第402話 13歳(夏)…精霊召喚実験
ふむ、精霊の召喚か。
正直、来るわけねえと思う。
しかし思いつきのわりにリィは妙に期待しているため、ひとまずそれっぽく挑戦してお茶を濁すことにした。
まあ試すくらいなら、やってみてもなんの損にもならないからな。
と言うわけでおれは目を瞑り、そして祈った。
来い来ーい、ワンコ来ーい。
わんわんお! わんわんお!
……。
うん、来るわけねえな。
と思ったら。
バチコーン!
――と。
テーブルの真ん中で雷が爆ぜ、調査資料を吹き飛ばした。
そして居たのは尻尾をぺるぺる振るバスカーである。
「「ホントに来たーッ!」」
おれとリィは二人して驚いた。
「いや、おまっ、たぶん来いって願っただけだろ!? 何しれっと成功させてんの!? どういうことだよ! ふざけんな!」
「あなたがやってみろって言ったのになんでキレるんです!?」
「お前が無茶苦茶だからだ!」
「そんな……!」
ひどい。
まるで「どうしてこんなことした!」と事情を説明させておいて「言い訳するな!」とキレるダメな大人である。
「わん! わんわん!」
なになに! 来たよ!
そんな感じでバスカーはててっ、とテーブルの上を駆け、謎の叱責を受けるおれの所へやって来た。
いきなり召喚してしまった手前、歓迎するようによしよしと撫でる。
「よく来たバスカー。うん、よく来た。ちょっと聞きたいんだが、おまえこの森の結界を壊せたりする?」
「くぅん?」
さっそく試しに尋ねてみた。
しかしバスカーはよくわからないといった感じで首を傾げるばかり。
「おれたちこの森から出られなくなってるんだ。その結界をな、おまえは壊せたりしないかなーって思ったんだが……、どうだ?」
「くぅーん、くぅーん……」
どうもダメっぽい感じだ。
「無理みたいですね」
「お、おう……。実はもし出来ちゃったらどうしようかと思ってたからちょっとほっとした」
なんじゃそら。
「ほとんど冗談みたいな思いつきだったんだが、本当にやりやがるとか、あらためてお前を計り知れないと思ったよ。力を借りることは出来ないくせに召喚は成功とかもうどうなってんだ」
「そこはぼくも知りたいですね、切実に」
よくわからないけど動くブラックボックスをよくわからないままに使っている状態だからな。
「ひとまず成功おめでとう。これからその犬を撫でたくなったらいつでも撫でられるな!」
「さらっと煽ってきますね……」
「はは、すまんすまん。確かに現状は撫でるくらいだが、もしかしたら他に活用できるかもしれない。例えば……、そうだな、お前が丸腰でいないといけない状況があるとするだろ? そのときに前もってバスカーに妖精鞄と武器をくくりつけておいてだな」
「ああ、それで呼び寄せるわけですか!」
「そうそう。まあ荷物も一緒に召喚できるかどうかは実験する必要が……、あ! それでさらに誰かの所に送ることもできたら凄いんじゃないか!? 手紙とか一瞬で届けられるわけだろ!?」
「うお!?」
確かにそれは便利だ。
それにもしまた今回のような家族バラバラの状況になったとしてもバスカー宅配便で物資を届けることも出来るだろう。
それはまるでスイスとイタリアとの国境にあるアルプス山脈の峠――グラン・サン・ベルナール峠で活躍した救助犬のようだ。サン・ベルナールが英語読みでセント・バーナードである。わんわん。
「なあなあちょっと試してみよう!」
リィが興奮気味に言う。
もう結界の破壊とかそっちのけになってるが、つい興味が湧くとそっちに夢中になってしまうのは母さんと似たようなものらしい。
「そうですね、やってみましょうか。バスカー、いいか?」
「わん!」
「そうか、よしよし。じゃあ試しに――」
と、おれは妖精鞄からハンカチほどの赤い布きれをだしてバスカーの首に巻く。本当は唐草模様とかあれば似合いそうだが、無いから仕方ない。
「これでよし。そしたらどこに送るか。いきなり家に送ったら混乱が起こるだけ――、ってジェミナが居るからこっちの状況を伝えられるじゃねえか!」
こっちに精霊の通訳が居ないので情報伝達は一方通行になるが、それでも成功すればおれたちの無事と、現在の状況を伝えることくらい出来る。
ワンコだけどたぶんそれくらいの伝言ならきっと出来る。
「いや、いきなり期待しすぎてはいけない。まずは送ることが出来るか確認してからだ。だから……、クロアやセレスのところに送るとびっくりするだろうから……、ミーネでいいか。よし、じゃあバスカー、ちょっとミーネの所へ向かわせるからな!」
「わん!」
バスカーがキリリと凛々しい顔つきで一声鳴く。
そしておれがミーネを思い浮かべ、ここに登場したようにバスカーが雷撃と共に登場する様を思い浮かべた。
少し間を置き、それからバスカーがヒュボッと消え失せる。
「「行ったーッ!」」
思わずリィと一緒になって声をあげる。
「いや、おまっ、すげえぞ!? 首に巻いた生地も一緒ってことは本当に荷物を運ばせることも出来る! なんだこれ!? お前なんだこれ!? なんだお前!?」
リィはさらに興奮。
なんか最後はおれを罵っているような気がしたが、そこは聞かなかったことにする。
ともかく、これで色々とバスカーに活躍してもらえそうな予感……!
