第403話 13歳(夏)…押しかけ精霊再び
翌朝、おれの実験に立ち会うことになったのは、リィと母さん、それからシアとミーネ、クロアとプチクマを抱っこしたセレス、あと妖精たちだった。
リィと母さんは興味深い魔術現象の見学であり、それ以外はおれが何かやるからと興味本位で面白いことを期待しての参加である。
コルフィーはまだ糸紡ぎをしているので不在。
あと猫が昨夜のミーネの剣幕に怯え、姿をくらましたのでこちらも居ない。
「ねこちゃん、まいごですか……?」
そうセレスが心配するため、母さんが魔力探知で捜したところ、どうやらそっと隠れてこちらを窺っているので心配ないとのこと。
たぶんもうミーネの前に出て行っても大丈夫か確かめているのだろう。
皆が見守るなか、ひとまず〈精霊流しの羅針盤〉の活用実験を開始。
結果から言うと、実験は成功。
バスカーは屋敷へ行き、そして戻って来ることが出来た。
続いておれが昨夜のうちに書いておいた手紙の配達にチャレンジ。
手紙はこちらの状況、及び助けを求める内容だ。
たぶんデヴァスが救援を求めているが、その話がメイドたちまで伝わっているかどうかは不明なのでそのあたりの確認もしたかった。
きっと誰かが返信を書いてくれると思い、バスカーは三時間後にまたこちらへ呼び寄せることも追記してある。
「このあとはどうするの?」
手紙を咥えさせたバスカーを屋敷へ送ったあと、ミーネが尋ねてきた。
「これで手紙のやり取りが出来たら、次はアレサと父さんの元に向かわせてそちらの状況を確認しようかなって思ってる」
アレサはまだ女王に捕まったままかもしれないし、逃げだしてデヴァスと行動を共にしているかもしれない。上手くいけばそこはメイドたちにも伝わっていて、手紙の返信でわかるかもしない。
あとどこにいるかわからない父さんの居場所もこれでわかるだろう。
「バスカー凄いわね! 大活躍じゃない!」
「そうだな、あのわんわんがこんなに働いてくれるとはな」
当初は愛嬌を振りまくくらいしか能がないと思ったのに。
「ねえねえ兄さん、これってバスカーしかできないの?」
「ん? どうだろう……。よし、ちょっとそこも試してみるか」
屋敷からぬいぐるみが召喚できるか追加の実験を行う。
ひとまずクマ兄貴の召喚にチャレンジしてみたところ、ズガガン、と雷と共にクマ兄貴が登場した。
突然召喚され、クマ兄貴は状況が飲み込めず「え?」といった様子できょろきょろしている。
「クーエルだ!」
「うお、でかいクマもいるのか……」
クマ兄貴の召喚成功にクロアは喜び、リィはその存在にちょっと驚いている。
「うおー! なんだこいつー!」
と、そこでピネが先陣を切り、妖精たちがクマ兄貴に群がる。
クマ兄貴は「何事!?」と驚いていたようだが、妖精たちはかまわずクマ兄貴に抱きついたり蹴りをいれたり毛を引っぱったりとやりたい放題である。
そして――
『わっしょい! わっしょい!』
最後は皆でじたばた抵抗するクマ兄貴をどっかに空輸し始めた。
「ごしゅぢんさま、クーエルどっかにつれてかれちゃいます」
「まあほっといても大丈夫だろうけど……、そうだな、オモチャにされてボロボロにされたら面倒だし……、シア、ちょっと様子を見守っておいてくれるか?」
「はーい。じゃあセレスちゃん、一緒に行きましょう」
「はい、ねえさま!」
シアとセレスは抵抗虚しく妖精たちに拉致されたクマ兄貴を追う。
「ひとまず実験はこれくらいかな」
「えー、もっとぬいぐるみ呼んだりしないのー?」
「いやそんないっぱい呼んでも仕方ないでしょ?」
里がわちゃわちゃするだけである。
「じゃあ精霊と一緒なら私も送れるか実験してみましょう」
「……? ――ッ!?」
こいつなんか凄いこと思いつきやがった!
精霊と一緒なら物が送れることはこれではっきりした。
ならば人はどうなのか?
