんなレベルではなく、一糸まとわぬ姿でその小太り気味な肉体を惜しげもなく披露してくれた。

 辺境伯は素っ裸であったが、股間のナウマン象は側に控えるロヴァンが手にしていた、ネーネロ家の紋章が刺繍された手旗でさっと隠してくれたためセーフであった。

 が――


「ぬぐわぁ!」


 シアは目を押さえて仰け反り、ミーネは困惑、アレサは目をぱちくり、リィは額を押さえて項垂れた。


「こんな姿で失礼するよ」


 いや本当にこんな姿だよアンタ!?

 そして本当に失礼だよ!

 普通は作業中だったりして当主として客を迎えるに相応しい服装じゃないからとか、そういうときに言うもんだよ。

 でもあんたのそれは言葉の許容範囲オーバーキルだよ。

 ここに来るまでの道中、辺境伯は気が触れたと噂されていたが、それでもすっぽんぽんで客人を迎えるようになっているほど狂っているとまでは噂されていなかった。

 なるほど、ロヴァンが面会はおれだけにならないかと言ってきた理由がやっとわかった。

 ロヴァンは女性陣に配慮したのだ。

 なら理由を言ってくれって話になるんだろうが……、言えないよなぁ、主が露出狂になってしまってすっぽんぽんで登場するからなんて。

 ロヴァン、苦労してるんだろうなぁ……。

 なんか急に親近感が湧いてきた。


「まずはこの姿について説明させてもらおうか。君も知っているだろうが、私は一昨年、王都で騒動を起こしてね、その際、装衣の神ヴァンツ様に窘められたのだ。それから私は自分の行いを深く反省し、家宝の服を陰謀のために台無しにしたような私だ、もう服を着る資格を失ったと気づいたのだよ」


 なんでその結論になるんだよ……!


「私が裸で生活することについては反対も多かった……。妻たちは幼い子供たちを連れて出ていった……」


 そりゃ反対もするだろうし、奥さん方もあきれ果てて出ていくわ。


「しかし私は挫けない……!」


 挫けてよそこは!

 ってかこれっておれのせいになるのか?

 やったのはオーク的な何かだが、計画の立案実行はおれだ。

 でもこんなことに責任なんか持てないよ……!


「いつか……、いつかヴァンツ様が私を許してくれるその日まで、私は全裸で過ごし続けるつもりだ。もしかしたら私は死ぬまで全裸で過ごすことになるかもしれない。だが、それでも、全裸で居続けることがヴァンツ様に対する私なりの償いであり、敬っていることを態度で示し続ける――」

