第424話 13歳(秋)…下着と乙女
リマルキス王がせめて普通の格好が出来るように、と服を作ってあげようとしたら女性用下着のデザインをすることになった。
わからねえ、訳がわからねえ。
もしおれが冷静な状態であったら、もう少しコルフィーに抵抗して話を小さくすることも出来たかもしれない。
が、唐突に女性用下着の製作話が飛びだしてきたこと、さらに飛び火で焼き尽くされたシアの様子、メイドたちの意見の橋渡しどころか連結パイプと化して暴露スタイルで喋りまくったコルフィーを前にさすがに戸惑い、反論らしい反論も出来ないうちに勢いに流されてしまった。
この、相手が驚いているうちに都合の良いように話をまとめてしまうというやり方、コルフィーは狙ってやったのだろうか?
どうか偶然であってほしいと思う。
冷静になったおれは頭を抱えることになったが、引き受けた以上は女性用下着のデザインをしなければならない。
これに協力してくれるのはシア先生。
元の世界にいるとき、女性用下着をまじまじと観察するような機会なんてなかったので、ひとまずどんなタイプの下着があるかとか、そういうことを教えてもらうのだ。
「まったく、おたくは妹さんにいったいどんな教育をしているんですか!」
「いや、おまえの妹でもあるんだけど……」
最初は非協力的なシアであったが、困り果てたおれの説得――嘆願と、主導するコルフィーのプレッシャー――あれはもはや『威圧』――によって手伝ってくれることになった。
まずは女性の下着のことなんてさっぱりわからないおれのための講釈が始まる。
一応、シャロ様が女性だったといこともあり、フルカップのブラジャーやスタンダードショーツを基本として下着も発達したようだがあっちの世界と比べるとまだまだとシアは言う。
「一通り説明しますが、中にはどぎつい物もありますからね、ここは皆さんが許容できそうな形状のものを幾つか選び、描いたものを見てもらって判断してもらいましょう。本格的なデザインについてはそれからということで」
「そうだな。おれじゃ判断できないしな」
おれが白い目で見られることはないであろう無難な下着、それからちょっとだけ大胆なものを描き、それが有りか無しかの集計はコルフィーに任せることに。
「しかし……、妙な状況だ。おれなんでおまえに下着のレクチャー受けてんだろう……」
「ご主人さま、現実逃避は後にして下さい。わたしだってこの状況に色々と思うところはあるんです。でもそれを放りだしてやらざるを得ないからやるんです。コルフィーさんが恐いんです。ぐだぐだ言っているとシメますよ」
「はい、頑張ります」
そしてまず始まったのはブラジャーのお話。
ブラジャー――女性が胸部に着用する下着。
うん、それくらいはわかる。
着用する理由は主に乳房を支えるためだが、胸の形状をごま――、ではなく、整形したり形が崩れることを防ぐといった目的もある。
うん、これくらいはなんとなくわかる。
次にショーツの話。
かつてはパンティーと呼ばれていたものがショーツにとってかわられたのは下着業界の陰謀の結果である。
バレンタインにはチョコレート。
ダイヤモンドは永遠の輝き。
たぶんそんな感じの陰謀だ。
このブラジャーとショーツは色とデザインを統一して身につけるのが基本とのこと。
「それってあっちの常識なんじゃないのか?」
「感覚的なものですから、こちらも自然とそうなっているんですよ。なのでデザインするときはセットであることを念頭に置いてするといいんじゃないですかね」
なるほど、まあわかる。
が、話はここからおれの許容量を超えてきた。
シアが「こういう形です」と紙に描いていくブラの数々。
「多い……!」
ブラジャーだけでももう多い……!
