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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
7章 『獅子と猪』編
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第418話 13歳(秋)…取材旅行と領地訪問(百獣国編)

 思いたったが吉日、というほどに急いだわけではないが、旅行の準備はすみやかに行われ、皆でベルガミアへ出発したのは十月の初め、早朝のことになった。


「ニャー……」

「うあー……」


 リビラとシャンセルは久しぶりの帰国。

 しかし二人は浮かない顔。

 もしかして帰りたくないのだろうか?

 前にリビラが帰ると決めたときも渋々だったが……、もうその問題は解決しているし、それにシャンセルまで悩ましげな表情になっているというのがわからない。

 一時的であっても窮屈な王宮暮らしに戻ることになるから、というわけではないと思う。

 出会った頃のシャンセルはべつに窮屈そうでもなんでもなかったし。


「いやー、べつに帰りたくないわけじゃないんだ。ただ帰ったらあれこれ聞かれるんだろうなーって思うとさ……、面倒くさくて……」

「ととニャをシメる仕事が始まるニャ」


 久しぶりだからと家族がやたら構おうとしてくるのが鬱陶しいということだろうか。

 なんだか二人は動物病院へ連れて行かれる――、いや、この思考は危険だ、中断中断、別のことを考える。

 例えば……、そう、いずれ成長したクロアが遠出するようになったらとか。

 うんうん、帰ってきたときに無闇やたらに構おうとするのは鬱陶しがられるかもしれないな、控えるよう心がけよう。

 ひとまず屋敷を出発したおれたちは徒歩で精霊門へ向かう。

 馬車を用意しようとも考えたが、誰もが「歩いて行けばいいじゃん」くらいの反応だったので、観光ツアーの一団みたいに適度な列になっての移動となった。

 まずは金銀赤黒という冒険者パーティー『ヴィロック』のメンバーに、父さん母さん、クロア、セレス、コルフィー、そしてリィというレイヴァース家の面々。

 猫はミーネが抱っこ、犬はクロアが抱っこして、ヒヨコはセレスの頭に乗っている。

 妖精とぬいぐるみたちはお留守番だ。

 行く行くと抗議も受けたが、周囲を妖精が飛び回る一団というのは目立ちすぎるのでおやつを与えて黙らせた。

 領地の屋敷へ到着したら妖精の輪の設置をするので、それまでは待ってもらう。

 くれぐれも留守を任せるティアナ校長に迷惑をかけないように、と言ってあるのだが……、ちょっと心配だ。

 メイドたちはみんな参加。

 ひさしぶりの帰国となるニャンとワンを始めとし、サリス、ティアウル、ジェミナ、リオ、アエリス、ヴィルジオ、パイシェ、そして今回特別参加となるシャフリーンの十名。


「迷宮都市と言ったらやはり私でしょう。よろしくお願いします」


 何を言っているのかよくわからなかったが、ともかくシャフリーンはミリー姉さんから休暇をもぎ取っての参加となった。

 そして最後にデヴァス。

 何らかの緊急時には飛んでもらうことになるが、それまではのんびり観光してくれと言ってある。

 おれは仕事だが、みんなはただの旅行だ。

 好きに楽しんでもらいたい。


    △◆▽


 前もってベルガミア側には「あまり盛大な歓迎はやめてね」と大使を通じて伝えてあった。

 わざわざ歓迎の辞退を伝えるなど、なんて自惚れ野郎なんだと自分でも思ったが、ここを自重して伝えるのを怠った場合、自重なんて言葉知らないとばかりに国を挙げての歓迎をされる可能性もあると考えたからだ。

 これについてはシャンセルとリビラも同意。

 だから伝えておいた。

 なのに、おれは周囲が実によく見渡せる屋根のない立派な馬車に乗せられ、周りを黒騎士たちの列に守られるようにして左右を人々が埋める道を城に向かってゆるゆると進んでいた。


「ぜんぜん控えめじゃないんですけど……?」


 精霊王精霊王と連呼される中、とりあえず空気を読んで笑顔で手を振りながらおれは問う。

 おれの乗る馬車には精霊門で出迎えてくれたユーニス王子、その隣にクロア、それからアレサと、シャンセル、リビラの五名が乗っている。


「たぶんこれで控えめなのニャ……」

「だなー。市民たちも歓迎したいだろうし、こういう場を用意せず完全にお忍びですませちまったら親父が反感を買うからなぁ……」


 なるほど、折り合いの結果か。

 じゃあ伝えておかなかったらどんなことになっていたんだ?

