第42話 7歳(春)…メイド?
宿屋に到着してすぐ、死神はギルド支店長バルトの奥さん、ノーラに捕まり、風呂場へ連行された。旦那のバルトはギルドと酒場の担当で、ノーラは宿屋の担当になっているようだ。
死神はノーラによってごしごし洗い上げられ、途中で見繕ってきた服に着替えさせられた。
身綺麗になった死神はよりいっそうその容姿に磨きがかかり、幼いながらも末恐ろしくすらある美しさに誰もが見惚れるかもしれなかったが、おれとしてはどうでもよかった。
「もっと地味でいいだろうに。無駄にきれいでどうするんだ? なんか目に刺さるっていうか、LEDっていうか」
「ちょっとー、ご主人さまー、なんか口から思考がもれてますよー」
焙煎に失敗して焦げただけの豆みたいな臭いをさせていた死神だったが、よほど念入りに洗われたのだろう、今ではふんわり良い香りをさせるようになっていた。
現在、おれは死神と部屋にふたりっきりだ。
「ここ二人部屋だからおまえらで泊まれ。俺、ちょっと下で呑んで一人部屋に泊まるから」
そう言い残し、父さんは酒場へいってしまったのだ。
「……さて、寝るか」
「ちょっとちょっとご主人さま、まだ寝るには早くありません? もうしばらくお話しましょうよ、わたしまだ眠くないです」
もそもそとベッドにもぐり込もうとすると、死神がひきとめてきた。
「夕方すぎたら我が家ではそろそろ寝る時間なんだよ。それに明日の出発は早朝だ」
「うぅー、まあいいです。明日からは一緒ですからね、話す時間はたっぷりあります」
しぶしぶ死神は隣のベッドへ腰掛ける。
ミーネとは違い、こいつはちゃんと自分のベッドで眠るようだ。
ちょっとほっとする。
「しかし、これでようやくわたしも落ち着ける場所ができるのですね。なにがなんだかわからないまま逃がされて、路頭に迷ってそのまま奴隷にされてはや二年、本当にどうなるかと思ってましたが、ようやくご主人さまに会えました」
よほど境遇にうんざりしていたのか、死神はとても嬉しそうだ。
「そう言えば、これから侍女として働けばいいんでしょうか? それとも、ご主人さまのところは一般的な貴族とは違うようなので、家政婦みたいな感じになりますか? まあひとくくりにメイドということなんでしょうけど……」
むくり、とおれは起きあがる。
「メイドだと……?」
「へ? あ、はい。わたし、ようはメイドになるんでしょう?」
「いやおまえメイドといったらあれだぞ、メイドさんだぞ?」
「えっとご主人さま……、もしかしてメイド好きでした? やですようもう言ってくれればよかったのに。あれでしょ? もえもえキュンキュン!」
「くたばれボケがぁ!」
「んきゃあぁぁぁッ!」
いきなりおれの逆鱗にふれた愚かな死神に雷撃を喰らわす。
「な、なぜして……」
「このドアホめが! おれはそういう安っぽいプラスティックなメイドもどきが大嫌いなんだよ! おれがほしいのはアンティーク家具のように暖かな木のぬくもりを感じさせる本当のメイドだ! メイド服きて御主人様御主人様いっていればメイドか? 否! 断じて否!」
「あー……、コアな方でしたかー……」
ベッドにぐってりしたまま死神はうめいた。
「まあしかし……、言われてみればそうだ。おまえはメイドになるわけだ」
「元死神だけに〝冥途〟! なんちって!」
「くたばれボケがぁ!」
「んきゃらぁぁ――ッ!」
さらに雷撃を喰らわせると、死神はうちあげられた魚のようにピチピチはねた。
「ちょ、ちょっとした冗談じゃないですか……」
「つまらないだけならまだしもイラッとした。あとメイドへの敬意がたりん」
「どんだけメイド好きなんですか……」
ぐってりしたまま死神はあきれたように言う。
「それについては……、おれもときどき疑問に思っていた。どうしてメイドはおれの心をとらえてはなさないのか……。一度は精神科医に相談しようかと真面目に考えた」
「いけばよかったじゃないですか。きっとお薬を処方してもらえたと思いますよ。元気になるやつか、元気がなくなるやつをたっぷりと」
「失敬な。だがまあ許そう。おれはメイドの個性を尊重するからな」
「ちょっとイラッとしました」
こいつはメイドにふさわしくないと言う者もいるかもしれない。だがそれは違う。メイドにふさわしくない少女などいないのだ。少女がメイドを志し、どれだけぞんざいな態度をとろうと主人を敬う心があれば、それはまぎれもなくメイドなのだ。
メイドに必要なのは主人への敬意、そして――
「そうだ! メイド服を作らないといけないな!」
「いきなり大声だしたかと思ったらメイド服て……」
「おいおい、メイドがメイドたる条件は主人への敬意とメイド服だぞ? よし、おれが全身全霊でとっておきのメイド服を作ってやるからな!」
「テンションが恐い……、普段がおらおら型やれやれ系なせいでよけい恐い……!」
「人にわけのわからん分類を当てはめるな」
「あってると思うんですけどね。それでご主人さま、今、作るって言いましたけど、ご主人さまって服を作れるんですか?」
「ああ、弟が死なないよう必死に習得した」
「意味がわかりません!」
うーむ、どうしてみんな理解してくれないんだろう?
とりあえず説明しておく。
「今度はわけがわかりません!」
「んだよ説明したのに。まあいい、弟のために針仕事を覚えたとだけ理解しろ」
「弟さんのためとはいえ気合い入れすぎですよそれ。神があわてて引き取りに来るとかどんな服なんですか」
「なんか着たものは弟になるらしい。弟が着たらすべてが弟になるらしい」
「バカバカしく聞こえますが……、それ本当なんですよね? ちょっと理解をこえてて名状しがたい的な震えがきます。わたしのメイド服はそんな気合いいれないでくださいよ。本当に普通のメイド服でおねがいしますね?」
「あ? ああ! まかせとけ!」
「いやフリじゃなくてですね!?」
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/09/12




