第414話 13歳(秋)…プレゼント
旅に出たシアは五日後に帰って来た。
見ていて悲しくなるほどしれっと、ちょっとお出かけして戻って来ましたよ、といった雰囲気でいるシアに、余計なことを言う者は一人として居なかった。
しかし――
「シアねえさま! にゃーん!」
セレスはまだ猫語が抜けきらない。
シアはやや引きつった笑顔を浮かべつつも、可愛い妹のためにゃんにゃん付きあうことに。
しかしながら心から猫になっていた時ほどその振る舞いや仕草は猫っぽくなく、結局のところ今のシアはセレスと一緒ににゃんにゃん言っているだけのシアであった。
ともかくシアが戻ったので、おれは先延ばしにしていたことを片付けるため、仕事部屋にシアとミーネ、アレサの三名を集めた。
「突然ですが、皆さんに渡すものがあります」
「なになにー?」
早速興味を持ったのはミーネだ。
「おまえとシアは……、あれだ、うっかりバスカー送って風呂で痺れさせちゃったお詫びもかねてだな。アレサさんは今回特に頑張ってもらったお礼ということで」
横に並ぶ三人に、はい、はい、と手渡しで小さな鞄を配る。
今回、遭難させられたことで、おれは妖精鞄がもっとあればと思った。
そして気づいた。
ロールシャッハにお願いして貰うことは出来ないか、と。
本当ならもっと早くに気づいておくべきだったが、鞄は貴重で数少ないという先入観があって貰うなんて発想が出てこなかったのだ。
ロールシャッハはロールシャッハで、もっと早い段階で与えておくべきだったと思ったようで、思いつかずに申し訳ないと謝ってきていた。
「鞄……?」
ふとミーネは不思議そうな顔をしたが、そこでハッとする。
「もしかしてこれ――!?」
「シャーロットに縁のある偉い人からもらってきた、いわゆる魔導袋だ。貴重な物だから大事に――」
「ふわ――――ッ!?」
話はミーネの奇声に遮られた。
「ふわ! ふわ! ふわー!」
「お嬢さん、落ち着いて! 机を入れたり出したり遊ばない!」
「ふわわわ! ふわ! ふわー!」
ダメだ、聞いちゃいねえ。
与えられた鞄が本物であると確認したミーネは、鞄を掲げて奇声を上げながら部屋から飛びだしていった。
「……ふーわー……ッ!」
ミーネの声が遠い。
「ふ――わ――ッ!」
と思っていたらミーネは屋敷の玄関から飛びだし、正門をくぐって町へ飛びだしていった。
「あれは今話すのは無理そうだな……」
予定ではこれから鞄の使い方を説明するはずだった。
色々と収納できるのは便利だが、何がどれだけ入っているといった正確なことは本人が知っておかないと効率が悪い。そこで何かを入れる場合、なかなか思い出せそうにない物、数の多い物などは、リスト化して一緒に鞄に入れておくという小技が必要になる。
あと入れる品についても、容量の三割くらいは緊急時に対処するための道具や食料をストックしておいた方がいい。
まあミーネには後で説明しよう。
ミーネほど狂喜していないが、シアも自分用の鞄を喜んでいる。
「ありがとうございまーす!」
ちょっと小躍りしそうなくらい。
しかしアレサは素直に喜べず、恐縮してしまっていた。
「さ、さすがにこのような品を頂くわけには……」
「いいんですよ。それに持っていておいて欲しいんです。これからアレサさんが鞄を持っていることが生きる状況もあるかもしれませんし」
「そ、それではお借りしているということで……」
「いやいや、アレサさんに贈ることは、ロールシャッハも許可しているんです。ここは受けとってください」
「……」
アレサはしばし葛藤していたが、最終的には折れて鞄を受けとってくれた。
それからおれは二人に鞄の使い方を簡単に説明。
そしてそのあと――
「さて、じゃあミーネを捜しに行くか……」
下手に放置しておくと王都中を駆けずり回り、金に物をいわせて鞄一杯に料理を詰めこみかねないからな……。
というわけでわんわん召喚!
