第41話 7歳(春)…押しつけられた奴隷
「いやー大変だったんですよー。気づいたら赤ん坊で、あ、これはご主人さまも同じだと思いますけど、わたしの場合はなんかもういきなり育児放棄? いいとこの生まれではあったみたいですけど、お世話とか完全に人任せで、親なんかまったく会いにきませんでした。動き回れるくらいになって知ったんですが、どうやらわたし、別邸でこっそり育てられていたようで……ってなにしゃがみこんでマルペケ始めてるんです!? ひとりでやってどうするんですかそんなの! そんなにわたしの身の上話はつまらないですか!?」
「つまらないと言うか……興味なくて」
「ひでぇ!」
押しつけられた死神は自分は奴隷だから、そしてうっかり名前を呼んで折檻されないようにするためと、おれをご主人さまと呼ぶようになった。
「それにあれだ。おれの右脳と左脳がおまえの処遇をどうするべきか喧嘩し始めてな、早々に決着をつけなきゃならなかったんだ」
「おっ、おっ、わたしはどちらを応援したらよろしいですかね!」
「右脳は直感的に始末して埋めようってことになってて、左脳は理知的にさっきのゴロツキさがして引き渡そうって主張してるな」
「双方アウェイ!?」
なぜか死神が愕然としていた。
「どうしてそう自分の都合のいいように考えるのかわからんな。そのたびに現実に打ちのめされていて、さすがに学習しろよ」
「打ちのめしてんのはご主人さまなんですけど!」
じと目で見てくる死神。
「まあ現実逃避はこれくらいにするとして、実際問題おまえを……」
「捨てないでーッ!」
瞬間的に死神がすがりついてきた。
「捨てねえよこうなったらもう引き取るわい」
「うぇうぇーい!」
「しがみついて叫ぶなうるせえ!」
引きはがそうと顔面を力一杯おしてやったがおもしろ顔になるだけでなかなか離れやがらない。無駄に力強い。そういえばこいつ身体資質が優だったな。憎たらしい。
「はあ、はあ、手間とらせやがって……」
「なんですかもー、奴隷とご主人さまの軽いスキンシップじゃないですかー」
引きはがすのに一苦労するようなのは軽いスキンシップとは言わん。
「そういえばご主人さまってどんな生い立ちなんです? 今どんなところで、どんな感じに暮らしているんですか? まあわたしより裕福なご家庭なのは確定なんですが」
「実はここにくるまでの記憶がないんだ。気づいたらこの路地に……」
「どうしてそう瞬時にばれる嘘をぶちかましてくるんですかね!」
さすがに騙せなかった。
じゃあ本当のことを。
「実はおれこの世界とは別の世界から――」
「いや知ってますよそんなのは!」
真実を打ち明けてんのに怒鳴られた。
べつにその内わかることだろうに、しつこかったのでおれは婆ちゃんの家への道すがら、簡単に話をした。森の中の一軒家に家族四人で暮らしている。今は母親が妊娠中なので産婆の予約のため町に――
「あ!?」
説明しながら歩いていたとき、おれはふと気づいた。
「どうしました?」
「そういえばもうすぐ弟妹が産まれるってのに死神を家につれてくとかまずいな! やっぱどっかに捨ててかないとダメだわこれ!」
「ちょ!? ここにきてそんな! いやいやいや、違うですよそうではないのです! ご主人さまはなにか勘違いしています!」
「なにが?」
「えっとですね、死神がいくから死ぬんでなく、死ぬから死神がいくんです。不吉と思われるのは仕方ありませんが、これは絶対です。死神は死すべき者の魂を刈り取りにいくのであって、殺しにいくんではないんです。そりゃあそういうぶっ殺し能力もありますよ? なんせ死の神なんですから。でも気ままにそんなことしてたら世の中しっちゃかめっちゃかですから、そこはしっかりと間違いがないよう――」
「おれ死んだけど」
「まことに申し訳ありませんでした――――ッ!!」
即座に死神が土下座した。
「そ、それにですよ、わたしは元死神です。鎌の力はご主人さまの方へいっているのでわたしは牙のないワンコ、爪のないニャンコなのです」
地面に顔をふせたまま説明を続ける死神。
なんとしても理解を得たいらしい。
「それに鎌を宿しているご主人さまも、不吉といえば不吉ですよ?」
「それもそうだな! じゃあおれ家族とはなれて森で暮らすわ!」
「その反応は想定外!」
愕然として死神は顔をあげる。
