第421話 13歳(秋)…妖精帝国構想
取材兼家族旅行を終え、王都エイリシェの屋敷へ帰還したのは十一月の上旬。
そろそろ冷え込むため、コタツを設置したら猫がヌシになった。
まあコタツの中に入り込むのはかまわん。
だが入れた足へ果敢に攻撃してくるのはやめようか。
屋敷は相変わらず騒がしいが、幸いなことに特別な事件が起きることもなく、そのためおれとしてはのどかにすら思える日々である。
だいぶ感覚が狂っているのだろう。
そんな平穏無事な生活のなか、ミーネにちょっとした変化があった。
魔導袋に料理をストックしていくことに喜びを見いだしたミーネであるが、金に物をいわせて料理を買いあさることは出来ても屋敷で出される料理をストックするにはメイドたちにお願いするしかない。
だがいつ食べるのかわからない料理のため、メイドたちの仕事を中断させてひたすら料理を作らせるような状況はおれも看過できない。
「むー……」
「むー、じゃねえ。そんなに料理溜め込みたいなら自分で作れ」
「むぅ?」
その発想は無かった、とばかりに、それからミーネは料理を覚え始めた。
まさか本当に料理を始めるとは思っていなかったが、ミーネはどうやら本気らしく、こうなっては言い出しっぺのおれも協力しないというわけにはいかなくなる。
まずは料理を始める前の段階からの指導。
すぐに飽きる、もしくは音を上げると思ったが、ミーネは教えることを覚えていき、ややぎこちないながらも実践できるようになる。
元々、不思議なことにミーネはやれば本当に出来てしまう子、ちゃんと興味を持って取り組めばこんなものなのか。
ひとまずミーネが作れるようになったのは、下ごしらえと手順をちゃんと理解していれば素人でもそれなりに美味しく作れる料理だ。
ミーネは剣や魔術の訓練をする以外の時間をここにつぎ込み、調理場に籠もる日々が続いている。
少しは遊ぶ余裕くらいあった方がいいと思うものの、今のミーネは自分で料理を作ってストックしていく作業が楽しくて仕方ないらしく、であれば余計な口出しは無粋。刺繍は思い出したようにときどきやるくらいになっているが、食べるのが好きなミーネなら料理は長続きするのではないかと思う。
そんな頑張るミーネに、メイドたちは協力する。
ミーネの我が侭でメイドたちが駆り出されるのは許可できなかったものの、メイドたちが自主的に手伝ってやるぶんには問題ない。
まあ作った料理の半分くらいはミーネと手伝ったメイドたち、それからお裾分けと皆に配られるのでストック作業はあまり捗ってない。
それでもミーネは楽しそうだ。
おかげで屋敷の調理場からは、常に美味しそうな香りが漂ってくるようになった。
△◆▽
ミーネは料理に熱中して大人しくなっていたが、それだけで屋敷の賑わしさが落ち着くわけではない。
その日、妖精たちが屋敷の一室を我々に提供しろとデモを起こしたので、まだ空いている部屋を与えることになった。
現在、妖精たちは領地の森の管理、恵みの採取といった『仕事』をしているため、おれは妖精たちがこの屋敷に住むことを認め、ちゃんと食事とおやつを用意するという待遇を与えていた。
それが功を奏したのか、妖精たちは張りきって仕事をしている。
住み込みで領地の屋敷の維持管理をしてくれている聖都の神官――聖都で行われた壮絶な争奪戦を勝ち抜いた前大神官――とも仲良くやっているようだ。
そんな状況のなか、これまで妖精たちの寝起きに関しては第二和室を使わせていたのだが、ちゃんと自分たちの空間が欲しくなったのか今回の訴えとなったようだ。
食っちゃ寝するだけだったらエイリシェに頼んでキュッとしてもらうところだが、ちゃんと仕事をしている妖精たちの要望である、本心としては領地の方で暮らしてもらいたいとは思いつつも、おれは望みを叶えることにした。
と言うわけで空き部屋を妖精たちが暮らしやすいように改造だ。
部屋をそのまま与えても、妖精たちのサイズではただ空間を持てあますだけである。
そこでおれは壁にそって柱を立て、そこに鳥の巣箱みたくドールハウスのような個室を設置していくことを提案。部屋の真ん中あたりは人も居られるようにテーブルと椅子を置くが、普段は妖精たちの集会場か遊び場か、好きに使ってかまわない。
「やべえ! 妖精帝国だ!」
おれの構想を聞いたピネは喜んでくれた。
でもおまえらの思い描く帝国ってこんなコンパクトなものだったの?