まず基本のフルカップ。
お胸を覆う作りになっており、お胸が大きかったりたれ気味な場合でもしっかりと支えてくれる。体勢によってブラジャーの上からぽろんしたりすることもない、基本的で堅実なブラジャーらしい。
「しゃがんだ拍子にぽろん?」
「あーはいはい、羨ましい話ですね、ええ、ええ」
「いや、単純に驚いただけなんですよ……、本当に」
いきなりシア先生の機嫌が悪くなってしまったが、話はまだ始まったばかりである。
このフルカップを基本として、そこから胸の上部を覆う生地の面積が減少して3/4カップ、1/2カップ、1/4カップと胸をしっかり支えるのではなく、自然な状態に保つ方へと目的が移っていく。
そしてここから本格に種類の説明が始まったのだが、まあ多いこと。
スポーツブラ。
お胸の形を整えたり保つ基本のブラジャーとは違い、運動する状況を考慮しての、短くぴっちりしたタンクトップのようなブラジャー。伸縮性や通気性の高い生地が使われ、胸を固定しておく力が強い。ミーネによさそうな気がする。
シームレス。
飾りが無くつるんとしており、薄着――Tシャツとか着たときにごつごつしたブラジャーの形が現れないようにと配慮されたもの。
ノンワイヤー。
ワイヤーがはいっていないブラジャー。わかりやすい!
ブラレット。
胸を覆うところが三角形型のもので、ノンワイヤーでパッドもないやつ。着け心地が楽らしい。シームレスっぽくシンプルなものから、レースで出来ているような豪華なものまでと色々あるとのこと。
ビスチェ。
コルセットみたいな下着。胸から腰あたりまで繋がっているもので、ブラジャーとウエストニッパーの役割を担うらしい。元は肩紐無しの丈の長いブラジャーのことを指していたが、肩紐が有るものも、下着ではなくアウターとして作られドレスと合わせるものも、さらには似た形状のアウターもこう呼ぶようになったとかもう訳がわからねえ。
ホルターネック。
金太郎の前掛け。いや、もちろん正確には違うがもうややこしいのでそう納得した。要は吊るための紐を首にかけて背中が解放されている形状の、衣装全般のことなので下着でも水着でも服でもそう呼ばれる。ビキニとかブラウスとかドレスとか、それ自体が自律しているのではなく、そこに取り入れられる要素っぽい。
さらに説明は続く……。
「ふむ、つまりストラップレスとチューブトップブラは腹巻きを上にもってきたようなものと考えればいいんだな?」
「いやご主人さまそれはさすがに……」
「いいの! これくらいの理解でいいの! もう許容量越えちゃってるからこれくらいにしないといけないの!」
ブラジャーの種類はまだあるが、聞くおれの方が限界なのだ。
カップの大きさ、機能、形状、状況、それぞれきっちり分かれていたらまだ分類して整理し、理解もしやすいだろうが、どこかが共通していたり、合わせ技だったりするのが実にややこしい。
「種類は色々ありますが、要は『胸を覆う』という目的が基本ですよ。それがどんなふうに、どんな形で、どんな状況で求められているか、という目的によって派生していったと考えたらどうでしょう?」
まだブラジャーの説明だけなのにめそめそし始めたおれをさすがに気の毒に思ったのか、シアがそう言ってくる。
ひとまず前半のブラジャーはこの辺りで終わらせることになり、次は後半のショーツに話が移った。
フルバック。スタンダード。スキャンティ。ハイレグショーツ。フレアパンツ。ビキニ。ヒップハンガー。ボーイレッグ。バックレース。 イタリアンショーツ。タンガ。Tバック。ストリングショーツ。Gストリング。パンドルショーツ。ショートガードル。ロングガードル。サニタリー。オーバーショーツ。ドロワーズ。
「…………………………」
「ご主人さま、燃えつきるのは早いです。ご主人さまの仕事はここからなんですから真っ白になっている場合じゃないです」
「いや……、いやな、ちょっと待てよ。なんだこの種類の多さは。もう頭が痛いんだけど……! 無理だ! おれには無理だこんなたくさんのデザインをするなんて……! おれ森に帰る!」
「まあまあ、これは発想の幅を広めるためにもこういう種類がある、と説明しただけのことですから、これらをすべてデザインしろなんて話にはなりませんよ。考えてもみてください。Tバックまではまだかろうじて大丈夫でしょうが、Gストリングなんて提案した日にはまた吊されかねませんよ」
前貼りに紐がついただけのような代物だからな……。
「ひとまず……、そうですね、今の段階でご主人さまがイメージしている『下着』というものを描いてもらって、これはどこに分類されるとかチェックしてみましょうか。そうすれば、ああ、これはあれだったんだなーって理解が多少進むんじゃないかと」