「おいおい、もし上手く行けば大変なことだぞ……」
リィもミーネの思いつきに愕然としている。
いずれおれたちも思いついたかもしれないことだが、なんなんだろう、このお嬢さんの楽しむことにかけての発想のキレは。
こうしておれはさらに追加実験を行うことになる。
いきなりミーネを送るわけにはいかないため、セレスから借りてきたプチクマにそこらで捕まえた昆虫を持たせての短距離転移実験。
結果から言うと、この〈精霊流しの羅針盤〉は『生きもの』を送ると『生もの』になることが判明した。
さすがにそこまで便利ではなかったようだ。
まあ、それならそれで諦めもつく。
が、この結果は非常に危険な可能性を示唆するものでもあった。
「ねえ、これって例えば私がアークを抱っこしていた場合はどうなるのかしら?」
「あ」
そのミーネの思いつき、すでにバスカーとクマ兄貴を召喚していたおれとしては、ぞっとしてしばらく放心するほどのものであった。
今回は運良く回避できたが、これから〈精霊流しの羅針盤〉を使うとすれば常にその危険を孕むことになり、そんなもの、とてもではないが使用することはできない。
「いや、だからって即封印することはねえだろ。これはお前の想い一つなんだからさ、生き物は除外するように意識してみたらどうだ?」
おれが〈精霊流しの羅針盤〉は封印すべきと告げたところ、それはもったいないとリィがもう少し実験してみてはと提案してくる。
そこでさらに昆虫を捕まえてきてプチクマに持たせ、プチクマだけを召喚できるかの実験を行った。
結果、プチクマだけがヒュボッと短距離転移し、持っていた昆虫がぽとっと落ちるのを確認できた。
「お、なんだ。すんなりできたじゃねえか。これなら封印する必要はねえだろ」
「そ、そうですね……」
とは言え偶然という可能性もある。
それからおれはひたすら実験を繰り返し、一度も失敗することがなく、そして昆虫にも特に異常がないことを確認してようやく安堵することができた。
ミーネにはめっちゃ感謝してめっちゃ褒めておいた。
△◆▽
姿を現したネビアがクマ兄貴をいたく気に入り、敷き布団としてとても懐いている(?)という報告をシアから受けたが、特に問題はなさそうなのでそのまま放置することにした。
「あんまり虐げられると、視線を逸らした瞬間に襲いかかってくるようになるかもしれませんよ? 危険度がセーフからケテルになるかもしれません」
「何を言っているんだおまえは?」
うっかり尋ねたらよくわからない財団の話をされた。
邪悪なクマのぬいぐるみの話が恐かったので、クマ兄貴はすぐにうちに返すことにする。
向かってみると一晩ぶりのネビアは仰向けになったクマ兄貴にでろんとのしかかり、惰眠を貪っていた。
クマ兄貴は何か諦めたような感じで大人しい。
このままクマ兄貴を返品すると猫はそのまま下に落下する。
せいぜい三十センチ程度の高さだが……、寝ているところいきなり落下したら相当びっくりすることになるだろう。
それはちょっと気の毒だ。
そこでおれはネビアを起こしてどかすことにしたのだが――
「ほれ、ほれ、おどきなさい」
「みゃ! みゃ!」
これはおれの物だと抵抗する子猫。
人のイスを占領し、どかそうとするとまずは茹でた餅みたいにでろんとして抱えさせないように抵抗、抱えられそうになるとイスのクッションに爪を立てて意地でもどかなかった猫のことを思い出す。
そういう場合はどうしたらいいか?
