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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
7章 『獅子と猪』編
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第429話 13歳(冬)…エルトリア王国の歴史

「ねえねえ、急ぐならね、竜の国にお願いして、竜になれる人を貸してもらったらどうかしら?」


 遠征の準備を進めるなか、ミーネがそんなことを提案してきた。

 今回の問題は悪神・邪神に関わるかもしれない問題である。

 邪神の誕生に端を発する瘴気領域、そこを囲む大陸の守護者たる星芒六カ国の一国として、竜皇国はこれに協力する義務――とは言わないまでも、検討くらいすべきかもしれない。


「聖都から話を通しますよ?」


 ようやく修復された法衣を久しぶりに纏ったアレサが言う。

 しかしおれはこれを辞退。


「緊張が高まりつつあるところに、竜が編隊組んで飛んで行ったらまずいでしょう。下手すれば竜皇国の干渉があると誤解され、事態がややこしくなるかも知れません」

「えー、じゃあ途中までなら」

「話が伝わるかもしれないからダメ」

「国境が封鎖されてるから大丈夫じゃない?」

「情報収集する奴はそういうの関係ないからダメなの」

「むぅ……」


 ミーネは空の旅を楽しみたかったらしいが、今回は慎重に陸路で向かう。

 旅の準備は魔導袋持ちがおれを含め、シア、ミーネ、アレサ、リィと五人もいるため数日で完了。

 この期間のなかで話を通すべきところに事情説明も行った。

 まずは国境が接しているザナーサリー王家。

 それからロールシャッハと、手配中の『魔道具使い』も現れるかもしれないということで、冒険者ギルド支店長兼魔道具ギルドのメンバーであるエドベッカにも話を伝えた。


「なるほど……、伝えてくれてありがとう。実は『魔道具使い』を捕縛するようにと魔道具ギルドから特務を与えられていてね、都合が付き次第、君たちを追うことにしよう。基本的には独自に行動するから、会うことはないかもしれないが」


 こうした事情説明も終わり、いよいよ出発するだけとなったところでささやかな……、壮行会? まあおれたちの無事を祈ってのちょっとした宴が行われ、その中でセレスがおれとシアに言ってきた。


