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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
6章 『深緑への祝福』編
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第401話 13歳(夏)…ふとした思いつき

 旧里での生活は快適である。

 昨夜はミーネが露天風呂を作ったので、のんびりお風呂を楽しめるようにもなった。

 ただ難点を挙げるとすれば、妖精がお菓子お菓子と喧しいこと、それから冒険の書冒険の書とうるさいことである。

 まあお菓子は約束だから用意するのは当然だが、冒険の書のGM役はそこに含まれていないので今夜は拒否することにした。

 昨日、一昨日と遊戯は深夜に及び、おれはさすがに疲れた。

 今夜はゆっくり休ませてもらいたい。

 こんな感じで、いずれ助けが来るからとおれは森暮らしを楽しみ始めたが、リィは自力での脱出をまだ諦めておらず、母さんとこの森の結界について議論を続けていた。


「自力で脱出しとかないとあの馬鹿に負けたような気になるんだよ」


 要は意地だった。

 これまでずっと調査し対策を考えてどうにもならなかったのに、外部からの干渉が始まるまでの短い期間――予想では一週間程度――で脱出にこぎ着けられるとは思えないのだが、何を言ってもリィはやるやると聞く耳を持たず、不機嫌そうにぷりぷりしている様子は困ったことに可愛らしかった。


「なあシア、ロリババアと言うほどには幼くない婆さんっていったいなんて呼べばいいんだろうな」

「難しいですね……。乙女ババア?」


 二人して考えてみたが、なかなかこれという名称は思い浮かばなかった。

 とは言え、もし「これだ!」という名称を思いついたとしてもそれは口に出してはいけないものだ。

 頭の中でそう呼ぶだけでも癖になればいつか口をついて出る危険もあるため、おれとシアはこれについて考えるのを控えることに。

 なにしろ相手はシャロ様のお弟子さんで母さんの師匠にして育ての親、そしてクロアとセレスを救助してくれた恩人という、おれは頭が上がらない人。さらにおれという存在について話せ、相談できる相手であり、そして自分の使命であるかのようにおれに対して突っ込みを入れてくる人である。

 正直なところ、リィにはちょっとだけ苦手意識がある。

 まあ出会ってまだ数日しかたってないし、最初は同じように苦手に思っていたロールシャッハも最近は落ち着いて話せるようになったからいずれはその意識も無くなってくれるだろう。

 一応、うちに来てもらうつもりでいるしな。


「ってことでリィさん、救助が来て森から出られたらうちで一緒に暮らしませんか?」

「だから自力で出てみせるってぇー!」


 その夜、おれは森から出たあとのことを話しにリィの家に訪れた。

 リィの家は大きな木の内側。

 広さにすれば五畳くらいで、それが一階と二階。

 これは木の内部を削って家にしたのではなく、若木が育って家が呑み込まれた結果のようだ。

 現在、おれとリィは一階で大きなテーブルを挟んでお話中。

 二階は一応寝室となっているらしい。


「自力で出るったら出る!」


 うん、ちょっと言い方がまずかったらしくリィが拗ねてしまった。

 なかなか脱出の手段が見つからず焦ってイライラしているようだ。


「リィさん、べつにこの森の結界は女王が考えたものじゃないんでしょう? なら自力で出なくても女王に負けたことにはなりませんよ」

「わかる。もちろんわかってる。でもなんかすっきりしない」


 大きなテーブルに両拳を乗せ、ぐぬぬぬ、とリィが唸る。

 テーブルにはこれまで調べた結界の情報を書きこんだ紙が散乱している。こういうのは整理整頓しとかないと、必要なときにすぐに見つけられなくてイライラするよ? 整理できない人なのかな?

