第407話 13歳(夏)…霊獣
何が起きて、どう作用したのかはわからない。
ヒヨコの案内で結界の綻びがあるらしい地点を調査をしていたところ、妙な気配が全方位から迫っていることをリィと母さんが察知した。
どうやらそれは結界の綻びを焦点としているようで、おれたちはそのポイントに集まって変化が起きるのを待つことに。
そしたら神殿の魔法陣の中にいた。
まったくもって訳がわからず、誰もがきょとんとして、おれもそれに漏れなかったのだが……、イーラレスカの姿を見つけた途端、まるで見知った相手に軽く手をあげて「よ!」と挨拶するように雷撃をぶっ放していた。
「あばばばばば!」
いい感じに痙攣するイーラレスカ。
まあべつにそれはいいのだ。
する予定だったし。
問題はこれより先に起きることは、まだ幼いクロアやセレスの教育によろしくないということである。
そこで一考。
「くっ……、ここは危ない! シア、クロアとセレスを守るんだ。具体的にはこれから起きることを見せないようにするとかなんとか」
「はーい」
阿吽の呼吸というやつか、シアはクロアとセレスの頭を左右の腕で抱え込み、見えない、聞こえないの状態にする。
ゴア表現規制解除。
「アレサ! やれ!」
おれたちの登場にぽかんとしていたアレサに指示。
アレサはすぐさまおれの望みを理解し、ぱっと顔を輝かせる。
「はい! 直ちに!」
と、痺れているイーラレスカをメイスで軽快に叩き始めた。
よく見ればアレサはずいぶんボロボロの姿になっている。
いったいどんな状況だったのだろう?
まあそれはあとで聞くとして、今はイーラレスカだ。
おれが雷撃をバリバリ、アレサがメイスでぽこぽこ。
「よいしょー! ほいしょー!」
「はい! はい!」
「ほらしょー! どっこいしょー!」
「はい! はい!」
ビリビリ、ぽこぽこ、ビリビリ、ぽこぽこ。
イーラレスカは大変景気よく悲鳴を上げているが、まだ悲鳴を上げられるというのは余裕があるということだ。
おれはなおもビリビリさせ、アレサはぽこぽこ。
それはまるで餅搗きのようで、おれの心はとてもなごんだ。
イーラレスカを邪悪な餅に見立てた餅搗きだ。
これは……、流行るな!
よし、これから毎日イーラレスカ搗こうぜ!
「容赦ねえなおい……」
リィは呟くが、とくに止める気はないらしい。
誰も止める者が居ない中、このままイーラレスカ搗きを続けるのはきりがないので、ひとまず適当なところでやめることにした。
このまま続けてはクロアとセレスが退屈してしまう。
ひとまず二人には今の内に下へ行ってもらおうかな?
「あ、レイヴァース卿、お待ちください。今、ここは結界に覆われていまして、出ようとすると凄く痛い思いをします」
「え? そうなの?」
出入り口から外を見ると、ピントの合ってないレンズ越しに見たように景色がぼやけていた。
「結界を解除するには?」
「え、えっと……」
と、アレサは倒れたイーラレスカに視線を落とす。
ひとまず再会のご挨拶程度にしばいた結果、イーラレスカは床に転がってピクリともしなくなっていた。
もうちょっと控えめな挨拶にしておけばよかったか?
