第416話 閑話…国境都市の闘士倶楽部
更新再開。
しょっぱなからこんな話ですがよろしくお願いします。
次回は6章後の主人公たちの様子からになります。
国境都市ロンド。
元々はザナーサリー王国とエルトリア王国の国境を隔ててある二つの町、東のロングと西のロゼストと分かれていたものが、交易町として栄えるにつれそれぞれ大きくなり、いつしかまとまってロング・ロゼストとなり、気づけば略称のロントに、そしてロンドへと変化した。
一応、名目上は町の中心から西がザナーサリー貴族ネーネロ辺境伯の領地であり、東がエルトリア王国の王領地となっている。
こう聞いてふと気がつくのは、エルトリア側が王領地であることだろう。
通常、他国と接する国境には力の強い貴族が居るもの。
しかしエルトリアという国はザナーサリーだけでなく、国境に接する地域がすべて王領という特殊な状態になっている。
もし、他国からの侵略が始まった場合、迅速な対応がとれないのではないかと思うところだが、ある意味この状態は罠であった。
国境を侵す者、それ即ち王領を侵す者であり、エルトリアの敵。
そして始まる壮絶な反撃。
これは主にエルトリア王国の東方に接している国々が体験したことであった。
△◆▽
春の気配を感じるようになったある時期から、国境都市ロンドのとある酒場には、夜な夜な男たちがぞくぞくと集まるようになっていた。
酒場に男たちを引きつける魅力があるのかと思いきや、とりたてて特色はなく、むしろ寂れた感じのする小さな店で、そもそもそんな大人数に対処できる広さもない。一応、収容することは可能としても、酒を飲み交わすにはいくらなんでも狭すぎ、そして集まる人数が多すぎる。
いったいどうなっているのか、整列でもして酒を飲んでいるのか、そう興味本位で覗いた者はさらに困惑することになるだろう。
なにしろ店は閑古鳥。
集まった男たちは店内におらず、店主がむすっとした顔で睨みつけてくるだけだからだ。
男たちはいったいどこへ消えたのか?
何のことはない、男たちはとある魔術士の少女が拵えた、酒場の地下にある空間へと集まっていたのである。
魔法の明かりによって薄ぼんやりと照らされる空間には、逞しい肉体美を誇るように上半身裸となった男たちで溢れ賑わい、互いを褒め称え合っていた。
「キレてるキレてるよー! ナイスカット!」
筋肉が割れ、見える筋の美しさを褒める者。
「背中バリバリィ! 仕上がってる! いい血管出てるよぉ!」
脂肪をこそぎ落とした結果の、筋肉に直接肌を張り付けたような様子を褒め称える者。
「肩がコカトリスの卵! 胸もでかい! グレートケツプリィ!」
発達した筋肉の厚みや、ぷりっとするほど鍛えられた尻の形を褒める者と、三者三様に褒め、褒められ、称え、称えられを繰り返す。
この集団こそ、最近この町にやって来たとある少年の影響によって発足した『共に鍛え称え合う闘士たちの集い』であり、そのメンバー内では『闘士倶楽部』で通じる秘密結社であった。
闘士倶楽部の集いは毎夜行われ、集う者たちは自分の来る曜日を決めて参加しているのだが、それでも地下空間は常に賑わっているという盛況ぶりだった。
そして今夜、集った男たちが挨拶代わりにお互いを心ゆくまで称え合った後、自然と広間の中心部に集まり、そして輪を作る。
ここは『共に鍛え称え合う〝闘士たち〟の集い』の集会場。
故に、称え合ったならば次は戦い。
やがて男たちの中から、輪の内部へと歩みでる二人の男。
一人はネーネロ辺境伯の子息、名をレヴィリー。
もう一人は旅人、名はストレイ。
闘士倶楽部のメンバーは誰もが見事な肉体を誇るが、それでもこの二人と比べると幾分劣る。
二人の肉体は肉体美のみを追求されて岩から掘り出された石像のごとく見事なものであり、もはや色気すら醸しだすに至っていた。
鍛えた肉体を存分に披露する機会である闘士決闘。
今宵、まずその栄誉を授かった二人はただただ開始の合図を待ち、静かに見つめ合っている。
闘士決闘は強さの優劣を競い合うものではなく、鍛え上げた肉体から生まれる力を相手にぶつけ、そして自分も相手の力を受けとめるという儀式の側面を持つ。
故にこれから戦う二人の表情は戦意や敵意を感じさせるようなものではなく、神事を行う神官のごとく穏やかでおごそかなものであった。
△◆▽