「いやいや無理に鎌本来の力を使おうとしなければ平気ですよ!」
「本当か? 産まれてくる子になにかあってからでは遅いんだぞ?」
「大丈夫ですって……。しかし、まさかわたしを放りだすどころか自分すら放りだそうとするとか、ご主人さまって家族を大事にしてるんですねー」
「両親はそこそこだが、弟や産まれてくる子はな。なにしろおれを名前で呼ばずに兄ちゃんと呼んでくれるからな!」
「あー……、そーゆー、そこに帰結するわけで……」
ひどく納得がいったように、死神はふかぶかとうなずいた。
△◆▽
「ハンサってお婆さんじゃないですか……!」
死神をつれて道をてくてく引き返していくと、家の前で父さんと婆ちゃんが二人してきょろきょろあたりをうかがっているのを見つけた。
「はあ? おまえが勘違いしていただけだろうが」
「いやまあそうですけども! あの状況でまさかお婆さんをぶっこんでくるとか想像できませんよ。なんなんですあのお婆さん」
「おれと弟を取りあげた産婆さんだ。今度産まれてくる子もお願いすることになってる」
「あ。産婆……、なら敬意をはらわないといけませんね」
「なぜにいきなり敬意をはらう」
「わたし元死神っすから、命を取りあげる産婆さんには敬意をはらうんっす。それに――」
「それに?」
「あー、いや、まあ大変なお仕事をされているというわけですよ」
ふむ、よくわからんがこのちゃらんぽらんに敬意を抱かせるとは、さすが婆ちゃんだ。
「おー帰ってきたか。どこいって――、そして誰つれてきた……」
父さんはおれにくっついてきた少女を見て怪訝な顔をする。
ハンサ婆ちゃんは不思議そうに首をかしげた。
「はて、このへんじゃ見ない子だね」
「そうなのか?」
「ああ、こんな可愛い子、一目見れば覚えるからね、それに格好が……」
婆ちゃんはコーヒー豆の化身と名乗ってもおかしくない死神の格好を見ていたが、首にある隷紋に気づいてぽんと手をうった。
「そういえば奴隷商が来ていたとか聞いたよ。なんでもすごい可愛らしい女の子と、ものすごい大男の引き取り手を捜してるとか。もしかして……その子がそうなのかい?」
「うん、そうみたい」
おれは多少事実を改変して事情を説明する。
つまり、なんか奴隷商人がゴロツキに襲われていて、それを助けたらお礼にこの少女を贈られたという話だ。
「それで連れてきちゃったのか?」
「うん、つれてきちゃった」
父さんは腕組みしてうんうん唸りだした。
「うむむむ……、うむむ……」
「返してきた方がいい?」
「あ? いや、べつに返さなくてもいいが……、どうかなぁ、どうなるかなぁ……」
父さんはなにか思い悩んでいるようだったが、死神を家に連れて行くことには反対しないようだった。
「とりあえず宿に戻るか。いや、その前にその子に服を用意しよう。そんなボロじゃせっかくの可愛らしさもだいなしだしな」
父さんが何の気なしにそう言うと、死神はぱぁっと表情を輝かせた。
「ありがとうございます、えっと、旦那さま!」
「だんなさま!?」
呼ばれた父さんが驚いた。
「あれ、いけませんか? ご主人さまはこちらの坊ちゃまなので、そのお父上はどうお呼びしたらいいかと思いまして、お父さまとお呼びするわけにはいきませんから、そう呼んでみたんですけど……」
「いや、別に駄目ではない。いきなりでちょっと驚いただけだ。それにあれだ、お、お父さまと呼んでもいいんだぞ?」
そうか。ならば呼んでやろう。
「いきなりなに言いだしてんのお父さま。報告するよ。お母さまに」
「おいバカやめろ。いらぬ諍いを生むことになるだろうが」
父さんは慌てて言いつくろう。
「これはあれだ。ただちょっとこれくらいの可愛い娘がいてそう呼んでくれたら嬉しいだろうなっていう父心があふれ出ただけだ。きっとリセリーだってお母さまと呼んでもらえたらまんざらでもないと思うぞ。というわけでお嬢ちゃん、俺はお父さまと呼ぶといい」
「はい。わかりました、お父さま」
「うむうむ」
父さんは満足げにうなずくが、こんな調子で大丈夫だろうか。
おれは先行きが不安でひっそりため息をついた。
※誤字を修正しました。
2017年5月18日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/18