おやつである。
魚も食べるかついでに実験することにして、小魚を子猫の鼻先でぷらぷらさせてみた。
「――ッ!?」
子猫の野生が目覚め、クワッと目が見開かれる。
小魚を離れたところに置くと、子猫はまっしぐら、がぶっとかぶりついた。
「よしよし、このうちに……。ご苦労だったな」
まったくだ、と言っているような気がするクマ兄貴を屋敷へ帰す。
おつかれさまでした。
「猫ちゃんの扱いが手慣れてますね」
「まあな。ただこれを続けると学習しやがってな、おやつが欲しいあまり同じことを繰り返すようになるから諸刃の剣なんだよ」
△◆▽
今回うっかり習得した〈精霊流しの羅針盤〉はおれが主体――要は導き手、送り手であり、精霊が勝手にあっちこっち行けるわけではない。そのため送るためにはおれが場所、もしくは送る相手を強くイメージすることが大切なようだ。
まあ慣れ親しんだ相手のところなら特別集中する必要もなく送れるのはミーネで実証済み。
「お前を見ていると私のなかの常識が崩れていくよ……」
「なんかすいません……」
クマ兄貴を屋敷に帰したあと、バスカー召喚の時間が来るまで再びリィの家で話し合いをすることになった。
話が逸れまくったが、もともとは森の結界をどうにかできないかということを話し合っていたのだった。
「今はお前の能力に期待しよう。ほれ、なんか出せ」
「これじゃあ昨夜と同じじゃないですか……」
「あんな簡単に精霊を召喚できるようになったんだから、もっと何か身につけられるかもしれないじゃないか。お前だって引き出しが多い方がいいだろ? 何かと面倒に巻き込まれるなら」
「そこは仰る通りなんですけどね」
それからおれはリィと一緒にさらなる能力の開発について話し合った。
リィは色々と提案してくれるのだが、どれも〈精霊流しの羅針盤〉とは違い、使えるようにはならない。
「なんでだ? 精霊召喚の方が明らかに難易度が高い――ってか奇跡の部類なもんなのに、他の簡単そうな小技が身につかないってのは」
なんでかなー、と二人して首を捻る。
とそこで、リィはふと何か思いついたように顔をあげた。
「お前が与えられた恩恵って四つだったよな?」
「え? ええ、そうですね。善、装衣、商業、遊戯です」
「で、今回習得した精霊の召喚で、能力は四つだよな?」
「……んん!?」
確かに〈雷花〉〈針仕事の向こう側〉〈魔女の滅多打ち〉〈精霊流しの羅針盤〉と、能力は四つ。
まあ条件発動の〈黒雷〉とその活用である〈大王ねずみの行進曲〉と〈忌まわしくも尊き神聖〉を別枠と考えれば、だが。
「えっと、つまり……、ぼくは神の恩恵の数だけしか特殊な能力を身につけられないのでは、ということで?」
「ああ、元々お前が扱えるような力じゃなかったんだろ? 生まれつき善神の加護があったことでちょっと使えた。それがいつの間にか祝福になり、商業の神の恩恵が増え、装衣の神、遊戯の神と増えた。なんとなく身についていたのは、それがあったからじゃないか?」
「ではこれ以上なにか能力を増やそうとしたら恩恵を増やせと?」
「ああ、もし次に恩恵を得られたとして、今の段階で身につけられなかった能力が身についたらほぼ確定だろ」
「なるほど……、恩恵は増やそうと考えていましたし、次に貰えたら意識してみることにします」
「精霊を送れることもわかってなかったらさんざんだったな」
「そうですね、気持ちがささくれたときに召喚して撫でてなごむくらいしか活用法のない能力でしたね」
△◆▽
三時間が経過したのでバスカーをこちらへ呼びもどしてみたところ、ちゃんと返信の手紙を咥えていた。
手紙を書いたのはサリスで、こちらの無事を知ってひとまず皆が安心したことから内容が始まる。
どうやらアレサと父さんは行動を共にしており、おれたちの救出は聖都が担当するということに。詳しい内容は不明だが、近いうちに聖女たちが竜に乗ってこちらへやって来るそうだ。
「……聖女、たち?」
一緒に手紙を読んだリィがふいに動揺する。
「本当に戦隊じゃね? っちゃー、これ、もうすぐ何もかもが片付くな。自力で出るのは無理かー……」
「まあいいじゃないですか」
近いうちに確実に助けが来ることはわかった。
ひとまずおれはこのことを皆に、それから旧里のエルフたちに伝える。
エルフの爺さま婆さまは喜び、それを祝ってその夜は里の広場で宴を行うことになった。
食料が乏しい里側に任せると皆で集まって芋を囓るという儀式めいた宴になってしまうため、料理はおれとシアが引き受けることにした。