 そんな紙のなかで目に止まったのは森の地図だ。

 森を内と外にわける星形正九角形、旧里と新里、道、妖精の輪があるポイント、それから森の上空にある魔素の流れが大雑把に描かれている。


「この星形の九角形を崩せれば出られるんですか?」

「あ? ああ、星形の頂点がある地点には柱があって、それを一本でも倒せれば結界は消えて無くなるはずだ」

「壊せないほど強固なんですか?」

「いや、そういう問題じゃない。この星形の内部には普通の九角形が出来ているだろ?」

「ええ」

「それが内と外の境界線なんだ」

「境界線……、つまり星形内部の九角形から出られないから、星形を形成している頂点――柱に辿り着けない、と?」

「そういうこと」

「どうして辿り着けないんですか?」

「九角形の境界線は特に空間の捻れがひどいんだ」

「捻れというのは具体的にどのような? ミーネみたいに森の別の場所にまた飛ばされるとか、そんな感じですか?」

「いや、それとはまた違う。空間が細かく砕けているんだ。これはどう説明するか……、そうだな、境界線に侵入するのは細かなガラス片が一杯に詰まった壺に腕を突っ込むようなものなんだ」


 イタタタタ……!


「そして境界線の方はガラスなんぞよりもよっぽど切れる。ちょっと手をいれたらズタズタの血だらけだ。常に回復魔法をかけ続けたり、ポーション浴びながら突き進めば平気かもしれないと思うんだが……、私は回復魔法使えないし、そこまで効果の高いポーションを作る材料もないからな、挑戦は出来なかった。他にも上空や地底からの突破を試したが、きっちり効果が届いてやがった」

「実はけっこうとんでもない結界なんですか?」

「ああ。作った魔道士は素直に凄いと認めるしかない」

「若い魔道士と、年配の魔道士でしたね」

「そうそう、で、二人の雰囲気からなんだが、たぶん若い方が魔法陣を作ったんだと思う。歳食った方は若い方に色々聞いたりしているのを見かけたし」


 おや、年配の方が師匠で、若い方が弟子とか勝手に考えていたがそうではないのか。


「おそらく若い方は空間の魔術が使えるんだろう。師匠みたいに異次元の収納道具を作ったり、別の場所を繋いだり、そこまでぶっとんだものではないが……」


 むすっと地図を睨みながらリィは答える。


「やっぱ、中からじゃ手出し出来ないように作られてるんだろうな」

「では外からなら案外簡単に壊せるんでしょうか?」

「おそらく。柱をぶっ壊すまでしなくても、馬鹿の神殿にあった魔法陣を傷つければそれだけで機能しなくなるんじゃないかな……」

「ああ、あの魔法陣ですか」

「悔しいことにまったくけっこうな代物だよ。出入りを封じる結界、魔素を集める機能、転移装置としての機能、そして上位存在を誕生させる儀式、それをひとまとめにした代物だ」

「こっちに閉じ込められる前に見る機会とかなかったんですか? 怪しいとわかったなら、こそっと何か細工とかしておけたんじゃないかなって思うんですけど……」

「見る機会はあったよ。でも、それがなんなのか私にはわからなかったんだ。あの若い魔道士は魔法使いであり魔術士、だから魔法陣の肝心なところは魔術で構築されていてな……」


 魔術儀式のための魔法陣なんてものはその魔術者だけのもので、本人から説明してもらわないとなかなか理解できないものらしい。

 描かれる紋章、文字一つとってもその魔術者なりの理論性、芸術性、そして狂気によって創造された代物なのだ。


「ったく、あの若い奴は師匠に並ぶかも知れないな。いや、師匠は魔導学の大系を作りあげる方に力を注いでいたから、それ以前の……古代魔術とでも言うべきもの、それについてはあいつの方が上かもしれない。それくらいの奴だ」


 シャロ様に並ぶとか、おれからすれば最上級の褒め言葉だ。

 リィはやれやれとため息をついたあと、ふと思いついたように言う。


「……お前、なんか良い案とかない?」

「ぼくですか? いや、母さんから魔導学は習いましたが、そもそも魔法を使えないんで本当に基礎的な知識しかありませんし、あなたと母さんの二人がかりで考えて思いつかない――」

「いや、魔導学とかそういうのは無視していい。要は素人の思いつきに期待だ。こういうのどう? っていうのをくれ。何でもいいから」


 何でもいいからって言われてもな……、これって本当に何でもいいのかと適当なこと言ったら怒られるやつじゃないか?


