第400話 13歳(夏)…ああ穏やかな日々よ
ルーの森に来て、かれこれ一週間が経過したその日の朝。
おれは住ませてもらっている家、その軒下の日陰にてルーの森産のパーソナルチェアに腰掛けうとうとしながら心ゆくまでだらけていた。
森林連邦の大首長がべた褒めするだけあって座り心地は実に良い。
つい語っていたのも納得だ。
体を預けると背もたれと座面が連動して一番心地のよい状態に移行し、寝ようと思えばそのままフラットな状態にもなる。機能だけ見れば家具量販店で買える数万円のパーソナルチェアと同じだが……、明らかにこちらの方の座り心地が良い。うまく表現することは難しいが、こちらの方がより体と椅子との一体感のようなものがあるのだ。
もしこれが大人用であれば座り心地も変わっただろうが、用意してくれたのは子供用。
どうして子供用にこんな良い物があるのか尋ねたところ――
「私たちが生きているうちに孫たちに会えない可能性もありました。そこで何か残そうと思い、子供用の品を作ったのです」
わりと深刻な理由を告げられた。
この椅子はもう会えないかもしれない孫に贈るための品だったのだ。
しかしおれが来たことで状況は一変。
これまで関わる理由がなく、周囲から異変も放置されていたルーの森だが、『スナーク狩り』が閉じ込められたとなれば話は別、近いうちに外部からの圧力によってルーの森の現体制は崩壊するだろう。
このことを知ったエルフの爺さま婆さまは素直に喜び、リィに言わせれば旧里の様子もずいぶん明るくなったようだ。
そこにうちのお子さんたちがきゃいきゃいはしゃぎ周り、そこに犬と猫とぬいぐるみ、そして妖精たちが加わっての騒がしさ。
一名、家に籠もってエルフの婆さまたちと糸紡ぎに全精力を傾けているのもいるがそれは例外だ。
そんなおれたちを爺さま婆さまは温かく見守ってくれ、世話を焼いてくれようとする。
まあ好意的なのは嬉しいのだが、老人の話は長い。
それが長い寿命を持つエルフとなれば……。
昨晩のカレー祭りのあと、おれは長話から逃れるため将棋を提供してみた。
チェスは浸透していたようだが、将棋はこの地まで広まっていなかったので物珍しさからの人だかりのなかで遊び方を説明することに。
持っていたのは旅の途中で遊ぶための一セットだけだったが、さすがは家具の生産地か、今朝には十セットに増殖していた。
無駄に出来も質も良い将棋セットにちょっと唖然とした。
明日にはもっと増産されているのだろうか……、まあいいけど。
むしろここで作って卸してほしいくらいだ。
現在、各所で対局が行われ、それ囲むようにして見守る順番待ちの爺さま婆さまという状況になっている。
これだけなら良かったのだが、昨夜、長話を回避するために将棋を紹介したことでまた別の問題も発生した。
きっかけは妖精たちが将棋を好まなかったこと。
じっと黙って考え続けるのは性に合わないらしい。
もっとわいわいできる面白い遊びはないのかと言われ、冒険の書を紹介してみた。
遊戯は深夜にまで及んだ。
「あの、もうこれくらいで……、眠いんで……」
「そ、そんなこと言うなよ! もっと遊ばせてくれよ! もうあたしたちには火が付いちまったんだ! あたしたちは楽しんでる……、楽しんでるんだよ! いつも楽しそうにしてるって? 違うんだ! 妖精だからっていつも楽しいわけねえだろ? 本当は退屈で退屈で、どうしようもなくて楽しいふりして過ごしてるだけなんだよ! いつも胸に空虚を抱きながらのカラ元気さ! でもこの冒険の書があたしらの胸にロウソクくらいの火を灯した! この火はこれから、これからなんだよ! だから頼むよ、遊ばせてくれよ!」
引くほど必死だった。
それからさらに限界までGM役として付きあわされ、おれが眠れたのは二時間ほど。
妖精ってけっこうアレなんだな、とリィにそれとなく言ったところ――
「あいつら出任せがひどいから気にすんな」
一蹴された。
今夜さらに続きをする約束までしちまったのに……。
今のうちに寝ておくかな、と思ったところ――
「くぅ~ん、くぅ~ん……」
ふとバスカーの悲しげなうめきが聞こえ、目を明ける。
バスカーはソファの横に来ておれを見上げていた。
「どうした、みんなと遊んでただろ?」
皆の方を見やると、シア、ミーネ、クロア、プチクマ抱えたセレスの四人は子猫が餌を食べる様子をしゃがみ込んで仲良く眺めていた。
クロアとセレスは新入りの子猫が気になって仕方ない。
かまってもらえないバスカーは拗ねておれに訴えに来たのか。
「大丈夫、大丈夫、おまえに飽きたわけじゃないから。今は新入りが気になるだけだから。ほれ、撫でてやるから。いつもより多く撫でてやるから」
バスカーを抱えあげ、下腹の辺りに乗っけてぽすぽす撫で撫でしながら再び目を瞑る。
のどかだ。
まさかこんな所でこんなにのんびりできるとは。
あと一週間くらいこのままでもかまわない。
デヴァスが異変を知らせに飛んだとして、ルーの森に圧力がかかるまでにはそれくらいはかかるだろう。
女王は失脚だろうし、精霊門も再稼働の運びになる。
現在は核となる部分が取り外されているため稼働していないが、ここの精霊門は森の入口から旧里までの道、その途中に存在している。
これを使わせてもらえば帰りは一瞬だ。
むしろ当初の予定より早い帰還になる。
帰ったらまたお仕事の日々か。
……。
せいぜいここではのんびりすることにしよう。
のんびりのんびり――
「おーい! お菓子くれよ!」
できねえ!
