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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
6章 『深緑への祝福』編
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第409話 13歳(夏)…にゃん

 魔素を無理に注ぎ込まれ、強制的にジャイアント化させられた霊獣ネビアから余分な力を吸い出す作戦は成功、ネビアは再び大きい子猫に戻った。

 その後、母さんとリィが神殿の魔法陣を壊し、ルーの森を内と外に分断していた結界を排除すると、旧里へと戻ってそのことを伝えた。

 久しぶりに息子や娘、孫たちに会えた爺さま婆さまは喜び、親を棄てた新里の連中はそのことを謝っていたらしい。

 一方、おれはデヴァスやアロヴたち、それから妖精の協力を仰ぎ、星になって戻らないアレサの捜索を指揮。

 まずバスカー便で手紙のやり取りを行った結果、アレサは無事なものの方角がわからず戻りようがないという状態であることが判明。

 そこでバスカーに食料を括り付けて再びアレサの元へ送り、捜索隊の誰かが近くに来たら雷撃を放って知らせるようにと指示した。

 やがてそれが功を奏し、竜騎士の一人がバスカーの放った雷撃に撃たれたことでアレサの位置が特定され、無事救助となった。


「うぅ……、ご期待に応えられないどころか、お手を煩わせることになってしまい、誠に申し訳ございません……」


 救助されたアレサはしょんぼりした立ち姿、少し離れたところではティゼリアを始めとした聖女四名が心配そうに見守っている。

 いや、別に怒ったりしませんから。

 そもそもアレサはあの状況に至るまでは大活躍だったのだ。

 なので脱落したことを気に病む必要はないのだが……、それを言ったところでアレサの気持ちは晴れないだろう。

 ここは少し話をすべきか……。

 と言うのも、聖女アレグレッサという人物は本来、有能な人材であるはずなのだ。

 でなければそもそも聖女になることは出来ないだろう。

 ならば何故、自分が思い描くような活躍が出来ないか?

 原因はおそらく……おれ。

 今回判明してびっくりしたが、聖都でおれは神子猊下とか呼ばれているらしい。

 おれとしてはもう困惑するばかりだが、残念なことに聖都の関係者は至って真面目、本気なのである。

 そんな猊下なおれの元で働くアレサは、自分の有用性を証明することを自身に強いてしまっているのだろう。

 結果、おれの身に起きる事に対し自分が負う必要のない責任まで負い、そして活躍のために無茶を通そうとして普通ならしない失敗をしてしまうのではあるまいか。

 事実、おれが離れたらアレサはイーラレスカを追い詰めてみせた。

 それもまた『おれを助ける』というおれのための行動だが、おれが見ている――注目している――状態ではなかったため、空回りすることなく上手く動けたのではないかと思う。

 ならばその『つい張りきってしまう』というところを、上手く諭して改めさせることが出来れば……。


「アレサさん」

「はい」


 呼びかけると、アレサは処罰されることを受け入れるように目を瞑った。

 だから怒ったりしませんて。


「もうちょっと自分を大事にしましょうか」

「……はい?」


 おれの言葉がよほど意外だったのか、アレサはきょとんとする。


「自分なら怪我をしても平気だから、という前提が無茶をしてしまう原因になっているとぼくは思います。そしてそれが、他の手段を模索するという可能性の芽を摘んでしまっているのではないでしょうか」


 まあそこに頼りもするおれが何を言うという話だが、ここでは『猊下』として知らんぷりしておく。


「ぼくは何かと問題に巻き込まれます。アレサさんはそんなぼくを守ろうとしてくれている。有り難いことです。ですが、どうかこれからは安易に痛い思い前提で行動するのはやめてください。守ってもらっているぼくが何を偉そうにと思われるでしょうが、どうか苦痛覚悟の行動の前に、他に方法はないかと考えてみて欲しいんです」


 張りきって無茶をしなければ、きっとアレサはその才覚でもって問題を解決できるはずなのだ。


「ぼくは痛い思いはしたくありません。きっと誰だってそうです。もちろんアレサさんだってそうでしょう? 痛みに慣れているとしても、それは耐えて行動できるという話で平気というわけじゃない。ぼくはなるべくなら……、アレサさんに痛い思いをして欲しくないんですよ」


 なんちゃって『猊下』たるおれがそう望むなら……、おそらくアレサも無闇に苦痛覚悟の行動を控えてくれる……はず!