「素人考えでどうにかなる段階じゃないのでは……?」

「そこらの素人捕まえて案を出せなんて言ってるんじゃないよ。一部だけならすでに師匠を超えてるお前にだからこそ尋ねたんだ」

「シャロ様を越えてる……? ど、どこがでしょう?」

「スナーク討滅と料理だ」

「その二つの落差がちょっと凄いんですが……」

「あともう一つ、家族を大事にしているところかな。特に下の奴ら」

「え? シャロ様は家族を大事にしてなかったんですか?」

「導名を得ようとするあまりちょっと蔑ろだったらしいな。師匠はそこを後悔していた。お前がクロアに接するくらいの愛情があればよかったんだろうがな」

「そうですか……」


 まあその辺りはな、おれが前世で失ったものだ。

 蔑ろには出来なかったというのもある。


「えー、それでなんだったっけ。ああ、お前に期待してるのは、そのよくわからん解決能力だ。死へ至るすべての原因を司る力なんだろ? 結界くらいなんとかなんないの?」

「扱いきれなくて困ってここに来たんです……」

「じゃあさー、扱える範囲でなんかないのー?」

「なんかって……」


 なんだか取り組みがうまくいかなくて八つ当たりしているような感じでリィは言ってくる。


「では例えば?」


 尋ねてみると、リィは腕組みしてちょっと考えたあと言う。


「たくさんの精霊に好かれてるんだからさ、そいつらに力を借りるとか出来ない?」

「あ、それ前に考えたこともありました。……あれ、どうして考えるのをやめたのか……」


 何かの作業をしているときに、ふと精霊の力を借りることを思いついたんだったような……。

 あれは確か――、オ、オー……。

 うっ、頭が。

 ダメだ、思い出したく――、じゃなくて、思い出せない。

 と、ともかく過去は過去、今は今として、あらためて精霊の力を借りることを考えよう。


「精霊の力を借りるためにはどうしたらいいんでしょう? ぼくを気に掛けてくれているザナーサリー王都の精霊エイリシェは心を開けば精霊たちは力を貸してくれると言っていましたが」

「……じゃあ心を開いたらいいんじゃね?」

「どうやって心を開けばいいんですかね?」

「いやそれを私に聞かれてもな!」


 あれ、なんかデジャヴだ。


「ひとまずあの子犬の力を借りられるか試してみたらどうだ?」

「バスカーの?」

「ああ、だってあいつ元はバスカヴィルなんだろ? バスカヴィルったら元は犬の覇種。凄い存在だったわけだ。なら子犬の姿をしてるけど、今もけっこう凄かったりするんじゃないか?」

「うーん、確かに妙な特技がありますね。大きくなったり、空を飛んだり……」

「あいつ空も飛ぶの!?」

「ええ、試しに言ってみたら飛びました。犬掻きで浮くくらいのものでしたが。ここに来て初めて判明しました」

「じゃあちょっと結界ぶっ壊してきてくれって言ったら、壊して来てくれるかな?」

「そ、それは……、ちょっと捜してきて試してみましょうか」

「……」

「どうしました?」

「あ、いや、呼びかけたら召喚できたりしないのかなって」

「召喚……?」

「試したことは?」

「無いですね」

「じゃあちょっと試してみたらどうだ? 精霊の力を借りるにしても居ないと話にならないわけで、ならまずは召喚だ」


 こうして、リィにうちに来てもらおうと話にいったのに、急遽精霊召喚の実験が始まることになった。


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/22

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/04

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/23


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