ピネを先頭に妖精の編隊が飛来してくる。
遅れてミーネ、それからクロアとセレス、ゆっくりとシアが。
「お菓子って……、昨日ので手持ち全部だったんだが……」
「作ればいいわ!」
ミーネが余計なことを言う。
『そうだそうだ!』
と、妖精の合唱。
いやまあそういう約束だから作る、作るけど……。
「手の込んだ物は材料や設備不足で作るのは無理だから……、ひとまずホットケーキをたくさん焼こうか」
「あの美味しい蜜はない?」
「あれか。無い」
「むぅ……」
両親が領地から持ってきた樹液を煮詰めた自家製のシロップ――リカラの雫はとっくに消費された。
「お? 蜜がいるのか? じゃあ蜂蜜とりにいこうぜ! 近場にあるからさ!」
「いいわね! 行きましょう!」
こうして唐突にハニーハント部隊が結成される。
メンバーはミーネと妖精たち。
へへっ、こいつは嫌な予感しかしねえぜ!
よく考えずガッと巣に攻撃して、ぶわっと蜂の反撃くらい、ミーネが慌てて応戦して蜂の巣ごと一帯が吹っ飛ぶ未来しか見えない。
おれはすぐにホットケーキが焼けるよう、大量のタネを用意する役なので里に残るつもりだったが……、これは行かないとまずいか?
どうしようか考えているとクロアが言う。
「兄さん、ぼくもミー姉さんといくね!」
「え……、ク、クロア、危ないぞ? 蜂に刺される可能性がかなり高いぞ?」
「大丈夫! がんばる!」
「頑張るって……」
クロアがやる気になっているのを無理に止めるのは忍びない。
「じゃあセレスもいきます!」
「いやセレスはダメだ。危ない。蜂、危ない」
「そうね。ならセレスにはネビアを頼むわ。私が行っている間、この子をよろしくね。ネビア、ちゃんとセレスのいうことを聞いておりこうにしてるのよ?」
「わかりました!」
「みゃん!」
子猫を任され張りきるセレスと、言葉がわかるのか応じる子猫。
よかった。
「おれも行こうか?」
「いいえ、あなたはこっちで準備をお願いするわ」
心配からハニーハント部隊に同行しようとしたところ、おれはホットケーキのタネを作れ、ひたすら作れとミーネと妖精たちに言われてしまう。
なのでメンバー構成に口だしだけしておくことに。
ミーネとクロア、それから妖精たちに加え、雷撃を放てるバスカーとプチクマ、それから監督役にシアを加える。
このメンバーの中で重要なのはプチクマだ。
こいつなら刺されても平気だし、蜂が飛び回るなか念力で巣を回収することもできる。
「じゃあ行ってくるわ! 期待しててね!」
「いってきます!」
「わん!」
「なんとかクロアちゃんだけでも守りますね」
『うおー! 戦じゃー!』
こうしてハニーハント部隊は出撃した。
△◆▽
ハニーハント部隊が帰還したのは正午過ぎだった。
けっこうな不安はあったが、意外なことに成果は上々。
シアが抱えている大きな桶には巨大な蜂の巣が山盛りになっている。
しかしそのままの蜂の巣なんて扱ったことがない。
どうしようと思っていたら、どこからともなくエルフの婆さまたちがわらわら寄ってきて協力してくれることになった。
蜂蜜の多い部分とそれ以外を分け、分担しての作業。
蜜はまあ絞るだけなのだが……、それ以外、蜂の子が詰まっている部分は一匹ずつつまみ出して小さな桶に放りこんで行く。
蜂の子、おれは嫌いではない。
ジジイが蜂の子の佃煮が好きだったからわりと食べる機会があった。
ご飯と一緒に食べると美味しい。
だがこの蜂の子はよく育ったカブトムシの幼虫くらいのビッグサイズ。
それが桶一杯にもぞもぞしているのは精神を削る。
あとなんか「キシャー!」って威嚇してくる。
こんなアグレッシブな蜂の子は見たことない。
「こあーい」
セレスが怯えてシアにしがみつく。
クロアもこの様子には顔が引きつっていた。
おれもさすがにちょっと恐い。
そんななか、母さんとリィがひょっこりやってきた。
「あら、ごちそうじゃない」
「一匹もらうな」
と、二人はそれぞれ一匹ずつ蜂の子をつまみあげると躍り食い。
頭だけ残す。
「ど、どんな味なの……?」
恐る恐るミーネが尋ねる。
「それは食べてのお楽しみね」
「そうそう、食べてみ食べてみ」
「……」
いくらミーネだろうとこれは無理と思ったが……、ミーネは蜂の子に手を伸ばし、一匹をつまみあげる。
い、いくの!?