痺れに痺れ、搗きに搗かれたイーラレスカはしばらく動けずにいたが、反応しないならまた搗こうかとアレサと相談し始めたところ、ようやくうめき声を上げ、杖を支えによろよろ立ち上がる。
「な……、何故だ、何故にお前達が……?」
「んなこと知るか。いいからとっとと外の結界とやらを消せ」
「……け、消すためには準備がいるのだ」
「なるほど」
頷き、おれはアレサを見る。
アレサは微笑みながらメイスを撫でた。
「つまりさっきのをもうしばらく続けてほしいってわけか」
「ま、待て! 余の勘違いだ!」
イーラレスカは渋々――本当に嫌そうに魔法陣の中に立つと、悔しげにおれたちを見た。
「……?」
ふと、そこで怪訝な表情に。
そして驚愕したように目を見開く。
その瞳は何か希望を見つけたような、強い光があった。
「居るではないか!」
何が――、と問う間もなく、イーラレスカは杖先で魔法陣を突く。
明らかに結界を解こうとする気配ではなかったが、それでも結界は消え失せたらしく、外の景色がはっきりする。
しかしそれと同時に異変を訴えるものがいた。
「にゃーう、にゃー、にゃーう……」
ミーネに抱えられていたネビアが鳴き始める。
その鳴き声は普段は聞かない、ひどく悲しげなもの。
例えば押さえつけられてお湯に沈められ体を洗われる場合、もしくは動物病院で痛い治療を受けている場合の、どうにもならない状況で助けを求める猫のものだった。
「ネビアどうしたの?」
「ねこちゃんどうしました?」
ミーネとセレスが尋ねてみるが、ネビアは鳴くばかり。
いや、もう耐えられないとばかりにミーネの腕から這い出し、地面に降りるとそのまま倒れこんでしまった。
するとそこでうっすらと霧のようなものが神殿内に漂い始める。
エミルスの迷宮、その最下層で見た高濃度の魔素だ。
魔素は粘り気を持つ煙のようにネビアを覆い、やがてそれはますます濃くなり、まるで繭のようにネビアを包みこんで肥大化していく。
「うちの子に何したのよ!」
状況からイーラレスカが何かしたに違いなく、ミーネが問う。
「うちの子だと? はっ、何を言うか! それは余のもの、余の霊獣よ!」
「霊獣!?」
聞き、驚いたのはリィだ。
「リィさん、霊獣って?」
「あー、えっと、簡単に言うと王種と覇種の中間な奴だ。そうか、それが上位者、結界の目的は霊獣を生みだすための環境か」
「そうとも! はは、もう止めようとしても遅いぞ! 余に何かしようともう止められぬ! さあ霊獣よ、魔素を喰うがいい! ぞんぶんにな! そして余の力となれ!」
魔素を喰らうと言うより、無理矢理注ぎ込まれている感じだ。
苦しみながらでも吸収してしまえているのは、そういう素質があったってことなのだろうが……、もしかしてミーネに襲いかかったのって魔力が多い奴だったからだろうか?
すでに繭は三メートルほどにまで巨大化。
イーラレスカの性格からして、ここで自分をどうしようと止められないというのはおそらく本当のことだろう。どうせ止められないならイーラレスカに雷撃でもぶっ放したいところだが、何かよくわからないことをやっている状態だ、下手に手を出して爆発とかされたら困るのでここは控える。
おれだけならともかく、クロアとセレスもいるしな……。
「ここから離れるぞ!」
おれたちは神殿から出て、階段を下り地上へ向かう。
下にはティゼリアを始めとした聖女四人が、なんか夢に出て来そうなとんでもない像を抱えて待機していた。
確かリィから聞いて……、善神の神柱棍だったか?
元の世界からすれば、十字架に張り付けにされたキリストの像で「悔い改めよ!」とぶん殴るようなものである。
あんなの絶対喰らいたくない。
「おお猊下!」
「猊下! ご無事でしたか!」
「ご無事でなによりです、猊下!」
「猊下ってなに!?」
金、緑、紫な聖女たちがおれを猊下扱いで愕然とする。
「我らはこの度、再発足したアレサ――ハレルヤ・レッド率いる戦隊の隊員に抜擢された聖女でございます。私はハレルヤ・イエロー。名をヴァーリーと申します」
「私はハレルヤ・グリーン。名をニールグと申します」
「私はハレルヤ・パープル。イルプルーフと申します」
そう誇らしげに言う三人であったが、その四人目となるはずのティゼリアはちょっと顔を背けて気まずそうにしていた。
「……ティゼリアさん?」
「いえ、私はティゼリアではないわ。私はハレルヤ・ブルーよ」
「ブルーですか」
「そう、ブルーなの。ほら、貴方もあまり気にして欲しくないこととかあるでしょう? 仮面的なので。ええ、そういうことよ」
「あ、はい」
ティゼリアはこのノリに完全に乗り切れてなくてちょっとブルーなようだ。