他の妖精たちもこの『妖精帝国構想』に賛成したので、おれはさっそくその実現のためサリスに協力を仰いだ。
頼んだのは二つ。
まずは部屋の改築をしてくれる職人への依頼。
もう一つはたぶんこちらにも存在すると思われるドールハウス作家へ、妖精たちの個室を作ってもらうという依頼である。
実際の部屋をそのままスケールダウンさせたような芸術品を作ってもらう必要はないが、それなりの部屋を三十ほど。
ドールハウス作家については、果たして引き受けてくれる人が居るだろうか……、とおれもサリスも半信半疑なところがあった。
まあ引き受けてもらえなかったら自作だ。
さすがに鳥の巣箱よりは良くしたいが……、たぶん頑張っても簡素なログハウスくらいにしかならないだろう。
ベッドや机、椅子などは、妖精たちが自分で頑張って作るしかないかもしれない。
布団やクッションに関しては、うちに専門家が居るのでなんとかなる。
話をしたらニヤって笑ってたし、たぶん大丈夫だ。
△◆▽
妖精たちの個室であるが、結果から言うと引き受けてくれるドールハウス作家が見つかった。
いや、見つかったと言うか、突撃してきたと言うか……。
話はサリスからダリスに伝わり、伝手を使ってダリスが実際に小人が使えるレベルのドールハウスを作るという作家に話を持っていったところ、どうやらその人、妖精を神聖視するちょっと変わった爺さんで、すぐさま依頼を引き受けると妖精に会うべくうちにやって来た。
「私は幼い頃、妖精に助けられたことがあるんです。森で遊んでいるうちに迷子になってしまった私のところに妖精は現れ、泣くばかりだった私を慰めようと、お話をしてくれたり、甘い木の実をくれたりしました。私はその妖精に導かれ、森を出ることが出来たんです」
妖精とはそれっきりになってしまったようだが、幼いながらに何かお返しがしたいと考えた結果、妖精の家を作ることを思いつく。
それはいつか妖精が自分の様子を見に来たとき、暮らすことのできる家を用意しておきたいと考えたためでもあったらしい。
なるほどー……、しかしな。
「それって本当に妖精だったんですかね? 実は妖精の姿を借りた、もっと神聖な何かだったのでは?」
「おぉぉぉーい! うぉい! どういう意味だコラ! どーゆー意味だ!」
ピネが怒った。
「いやだって、妖精が人助けなんて……」
「あたしらおまえ助けたよな!? まあおやつもらう約束だったけどそれでも森を捜し回ったよな!?」
同席する他の妖精たちも抗議してくるが、作家爺さんはその様子を微笑んで見つめている。
「私は人形の家を作るようになりましたが、趣味として妖精に過ごしてもらう部屋も作り続けていました。いつか、いつか妖精に使ってもらえるようにと。夢だったのですよ。ですので、この話は私が夢を叶えるためのもの、お代は頂きません、どうぞ妖精たちに使ってもらってください」
感無量なのか、爺さんは妖精たちの部屋を無償で提供してくれようとしてくるが、丹精込めて作りあげた物だ、タダで貰うなんて有り得ないし、安く買い叩いても申し訳ない。
まあそれでけっこうお高くなったとしても、そこはルーの森で助けてくれた分の報酬としてなんとかするつもりだ。
調子に乗りそうなので妖精たちには言いはしないが。
△◆▽
個室のめどがついたので、妖精たちに与える部屋の改装を頼むためにまず家具などの片付けを始める。
これはおれとシア、父さん、デヴァスの四名で行う。
邪魔になる家具を物置部屋に運びこんでいくのだが、その物置でシアが妙な物を発見した。
一抱えほど、金属で補強された頑丈そうな木箱。
それだけならそこまで気にしなかっただろうが、その木箱は縄でぐるぐる巻きになっており、これを行った者の意志が強く感じられた。
憎しみ? それとも恐れ?
ともかく封じ込めてしまわねば、という暗い感情。
妖怪屋敷だ、何があってもおかしくない。
正直なところ見なかったことにしたかったが、屋敷の主として得体の知れない物をそのままにしておくことは出来なかった。
うっかりクロアやセレスが見つけ、つい開けてしまったことで何だかよくわからない大冒険のきっかけになってしまうかも知れないからだ。
意を決して封印を解き、おれは木箱を開けた。
……。
体重計だった。
「お、おまえ……! 最近見かけないと思ったらこんなところに居たのか……!」
人々の健康のためにと生みだされたというのにこの扱い。
生まれるべきではなかったと言うのか……!
「最近、ミーネさんが料理を量産するせいで皆さん間食する機会が増えましたからね。そういうことなのでしょうね」
たぶんアレサが聞いて回ればすぐに犯人は判明するだろうが、悲劇にしかならないと思ったので体重計はおれの寝室に置いておくことにした。
せめておれだけでも使っていこう。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/22
※脱字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/05




