第425話 13歳(秋)…戦乙女の下着
本人の意見を取り入れながら、その人に似合う下着を作る。
口で言うのは簡単だが、やるとなると難しい。
本当に難しい。
皆にしても、専用下着となればおれが下着姿を想像することにもなるわけで、そのあたりのことは吹っ切れているのか? それとも実をとって考えないようにしているのか?
わからない。
わからないが、今おれのやるべきことは下着のデザインだ。
もし裁縫に関わらなければこのような苦労はなかったと後悔したくもなるが、おかげで今のところクロアがおれのお古ばかり着ることに嫌気がさしてお馬を盗んで走りだし、落馬するような事態にはなっていないので不要であったと断じることは出来ない。
まあすべては今更だ。
今は下着のデザインを頑張る。
頑張る……。
る……。
「いやさすがにみんなのをいっぺんにやるのは無理なんですけど!」
おれはストライキを起こした。
半泣きであった。
結果、おれを含めた皆は食堂で話し合うことになり、そこで順番を決めて一人ずつ作るということになった。
なったのだが……、問題は順番の決め方だ。
「皆で戦い最後に生き残った者を一番手とするべきだと妾は思う」
「そうね、いいんじゃないかしら?」
「最後まで立っていた者、ということでよろしいですか?」
「わたしが勝ったらこの話を白紙にしていいですか?」
ヴィルジオの提案にミーネとアレサが賛同する。
そしてシアは……、うん、いや、そうなればおれとしても有り難いんだけど……さすがにもう無理だと思うよ?
それにこの提案、他の面々に大反対されてるし。
「ここは平等な条件で決められる方法を選ぶべきです」
サリスの言葉に、うんうんと頷くのはバトルロワイヤル派を除外した全員。
いや、例外が二名。
「ボクここに居る必要ないですよね……?」
「私もべつにいらないんだけど……」
すまない、パイシェさん、リィさん、おれに退出を許可する権限は無いんだ、コルフィーに言ってくれ。
やがて話し合いは、ならばここはクジ引きか、とまとまりそうだったが、そこでふと思いたったように新たな提案する者がいた。
リオである。
「下着作りはご主人様にとって初めての仕事になりますし、最初の一人だけはご主人様が作りやすい人を選んでもらってはどうでしょうか? クジで決まった一番手の人の注文を実現するのに時間がかかってしまうのはあまり望ましい状況じゃありませんし……。それにほら、最初の一人で下着作りに慣れたら、ご主人様の仕事も早くなっちゃうんじゃないですか? なのでクジで決めるのは二番手からというのは?」
なるほど、と納得する者、多数。
おれが選ぶってあなた……、色々と禍根とかそういうのが……。
「どうやって自分を一番に選んでもらうかは、まあ皆さんの提案次第ですから、それはこれから個別にご主人様にお願いしていけばいいと思います。あんまり無茶を言うのはよくないですね!」
あ、そうか、一番手に選んでもらいやすくするために、余計な注文を減らしてくるとなれば、おれが楽になるわけか。
なかなかリオも考えてくれている。
結局、リオの提案は採用され、一番手はおれが選び、二番手からはクジ引きによって決めることになった。
この話し合いの後日、おれが誰を一番手に選んだかというと、この提案をしたリオであった。
何故か?
リオの要望がおれの本来の目的まで考えてのものだったからだ。
注文自体は戦闘時にも使え、そして各種耐性や身体強化の効果も兼ね備えるという魔装の下着――要望てんこ盛りの代物だった。
皆が要望を減らすなか、それでもおれがリオを一番に選んだのは、その要望に応えることがいずれメルナルディアのリマルキス王に贈る服にも転用できると考えたからである。
そう、おれのそもそもの目的はそこだったのだ。
おそらくリオはそこをよく理解し、会議で提案したあの瞬間からすでに自分が選ばれることまでの筋道を思い描いていたのだろう。
ふむ、リオもなかなか黒い――、ではなく、賢い。
「魔装の下着……、面白いじゃないですか! やりましょう!」
世の中にはそういう代物も有るには有るらしいが、受け継がれることを念頭に、誰もが着られることが尊ばれる魔装である、女性、さらには体型が近いということまで限定される下着となると、どこに現存しているという話すらも聞かぬレアな代物であるらしい。
この超レアな魔装の製作ということで、コルフィーはすこぶるやる気になった。
リオはここまで読んでいたのだろうか?