 はしゃげるとなると徹底的にはしゃぐ国民性。

 スナークの暴争終息時はおれが居るとお祭り騒ぎがいつまでも終わらないから帰ってくれと国王自らお願いするくらいだった。

 おれとニャンワンは意気消沈だったが、クロアとユーニスは楽しそうにきゃっきゃしている。

 あとアレサは誇らしげだ。


「この国の方々はレイヴァース卿の尊さをよく理解しておられるのですね。素晴らしいことです。聖都でもこのようにレイヴァース卿を讃える催しを行いたいものです」


 最初に来た時は『便器』と連呼されてたんですけどねー……。


    △◆▽


「すまん……。卿の意向通りにしたかったのだが、どこかから話が漏れてしまってな……、統制の効かぬ状態で迎えるわけにもいかず、このような歓迎で抑えるので精一杯だったのだ」


 王様に謁見したら早々に謝られた。

 これについては王様の判断は実に正しく、どうぞお気になさらずと言っておく。クロアやセレスが居るのに、うひょーと錯乱気味の集団に突撃されたら、おれに出来ることは雷撃をぶっ放すくらいだった。

 謁見ではまずあらかじめ伝えておいた今回の遠征の目的、それを正式なものとして改めて伝えた。

 ただ領地の森に妖精と精霊を放つことまでは伝えていなかったのでそれもついでに話した。

 困惑された。


「妖精と、精霊……、ふむ、あの森はいずれ精霊王の森と呼ばれるようになるかもしれんな」


 特に何も無い森をそんな大仰に呼ばれるようになられても困るな。

 謁見のあとは王様たちとの昼食会。

 ベルガミア側は王様を始めとした王族たち、それからレーデント伯爵家――リビラとその親父さんである。

 うちは家族とミーネとアレサ。

 メイドたちやデヴァスは別室に食事を用意されているのでそちらに。

 正直なところおれもメイドたちの方がいいのだが、さすがにそういうわけにもいかなかった。

 王様の興味は主にルーの森での騒動についてだったが、中には王様個人のお願いなどもあった。

 例えばコタツを売ってくれ、など。

 去年の冬、ユーニスに同行してきたアズアーフは娘ほったらかしで父さんたちと将棋や麻雀に興じて帰っていったが、そのとき体験したコタツの良さを王様にも話していたらしい。

 現在、コタツは我が家だけでなく、ザナーサリー王家やクェルアーク家、エンフィールド家、マグリフ爺さんの自宅と学園長室、さらにダリスが薦めた富裕層のところにも存在する。

 徐々に愛好者は増えていた。

 評判を聞いて買い求めに来る者もいるからと、チャップマン商会はコタツの在庫をそこそこ持っている。

 王様には一番上等なコタツを贈ることにしよう。


    △◆▽


 相変わらず『肉食え肉』な料理をこれでもかと堪能させてもらったあと、ひとまず自由行動となる。

 この王都ピアルクでは観光もかねて二泊の予定だが、王様はおれが守った都市を是非見てまわってくれと言っていた。

 たぶん『守った』というのは都市の建物――物理的な話ではなく、暮らす人々の生活や活気のことだろう。

 再び集まった皆はどうしようと楽しげに話し合っていたが、シャンセルとリビラは憂鬱な表情で親の所へ向かった。

 頑張れ、と心の中で応援しておく。

 おれはクロアに王都を案内したくてたまらず尻尾が荒ぶるユーニスと一緒にお出かけだ。

 その意気込みたるや「兄さまは話が長いので後にしてください!」と第一王子リクシーを追っ払うくらいだから相当である。


「この国でもアスレチックコースを作ったのだが……」


 昼食会では父に譲ったと思われるリクシーだったが、ここも可愛い弟に譲ることにしたようですごすご引っ込む。

 殿下、あとで聞きますから。

 ユーニスによるベルガミア王都ピアルクの観光ツアーにはおれとクロアの他、アレサとリィ、それから犬が同行する。

 最初はまずお城を案内され、それから町へと移動。


「兄さま、どうですか! 立派なものでしょう!」

「ウン、ソウダネ……」


 闘技場で見せられたのは円形広場に設置された巨大な『便器に座るおれの像』であった。

 広場の片隅では小型の像が販売されている。

 うーむ、頭がおかしくなりそうだ。


「……」


 リィが凄く何か言いたそうな顔をしてるのだが、おれが作れなんて指示したわけじゃないんですよねこれ!