「あと……、アレサさん、無茶をしてまで自分の有用性を証明する必要はないですからね? 活躍できないからと、従聖女の任を解くようなことをぼくはするつもりはありません。むしろ今となっては、ぼくはあなたに愛想を尽かされたとき、従聖女をやめないでくれと懇願する立場ですから」

「……!?」


 そこまでびっくりするほどのことではないと思うが、アレサは目を大きく見開いた。


「こ、こ……」

「こ?」


 何を言いたいのだろうと疑問に思ったとき、アレサはおれの前に跪いた。


「この……アレグレッサ! 命尽きるまで猊下のお側に控え、お守り致します……!」

「……」


 あれ、なんかアレサの反応が予想と違ってるんですけど……。

 もっと朗らかな……、肩の力がいい感じで抜けてくれるようなのを想像していたんですけど……。


「……ほら、本音が切り札になる、あれが聖女殺しよ……」

「……なるほど……、聖女殺し……」

「……さすがは猊下……」

「……あーあ、私も聖女殺されたい……」


 なんか見守ってる聖女たちがヒソヒソ言っている。

 変な称号つけるのやめてもらえませんかね……。

 しかし……、どうしよう。

 アレサは跪いたまま固まって動かないし、ティゼリアたちはヒソヒソ話できゃっきゃしてるし……。

 おれ、シアの容態を見に行かないといけないんだけど……。


    △◆▽


 勃発したジャイアントなニャンとワンとピヨの戦いによって新里には甚大な被害が出たが、幸い死者はいなかった。

 とは言え犠牲者が出なかったわけではない。

 ネビアを元に戻す作戦でシアは――


「なんでこんなことになっちまったんだよぅ……」

「ん! ん! んーッ!」


 撫でろ、撫でるのだ、もっと、もっとだ!

 騒動から明けて翌日、旧里の借り家、ベッドにごろんと寝転がりつつもセレスをがっちり抱きかかえているシアは、おれに無償の撫で撫でを要求する。

 ネビアから引きずり出した余剰な力を吸い取った結果、シアの精神は猫化した。

 これに気づいたのはネビアが元に戻ってからすぐだった。

 事態がほぼ収束したあと、シアはおれにすり寄ってくるとごりごりヘッドバットし始めた。


「な、なんだ? 痛いぞ? おまえの力でやられるとおれの顔が磨り潰されそうだぞ?」

「んー……」


 新手の嫌がらせかと思ったが、シアは何かを期待するような顔でごりごりしてくるばかり。

 ふと既視感を覚え、試しに撫でてみたところ――


「*・゜゜☆・*:.。.★.。.:*・゜♪」


 喜んだ!

 なんだか猫みたい――、って、猫?

 いや、そんな……、嘘だろう?

 認めたくなかったが、シアの行動はその閃きを肯定し続けた。

 シアは猫のパワーを吸収しすぎて猫化してしまったのだ。

 さすがに猫そのものではないが、猫的と思われる行動が増え、以降気の向くままに過ごし、おれはその世話に追われている。

 一晩たてば戻るかと思ったら戻らなかった。

 まさかの持久戦である。

 事態は終息したと思いきや、おれの戦いはこれからだったのだ。

 つい「このメス猫がぁ!」と張り倒したくもなるが、かつておれが幼児退行したとき、シアはつきっきりで世話をしていたと聞く。

 ならば今度は猫化したシアの世話をするのが筋というものだろう。

 まあ人としての基本的な行動は出来るので、食事や風呂、トイレの世話までする必要はない。もしそこまで猫化していたらおれでは手に負えなかった。いや、やれないこともないのだが、そこまで世話をしてしまったら正気に戻ったシアは……、さすがに命を絶つまではしないだろうが、家出どころか出家するに違いない。

 世話は気ままにうろちょろするシアについて回り、誰かに迷惑をかけないよう見守ることと、急に甘えてきたときにせっせと撫でてやることくらいだ。

 現在、シアはのんびりしたい気分らしく、お気に入りのセレスを巻き込んでベッドでごろごろしている。

 姉のこの状態、セレスは面倒がるどころかむしろ歓迎してシアと仲良くやっている。猫化した姉について回り、おれ以外にも、例えば母さんやミーネ、クロア、コルフィー、アレサにじゃれつく。