レヴィリー・ネーネロは今夜の相手であるストレイを見つめながらも、ふと、ついひと月前までの自分のことを思い起こした。
確か三月の初め。
その頃の自分はぶよぶよとした脂肪に覆われた体を、やっとのことで動かして、みっともなく怒鳴り散らし、心配して付いて来てくれた魔道侍女のアーシェラを困らせてばかりだった。
レヴィリーがロンドに居る理由、そして来ることになった理由。
すべてはエルトリア王国が宮廷魔導師カロランによって乗っ取られたことに端を発している。
エルトリア王国は戦神と闘神を祀る傭兵の国だ。
その王都ヴィヨルド、かつては邪神を祀る教団が支配していた都市であり、この教団の討伐に派遣された傭兵団が討伐の後、そのまま国を興してしまったのが始まりという国である。
当時はまだ冒険者という枠組みもなく、魔物などの対処は主に傭兵が用いられる時代であったため、傭兵の派遣を始めたエルトリアは急速に発展し、周辺諸国もエルトリアを国として認めるまでにそう時間もかからなかった。
とは言え、そこに至るまでには何度も諸国との武力衝突があったのだが、エルトリアは見事それに生き残った。
強い傭兵団であった国軍は、この戦いのなかでさらに鍛え上げられていき、終いには頭のおかしい武闘集団と化した。
そのおかしさはエルトリア国王直属の獅子王騎士団の入団試験について知ればよくわかる。
候補者、立候補者たちは、捕獲した大イノシシに素手で立ち向かい、心臓を抉り出した者のみが入隊を認められるというのだ。
イノシシといえば狩人にとって恰好の獲物だと思われがちだが、あれは充分に人を殺傷できる凶暴な獣である。肉弾戦を挑むのは得策ではないのだが、さらに素手でとくればもはや狂気だ。
そんな頭のおかしい――おかしくなければ挑戦し、達成することの出来ぬ入団試験を達成した者たちが居るからエルトリアという国はヤバいのか?
違う。
王からしてヤバいのだ。
イノシシを素手で殺す狂人共が仕える王となれば、それ以上に狂人であり、そして強靱であることが求められる。
つまりそれはエルトリアの国章にある『獅子』でなければならないということであり、それを証明するため、エルトリアの王位継承者は『獅子の儀』を執り行うという決まりがあった。
獅子の儀、それは狂人――騎士団員たちとの戦闘である。
一対多。
全員を打ち倒すことによってようやく王位継承者は『我らが王』と認められるのだ。
そんな狂王と、従う狂人集団。
頭がおかしいだけに勇猛果敢な猛者とくる。
こんな恐ろしいことはない。
そんな国が、得体の知れぬ魔導師に乗っ取られたとくれば、自衛を考えるのは当然のこと。
しかし、父――ミトスは急ぎすぎた。
結果、王都エイリシェでこっぴどい目に遭い、しょぼくれて帰還した父は今ではすっかり変わり果ててしまい、そんな父に見切りをつけた者も少なくない。
そこに、エルトリアにとうとう動きが。
もはや父は頼りにならず、ならばとレヴィリーは兵を集めロンドに来たものの、決定的な事態にはならず、いつ『その日』が来るのかと待つだけの日々。
エルトリアの狂戦士たちと一戦交えることを考えると、とても平静ではいられず、気づけば暴飲暴食、周囲には当たり散らすようになっていた。だらしない体はますますたるみ、大将がこのザマではと兵たちも素行が悪くなり、ロンドの鼻つまみ者になってしまった。
だが、そんな生活も一人の少年がこの町を訪れたことですべて変わった。
そう変わったのだ。
もう何も恐くない。
そもそも、何故、こんな単純なことに気づかなかったのだろう。
相手が頭のおかしい狂戦士たちなら、こちらも頭のおかしい狂戦士になればよかったのだ。
死を恐れるのではなく、死を受け入れ、今日限りであると意識しながら日々を生きる。
すると不思議なことに、恥ずかしくない行いをするよう努めるようになった。
驚くほどに余裕が生まれ、心は澄み切っている。
些末なことに感情を乱され、取り乱し、嘆いたり怒っていたり、自暴自棄になったり、八つ当たりしていたのが嘘のようだ。
ここに集まった、鼻つまみ者に落ちぶれた兵たちも、迷惑をかけた償いとして町の清掃や警備、人手を求める人々の手伝いを積極的に行うようになり、今では町の人々から感謝されるまでに至っている。
すべてはあの少年のおかげだ。
彼は今、広間の奥にある椅子に腰掛け、顔にはいつも通りエルトリアの昔話『猪の悪霊フォーウォーン』の仮面をつけている。