 そもそもおれ武闘祭予選敗退だしここに飾ってるのっておかしくない!?

 瘴気領域境界線あたりに設置してくれたら魔除けっぽいし、あまり人々の目にも触れないし、絶対そっちの方が良かったと思うよ!

 ――などと、にこにことしているユーニスに言えるわけもなく、心の叫びは心の中に収めておくことに。

 その後も観光は続き、おれの存在に気づいた市民によって取り囲まれるなど色々あったがおおむねのんびり都市の様子を観察することができた。

 そんななか、リィがぽつりと言う。


「スナークの暴争があった国だってのに、雰囲気は不思議に思えるくらい明るいな。クロアから大まかに話を聞いたときは困惑しかしなかったが……、お前、頑張ったんだな」


 褒められたのか?

 リィはおれのことを『頭のおかしい奴』と誤解しているふしがあるからな、こうやって誤解が解けていくのは望ましいことだ。

 そしてユーニスの案内による観光の最後、小腹が空きませんか、と連れて行かれたのは立派な店構えのカレー屋さんだった。

 ベルガミアにおけるカレー屋の本店。

 元粗悪ポーションの密造・販売組織は今では立派なカレー屋へと転身、商売繁盛しているようだ。おれが事業のために貸したお金もとっくに完済され、今は事業拡大をちゃくちゃくと進行中らしい。

 そしてそのカレー屋ではクレーマーが騒いでいた。

 ミーネだった。


「どうして! ここはカレーを売る店なんでしょ! だからカレーをちょうだい! あの私たちが隠れた大鍋で十杯は欲しいわ!」


 さらには大量のライスとトッピングを強引に注文している。

 魔導袋を手にいれてからというもの、ミーネは料理をストックするのが趣味になってしまったのか、ひたすら大量の料理を買い付けるようになっていた。


「そ、そう言われましても……、そんなに用意したら明日の営業が出来なくなってしまうので……」


 ミーネに詰め寄られて困っているのは、元組織のボスで現在はベルガミアを代表するカレー商人のボラン。

 味見のしすぎだろうか、ずいぶん恰幅がよくなっている。


「はいはい、お嬢さん落ち着いて。お店は明日からも営業していくんだからここで買い占めたりしようとしないの」

「むぅー、でも三日後にはここを離れないといけないじゃない……」


 見かねて口を出すも、ミーネがしぶとい。

 どうやら入店してさっそくカレーを堪能したミーネは、独自に研究された味付けをいたく気に入り、そしてこの有様となったらしい。


「お久しぶりです、レイヴァース卿。ようこそおいで下さいました。ささ、こちらへどうぞ。すぐに料理を用意いたしますので」


 ミーネの説得となったところ、ボランは落ち着いて話せるようにと立派な個室に案内してくれた。


「ぼくや兄さまもときどき来るんですよ。父さまも」


 ユーニスが言う。

 なるほど、VIPルームなのか。

 専用の給仕係が付き、好きなようにライスやルー、トッピングをお願いして用意してもらえる。

 意外なことにここでリィがハジけた。

 王宮ではあまり食べなかったというのもある。

 これは『エルフは動物を食べない』という話ではなく、長い間、野草や穀物ばかりの食生活が続いた結果、極端に肉ばかりな料理を食べられなくなっていたためであった。

 リィはあれこれ注文してトッピング山盛りのカレーを完成させ、クロアに温かい視線を送られていた。

 そしてそれ以上に山盛りのカレーを完成させたミーネは王宮でもがっつり食べていたが、まあミーネだからな、としか思わない。

 ひとまずミーネの大量注文は遠征から王都ピアルクまで戻って来たときに用意してもらうことにして、今回は大鍋一杯とそれ用のライスで話をまとめた。

 これならちゃんと店は明日も営業できる。

 まったく、なんだカレーの買い占めって。

 ところで今日仕入れたカレーだけど、道中クロアとセレスにもあげてね?


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/22

※誤字と文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/05


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