それからおれは仕事部屋でコルフィーと二人、どんな効果を付与すべきか、付与させられるのか、と話し合うことになったが……。
「……?」
感じたのだ、視線を。
どこかからおれを見ている、何者かの視線を……!
「じぃー……」
シアだった。
仕事部屋から寝室へと通じるドアの隙間からじっと見てた。
何か言いたげな、とても言いたげな目である。
きっと仲間になりたそうな魔物とはこんな目をするのではないだろうかと想像させる目をしている。
わかった。
もしリオの魔装下着がうまくいったら、一応試してみるから。
お胸の成長となると身体強化とかとはまた違うだろうけど、試してみるから。
△◆▽
それから日をみておれは生地を求め布の都市カナルへ向かった。
同行するのは「うひょー!」と興奮するコルフィーを始め、シア、ミーネ、アレサ、それから獰猛なケサランパサランどもを見たがったクロアとセレスである。
到着してからはおれとアレサとコルフィー、シアとミーネとクロアとセレスという班に分かれ、別行動。
おれは生地を求めて町を徘徊するコルフィーの付き添いで、アレサはそんなおれの付き添いだ。
シアとミーネはヴィルキリーを見たがったクロアとセレスの付き添いである。
これまでに二度、獰猛なケサランパサランどもに群がられた経験のあるシアは、前回の宣言通りメイド服ではなく別の服を着ていた。
カナルではコルフィーのお眼鏡にかなった生地、それからグーニウェス男爵家で育ててもらっていた古代ヴィルクを少量入手し、夕暮れ時になったところで屋敷に帰還。
リオの下着にはこの古代ヴィルクを使い、どれくらい効果を盛れるかの実験を行う。
おれが聖別の儀式を行えば凄い物が出来るかもしれないが、一応ヴァンツの野郎にはもうやらないと言ったし、コルフィーも期待の目を向けつつも反対してくるので控えることにした。
それからおれはコルフィー先生に魔法陣となる刺繍や模様について学び、それを施しながらも想いと神撃を込め、チクチクと下着を縫っていく。
作る下着はスポーツブラとローライズの組み合わせだが、性能のイメージはあれだ、なんだかよくわからない力や理屈によって性能が異様に高かったりするビキニアーマーである。
そして完成した下着セット。
おれが手がけた場合の基本機能となる雷撃無効と神撃無効だけでなく、各種耐性、身体強化の効果を持つ『戦乙女のブラジャー』と『戦乙女のショーツ』であった。
どんな可憐な乙女も身につけたが最後、鋼鉄のゴリラのごとき戦士へと変貌するイカれた――、ではなく、イカした下着である。
「伝説級に贅沢な下着ですね……!」
ごくり、と鑑定したコルフィーが言う。
ともかく完成したのでリオに渡し、コルフィーがその性能を丁寧に説明。
「素晴らしい下着を作っていただき、ありがとうございます!」
リオは喜んだ。
喜ぶあまり部屋で着替えて下着姿を見せに戻って来た。
「どうですか! 似合いますか!」
「うん似合ってるけどちょっと冷静になろうか!」
リオは追ってきたサリスとアエリスによって両腕をがっちり腕組みされ、そのまま引きずられて――行かない!
