第420話 13歳(秋)…取材旅行と領地訪問(迷宮都市編)
屋敷で三泊したあと、本来の目的であるベルガミアの迷宮都市ペアナへと向かう。
十日ほどかけて到着した迷宮都市は実に活気があった。
迷宮都市エミルスよりも賑やかなんじゃないかと思ったのだが、それも当然、これからは寒くなり野外での活動がやりにくくなる季節である。つまりこれくらいの時期からが各地の迷宮都市に人が集まる――賑わいを増す繁忙期。迷宮運搬人――デリバラーたちは年間レースの締めくくりに挑み、ポイント上位者が出場できる春の最終戦までは本来の仕事に従事、迷宮内を走り回るようになるのだ。
逆に、エミルスへは繁忙期を避け、閑散期を狙って向かった。
ふむ、一応、繁忙期のエミルスがどれくらい賑やかなことになるのか、今年の冬にちょっと覗きに行ってもいいかもしれない。
「あ、またエミルスへ行くのね」
「本当に覗きに行くだけだから、日帰りの観光みたいなもんだぞ?」
ミーネが何か期待するような目をしているので釘を刺しておく。
まあ領主や幸せな新婚結婚生活を送ってるであろうベルラットとエルセナに挨拶くらいはしに行くが。
「そのときはシャフリーンも一緒に行こうな。何かお土産もってさ」
「はい、ミリメリア様にとどめを刺してでもご一緒致します」
そこは物理的な説得ではなく、言葉によるもので頼みたい。
△◆▽
迷宮都市ペアナに滞在するのは一週間ほど。
この間に都市の雰囲気と迷宮内の様子の確認、冒険者ギルドに残る依頼記録の閲覧を済ませるとなるとなかなかハードなスケジュールだ。
前もってベルガミアの王様が話をつけておいてくれた宿屋を借り切って拠点とし、おれは到着したその日からさっそく行動開始。
まずはこの地の領主であり、屋敷を構えている子爵さんにご挨拶、それから冒険者ギルドに出向いて記録閲覧のお願いをしに行く。
これにはアレサ、サリス、シャフリーンが付いてきてくれた。
ペアナでの滞在中、サリスとシャフリーンがおれの仕事の手伝いをしてくれる。
この二人ならとても捗りそうで助かる。
「でもせっかく遠出してきたんだし、みんなと一緒に好きなことをしていてもいいんだよ?」
「御主人様のお手伝いをさせて頂くのがその『好きなこと』なので問題ありません」
「その通りです。どうぞお気になさらず」
建前かと思うところだが、それを聞いたメイド姿のアレサはうんうんと頷いているので本音なのだろう。
有り難いことである。
そしてそのアレサだが――
「ところで私もお手伝いさせて頂こうと考えているのですが……? 私も今はメイドですし……」
自分が含まれないことに困惑している。
「あー、アレサさんはですね、迷宮に潜るクロアとユーニスに付いていてあげてほしいんです。ぼくは宿に籠もって作業か、冒険者ギルドに籠もって作業ですから」
「そ、そうですか……、はい、かしこまりました……」
アレサ、一気に意気消沈。
「ぼ、ぼくが迷宮に潜るときや、町の様子を確認しに散策するときは一緒にきてくださいね?」
「……! はい!」
アレサ、一瞬で復活。
こう思っては失礼かもしれないが、なんだか犬っぽい。
アレサが喜んでいるので、挨拶回りのあとはちょっと町を見てまわることにした。
町は今、稼ぐ気まんまんの荒くれ者どもが続々と集い始め、舐められてはいけないと努めてイキりまくっている。
そんな中、そこそこ身なりのいいガキんちょとお嬢さん三人がのこのこ出歩いていればそりゃあちょっかいをかけられて当然というものである。
「おうおう、オレがキレないうちにさっさと有り金吐き出しちまった方が身のためだぜぇ? オレはよぉ、カッとなるとやべえのよ。記憶が飛んで気づけば魔物どもが血の海に沈んでいることが何度もあったし、でもオレはぜんぜん怪我なんてなかったし、仲間はすげーすげー言うけどむしろおれは自分の力に怯えたくらいよ」
「そうですか、わかります。ぼくも勢いで変なお面かぶったら大騒動になったことがありますから。今でも怯えてますし」
「なに言ってんだてめえ?」
なんだ、そっちから振っといて共感してくれないのか。
一抹の寂しさを覚えながら、絡んできた野郎とその仲間たちを見る。
範囲雷撃で一発だが……、アレサ、サリス、シャフリーンを巻き込みそうなので個別に、かな?