「セレスおてがみかきます。あさと、ひると、よるに。バスカーにおくってもらいます」

「そうか、セレスは文字が書けるようになってきたもんな。ただあれだぞ、そんなに頑張って一日に何回も書かなくていいんだぞ?」

「そうですよ、そんなに書いたら疲れちゃいますから」

「かきます!」

「そ、そうか。書くか」

「これはやる気ですねぇ……」


 うーむ、となると精霊便を忘れないようにしないといけないな。

 せっかく書いた手紙も、おれがバスカーを召喚しないと残ったままだからセレスがしょんぼりだ。


「……ご主人さま、これは頑張って解読しないといけませんよ……」

「……ああ、手間取ると内容が判明する前に次の手紙の時間が来てしまうことになる……」


 文字が書けるようになってきたセレスだが、まだ完全とまではいかないので文字が間違っていたり、文法が崩壊していたりするので解読に時間がかかるのである。


    △◆▽


 ささやかな宴の翌日、おれたちは皆に見送られて王都エイリシェを出発、まずはネーネロ辺境伯に会いに向かう。

 領内で活動することについての、断りをいれるためのご挨拶だ。

 ネーネロ辺境伯とはコルフィーを巡る一件では色々とあったが……、いや、()()――レイヴァース卿としては競売で競り合ったくらいの話だから問題ないか。

 ザナーサリー王家が提供してくれた馬車に乗り、おれたちは王都エイリシェから東へ東へと移動していく。

 道中はのんびりしたものだ。

 ちょっと戦々恐々としていたセレスの手紙も、気を利かせたクロアが翻訳を同封してくれたおかげでとどこおりなく返信できている。

 そんなセレスのお手紙だったが、最初の数日こそせっせと日々の出来事が綴られていたものの、日を追うごとにどんどん文字が少なくなり、やがては描いた絵が送られるように。

 そして極めつけがこれ。


『セレスにかわり、

 これよりは、

 我が書く。

        ――比類なきクーエル』


 手紙を書くことに疲れたセレスは後をクマ兄貴に任せたようだ。

 うーむ、何が悲しくてぬいぐるみと文通せねばならんのか……。

 とりあえず、手紙は気が向いたときでいいよ、とセレスに返信しておいた。

 何も書くことがないのに、無理に手紙を送る必要はないのだ。

 小さい子にとって作文が天敵なのはわかってるからな。

 そして旅を続けるおれの方も、手紙にしたためたくなるような特別な出来事は起きていない。

 魔物は姿を確認した後には蒸発しているし、襲いかかって来た強盗団は皆の運動に付きあってくれたあと、一夜明けると善良な善神信徒に化けている。

 旅は平穏そのものだ。

 同行するメンバーのうち、デヴァス、パイシェ、アレサは交代で御者を務めているが、それ以外はやらなければならない仕事が特に無い。

 こうなると退屈を持てあましそうなのがミーネであるが、リィと二人で馬車を降り、徒歩で付いて来ながら火の魔術の練習をしていた。

 そしておれはエルトリア王国のことをリオとアエリスから色々と聞かせてもらい、学んでいる。

 エルトリア王国はザナーサリーの東に位置し、さらに他の四カ国と接している。山岳地帯にある国であり、その首都は火山活動によって誕生した広い窪地――カルデラに存在する。

 その様子をリオが簡単に絵を描いてくれたのだが、まず輪のように外輪山があり、内部は平地と湖があるという状態だった。


「どうです? なんだか陸の孤島のようじゃありませんか? 場所が高い位置にあるので夏もエイリシェより涼しくて過ごしやすい。つまりシャンセルさんいらずなのです! あ、これはシャンセルさんには内緒にしてくださいね? いやいや、怒られるとかではなくてですね、シャンセルさんってああ見えて意外と繊細と言うか乙女と言うか、リビラさんに強く言われる分には慣れているのかへっちゃらなんですが、私たちが酷いこと言ったりしたらあれです、どちらかと言うとしょんぼりしちゃうんですよね。なので軽口であってもちょっと気をつけてあげないと。まあ最近はだいぶ仲良くなったので平気なんですが、まだお屋敷に来たばかりの頃はリビラさんの調子に合わせて何か言うと――」

「話がさっそく逸れています!」


 スパーン、とアエリスがハリセンでリオの頭を叩く。


「あ、すいません。つい」


 なかなか良い音がしたが、リオの頭は頑丈で、痛がりもせずけろっとしたもの。

 このように、エルトリア王国についての説明はリオが話し始めてすぐに脱線し、いい加減長いと感じたところでアエリスがひっぱたいて中断させるという手順を何度も繰り返して行われた。


「それでえっと……、なんでしたっけ? あ、そうそう、気候の話でしたね。夏は涼しいんですが、冬となるとこれが大変。雪がけっこう積もりますし、それが残るとくるんです。そうなると王都からの道は閉ざされたも同然で、皆さん備蓄した食糧の残りを気にしながら家に籠もって春を待ちます。エルトリア、特に王都に暮らす人々にとって冬を越すための備蓄は本当に死活問題になるんですよ。そのためエルトリアは他の国々と比べて保存食、もしくは見向きもしないような食材を加工して食べられるようにする技術が発達しているんです」

「……」


 エルトリアについての話だ。

 なので話が逸れているわけではない。

 しかし……、しかし、それは今説明する必要があることなのか?