「ふーむ……」
おれがイメージしている下着ってあんた……、描きにくいんだけど……、まあシアも色々思うところがありながらも、頑張って説明してくれたのだ、おれも頑張るべきだろう。
それからおれはデザインにはいる。
とは言え記憶の片隅にあったものを描くだけなのだが。
「……あの、ご主人さま? なんかやたら色っぽいものが多いような気がするんですが……? エロリスト……?」
「……おれ、向こうで誰かの下着姿なんて見る機会なかったし……」
なので記憶にあるのは映画のお色気シーンに登場した下着ばかり。
そこに文句を言われてもどうにもならないのだ。
「あー……、そういう……、はい、理解しました。でもこれ皆さんにはさすがに……、ヴィルジオさんやティゼリアさんならいいかもしれませんが……、皆さんはちょっと背伸びと申しますか……、ご主人さまはこういう趣味なんだなって思われること間違いなしですけど……」
「だろうな。じゃあこれは破棄――」
「兄さーん! そろそろできましたかー!」
やべ、なんか来た!
「おほー、いいじゃないですか! なんですかもう兄さん、やっぱりやれば私なんかの想像を遙かに超えて出来ちゃうじゃないですか! あ、これもらっていきますね!」
そして去ってった!
「…………」
「…………」
室内に落ちる沈黙。
やがておれはぽつりと言う。
「あ、シアさん、ちょっと取り返してきてもらえるかな……?」
「猫の首になんとやらです……」
「そっか……」
「ええ、そうです……」
「…………」
「…………」
おれとシアはしばらく沈黙を続けた。
△◆▽
メイドたちにいきなりセクシーな下着のデザインがぶちまけられる結果になったが、コルフィーが言うには皆の評判は上々ということだった。
うん、まったく信用できねえ。
なんかメイドのみんながちょっとよそよそしいんですけど?
「ははは、皆は少し照れているだけだ。これはちょっと――などと、口にはしていたが、良し悪しで言えば良しと思っているよ」
ヴィルジオには妙に気にいられて褒められた。
いえいえ、これからは控え目なデザインになりますから。
メイドたちからの信用を取りもどすためにも、おれはそれから無難な感じの下着、それからちょっとだけ大胆な下着、その形のデザインを描き、それをコルフィーに渡して集計をとってもらった。
この中から評価の高かったものを幾つか――
「みなさん全部欲しいそうです」
「…………」
コルフィーが信用できなくなっているので、集計方法は無記名でどれが良いかを紙に書いて箱に入れることを提案していた。
結果、全員が「とりあえず全部くれ」であったらしい。
「というわけで兄さん、頑張ってデザインしてください」
「はい……」
ま、まあデザインだけだ。
作るのはコルフィーだから、まだ平気だ。
それからおれは仕事部屋で時間を見ては下着の種類に応じてのデザインに取り組むことになった。
「あんちゃん、下着作ってくれるのありがとなー」
「ど、どういたしまして……」
心で泣きながらデザインしていたところ、ティアウルとヴィルジオがお茶とお菓子を運んで来てくれた。
「ふむ、無難な感じの物が多くなっているな。最初に見せてもらったようなのも良いと思うのだがな……、あ奴ら、変に照れおって」
「ぼくが考えた下着となればそりゃ照れるんじゃないですか?」
「ん? ああ、違う違う。あ奴らが照れておるのはまた別のところだよ。下着を考えるとなると、実際に身につけたときどうなるかなども想像することになるだろう? その主殿の想像が自分に適用されているのではないかとあ奴らは照れておるのだ」
「いやそんなこと……!?」
「特に主殿は装衣の神より祝福を授かっておるし……、実際のところその立ち姿を一目見るだけで相手を丸裸に出来るのではないか? でなくては寸法もとらず、少年王の服を作れるとは思えん」
「そ、それは……」
まあなんとなく出来る。
出来るがそれは寸法の話で、メイドたちを見て裸を想像しているとかそういう話はまったくの別なのである。
「まあ、そこはあ奴らの自意識過剰なのだろうがな。……いや、あ奴ら、主殿が関わった衣装が与えられることがどれほどの僥倖かよくわかっておらんかもしれんな……。それをちゃんと理解しておれば恥ずかしさなど感じている場合ではなかろうに……」
「ヴィルジオさん、余計なことは言わなくていいですからね? 変に有り難がられてもやりにくいので」
「ふふ、わかったよ」
ひとまずヴィルジオに釘をさしたところ、今度はティアウルが口を開く。
「あんちゃんあんちゃん、あたいはどんなのが似合うと思うー?」
あっけらかんとしたものだ。
でもティアウルには……、必要か?
