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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
6章 『深緑への祝福』編
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第404話 13歳(夏)…脱出計画

 空猫

 風の魔術を使う魔獣である。

 他にも風猫、落ち猫といった呼ばれ方がある。

 成獣は体長1.5メートルほど。体重は30キロ前後となり、ライオンやトラには及ばないが猫としてはかなり大きくなる。

 生息地は主に森。

 一番知られる狩猟方法は木の上にじっと伏せ、獲物が下を通りかかったときに飛び降りて襲いかかるというもの。このとき風の魔術によって音が伝わるのを遮断するため、獲物はいきなり頭上から牙と爪を持つ30キロの猛獣に襲われることになる。風の魔術は主に音の遮断、風圧による威嚇と防御、落下の補助、跳躍の補助、または短距離の飛行をするために使用されるが、年を経ると風の斬撃や衝撃波を使う個体も現れるようだ。

 空猫を狩った場合、ごく希に風の魔術に関わる能力を秘めた魔石が得られることがあり、さらに毛皮も少しばかり同魔術の力を秘めているとあって何かと狩人に狙われる魔獣であるが、しかし、いざ仕留めるとなるとこれがなかなか難しい。

 下手な攻撃で過剰に傷つければ毛皮の価値が下がり、狩った意味がなくなってしまう。そこで斬撃や魔法での攻撃は控えられ、代わりに毒を塗った矢が用いられるのだが、そこは風を使う魔獣、飛び道具を逸らすのはお手の物。ならば接近したいところだが、不利と悟ればすみやかに木から木へと逃げていくため人が追うのは難しい。

 このように、空猫はよほど周到な計画を練ることが出来る熟練の狩人のみが仕留めることのできる魔獣なのである。

 そしてその魔獣の子供だが、朝っぱらからピヨと戦っていた。


「ふにゃにゃはぶぎゃろにゃにゃ!」

「ぴぴぴぴぴ! ぴょぴょ! ぴょぴょぴょー!」


 猫からすればピヨは狩りやすそうな餌、もしくはオモチャ。

 普通のヒヨコならいたぶられてご臨終だっただろうが、そこは元バンダースナッチである。

 自分よりもはるかに大きい子猫に対し果敢に抵抗。

 非暴力などクソ喰らえ。

 ピヨはガンジーではなくガンジーⅡだったのだ。


「なんか仲が悪いのね」

「ぜんぶネビアがしかけてるから、挑戦してるんじゃないかな」


 戦いを見学するのはミーネとクロア、それからおれ。

 この戦いは主にピヨがセレスから離れてウロチョロしているところに子猫が襲いかかることによって始まる。

 昨夜から数えてすでに三回。

 どれも子猫が疲れて撤退することで決着がついている。

 それでもめげずに戦いを挑む子猫は、あんなちっこいのに負けたままではいられない、という意地でもあるのだろうか?


「くぅーん……」


 クロアの足元で弱々しく鳴くバスカーは「やめなよー」と言っているような気がする。

 同じような精霊だが、バスカーは温厚でピスカは勝ち気なようだ。


「こーらー!」


 やがて両者の鳴き声を聞きつけたのだろう、セレスが突撃してきた。

 そして転んだ!

 後ろから歩いて追ってきていたシアが駆けよろうとするが、セレスはすぐに立ち上がってまた駆け出す。

 泣いたりしない。

 喧嘩を止めることで頭がいっぱいのようだ。


「もう! けんかしちゃだめです! なかよく!」

「ぴーよー」


 セレスの登場にピヨはネビアをほったらかしに、未熟な翼をピコピコ動かして宙を泳ぐとセレスの肩に乗っかって頬にすり寄る。

 なんとなく「すいやせん姐さん」と言っているような気がする。

 一方、戦いを放棄されたネビアはちょっと悲しげな様子で喋るようにもじょもじょ鳴き始めたが、猫語なのでさっぱりわからない。

 ワレワレハネナインダヨ?

 嘘つけ。


「大丈夫よ、あなたが大きくなったらきっと勝てるわ」


 ミーネがネビアを慰めるのだが……、例え成長して成獣となっても、そのときピヨはバスカーみたく巨大化して対処してくるんじゃないかな?