そうシバく算段をつけていたところ「ここはお任せ下さい」とアレサが張りきった。
そして――
「今は一介のメイドゆえ、無手にて」
あっという間にのされる野郎ども。
アレサは嬉々として野郎どものみぞおちに手の第一関節と第二関節を丸めるように折り曲げた――獣の手のような形の平拳を抉り込んでいた。
「……ごっ、こっ……、こほ……!」
「ぐぼぉ……! い、痛い……! 信じられないくらい痛い……!」
ボディ打ちによる苦痛は内臓の周りにある神経によるもの。
非常に痛い。
さらに横隔膜の動きが一時的に麻痺しての呼吸困難。
端的に言うと、地獄である。
「大丈夫ですよ、ただ少しの間だけ呼吸できなかったり、痛かったりするだけで後遺症はありませんから」
悶え苦しむ男たちを前に、嬉しそうに言うアレサ。
褒めるべきなのだろか……?
ここの子爵はおれが滞在することを町の人々には告知したようだが、外部から集まってくる人間に対してはどうにもならない。
なのでそのあたりは『目立つ格好の侍女には手を出すな』と噂が広がるのを期待するしかなく、それを考えるとアレサのこの行動もよくやったと褒めるべきだろう。
どこから取りだしたのか、アレサなんか猫耳取りだしてつけてるし。
撫でろってこと?
まあ望まれるなら撫でますが。
撫で撫で。
それからも散策を続け、アレサは奮闘し、競うようにシャフリーンも張りきった。
結果、いつの間にかおれたちは『領主の雇った風紀取り締まり隊』として荒くれ野郎どもに認知され、恐れられることになった。
△◆▽
翌日から、おれは本格的にお仕事開始。
ざっと見回った感じ、ペアナの町に来る荒くれ野郎どもはわりとまともなのが多かった。
この『まとも』とは見た目が昭和のヤンキーやチンピラ風ではなく、さらに言えば無闇やたらにハジけていない『普通の荒くれ者』という意味である。
たぶんこっちが普通で、エミルスは独特だったのだろう。
まあこっちは普通にダンジョン内で死ぬからな。堅実(?)に偏るのは当然の話だし、逆にエミルスの方は死に戻りで体験した死の恐怖を乗りこえる精神力が求められる。なのでそれ故の、なんだかよくわからないハジけ具合だったのではなかろうか。
さらにエミルスとの違いとして気づいたのは町の衛生状態。
こっちは汚い。
荒くれ者どもが集まるのだから当然なことに薄汚れている。あちこちにゴミが落ちており、それどころか野グソも転がっている始末。
町の清潔さという点に関しては、エミルスはすさまじく先進的であったようだ。
普通だが汚い。
異常だが綺麗。
冒険の書の舞台としては、果たしてどちらが良いのだろう?
そんなことを考えつつ冒険者ギルドにお邪魔し、依頼の記録を閲覧させてもらう。
エミルスの冒険者ギルドとの大きな違いは、迷宮に入ったまま帰ってこない人の捜索があることか。
他にも仇の魔物を倒して出て来たアイテム――遺品の引き取りを願う遺族や親しかった者の依頼もある。
この辺りはしっかり書き写させてもらい、三作目に生かそう。
おれがサリスとシャフリーンに手伝ってもらいながら仕事を進めるなか、他の皆は自由行動である。
セレスにはシアとコルフィー、それからヒヨコが付きっきり。
そこに母さんとヴィルジオが加わって町を観光したり、お店を巡って買い物を楽しんだりしている。
このグループはとても平和。
のんびり楽しんで欲しい。
そしてその他の面々は到着したその日にはやばやと探索者登録をすませ、滞在二日目の今日はダンジョンアタックに挑んだ。
ミーネを先頭に迷宮へと挑んだ皆であったが、夕方には帰還し、アエリスを進行役としてさっそく発覚した問題をどうするかの話し合いを始めていた。
「議題は『ミーネさんとリィさん現れた魔物を片っ端から蒸発させてしまう問題』についてです」
せっかくの迷宮都市、ダンジョンである。
アタックに挑む面々は普段の訓練の成果を確かめたい。
しかしミーネとリィの存在によって魔物とエンカウントした瞬間に戦闘終了のリザルト画面になる不具合が多発してしまっているのだ。
「はい! アーちゃん議長! 提案があります!」
さっそく手を挙げて発言の許可を求めるリオ。
「ここはやはり班分けするのがいいと思います!」
まあそうなるわな。
そもそもみんな揃ってのアタックとなると、ペアナの迷宮に対して火力が高すぎる。
この面子、例えエミルス迷宮の下層であっても、ゆったり進行であれば苦戦を強いられることもないだろう。
リオの提案はすみやかに受け入れられ、そこからはわいわいと楽しげな班分けとなった。