「ふはははは! 今の私は無敵なのです!」
下着の効果でゴリラとなったリオは二人が引っぱるくらいではびくともせず、惜しげもなく下着姿を披露してくる。
うーむ、精神錯乱の効果なんてついてなかったはずだが……。
ちょっと痴女と化したリオであったが、最終的にシアとヴィルジオの二名によって連行されていった。
△◆▽
リオの下着を作って一段落というわけにはいかず、これからもおれは順次下着の製作に勤しむことになる。
とは言え、今回は『魔装に仕立てる』という目標があっておれも実際の製作に加わったもの、他の面々の下着についてはコルフィーが頑張ることになる。
「私も私も! リオみたいなの!」
「はいはい、わかったから。自分の番まで待ちなさい」
まあ、またおれが作る必要もありそうだが、それは戦う機会が多そうなミーネ、シア、アレサくらいだろう。
「しかし、下着に対しての女性の要求は強いんだな……」
ひとまず描いた二番手――ジェミナ用の下着のデザインを確認してもらうため、こっちに来てもらっているコルフィーに言う。
にしても机の隅にある少年王に贈る服のデザインはいつ完成するのやら。
「最初はコルフィーが張りきっているだけかと思ったけど、みんなもなかなかの反応だったからな……」
「ふっふっふ、やっとわかってもらえましたか」
満足げに言うコルフィー。
確かに元の世界でも下着メーカーってのがちゃんと存在していたわけだからな、ニーズはしっかりと存在するものなのか……。
「コルフィーさ、今回の経験を生かして、女性用の下着を専門に扱うような仕事を始めてみたら?」
「私の下着専門店ですか? ふふ、そうですね……、謳い文句は『乙女の下着は心の魔装』――みたいな感じで……」
なんとなく振った話であったが、コルフィーは楽しそうに乗ってくれる。
「昔、母さんと暮らしている頃にお店を持つことを思い描いていたんですよ。お店のマークなんかも考えたりして」
「へえ、どんなマークを?」
「可愛い感じのサソリです」
「サソリ……? なん――、あ、ハサミと針か」
「はい」
そう頷くコルフィーは幸せそうである。
いつもこれくらいのテンションでいてくれたらいいんだが……。
「そのときは兄さんも協力お願いしますね」
「えぇ……」
「きっと兄さんのデザインあってのものですから」
「いや、おれのことはあんまり前面に出さずにね、あくまでコルフィーが代表ってことでね、なんとかね」
いかん、余計なことを言ったようだ。
ひと休みついでにコルフィーとなごんでいたところ、ドアがノックされた。
わりとノックの感じで誰かわかるのだが、このコツン、コツン、と叩く感じはセレスである。
「ごしゅぢんさま、おちゃとおかしです」
ドアが開くと、そこにはお菓子を持つセレスと、ティーセットを持つリィのコンビがいた。
カップは四つ。
もう最初から一緒になってお茶するつもりである。
おれとコルフィーはひと休みすることにして、頑張るセレスにお茶を入れてもらう。
「ごしゅぢんさま、またふくをつくるです? にいさまの?」
リマルキス王のための服のデザインを見たセレスが言う。
「ああ、これはね、ある王様に贈る服なんだ」
「おうさま……?」
「まだ幼い王様なんだ。確か歳はおれより一個下だから……、シアと一緒だな」
「ねえさまといっしょ……、でもおうさま?」
「そう、シアと一緒の歳なのに、もうメルナルディアって国の王様をやってるんだ。まだ幼いのに立派な王様なんだよ。でも色々と大変みたいでね、好きな服を着ることも出来ないんだ」
「それでごしゅぢんさまは、ふくをおくってあげるです?」
「そう。何かしてあげたくなってね。たぶんこういう、助けてあげたくなるのが、その王様の魅力なんだろうね」
「ごしゅぢんさまのふくなら、きっとよろこんでくれます」
「ああ、喜んでくれるといいね」
それからおれはセレスにリマルキス王のことをちょっと話してあげた。
まあちょっとしか知らないからなのだが。
しかしセレスとの会話は下着騒動で疲れ果てたおれの心に心地よい安らぎをもたらした。
うん、頑張って良い服を作ってあげようか。
いつか。