「ご主人さまー、コルフィーさんはひとまず糸を紡ぎ終わったということで片付けにはいってます」

「そうか、じゃあ糸はおれが――」

「あ、自分で持つそうです」

「そ、そうか」


 旧里に来てからずっと糸紡ぎに勤しんでいたコルフィーはやっと仕事を終えた。

 これで出発できる。

 昨夜、精霊たちが結界内にある里にまで侵入してきたことで、リィはその結界の穴――綻びの場所まで向かうことに決めた。

 ピスカの案内で向かうのはリィを筆頭に、おれ、シア、ミーネ、それから母さんという五名の予定だったが……、いくら世話を焼いてくれる爺さん婆さんが居るとはいえ知らない里、セレスはついていくと聞かず、結果、なし崩しにセレスとクロア、ワンピヨニャンとプチクマ、みんなでそろって向かうことになった。


    △◆▽


 早めの昼食を取ったのち、ピスカの案内で結界の綻びへと向かう。

 おれ、母さん、リィと魔導袋持ちが三人もいるので皆は軽装。

 もし離ればなれという事態になっても、今回は〈精霊流しの羅針盤〉で物資を届けることができるし、クロアの掛け鞄にはプチクマが、セレスはシアが背負っているのでよほどの事態でなければ対処できる。


「どれくらい歩くのかしら?」

「ピヨしだいだなー」


 ネビア入りのリュックを背負ったミーネに尋ねられたが、距離を尋ねたところでわからないので、ふよふよ浮遊するヒヨコにひたすら着いていくだけである。


「方向的には森の中心部あたりに向かっているな」


 そう答えたのは方位磁石と地図を持つリィ。


「一応、中心部も調べたんだがなー」


 結界を形成する星形正九角形は一筆書きで描ける。

 星形の頂点から両方向への一筆書き、これが魔素の流れに勢いをつけているとかなんとか。星の頂点は九つあるので計十八の大きな流れが森に渦巻き、さらにそれらがぶつかり合ったり絡まりあったりしながら中心部への渦巻きを生みだしているらしく、ならば中心には何かあるはずとリィは調査をしたようだ。


「もしかしたら本当に小さな綻びで、精霊くらいしか通れないようなものかもしれないな。だがその正確な位置がわかれば、何らかの対処法が思いつくかもしれない」


 もうすぐ救援が来ることはわかっているが――、いや、だからこそリィはそれまでになんとかしたいのか。

 そんな苦労してまで急いで更年期ババアに会うことないのに。

 それからおれたちは順調に進行を続け、翌日の昼近くに何者かによって作られた道に出た。


「あ、これ私が作った道よ」


 どうやらミーネが魔弾をぶっ放しながら進んだ結果に出来た道だったようだ。


「最初はあなたの近くにいたみたいだけど、空を飛んでいこうとしたらなんかこっちに飛ばされたの。このへんでネビアに会ったのよ」

「じゃあもしかしたら親とかいるかもな」


 それがフラグだったのかわからないが、さらに進んでいったところ空猫の成獣を見つけることになった。

 ただし死体。

 けっこう前に死んだらしく、一通り虫や分解者によってほぼ骨だけになっているので腐敗臭はあまりない。中身がなくなって崩れ落ちた毛皮によってかろうじて空猫だとわかる。


「くっ……」


 とコルフィーが呻いたのは、たぶん死骸を見たからでなく、毛皮が無残なことになっているからだとおれは思う。


「あなたの親なの?」


 ちょっとしょんぼりしながらミーネが言う。

 リュックから解放されたネビアは死骸の周囲をうろうろ。

 ミーネがネビアを見つけた場所の近くにある死骸なのだから、状況的にみればネビアの親だろう。


「ご主人さま、あたりに子供も」


 シアの指摘どおり、空猫の子の死骸もあたりにはあった。


「普通よりもでかい奴だな。なんで死んだんだ?」


 リィが辺りを見回しながら言う。

 他の捕食者との争いがあった形跡は死骸にも周囲にも見つけられないため、他の死因としては次に餓死が思い当たる。

 今は元気いっぱいなものの、まだネビアはずいぶんやせっぽちだ。

 たぶんこの線だろう。


「かあさま、うめてあげて」

「そうね。そうしましょうか」


 シアに背負われたセレスの言葉に母さんは頷く。

 森という場所で、もうほぼ骨となっている動物を埋める意味はあまりないが、そこは人としての感傷から。

 母さんは魔法で親猫と子猫たちを埋葬する。

 そのあとおれたちは再びピヨに導かれ森を進んだ。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/04

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/01/23


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