リィの予想通り、聖都はおれたちを救出すべく戦隊を派遣した。
結果、イーラレスカは追い詰められ、切り札――霊獣ネビアを召喚。
そしたら一緒にいたおれたちも召喚されることになった、と、状況はこんなところだろう。
「息子よ、聖女の皆さんはお前達を助けるために凄く頑張ってくれたからな。そこはちゃんと感謝しておかないといけないぞ。うん、どうかちゃんと感謝しておいてくれ。父さんからのお願いだ」
聖女たちと一緒にいた父さんが悲壮な微笑みを浮かべて言う。
同行して色々と目の当たりにしちゃったらしい。
「それで、もう事は片付いたのか?」
「それがどうもこれから本番っぽいんだ」
父さんに答えたところ、ちょうど神殿の入口からイーラレスカが姿を現した。
「ふははは! 見よ! 余はとうとう何者にも屈する必要のない力を手にいれたぞ!」
そう宣言するイーラレスカは、巨大化したネビアにまたがり、杖を高々と掲げていた。
「ねこちゃんおっきくなった……!」
セレスはそんなイーラレスカをちょっと羨ましそうに見ている。
「ぴよ、ぴよよ」
「わんわん」
あれくらいおれたちも出来る、と対抗意識を燃やすヒヨコと犬。
セレスの周りだけのどかである。
「さあ同朋よ、もう恐れることはない! その者らを捕らえるのだ!」
満を持してイーラレスカは命じるが、遠巻きにおれたちを見守るエルフたちは誰も動こうとはしなかった。
きっと夢が覚めるくらいの、凄く痛い思いをしたのだろう。
でかい猫に乗ったエセ女王が命じたくらいではもう動かない。
そこでアレサがずい、とおれたちの前にでて言う。
「もう貴方に従う者などいません! 民を無くした今、貴方はただの咎人! さあ、大人しく罪を償うのです!」
「な、なにおぉ!? 小娘が! よかろう! もはや処罰など生ぬるいことは言わぬ! 余が直々に貴様らを血祭りにあげてやろう!」
やってやる、とイーラレスカがいきり立つなか、ティゼリアがおれたちにそっと言う。
「さ、ここは私たちに任せて。貴方たちは避難していて」
聖女たちはアレサに並び、でっかくなったネビアにまたがるイーラレスカと戦うつもりだ。
まあやるって言うなら、喜んで任せるが。
「小娘どもがぁ……! 楽に死ねると思うなよぉ……!」
怪人ネコ乗りババアは鬼の形相。
しかし楽に死ぬつもりも、死んで楽になるつもりすらない聖女たちには何の意味もない言葉だ。
「行け! 余の霊獣よ!」
イーラレスカが杖にてアレサたちを指し示すと、ネビアはイーラレスカを乗せたまま跳躍。
一気に地上――聖女たちの前に着地する。
「ぐは!」
ただ着地の衝撃でイーラレスカが投げだされ、地面に転がった。
おまえ何してんの?
そう言いたげにネビアが見るも、イーラレスカはいいからあいつらどうにかしろと手で示す。
なんだか完全な制御下に置いているようには見えないが、一応ネビアはイーラレスカの指示に従うようで臨戦態勢に移行する。
ふしゃーと聖女たちを威嚇。
ネビアのやる気に伴い、その周囲に気流が生まれ、渦となって取り巻き始めた。
聖女たちはそんな巨大猫に、神柱棍を振り上げ戦いを挑む。
「ハレルヤ・スラッシュ!」
「ハレルヤ・インパクト!」
「ハレルヤ・ストライク!」
「ハレルヤ・ブレイカー!」
好きに叫んでいるのか、本当にそういう魔技なのか謎だ。
あと本当にハレルヤの意味わかってる?
ってか『ハレルヤ』伝えたのはまず間違いなくシャロ様だろう。
ならこの五色の枠組みも?
シャ、シャロ様……?
「んなーご!」
ネビアは一声鳴くと、襲いかかってくる聖女たちを風の障壁で弾き返した。
聖女たちはさらに突撃するが結果は同じだ。
霊験あらたかな超物理攻撃も、殴れないのでは意味がない。
そこで聖女たちは渋々魔法攻撃に切り替えたが、これも風の障壁によって掻き消した。
イーラレスカはアレだが、ネビアは凄かった。
となれば……、ネビアを退けることが出来ればあとはもうどうとでもなる話である。
何か手助けできないものか。
例えばネビアの気を引くような……。
「ふむ、まあ試しに」
考えた末、おれはクマ兄貴を離れたところに召喚。
ズババン、と雷撃と共に登場したクマ兄貴はどうやら座り込んで絵本を読んでいたところらしかった。
はっと顔を上げて「また!?」と言っているような気がする。
「んにゃ!?」
クマ兄貴の存在に気づいたネビアはすみやかに現場放棄。
ぴょーんと高々と跳び上がってクマ兄貴の所へ。
そして存分にじゃれつき始める。
やはりネビアは完全にイーラレスカの制御下、というわけではないようだ。
イーラレスカに会う前にミーネが保護していたことが影響しているのだろうか?