 これについてはアエリスもどうしたものかと思っているようで、ハリセンを振りかざせないでいる。


「まあなんとか食いつなぐことについては慣れたものなんですが、家に籠もってじっと過ごす退屈な時間はどうしようもありません。内職にしても町としての活動が停止するほどの豪雪となった場合、それを生かす場が無いわけですから、やる意味もないわけです。なので冬の退屈な時間を楽しく過ごせるようにと、ご主人様が考えた冒険の書、実は私、とっても素晴らしいと思っていました。いやー、エルトリアから逃げてきたのを黙っていましたから、そのあたりのことを言いたくてもなかなか言えなかったんですよね!」

「そ、そうか、ありがとう」

「いえいえ、こちらこそ。エルトリアの問題が解決したら、大々的に広めたいですね!」


 それからもリオは喋りまくり、話が脱線したり、別の線路に侵入したりもしたが、ともかくエルトリアのことを説明してくれた。

 エルトリア王国の始まりを知るには、まず邪神教団について知らねばならない。

 邪神教団とは名前の通り邪神を崇める教団である。

 この邪神については記録がほとんど残っていないため、本当に神であったのかすらもわかっていない。たぶん神々なら知っているんだろうが、それを教えてくれるかどうかは別問題だし、今となっては神であろうとなかろうと大した問題ではない。

 まあこれについてはおれなりの推測もあるが、なるべくハズれていて欲しいと思うようなことなので誰にも言っていない。

 ともかく、邪神教団は邪神を祀る。

 邪神はすべてを一つにし、すべてのものを、すべての苦痛から解き放つとかなんとか信じているようで、その最終目標は邪神を復活させて自身も邪神に取り込まれることらしい。

 うんカルトだな、カルトだ。

 この勢力が最大になったのは、邪神が滅んでしばらくした後。

 おそらく邪神という存在を恐怖するあまり、心がそれを受け入れるように傾いてしまった結果だろう。

 邪神の復活が目的なため、教団が社会に対して健全に働きかけるわけもなく、やることはだいたいテロ。どうしたらいいかもわからぬまま、思いついた自分なりの『邪神復活のための活動』を精力的に行うという超迷惑な存在である。復興しつつある社会からは速攻で『害悪』と認定され、邪神教団とあれば問答無用で狩られるようになる。

 もしかしたら、邪神の誕生による大被害――邪神災害とでも呼ぶべきものの被害者とみなして精神の均衡を取りもどさせる取り組みが行われていたら、今日のような事態――徹底的に迫害された結果、逆に結束力を高めて生き延びてしまった状況は防げたかもしれないと思うのだが、それは歴史を聞きかじった者の高慢か。

 そしてエルトリア王国の始まりについて話は戻るのだが、五百年ほど前の人物になる初代エルトリア国王、彼はこの邪神教団の大規模な拠点が置かれていた都市ヴィヨルドに派遣された傭兵団の団長だった。


「実はヴィヨルドにはですね、前文明都市――古代遺跡型ダンジョンがあったんです」

「なるほど、傭兵団を送り出した国は義に駆られてってわけじゃなく、その利を見込んでのものだったわけか」

「はい、そういうことです」


 そして邪神教団をぶっ潰した後、そのまま国を興した。

 これは他国から色々と言われているようだが、リオが言うには邪神教徒による支配から解放された人々がそれを望み、その結果に王となったというのが本当のところらしい。

 でも……、どうだろうね、王家ってのはなんらかの導きによって選ばれた者の末裔であるという名目が必要だからね。

 まあそれについては置いておいて、ともかくエルトリア王国は始まった。

 周辺の国々からもちょっかいをかけられたが跳ね返し続け、やがて自分たちの国は自分たちで守るという機運が高まりすぎた結果、国民のだいたいが戦士の魂を宿す大陸でも類を見ない戦士たちの国へと変貌し、それは現在にまで受け継がれているらしい。

