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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
7章 『獅子と猪』編
430/820

第423話 13歳(秋)…乙女と下着

 一度目はミーネが原因だった。

 二度目はネビアが原因になった。

 では三度目は……?

 いずれ『その時』が来るものとして、あらかじめ対策を立てて置くべきと考えたメイドたちの思考は正常だと思う。

 ただ、ただである。

 その『対策』が『普段から立派な下着を着用しておくこと』となってしまう思考の流れがどうしてもわからない。

 あれか、男にはわからない思考なのか。


「べつに下着なんてそんな気にしなくても――」

「何を言うんですか! 下着は大事です! 特に女性、さらには乙女にとって下着ほど大切なものはそうそうありません!」


 キシャーッ、とコルフィーに恐い顔で威嚇された。

 でもなぁ……。


「コルフィーがこだわってるだけじゃないの?」

「んもぉー、兄さんは! じゃあいいです、私が言うだけじゃ信用できないなら誰か連れてきますから! ちょっと待ってて下さい!」


 そう言い残し、コルフィーはぷりぷりしながら裁縫室を出ていく。

 嫌な予感しかしないのでこの隙に逃げ出したかったが、逃げだしたら逃げだしたでまた面倒なことになりそうなので大人しく待った。

 そしたらコルフィーは何を思ったかシアを連れて帰ってきた。


「なんか問答無用で引っぱられてきたんですけどー……、ご主人さまの表情を見ると、これ、もしかしてろくでもない事なんですか?」

「ろくでもなくなんてありません!」


 コルフィーはぴしゃりと言い、シアに事情を説明する。

 要は乙女にとって下着とはどのような存在であるか、それをおれに理解させるための協力要員として呼ばれたわけだ。

 シアの表情はもくもくと目に見えて曇った。


「えぇー、じゃあご主人さま、皆さんの下着を作るんですか?」

「いや作らねーし。やるとしてもデザインだけだし。そもそもおれが作った下着なんて着けようとは思わないだろ? おまえ着ける?」

「着けません」

「姉さんは言ってるだけです。兄さんが真面目に作ったら姉さんはちゃんとつけますよね!」

「つ、着け……、あっ、あー……、やっぱり着けません……!」


 おれの作った下着なんぞ断固着けるもんかとシアはコルフィーに抗う。

 いいぞシア、頑張れ!

 おれは心の中でシアを応援するが、その一方、賛同者にしようと連れてきたシアが我が意にそぐわないことを知ったコルフィーはむすっとしたのち、そっと小声で言う。


「……姉さん、さてはあれですね。兄さんが真面目に作ってしまうと誤魔化しが利かなくなるから着けたくないんですね?」

「――ッ!? な、何を言うんですか、そそ、そんなゴマカシなんてそんな、いったいなんの話なんですか。あまりよくわからない言いがかりをつけるなら、いくら妹と言えど訴えるところに訴え出ますよ」

「姉さん……、私の目のこと、忘れたんですか?」

「――くっ!」

「私にはわかってしまうんですよ? 姉さんが胸とブラジャーの間に何枚厚手の生地を――」

「そ、そんな知りません! 事実無根の――」

「それを抜くと胸とブラジャーの間には隙間と言う名の無慈悲な虚空が――」

「あぁぁぁぁ――――ッ!? すいませんすいません! それくらいでかんべんしてください! 全面降伏です! 変な意地とかもう張らずに素直になるので許してくださいぃぃ――――ッ!」


 コルフィーの言葉に切り刻まれたシアは崩れ落ちた。

 真実がいつも人に優しいとは限らない。

 いや、これではまるでシアにお胸が存在しないようなことになるが、実際は有るには有る。それは猫化シアが腕にしがみついてきた時、生地の厚みだけではない感触として生存を確認できたので確かだ。