「わん!」
ズババーン、とバスカー登場。
何気にこの能力、役に立つな……。
△◆▽
九月は季節的に秋の始まりになるが、そんなことはどうでもいい。
我がレイヴァース家にとっての九月は、クロアの誕生日という重要なイベントがある月として理解されているのだ。
ルーの森で問題が起きず精霊門が使えないままだったら帰還の途中で祝うことになっていただろうが、不幸中の幸いか、こうして屋敷で祝えることになった。
あのちっちゃかったクロアがこれで九歳。
めでたい。
おれが九歳の頃は……、何してたっけ?
「なあシア、おまえが来たのっておれが九歳の頃だったっけ?」
「違いますよ。わたしが拾われたのはその一年ほど前です。御主人様が九歳の頃は……、あー、あれですよ、冒険の書をお披露目しようと企画して、最終調整」
「あ、そうか。あのあたりか」
クロアやセレスの面倒をみつつ、黙々と作業していた頃か。
いや、セレスの世話はシアが独占していたからあんまりできてなかったな。
あの頃は想像もしなかった。
四年後、家族一緒に妖怪屋敷で暮らすことになるだなんて……。
△◆▽
そして迎えたクロアの誕生日はセレスのときよりも賑やかになった。
屋敷に人が増えたというのが主な理由だが、特に騒がしさに関しては30立方センチのお菓子の家に狂喜乱舞している妖精の存在が大きい。
妖精たちは部屋の上部で輪になり、主役のクロア放置でひたすらお菓子の家を祝福して踊っていた。
このお菓子の家であるが、実際はそこまで立派なものではない。
元の世界と違い、市販されているお菓子をかき集めて造る、なんてことが出来ないため、当然ながら部品にするお菓子はすべて手作り。
これがなかなか骨だったのだ。
本当はもっと立派な物を用意したかったが、準備期間の関係でこれが精一杯だったのである。
しかしこの程度でも、お菓子の家となれば子供を魅惑してやまない存在だ。クロアは喜び、この誕生日会が終わったらまたしばしお別れになるユーニスはお菓子で出来た家という発想にびっくりしていた。
そしてセレスは――
「にいさまだけ……。セレスもおかしのいえ、ほしかったにゃん……」
拗ねた!
「あ、いや、これはな……、えっと、そう、九歳の誕生日に用意することにしていたんだ。だからな、セレスも九歳になったらお菓子の家を贈るよ。それになにもこのお菓子の家、全部クロア一人で食べるわけじゃないからな? セレスもわけてもらえるからな?」
「にゃうー……」
ちょっと不服そうだが、ひとまずセレスは納得してくれたようだ。
よし、四年後にちゃんと用意するよう、心に刻んでおこう。
それから誕生日会は始まり、まずプレゼントを贈ることに。
渡す順番はまず皆に譲り、最後におれだ。
「誕生日おめでとう」
これまではほいっと手渡していたが、今回の贈り物はちょっと特別なのでまずはお話をする。
「クロアはルーの森で強くなった。立派にセレスのお兄ちゃんして、魔術まで身につけた。すごい成長だ。だから、ちょっと早いような気もしたけどこれを贈ろう」
はい、とクロアに小さな鞄を手渡す。
「おれが王都に出発するとき、母さんから贈られた妖精鞄だ」
「……!?」
クロアはびっくりして目が大きくなる。
ロールシャッハからはもう一つ鞄を貰っていたのでそっちを渡してもよかったが……、なんとなくこっちの方がいいような気がしたので使っていた方を贈ることにした。
「兄さん、ありがとう!」
ちょっと半泣きになってクロアが抱きついてきたので、おれは心ゆくまで弟を撫でることした。
撫でる。撫でる。
さらに撫でる。
撫で撫で……、撫で撫で!
もいっちょ撫で撫で!
まだまだぁ!
『長すぎる!』
お菓子の家を待ちわびる妖精たちに怒られた。
まったく、無粋な奴らめ……。
比音ちょこ様、レビューありがとうございます!
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/23