あとは細かな条件を確認していかないと、と思ったとき――
「……にぎゃぁぁ――――……ッ!?」
「……うひゃぁぁ――――……ッ!?」
遠くから、微かにミーネとシアの悲鳴が聞こえてきた。
はて、何故に悲鳴が?
ミーネのところにバスカーは行ったのだろうが、直撃したとしてもあいつの服は雷撃無効である。
それはシアも同じだ。
おれが首を捻っていたところ、リィが渋い顔で言う。
「声の方角からしてあの二人、昨日こしらえた風呂に入ってたんじゃないか……?」
「――ッ!?」
やべえ!
そいつはやべえ!
本当にやべえ!
おれが愕然としていると――
「……なぁぁぁにすんのよぉーッ! 私が何したって言うのよぉぉ! どこ!? どこに居るの! 人がゆっくり森林浴してたってのにぃぃ――……ッ!!」
「……ミーネさぁぁーん! せめてタオルッ! タオルを! なんでタオルよりも剣なんですか! あと森林浴の使い方間違ってまーす……ッ!」
ミーネの怒声が……!
「あばばばば……」
おれは震えた。
わ、悪気は無かった。
本当に無かった。
ただタイミングが悪かったって言うか、うん、ちゃんと実験するよって伝えていればこんな悲劇は回避できたんだろうけど、期待に急かされてついやっちゃったんだ。
「……どこぉーッ! どこよぉぉ――……ッ!」
ミーネは叫びながらおれを捜し回っている。
まるで「悪い子はいねがー!」と唸りながら練り歩くナマハゲだ。
「リ、リィさん、ど、どうしたら……!?」
「素直に謝るしかねえんじゃね?」
「なんで自分は関係ないみたいな顔!? ここは祖母として孫を庇うくらいの気概が求められますって!」
「クロアやセレスは可愛いけどお前はなー……」
「まさかの孫差別!?」
確かにおれが可愛いわけないし、中身は合算でいい歳のオヤジとくる。そりゃあ可愛さ無いのに憎さ百倍といったところだ。
「じゃあせめてミーネが落ち着くまで匿ってください……!」
「いいけど……、早く謝った方がいいんじゃね?」
「一晩寝たら忘れてくれる可能性もあるので……!」
さすがにそれは望みすぎだろうが、少しは落ち着いてくれるだろう。
なんて思っていたら――
「お、いた」
ピネに発見された。
「あ、ちょっ、ピネさ――」
「おーい! ミーネー! ここにいたぞー!」
「ちょっとピネさんやぁぁぁ――――ッ!」
「……そこねぇぇぇ――――……ッ!」
そしてミーネは襲来した。
△◆▽
タオル一丁で手には剣というすげえ格好のミーネにすげえ怒られた。
いくらなんでもあんまりだとホントすげえ怒られた。
「はい、そうですね、ごめんなさい」
「くぅーん、くぅーん……」
おれは連れられてきたバスカーと一緒に全面降伏。
「ミーネさん、もっと言ってやってください。もっともっと」
シアはリィの家の入口から顔だけだしてミーネを焚きつける。
「まったくもう、どうしてあんなことしたのよ」
一通りお説教されたのち、お詫びに何か良い物を贈るという条件付きで許され、ようやく事情説明の機会が与えられた。
森の結界をどうにかできないかという話し合いだったものが、おれの能力開発へと移り変わり、結果として精霊を召喚・派遣することができるかの実験になったことを説明する。
ひとまずこの精霊の召喚・派遣については〈精霊流しの羅針盤〉と呼称。
「なにそれすごい」
さっきまでプンスカしていたのに、ミーネは〈精霊流しの羅針盤〉に強い興味を示してもっと実験しようと提案してくる。
確かに実験は必要だが、なにもこんな夜から始めることもない。
本格的な実験は明日ということにした。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/23