いや、これは失礼だな。
活発だし、お胸も育ってないし、キャミソールやタンクトップ型のソフトな物を……。
「着け心地のいい物がいいんじゃないかな。まあ、大人っぽいのはまだ早いだろうし、ティアウルに似合いそうな可愛いのを考えるよ」
「おー、ありがとな!」
「ほほう……」
と、その話はそこで終わったが、これがまずかった。
いつのまにか『ただ女性用の下着をデザインする』というおれの仕事が『それぞれに似合った下着をデザインする』に変化してしまい、メイドたちから注文がつくようになったのだ。
元凶はまず余計なことを皆に言ったヴィルジオ。
そして元凶その2は――
「猊下がお作りになられた下着を身につけ、その上に法衣を纏う……、もし叶うならばなんと素晴らしいことでしょう!」
ヴィルジオの話を聞いてテンションが上がってしまったアレサ。
ってかアレサさん、あなた下着の上にいきなり法衣を着るつもりなの……?
軽く痴女なんですがそれは……。
以降、女性用下着製作問題はさらに深刻化。
メイドたちがよそよそしく無くなったのは良かったが……。
おれの下着作りに対し積極性を得たメイドたちであるが、その関わり方は主に慎みを持ってそれとなく伝えてくる者と、明け透けにストレートな要求をぶつけてくる者とで二分されている。
前者はサリスを筆頭にアレサ、リビラ、シャンセル、アエリスであり、後者はミーネを筆頭にヴィルジオ、ティアウル、ジェミナ、リオである。
例外として一名、全力で自分に女性用下着は不要だと仕事部屋に押しかけて来る者――パイシェがいる。
「レイヴァース卿、ボ、ボクはいりませんからね!? 本当にいりませんからね!」
「わかってます。ぼくはわかっているんです。ですが……、作るのはコルフィーですから……、作ってしまうかも……」
「コ、コルフィーさんによく言っておいてくださいよぉ!」
「それが言っても聞かないもので……」
「そこをなんとか……! もし贈られてしまったら、うっかり着けてみたくなっちゃうかもしれないんでお願いします!」
「着けなきゃいいんじゃないですかね!?」
なに言いだしてんだこの人は!
「そ、そうですが、ボクのために一生懸命作ってくれたものですから、やはり着けないといけないような気がするんですよ……」
うーん、そこはちょっと優しすぎですね、パイシェさん……。
「もし、もしうっかり着けてしまったとして……、そこをルフィアさんに隠し撮りなんてされたら――もうボクはお婿に行けません!」
あ、パイシェさんって行く方なんだ。
しかしパイシェの女性下着姿か……、メルナルディアのアホどもがどれほどの金を積むか……、いや、場合によっては殺し合いにすら発展しそうで恐ろしい。
「ま、まあルフィアも限度は知っているでしょうし……」
「わかりませんよ、あの人は。今ももしかしたら窓から……!」
と言われて窓を見ると、何かがシャッと引っ込むのが見えた。
「…………」
「…………」
ここは二階だし、きっとネビアだろう。
「コルフィーにはよく言っておきます」
「よろしくお願いします。本当にお願いします」
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/27
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※誤字と文書の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/05
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/10/30
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/10