っていった!
どんだけ食いしん坊なんだよ!
「ミ、ミーネさんや、お味はどうかね?」
「うーん……、なんか……、ほんのり甘い、溶けたバターみたいな感じね……」
チャレンジャーめ……。
ミーネがいったことで、様子を窺っていたネビアがこっちにもくれとみゃーみゃー騒ぎ出した。くれよー、たのむよー、とミーネの足にすがりついて立ち上がる様子は可愛らしい。
「じゃあ小さめのをあげるわ」
ミーネが大人の親指くらいの幼虫をつまみ出し、ネビアの前に置く。
ネビアはもぞもぞする幼虫をじっと見つめたのち、唐突にぺしこーんとひっぱたく。幼虫は宙を舞い、それから地面をころころ転がって行く。ネビアは大喜びで幼虫へと襲いかかり、さらにぺしこんぺしこんと転がし続ける。
「こらネビア、そんなふうに遊んじゃ駄目じゃない」
「みゃ!?」
ミーネが叱ると、ネビアはビクッと動きを止めた。
怒られたのがわかるとか、けっこう賢い子猫である。
あとミーネが自分を叱る対象と認識しているのもなかなか凄い。
「あー、ミーネさんや、あれくらいの猫っぽい獣はああいうもんだから。親は弱った獲物を子供たちのところへ持ってきて、仕留め方を覚えさせるんだ。だからちょっとは大目に見てやらないと」
「そういうものなの? そっか……、じゃあ私も森で何か生け捕りにして連れてこないといけないわね!」
「いやさすがにそれはやらなくていい」
そこまで親代わりになることはなかろうて。
そのまま皆でネビアを見守っていると、しばらく幼虫を転がして遊んだあと、がぶっとかぶりついて一心不乱に食べ始めた。
気に入ったのだろうか?
自然のチュールみたいな物なのかも知れない。
あの商品、猫はめちゃくちゃ好きだったなー……。
「にゃんにゃんうれしそう……、そんなにおいしい?」
子猫の様子に、セレスがちょっと興味を持つ。
そんなセレスに微笑みかけながら母さんが言う。
「調理するとより美味しくなるわ。ちょっとやってみましょうか?」
「はい!」
ということで、ホットケーキよりもまず巨大な蜂の子が料理されることになった。
調理は簡単。
優しく塩を揉み込んで油で揚げるだけ。
揚げられた蜂の子はぽっこり膨れる。
適度に揚がったら出来上がりである。
母さんはおれたちの分まできっちり用意してくれた。
これもまず母さんとリィが食べ、次にミーネがチャレンジ。
「あ、なんか美味しい」
マジか。
せっかく用意してくれたんだし、おれも食べてみる。
皮がパリッとしており、中身はやたらとクリーミー。
甘さ控えめのちょっと固まったカスタードクリームのような感じで、微かに花のような香りがある。
困ったことにけっこう美味い。
中身だけ食べさせたらこれが蜂の子だとはわからないだろう。
おれとシアがチャレンジしたことで、クロアとセレスも揚げ蜂の子を食べ、意外な美味しさに驚いていた。
それからセレスはもう一つ揚げ蜂の子を手にとり、言う。
「コルフィーにもあげます」
と、セレスは糸紡ぎの作業に勤しむでっかい妹の元へと駆けていく。
そんなセレスの、姉としての心遣いの結果――
「……ぎぃやぁぁぁぁぁ――――……ッ!」
やがて遠くからコルフィーの悲鳴が聞こえてきた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/23