このフォーウォーンとは、獅子王騎士団の入団試験で殺されるイノシシ、その霊が迷いでたもの、またはその集合体とされている。
強さを証明するために殺された猪の霊であるフォーウォーンは強さを尊ぶ存在であり、弱き戦士を呪い殺すが、強い戦士には祝福を与えるという。
これはエルトリア近辺ではよく知られた昔話であり、慣れ親しまれていることからときおり強いオークが出現したときは「フォーウォーンが出た」などとも言われる。
そんな猪の悪霊の名で呼ばれる少年の周りには、常に麗しき乙女たちが控えているが、彼女らがただ麗しいだけの存在でないことはここに居る誰もが知っている。
たまに彼女たちも戦うこともあり、その強さをまざまざと見せつけているからだ。
いつしか彼女たちには呼び名がついていた。
狂える月の銀。
勇ましき太陽の金。
痛撃の赤き炎。
眠れる魔猫。
麗しき魂の闘士。
陽気な戦いの申し子。
灼熱の氷柱。
我らがフォーウォーンに仕える七人の戦乙女。
「(ふっ、恥ずかしい戦いは出来ないな……)」
そうレヴィリーが決意した時、開戦の鐘が鳴る。
合図を受け、レヴィリーは挨拶とばかりに拳を繰り出した。
テクニックなど無い。
ただ、相手――ストレイ目掛け、渾身の一撃を見舞う。
ストレイは避けない。
顔面でレヴィリーの拳を受けると、お返しとばかりに拳を放ってくる。
もちろんレヴィリーも避けない。
これは儀式、拳による対話。
繰り出す一撃は「俺の拳はどうだい?」という問いかけであり、相手はそれを受けとめることによって「素晴らしい!」と肯定の意を示すのである。
思う存分に殴り、そして殴られる。
己の力を解放する快楽と、それを受けとめる相手がいるという悦楽。
そして今夜、レヴィリーの戦いはそれだけではなかった。
ストレイは何か悩みを抱えている。
その苦悩を晴らすように打ち込まれる拳は、苦く、そして甘い。
今宵、レヴィリーにとってストレイの攻撃を受けとめることは、自分がその苦しみすらも受けとめ分かち合う覚悟があることを伝えるためであり、そして繰り出す拳の穢れ無さは、その準備が出来ていることを伝えるための手段であった。
殴り合いは続き、最後に立っていたのはレヴィリー。
勝ち負けを競い合うものではないが、それでも勝てると嬉しいもの。
殴られすぎて朦朧としつつも、レヴィリーは倒れたストレイが起きあがるのに手を貸し、二人で肩を貸し合うように寄り添う。
人の輪はいつのまにか彼の元へと続く道になっており、レヴィリーとストレイはよろよろと進んでいく。
やがてレヴィリーとストレイが椅子に座る彼の前に並んで立つと、彼は一つ頷き、傍らのテーブルに置かれていた瓶を手にとった。
瓶は透明なガラスで出来ており、そこにはうっすらと光る緑色の液体が入っている。
あれこそ彼が作りあげた、闘士を生みだす神の酒。
彼はその神酒を、隣に控えていた金と銀の少女が持つ小さなグラスに注ぐ。
金の少女のグラスはレヴィリーが受けとり、銀の少女のグラスはストレイが受けとった。
戦った闘士二人は相手と向かい合い、互いの腕を腕組みするように組み合わせた状態で一気に飲む。
レヴィリーとストレイが同時に光る緑色の液体をぐっとあおると、たちまち体の傷が癒え、そして心の澱みが浄化された。
これでまた一歩、二人は真の闘士へと近づいた。
『うぉぉぉ――――ッ!』
と、そこで見守っていた男たちから歓声があがる。
それはレヴィリーとストレイが真の闘士へと近づいたことを自分のことのように喜び、そして祝福する声であった。
集う者たちの誰もが清き心を胸に宿す、仲間思いの男たち。
闘士倶楽部はまことに清浄で健全な結社である。
傍から見ればどうしようもなく変態的であることや、結社の長である少年その人がとっととこの集いをぶっ潰して無かったことにしたいと願っていたりもするが、ともかくレヴィリーとストレイの闘士決闘を皮切りに、今宵も闘士倶楽部の長い夜は始まるのだ。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/27
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/05
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/24