 シアはいきなり呼ばれてパッド胸を暴露されるとか悲惨なことになっているが、実のところ屋敷の皆もそれには気づいているのでそこまで絶望することもなかったりする。

 ある日、ふとシアのお胸が大きくなったことにおれは気づいた。

 きっと徐々に盛っていたのだろうが、とうとうおれですら違和感を覚えるほどにまで虚構を胸に詰めこんでしまったのだ。

 もしかしたら突っ込み待ちかもしれないと考えもしたが、そうでなかったらおれは悲惨なことになるため何も言えなかった。

 おれがそれに気づいているということすら、隠さねばならなかった。

 誰にも言うことは出来ない。

 そして知られてもいけない。

 シアのお胸はパッドなのか。

 デビルマンの歌みたいだ。

 このシアの胸の異変について、メイドたちは見て見ぬふりをする情けで応える。

 その時期、ティアウルが何者かの手によって窓からポイされるという事件も起きていたが、きっとこの異変とは無関係だろう。

 この、そっとしておくという選択。

 それが何よりの『正解』だと屋敷にいる多くの者が理解していた。

 劣等感を持つ人を諭す言葉の定番に「そのままの君でいい」というようなものがあるが、これは時を選ばなければ言う意味がない。

 もし言うならば、それは劣等感に抗い続けた末の、疲れ果ててしまってからである。

 なので今のシアにこれを言ってもなんの効果も無い。

 間違いなく無いとおれは断言できる。

 シアのお胸コンプレックスとは違うが、おれもまたコンプレックスに悩む者、抗わずにはいられないその気持ちがよくわかるのだ。

 もし誰かがおれに「そのままの名前でもいいじゃないか」なんて言ってきたら、答えは「いいわけあるかボケ!」である。

 つまりはそういうこと。

 なのでおれはシアに適当なことは言えない。


「さて、姉さんが素直になれたことですし、話を戻しましょう!」

「へぐぅ……」


 コルフィーよ……、おまえ義理とはいえ姉を床に這いつくばらせるまで追い詰めておいてそんなしれっと……、鬼か、鬼なのか。


「ではまずは再確認からです! 乙女にとって下着は大切な物! ですよね、姉さん!」

「……はいぃ……」

「コ、コルフィーさんや、なんかシアが聞いたこともないような死にそうな声だしてるんですけど……」

「あ?」

「いえ、なんでもないです」


 くっ、裁縫スイッチの入ったコルフィーは恐い、マジ恐い……!

 だが、だからといってこのままコルフィーのペースでは本当におれが下着をデザインすることになる。

 なんとか抵抗せねば。


「でもなコルフィー、なかには……、例えばミーネとかは気にしてなさそうだけど……?」

「んー、まあ私もそれに同意するのにやぶさかではありませんが、実はミーネさんからも下着を作って欲しいという依頼が来ているんです。と言うのもあれです、これも兄さんが発端ですよ? ほら、ミーネさんに魔導袋を贈ったでしょう? あれでミーネさんも兄さんの遠征に付いていく時に下着も多めに持っていくことにしたようなんです」

「えぇ……」


 確かにメイドたちもミーネも、おれが発端と言えばそうなのだろうが、そんな心の動きにまで責任を問われても困る。


「兄さんに付いてく時は、いざという時のためにも兄さんが作った服を着続けますからね、下着くらいはちゃんとしようと思ったんじゃないですか? ミーネさんてあれですよ、これまで自分の手持ちだけで足りなくなった場合、実は着けてない時があったとかあっけらかんと言ってましたよ? ここはちょっと乙女にとっての下着の意義とはまた別、普通に問題行動なので兄さんも協力した方がいいです」

「なんでおれが……」


 おれの鞄に自分の下着を入れることに躊躇があったのだろうか? 

 いやそもそも、あいつ自分の鞄にやたら詰めこんでいたおやつとかを減らせばよかったんじゃね?


「ミーネさんの問題は要は下着がたくさんあればいいわけですから解決するのは簡単です。そこで話は最初に戻り、下着を作るとなれば兄さんの協力が必要なのです」

「おれいらないよね?」

「いります。確かに私は皆さんに合わせて着け心地の良い下着を作ることは出来ます。しかし、しかしですよ、着ける人の『心』を包みこむような素晴らしい意匠となると私では無理なのです。いえ、私以上にそれが出来る人がいることを知っているからこそ、それを良しとすることが出来ないのです。なので兄さんが必要なんです」

「心ねぇ……」


 わからねえ……。


「やはり兄さんはそこが理解できませんか。ではそうですね、皆さんが下着に対してどのような考えを持っているか知ってもらうことで、なんとなくそういうものだと感じてもらうことにしましょう」