 つまりエルトリアは脳筋の国なのだ。

 そんなんだから魔導師に乗っ取られたんじゃ……、とおれは思ったが、嬉しそうにエルトリアの国歌を歌って教えてくれるリオには言えなかった。


『我らが祖国は何処なるか。

 険しき峰筋連なる地、神が穿ちし平原に。

 我らが故郷は何処なるか。

 獅子王御座せし遙か古都、家族と友の待つる地が。

 おお我ら、今こそ成り果てるは獅子。

 征き征きて、遙か。

 征き征きて、遠く。

 辿り着きし戦場に、想うは彼の地の平穏と、祈るは童の安寧と。

 ここで流るる我らが血、汗と涙と慟哭が、彼の地を育む糧となる。

 例えこの身朽ちるとも、友が伝えん我が武勲。

 故に我らに迷い無く、死をも厭わず疾く駆ける。

 戦神よ、闘神よ、どうか我らに祝福を。

 そしてどうか精霊よ、彼の地の者らに万世を』


 歌まで脳筋なのか……。

 やがてエルトリアが誕生して一番頭にきていた、傭兵団を送り出した国は戦争での出費がかさんで崩壊、王家がすげかえられたらしい。

 周辺諸国のちょっかいが落ち着いた頃、鍛えられすぎたエルトリア国民は傭兵として各国に出稼ぎに向かい、さまざまな戦争で活躍、そして冒険者の居ない時代における魔物退治の専門家として働いた。

 そんな国であるから、軍となればさらに強力な戦士たちが集まっている。

 特に国王直属の獅子王騎士団ともなれば頭がおかしい。

 たぶん脳まで鍛えて筋肉にしてしまったのだろう。

 猪に素手で挑んで心臓抉り出して喰うとかもうおまえら魔物だ。

 そしてそんな戦いによって生まれ、強さを求める修羅の国と化した国の王ともなれば、王として求められるものが『力』であるのはいたしかたのない話。

 王位継承者が国王となるためには自身の力を示すことを強いられる。

 それが『獅子の儀』――頭のおかしい騎士団員たちとの戦いだ。

 一応、参加者は百人までと定められているようだが、それでも素手で猪の心臓を抉り出すような変態百人である。

 エルトリアの国章は獅子。

 百獣の王ということで百人なのだろうか?

 さらにこの儀式を成功させたら王位継承者はさっそく国王――、とはならず、だいたいが騎士たちが見守る中、現国王との決闘になるそうな。

 どんだけ戦いたいんだよ。


「あ、それでですね、獅子の儀についてはこんな逸話があるんですよ。エルトリアの三代目国王の話なんですけど、獅子の儀に挑むには力が足らないと自覚していたので山に籠もって己を鍛えることにしたそうなんです。そしたらですね、そこで猪のオバケに会ったんです。そのオバケは『フォ――ゥ、ウォォ――――ン!』と叫びながら襲いかかってきたんですが、三代目国王は取り殺されそうになりながらもなんとかこれに打ち勝ちました。すると力がみなぎり、これによって三代目国王は獅子の儀を達成。その武力は歴代のなかで最も優れ、そして勇猛果敢であると伝わるようになったんです」


 ほうほう、なるほど。

 これまた頭の悪い話だな。


「この話は猪のオバケの方が一般的には有名です。このオバケは伝わった叫び声からフォーウォーンと呼ばれるようになりました。強い戦士には祝福を与えるものの、弱い者は取り殺してしまうというオバケです」


 遭遇したくないオバケだな。

 ともかく、リオからの話でエルトリアという国がどれくらい脳筋かはよくわかった。

 なるほど、こんなわけのわからない国が、わけのわからない魔導師に乗っ取られたとなればそりゃあ領地が接するネーネロ辺境伯は焦っただろう。

 さすがにちょっと気の毒になった。

 道中、立ち寄った町で情報収集をしたのだが、そのなかでネーネロ辺境伯は気が触れてしまわれた、という噂もちょくちょく耳にした。

 のほほんとご挨拶に向かって、大丈夫だろうか……?


※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/05

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/16

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/04/19

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/25


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