「装衣の神より祝福を戴くおれが命じる! 着ろ! 服を!」


 突っ込む前にさらに突っ込みどころのある話をしやがるせいで、突っ込みが喉につまって口から出てこなくなっていたが、もう突っ込むことは諦めてそれだけを告げた。

 辺境伯はぽかんとしたが、控えるロヴァンはこれまで色々と思うところがあったのだろう、おれに対して深々と礼をする。

 もちろん、辺境伯の股間を隠す手旗の位置は維持である。

 ロヴァンは実に優秀な執事であった。


    △◆▽


 おれの怒声が響き渡った後、すぐさまロヴァンが人を呼び「爽快感が無くなる」と抵抗する辺境伯を連行、服を着せに行った。


「レイヴァース卿、この度のご来訪、誠にありがとうございます。本当によく来てくださいました。貴方様でなければ、我が主の奇行を改めさせることは叶わなかったでしょう」


 一人残ったロヴァンはおれに重ね重ね感謝。


「いや、よく言って聞かせればよかったのでは?」

「装衣の神よりお叱りを受けた末の決断でしたので、それを一介の使用人が改めさせるのは……」


 あー、神を引き合いにだされた奇行となると止めにくかったのか。

 それからもロヴァンはひたすらおれに感謝を述べ続け、なんかびっくりするくらい美味しいお茶や、それに負けないくらい美味しいお菓子や果実などを用意してくれた。


「……」

「シア、ミーネ、こそっと仕舞い込まない。お行儀悪いから」

「セ、セレスちゃんにもあげようかと……」

「わ、私はクロアにあげようと思って……」

「だとしても、まずはちゃんと断るの」


 貴族のご令嬢にあるまじきセコさを見せた二人に対しても、ロヴァンは嫌な顔ひとつせず、むしろ少し微笑んでいるような顔である。


「シア様、ミネヴィア様、お望みであればお土産用にご用意いたしますが……?」

「あ、お願いします!」

「ありがとう! お願い!」

「かしこまりました」


 前回は敵として戦うことになったロヴァンであるが、今は主の恩人(?)に対応する有能な執事であった。

 やがてしばらくぶりに服を着た辺境伯がこちらに戻って来た。


「待たせたね……」


 なんでしょんぼりしてるんだよ、喜べよ。

 服を着て元気がなくなってしまった辺境伯だが、おれはかまわず領内で活動することについて説明をする。


「なるほど……」


 ふーむ、と辺境伯はやっと真面目な雰囲気になる。


「国境閉鎖については私も把握している。こちらに戻ってからもエルトリアの動向には気をつけていたからね。とは言え、出来たことはそれくらいだ。あとは周辺の貴族にもしものときは手を貸してくれとお願いしていたくらいか。まあ相手がエルトリアとなれば良い返事は貰えなかったが、私の次は君たちの番になると若干の脅しも含めたので、約束だけは取りつけることが出来た」


 その交渉は手紙か何かで行ったのか?

 まさか裸で出向いたんじゃないよね?

 色々気になるが、聞いたところで何の益もないことなのでおれはその疑問をぐっと呑み込んだ。


「君の活躍も耳にしている。君ならば……、もしかしたらエルトリアを解放することも出来るかもしれないな。スナークに比べればまだこちらの方が容易いだろう?」

「スナークはたまたま対処できたという話ですよ。ぼく自体が死ねぬ病への特効薬のようなものだっただけです。ぼくにとってはエルトリアの問題の方がやっかいですね」


 辺境伯との会話は主におれが行い、皆はそれを見守っている。

 世間話を交える感じで話は進んでいったが、ふと、辺境伯は口ごもり、それから覚悟を決めたように言う。


「……あの少女は君のところにいると聞いた。元気にやっているかね?」

「ええ、元気すぎたりもするんですが」

「そうか」


 ほっとしたように微笑む辺境伯。

 一昨年の騒動では敵でしかなかったが、その人となりは悪くはないようだ。

 このあたりは『魔道具使い』の魔道具によってとにかく領地を守ることを優先する精神状態にさせられていたのだろう。

 それからも話は穏やかに進み、領内での自由行動を許された。

 これで次はいよいよ国境都市ロンドに向かうことになるのだが、そこで辺境伯はおれたちに一つ情報をもたらした。

 なんでも、ロンドにはネーネロ家の長男――レヴィリーが兵を率いて滞在しているらしい。


「あまり出来の良い息子ではなかったが、私が裸で過ごすようになったら急に領地のことを気にするようになってね、エルトリアに異変ありと知ったら百名ほどの兵を集めてロンドに向かってしまったのだ」


 たぶん父親の庇護下でのほほんと暮らしていたが、その父親が狂ったのでのほほんとしている場合ではないと目が覚めたのだろう。

 良いのか悪いのか。

 それに連れて行った兵が百名ほどって……、どうなんだ?

 まああっちの世界でも三十二人で四千人に対して防衛戦を行って遣り遂げた話があるから不可能ではないのかもしれないけど……、それは三十二人の中に怪物がいたからであって、現実的には普通に全滅だろう。

 レヴィリーが連れて行った兵の中にシアかミーネみたいなのは……、居ないだろうなぁ。


※脱字と文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/05

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/03/25


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