なにもすべてが善意からではない。
ここで恩を売っておいて、あとであの座り心地の良い椅子を売ってもらいたいからやることである。
シアもあの椅子に座ったところ魂を持って行かれ、おれの作戦に乗り気で協力してくれている。
各家々からテーブルやイスが運ばれ、宴の準備はちゃくちゃくと進む。
そんななか、母さんとリィは宴前だというのにお酒を飲み、作った料理を持ちだして楽しんでいた。
クロアやセレスもお手伝いで妖精たちがどっかから持ってきた花を飾っているというのに……。
でも二人は本当に楽しそうなので注意もしづらい。
「うーん……」
「まあまあ、いいじゃないですか。魔法で明かりを用意するお仕事はしてくれましたし」
シアはそっとしておこうと言う。
やがて料理が揃い、広場の中央に集められたテーブル群に並べられる。
各々が小皿に好きな物を少量ずつ取るバイキングスタイル。
だからミーネさんや、一種類を小皿に山盛りにしてそれをかき込んで次の料理を取るってスタイルは間違いなんだ。
うん、聞いてないか。
なんか一名荒ぶるのがいたが、エルフの爺さま婆さまにも料理は好評、宴自体は穏やかに進んでいった。
しかし――
「……あれ?」
そこで異変。
暗闇に覆われた森の奥から天の川みたいな光の帯がこちらに向かってゆらゆらやってくる。
なんかすげえ見たことある。
「ご主人さま、屋敷にいる精霊さんたちを呼んだんですか?」
「いや、呼んでないぞ?」
小さな精霊たちの集合体である光の帯はこの広間までやってくる。
そしてそのなかで特に大きい精霊がおれにふよふよ寄ってきた。
「……まさか、おまえあれか、森林連邦で退治した鳥か」
ってことはこの精霊はエクステラ森林連邦を襲ったスナークの群れということになる。
「もご、もごご、もっごごごうご(きっとあなたを追ってきたのよ)」
「追ってきたって……、どんだけ根性あるんだよ……」
森林連邦を越え、瘴気領域を越えたのか迂回したのか、そしてこのルーの森まではるばると。
「ご主人さま、どうするんです?」
「どうするって……、どうするよ」
せっかく置いてきたのに来てしまった。
これはまた置き去りにしようと屋敷まで来るだろう。
「屋敷がさらに精霊だらけになるのか……」
まあ普段は姿を隠してくれていればいい。
「で、おまえはどうするか……」
元ナスカだった光の玉を眺める。
ひとまずバスカーみたいに動物の姿になってもらおうか。
おれはイメージを伝える。
と――
「ぴよ!」
おれの手のひらにふわふわの黄色いヒヨコがぼてんと。
普通のヒヨコよりもやや大きく、大人の握り拳くらいある。
「ふわ! ふわー! ごしゅぢんさま! かして、セレスにぴーちゃんかして! かして! かーしーてー!」
貸してー貸してーと必死にしがみついてくるセレスにナスカを渡す。
セレスはナスカを両腕で抱きかかえるようにして持った。
「ぴよぴよ、ぴよよよよ」
「ピーちゃん、ピーちゃん」
セレスはすっかりナスカをピーちゃんにしてしまった。
せっかくだから名前はピスカにするか。
こいつもバスカーみたいにでっかくなれたり、攻撃手段を持っているならセレスの護衛として常に一緒に居させようかと考える。
それからピヨはセレスだけでなくクロアやミーネ、妖精たちにも人気となってあっちこっちにパスされまくられることに。
そんなか、様子を見ていたリィが言う。
「精霊がここに来たってことは、どっかに穴があるんじゃないか?」
「穴?」
「ああ、完全に穴ってわけじゃなく、綻びのようなものかもしれないが……、精霊たちが入ってきたところに案内してくれるなら……」
リィが考えるなか――
「ピーちゃん、はやくおおきくなって、おいしいおにくになってくださいね」
「ぴぴ!?」
セレスがえらい勘違いしてることが判明。
「セレス待った! そのピーちゃんは食べないピーちゃん! 食べないピーちゃんだから!」
「たべないピーちゃん?」
セレスはちょっと驚いたような顔をしたあと、あらためてピスカを見下ろす。
「ピーちゃん、よかったですねー」
「ぴ、ぴよ……」
セレスったら大きくなったら食う気だったのか……。
我が家の教育は良かったのか悪かったのか。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/22
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/23