「さすがね、ハレルヤ・ブラック」
「いやティゼリアさん? 唐突にぼくをそっちに含めないで下さい」
こんな物騒な集団に組み込まれても困る。
ときどきカッとなることもあるが、おれは基本、平穏を望む無害な少年なのだ。
……。
あれ、聖女もそうか?
「ブラック……!? じゃあ私もなにか……!」
「ならミーネさんはハレルヤ・ゴールドですね」
「ゴールド……! 強そうね!」
「はい。そしてわたしはシルバーで」
なんかミーネとシアがこそこそ話してる。
「じゃあさっそく参戦しないと……!」
「まあ待って下さい、ゴールド。すでに五人が戦っています。別枠となるわたしたちは、皆さんがなんらかの危機を迎えたとき、その危機を救うべく登場するのが形式美です。ここは待ちましょう」
「わかったわ!」
いや、別に好きにすればいいと思うが、聖女たちのピンチを期待するのはどうなのだろう?
そんなゴールド&シルバーに苦戦を期待されている五色の聖女たちであるが、彼女らはネビアに取り残され、唖然とするイーラレスカを円陣を組むように取り囲んでいた。
「ま、待て! 話せばわかる!」
「問答無用! そもそも貴方自身それを信じていないでしょう!」
女王が自衛力を喪失した今、唸るは聖女たちが持つ神柱棍。
今度は歌いながら、聖女たちはイーラレスカを一斉に殴打。
叩くごとに邪気が消え、これが終わる頃には真人間になると思われたが――、なんと、その執念恐るべき、イーラレスカは打たれる痛みに耐えながら金切り声で叫ぶ。
「きき、きぃさまらー! 許さん許さん許さんぞー! 殺す! 殺してさらに殺してやる! 従え馬鹿猫! 余を助けるのだー!」
倒れ伏しながらも杖を掲げるイーラレスカ。
するとさらに神殿より濃密な魔素がクマ兄貴を転がして遊んでいたネビアへと注ぎ込まれる。
「むっ! しぶとい!」
「うっぎゃぁぁぁぁッ!!」
ごしゃ、と異変を防ぐべく、ティゼリアがイーラレスカの杖をその手ごと神柱棍で叩き潰す。
――が、変化は収まらない。
魔素を注ぎ込まれるネビアはさらにさらに巨大化。
「ねこちゃんもっとおっきくなった……!」
「あらあら、大きいわねー」
見上げながら唖然とするセレスと、のん気に同意している母さん。
そう、それはあまりに巨大な猫。
丸まっている状態であってもすでに竜よりでかく見える。
もし体を伸ばしたらどれくらいだろうか?
尻尾を抜きにしても30メートルくらいありそうで、例えるならリオデジャネイロのキリスト像くらいある猫というわけだ。
『ごるるあんにゃあうるる……!』
鳴き声もまた大きく、振動が感じられるほどだ。
まったくもってジャイアントになったネビア――Gネビアは軽く怪獣レベルである。
ウルトラマンとかに戦いを挑めるサイズだ。
これには誰もが唖然。
あそこまでくると、Gネビアはネビアが膨れあがったのではなく、ネビアを核として魔素で作られた体を操っていると思われる。
「ふはははは! はははははは! 見よ! これこそルーの森の守護獣! そしてこの獣を従える余こそがルーの森の女王! そう、余がイーラレスカ・ルムローバー・キケロー・ルーである!」
折れた杖を捨て、イーラレスカはネビアの元へと逃れ宣言する。
おれはてっきりエルフの方々が歓声でもあげると思ったが、ほぼ全員が困惑の表情になるばかり、どうも歓迎していない。
しかしイーラレスカはテンションが上がってしまってそんなことはどうでもよいらしく、おれたちを指し示して言う。
「さあ我が聖獣よ! まずはあの者ども――」
と高らかに宣言しようとしたイーラレスカに、Gネビアは横凪ぎの猫パンチ。
「あああぁぁぁぁ――――――ッ!?」
たぶん風の魔術的な一撃だったのだろう。
イーラレスカは凄い勢いで吹っ飛ばされ、そのまま星になった。
やっぱ制御できてねえじゃん……。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/22
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/05