 シアの望むまま、おれはしばらく頭とか背中を撫で撫でし続けていたが、不意にシアは首をあげ、それからおれを威嚇。


「む! むー! むむ!」


 撫でていた手をぺしぺし叩かれる。


「おまえが撫でろってせがむから、せがむから撫でてたんだよ……?」


 本当に行動がその瞬間の気分次第になっている。

 しかし、猫か……。

 前世でも色々あった。

 人の膝の上でビクビク痙攣するくらい熟睡していたくせに、目を覚ましたと思ったら「てめえなに抱えてやがる」とばかりにガブガブ噛みついて来るとか普通にあった。

 猫には謎の不機嫌状態というのがあるのだ。

 まさに『ネコのさばきは突然にくる』である。

 切なさ乱れ撃ちのおれなど無視で、シアはベッドの上でうーんと背伸び、それからむくっと起きあがると部屋から出ていこうとする。


「あ、ねえさま、まって、まって」


 セレスも起きあがり、シアに付いていこうとする。

 と、その前に。


「ごしゅぢんさま、セレスもなでてくれますか?」

「ああ、もちろんだ」


 セレスを撫で撫でして癒されようと思ったら、シアが引き返してきてまたもおれをぺしぺし叩く。


「むむむー、むー」

「何が気に入らないんだよう……、あれか、ちゃんとついていかなかったからか。わかった。ちゃんとついていくから」


 尻尾をぴんと立てて、意気揚々と歩いていく猫をそのままほっとくと途中で立ち止まってふり返り、付いてきてないことに愕然とした顔を見せる。

 たぶん今のシアはこれだったのだろう。

 片言でも喋ってくれたらいいのだが、今のシアは基本無言。

 心中はその表情や仕草、行動から判断しないとけいない。

 それからシアはセレスを連れて借り家の外へ。

 そこにはリィと話し込んでいる母さんがいた。

 どうやらシアは母さんの存在に気づいて移動したらしい。


「あら、私の猫ちゃんたち」

「んん~」

「にゃーん」


 頬を擦り合わせる母と娘二人。

 セレスはいつもとそう変わらないが、シアがあれだけ甘えるのは珍しく、どうやら母さんはそれが嬉しいらしい。

 そんな様子を眺めていたところ――


「……息子よ……、聞いてくれ……」

「うお!?」


 いつの間にか父さんが後にいた。

 気配なく背後をとるのはやめてほしいと思ったが、どうも父さんは落ち込んでいるらしく幽鬼のようで、気配を消しているのではなく存在感が薄れているらしい。


「な、なに……?」

「二人は何故か父さんには甘えてきてくれないんだ……」


 確かに二人が父さんにじゃれついている姿はまだ見ていない。

 代わりなのかなんなのか、妖精たちがやたら父さんに絡んでいる姿を見かける。

 昨日、再会したときはそれはそれはすごかった。


「てめえローク、老けやがったなこの野郎!」

「おっさんよ! おっさんになってるのよ!」

「お髭、邪魔ですね。抜いていいですか?」

「幸せに暮らしてっか!? 私らに幸せのお裾分けはないん?」

「なあローク、お菓子くれよー」


 父さんに妖精たちが群がり、ぽこぽこぺしぺしと蹴る殴ると好き勝手であった。


「息子よ、お菓子を与えて奴らを大人しくさせるのだ。元気そうで良かったと思えたのは一瞬だった。思い出してきたぞ。あいつらはとんでもない奴らだ。何もかもを何が何でも楽しくしてやろうとするのが奴らの生きる目標なんだ。ほっとくとろくな事をしない。だからお菓子をあげて大人しくさせるんだ」


 想い出の補正が早々に消えて無くなったらしく、再会の洗礼を喰らった父さんはそう真面目な顔して言ってきた。

 詳しくは語らなかったが、どうやら相当に弄ばれた経験があるようだ。

 とは言え、父さんが本気で妖精たちを嫌っているわけではないのはわかる。父さんが今こうして家族を持っていることを妖精たちはとても祝福し、喧しく騒ぐ輪の中で父さんはちょっと涙ぐんでいたのをおれは見かけているのだ。

 まあ妖精たちのことはいいとして、今はシアとセレスに懐いてもらえなくてしょんぼりの父さんだ。


「なあ、何がいけないと思う?」

「うーん……」


 仲良く頬を寄せ合っている三人を眺め、それから父さんを見る。

 ここしばらくは聖都に行ったり戻ったりで、身なりに気を使う余裕のなかった父さんは無精髭がすごい。


「まずは髭をきれいに剃ることから始めてみたら?」


 頬をすり寄せようとしても、無精髭がジョリジョリ痛いのは嫌だろう。


    △◆▽


 父さんが発見したイーラレスカの隠し部屋から、ルーの森の精霊門から奪われた核が見つかったことで、現在、リィによる精霊門の復旧作業が行われていた。

 予定では明日にも開通するらしい。

 開通したらまずは王都エイリシェへ帰還し、メイドたちを安心させてやりたい。

 そのあとは……、どうするか。

 シアとちょっと相談したいところだが、にゃん娘と化しているので意思疎通も難しい状況である。

 なのでこれからルーの森はどうするのかも含め、作業しているリィの所へ相談にいったら、何故か里の者たちと聖女を交えての話し合いをすることになってしまった。

 話し合いの結果、これからルーの森は心機一転、外部との交流も積極的に行うことが決定した。エクステラ森林連邦に参加し、冒険者ギルドの誘致、さらに善神を祀るため小さな神殿の建設も決まる。

 その話し合いのなかで、行方不明になっているイーラレスカは聖都主導で捜索されることに決定した。おれを不当に扱ったことが相当頭に来ているらしく、大陸中で指名手配にするようだ。


「きっちり思い知らせますから、どうぞご安心ください」

「あ、はい」


 金髪の聖女ヴァーリーさんに言われ、おれは頷くしかなかった。

 微笑みかけてくれているが、目が笑ってないのだ。

 イーラレスカの捕縛と更生は聖都全体の意向らしく、つまりそれはほぼ命運が尽きているようなものである。

 おれがお仕置きする余地は残されていないかもしれない……。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/22

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/03

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/12


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