第43話 7歳(春)…義妹にしてメイド
いらぬ好奇心というか、義侠心というか、とにかくおれの余計な行動の結果、死神を引き取ることになってしまったその翌日、おれと父さん、そして死神は朝早くにタトナトの町を出発した。
父さんが買いこんだ品々によって荷車は狭くなっており、おれは荷車後部のへりに死神とならんで腰掛けていた。
早く寝ろと言ったのに、嬉し楽しで興奮して寝ることができなかった死神は眠りこけておれによりかかり、まぬけな寝顔を大自然にさらしていた。そっと突き落としてみたくなるが、がっちりと腕にしがみつかれているのでそれもできない。
途中死神は目を覚まし、あまりのハイテンションがうっとうしくてつい〈雷花〉を喰らわせるというささいな出来事はあったが、夕暮れ、森が薄暗くなり始めるころ無事に家へと到着した。
音で気づいたか、家からクロアが飛びだし、母さんがそれに続く。
「にーちゃん、おかえ――りぃ? んー? だれー?」
駆けよってきた弟は死神に気づいてきょとんとする。
「こいつは今日からこの家で働く――」
言いかけ、ふと気づいて死神に囁く。
「〝……おい、そういえばメイドって言葉は普及してるか……?〟」
「〝……たぶんしてないですね……〟」
「〝……じゃあ侍女ってことで……〟」
「〝……らじゃ……〟」
おほん、と咳払いして再び弟に説明する。
「侍女としてここで働く、シ、シリアーナだ」
「シ、シリアーナです。どうぞよろしく」
紹介してからおれと死神はくるりと弟に背をむけて囁きあう。
「〝……おまえの名前言うのつらいんだけど……! なんか書店でアナール派の書籍があるかどうか尋ねるときみたいな……!〟」
「〝……わたしだってきついですよ! なんですか、可愛い弟さんじゃないですか! こんな子に名乗らないといけない切なさわかります……!?〟」
「〝……わかるに決まってんだろうが、おれの名前なめんな……!〟」
「〝……そういえばそうでしたー……!〟」
密談は終了し、くるりと弟に向き直る。
「まあ、そういうわけだ」
「うーん?」
弟はよくわかっていないようで首をかしげていた。まあ、まだ普通の三歳児だからそれも当然なのだが。
一方、両親はというと――
「……仲いいわね……、これは…………かも、……ミーネちゃん……」
「……いざと…………、ってことでどうにか……、…………だろ?」
なんかこっちを眺めながらひそひそ囁きあっていた。
なんだろう?
△◆▽
ダイニングルームにみんな集まり、レイヴァース家族会議は開始された。
まず死神が自己紹介。
とはいえはっきりしているのは名前と六歳という年齢だけ。
それから死神はここにたどりつくまでのことを簡単に話した。
屋敷で育てられていたが、あるとき襲撃にあう。
逃がされてさまよっているところを悪い奴にとっつかまり、不法奴隷として売られる。
が、買った者が扱いきれずに売り、買った者もすぐに売り……、ということが繰り返され、そしてついにボワロのところへ。
あまりに人手を渡りあるいてきたため、ロンダリングされてしまって不法奴隷なのにほぼ正規の奴隷のような状態になっていたそうだ。
そんな話を聞いたあと、母さんはいきなり死神の隷紋をぶっ壊した。
詠唱部もすべて英語の――おそらく特別な――魔法によって。
「――は? え、あ、……は? これ、壊せるものでしたっけ?」
唖然とした死神に母さんはあっけらかんと言う。
「普通は壊せないわよ? でも今のはシャーロットが私の師匠に伝えて、そして弟子であるわたしにも伝わった隷紋の強制解呪魔法だから」
「え? シャーロットが伝えた……師匠? 弟子? え?」
きょとんとした顔で死神は母さんを見ている。
「私はシャーロットの弟子であるリーセリークォートの弟子、リセリー・レイヴァースよ。よろしくね」
母さんはにっこり笑いかけるが、死神は唖然としたままだ。
「うわ、わ、わたしなんかすごいとこきた……」
ふむ、死神の様子からして、シャーロットの弟子の弟子というのは世間的にすごい身分なのだろうか? 森暮らしだとそのあたりは自覚しようがないな。
「そもそも焼きゴテは非人道だってシャーロットが隷紋を作ったんだから、壊す方法だってあるわけよ。シャーロットは奴隷の制度をなくしたかったようだけど、それはまだ不可能だと判断してかわりに規定を設けて善神にとりつけたの。シャーロットは奴隷をもたなかった。だからわたしも奴隷はいらない。今日からあなたは私の娘よ」
「ふぇ?」
ほとんど思考停止の状態で、死神はぽかんと母さんを見つめる。
「いきなりのことで困惑するだろうけど、大丈夫、これからゆっくりなれていけばいいんだから。今日のところはまずその一歩として、私のことをお母さまと呼んでみましょうか」
母さんはにこにことそんな事を言う。
死神はとまどいながらも――
「お、お母さま……?」
「ええ、それでいいわ」
母さんが頷いて見せると、死神はぎゅっと目を瞑ってうつむいた。
ぐしぐし手で目元をぬぐう。
「あらあら……。私が師匠に拾われたときもこんな感じだったのかしら……」
母さんは微笑みながら感慨にふけりだした。
こうして死神はレイヴァース家の養女となることになり、そしておれの義妹ということになった。
メイドになる話は……?