 と、コルフィーはごそごそ紙の束を持ちだしてくる。


「乙女にとって下着とは単なる下着ではないのです」

「哲学……?」

「そうとも言えるでしょう。人によりとらえ方は様々ですが、常日頃から意識していることは確かなのです。ただの実用品ではなく、自分で自分の『こだわり』を感じるものなのです。そう、乙女となれば人の目にはいる服や装飾品、髪型、化粧だけでなく、見えない下着に対してもこだわりを持つものなのです」

「はあ……」

「そこで皆さんから依頼を受けた私は、まず集まってもらって意見を聞きました。これがそれをまとめたものです。ここから幾つかの意見を兄さんにも教えますが、これは素直な気持ちをまとめたものですからね、誰が言ったとかは教えません」

「……え、わたしそんな集まりがあったこと知らないんですが……」


 シアが切なそうに言うが、コルフィーはこれを無視。

 まあシアが参加していたら、圧倒的な白々しさと居たたまれ無さが漂う妙に緊張感のある会議になっただろうからな、仕方ない。


「それでは一番賛同者が多かった意見から。『下着とは見えていなくてもこだわるべきだと私は思います』と、なるほど、まったくその通り、的確です。大きな商家の令嬢となると違いますね」


 おい、誰が言ったか一発でわかっちまったぞ。


「他にも感覚的な意見もありました。『お気に入りの下着をつけている日は気分がいいニャ』など」


 だから誰が言ったかわかっちまってるって!


「しかしその一方で『んなのとりあえず身につけられるならなんでもいいじゃん』という残念な意見もありました。でもよく話を聞いてみるとそれは下着ならなんでもいいという話ではなく、尻尾のある種族の方へ配慮した下着がエイリシェには少なく、選択肢があまりないからということが関係しての意見でした」


 あー、そっか、リビラとシャンセルはそのあたりは我慢してるのか。

 じゃあシャンセルがあのおパンツだったのはその関係だったのか?


「他にはさすがと思わせる意見もありましたね。『下着とは補整効果を期待して身につけるものではないぞ。自分をいかに美しく見せるか、そのために身につけるものだ。柔らかく、繊細で美しい模様を施されたものを常日頃から身につけておくべきだな。自分はこんな素敵な下着を身につけていると思っていれば、自然と心が晴れるし、それは振る舞いにも表れてくる』と。うんうん、さすが大人は言うことが違いますね」


 ヴィルジオか……。

 それからコルフィーは暴露してゆくスタイルでさまざまな意見をおれに伝えた。

 下着は集めるのが楽しい趣味だとか、その日の気分で選んで身につける儀式のようなものとか、確かにとりあえず身につけるもの、穿いておくもの、程度でしかない認識のおれとはまったく違う意識を持っていることはよくわかった。


「他にも『ボクにそれを聞いてどうしようっていうんです!? そもそもどうしてボクが参加してるんです!?』という人もいましたね」

「いやその人は参加させんなよ……」

「アエリスさんが連れてきたもので」

「そ、そうか……」


 なんかとばっちりだな、パイシェさん。


「わたしは誘われてないのに……」


 なんだかシアが虚ろな空気を醸しだしていたが、迂闊にふれると火傷しそうなので放置――ではなく、そっとしておく。


「このように、乙女にとって下着とはその心に効果を及ぼす魅力を宿した魔装のようなものなのです。自己満足と言われればそれまででしょう。しかし周りからは見えない下着だからこそより『自分自身』を強く意識したものになるんです。乙女たちは兄さんが考えるよりはるかに様々な気持ちで下着に向き合っているんです」


 そうまとめに入り、コルフィーは改めておれに確認をとる。


「さあ兄さん、一緒に皆さんの下着を作りましょう!」

「いや……、あのさ、まあどうしてもって望まれたら頑張ってみるけどさ、そもそもみんな、おれが作る下着なんて着けるのかって問題があるんだけど……」

「大丈夫です。兄さんに協力を仰ぐことはもう言ってありますし、皆さんも了解されていますから」

「あれぇ……?」


 もしかしておれ、コルフィーがどうおれを下着作りに取り込もうと画策しているところにのこのこ来ちゃったのか?


※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/05

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/05


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