クロアとユーニスが居る以上、滅茶苦茶なことになっても困るのでおれもちょっと口だししての編成となり、結果、皆は三つの隊に分かれた。
まずクロアとユーニスがいる第一探索隊。
メンバーは弟二人の他、シャンセルとリビラ、そこに保護者のアレサ、それから犬が加わる。
あまり奥に進むことを意識しない、クロアとユーニスに迷宮探索の雰囲気を楽しんでもらうための集まりである。
クロアとユーニスが迷宮探索をしてどう感じ、どう思ったかは三作目に生かせるのではないかと思う。
そういう意味では何気に意義のある重要な隊である。
次にミーネ率いる第二探索隊。
他のメンバーはリィ、ティアウル、ジェミナ、そして猫。
何気に迷宮制覇を狙える高火力な隊だ。
そもそも高火力なミーネに、魔術だけでも高火力なリィが加わり、念力で刃物を自在に操って遠隔で攻撃できるジェミナ、そしてミニマップ&エネミーサーチできるティアウル、そして癒し要員の猫というなかなか凄いことになっている。
「火の魔術のね、特訓もかねてるの。リィが言うにはね、火の魔術はぶわぁーって広げるんじゃなくてね、ぎゅーって押し留める訓練から始めた方がいいんだって」
ミーネは迷宮に潜りながらリィから火の魔術をどう扱うかのレクチャーを受けているようだ。
遭遇してしまった魔物は気の毒なことである。
そして最後に第三探索隊。
異様に張りきるリオ、密かに張りきるアエリス、それからウキウキしているパイシェの三名に、父さんとデヴァスが付き添う。父さんは母さんから魔導袋を借りての補給兼アドバイザーとして、デヴァスは父さんの苦労軽減のための補佐である。
クロアたち第一探索隊がお休みの日は、父さんとデヴァスが抜けておれとアレサ、あと希望があってシャフリーンがここに加わる。
父さんとデヴァスもゆっくりしてもらわないとな。
△◆▽
冒険者ギルド、ペアナ支店にある依頼記録の書き写し作業は、主にエミルスに無かった種類の依頼を選んで写すことになる。
しかし有名な迷宮都市たるエミルスともなれば依頼は多種多様であり、そんなエミルスに無くてペアナに有るものとなると、それこそ迷宮で死んだ者たちに関係する依頼くらいのものだった。
籠もって仕事に専念したこと、さらにサリスとシャフリーンが有能であったこともあり、到着四日目には記録に関係する仕事はひとまず片付き、都市の散策も終えることができた。
あとはやることはちょっと迷宮に潜ってみるくらい。
そこで父さんとデヴァスには休んでもらうことにして、おれとアレサ、シャフリーンは入れ替わりで第三探索隊として迷宮へ潜る。
そこで目撃することになったのは三人の修羅だった。
リオ、アエリス、パイシェである。
「私の出番は無さそうですね……」
遭遇する魔物に我先と襲いかかる三名を眺めながら、シャフリーンがちょっと残念そうに言う。
パイシェが強いのはまあわかるのだが、リオとアエリスもずいぶんと強くなっていた。
シアやミーネのように規格外ではないが、かなりのものではないかと思う。
努力を積み重ねてきた成果が出ているのだろう。
リオやアエリスなら冒険者としても充分やっていけそうだな、と一つ目の巨人の断末魔を聞きながらおれはそう思った。
△◆▽
滞在予定の期間が終わり、おれたちは迷宮都市ペアナを後にする。
一週間という短い期間での迷宮制覇は難しかったようで、ミーネはそこを不満に思っているようだった。
「エミルスでは一気に行けたのにー……」
「あっちは状況が違ったからな」
エミルスは最下層までのルートを把握したベルラットがリヤカーに乗せてってくれたからこそできた迷宮制覇だ。迷宮内の地図を確認しながら歩みを進める本来の進行となればこんなもの、いや、補給が必要なのでもっともっと遅くなるはずだ。
「また来ましょう。次は制覇するから」
「時間があいたらな……」
今年はまあ無理だろう。
来年は来年で冒険の書の四作目、その舞台が魔境になるためそっちに取材へ行くことになる。
まあいつか、おれがのんびりした日々を過ごせるようになったらだ。
はたしてそんな日々が訪れるのか、という問題については考えない。
いつか、という淡い希望も忙しない日々を乗りこえていくには必要なものである。
※誤字を修正しました。
2018/03/22
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/22
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/05
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/08/11