△◆▽
レイヴァース家の養子であり、おれの義妹にして専属メイドでもあるというのが死神の立ち位置となった。
うむ、メイドであるならおれはとやかく言わない。
死神が我が家の一員となった翌日、まずおれが屋敷を案内してやった。
死神はちゃんとした風呂があることに感激していた。どうやらこの屋敷は世間一般からすればかなり生活水準の高い家らしい。
「色々やっているみたいですねー」
死神がおれの部屋を見てみたいと言いだした。
却下したが、自分の専属のメイドを部屋に立ち入らせないってどうなのかと正論をぶつけられたため、しぶしぶ案内した。
道具類でごちゃごちゃしているおれの部屋。
死神はチェスと将棋を見つけたあと、ふと尋ねてくる。
「〝囲碁〟は広めないんですか?」
「ルール知らないし」
おれのなかでは、囲碁は白と黒の石を並べまくってなんかやってる、という印象しかない。
「〝囲碁〟はそういう運命なんですかねぇ、まあいいです。この部屋の様子はやっぱり、発明品をひろめて導名を――ってことです?」
「ああ、その予定だ。とはいえまだ始めたばかりだがな。おまえ導名についてどれくらい知ってるんだ?」
助っ人に来たと言うくらいだ、おれは少し期待して尋ねたが、死神は導名についての情報をまったく持っていなかった。むしろおれの方がシャロ様の仮説を知っているぶん詳しかった。
「なにしに来たの?」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! ご主人さまの目的は名前を変えることじゃないでしょう!」
「ん?」
言われて思い出す。
そうだ、魂に混ざった鎌が回収されやすくなるように、こっちで長生きするのが目的だった。
「わたしのお手伝いってのは、こっちの世界でよりよい生活を送れるようにってことですから! 発明とかするとき役に立ちますよ! 元の世界の知識ならけっこう持ってますから、わたし!」
「名前が変えられるなら、もう今の生活で充分なんだが……」
「欲がないのか枯れているのか……、ご主人さまはかなり恵まれた家庭に生まれたんですから、もっと楽しみましょうよ」
「バカか。恵まれた家庭に産まれようと、どんなに楽しもうと幸福であろうと、名前があれなせいでだいなしなんだよ」
自己の根幹に関わるものが誇れないっていう引け目は、どうしてもその人間の人生に影を落とす。だからまずは名前だ。名前をどうにかしなくちゃ、おれは人生を楽しもうなんていう気にはなれない。
「まずは名前だ。名前。アホ神の敵対者を見つけるにしても、まだ自由に動き回れる年齢でもないし、ひとまずここでやれることをやって感触を確かめようとしてるわけだ」
「今はどんなことをやってるんです?」
「あー……」
ミーネをきっかけに思いついた計画はなかなか難航していたが、元の世界の知識を持っているこいつの協力があれば、多少は改善されるかもしれない。
おれは現在なにに取り組んでいるか一言で答えると、死神はきょとんとしてから不意に納得できたように「ああ」と声をあげた。
「なるほど、現実であるから必要ではない――というわけにはならないわけですね。むしろ現実であるから逆に有用性が生まれる。いいかもしれませんよ。ちょっとした革命になるかもしれません」
「とはいえこっちにはない概念だからな。受け入れられるのに時間がかかってシャロ様が陥った状態になるかもしれんが」
「なんですかそれ?」
「シャーロットは偉業のわりに導名を得るのが遅かっただろ?」
「あー、そういえば、そうですね」
「その偉業ってのは現在から見ての偉業なんだよ。当時としては新しすぎて受け入れられなかった、もしくは広まるのに時間がかかった。だからおれが名声値と呼んでいる導名を得るための値が充分にたまらなかった」
「なるほど……、あーあー、そういうことでしたか」
「シャーロットが導名を得たのは年老いてから。魔王を討滅してやっとだった。喜びもあったろうが、諸手を挙げての大喜びとはいかなかったんじゃないかな。疲れ果ててもうなにも感じなかったんじゃないだろうか。せめて安らかに逝けたんだろうか」
シャロ様のことを思うと切なさで胸が苦しくなる。
「魔王をぶっ殺して導名もらえるなら、それが一番近道じゃないですか? そういえばそろそろ時期みたいですよね、魔王」
「旬の物みたいに言うな。それに倒せるかそんなもん」
おれはド平凡だぞ。
魔王なんか相手にしてられるか、まったく。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/06




