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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
6章 『深緑への祝福』編
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第399話 閑話…戦隊

 レイヴァース家の幼い弟妹が森に転移させられたことを知った善神ダールは直ちにその場へ降り立つことを考えたが、それを察知した神々によって激しい妨害を受けることになった。


「何故であるか!?」


 戸惑うダールに、神々は「何故じゃねえよ馬鹿が」と返す。

 両親や兄姉と離ればなれになったクロアとセレスはさぞ心細い思いをして森にいることだろう。

 ならば、善神としてそのストレスを一身に引き受ける役目を負うことになんの不都合があろうか?

 今がチャンス。

 チャンスなのだ!


「駄目か! どうしても駄目なのであるか!」


 駄目に決まってるだろう、と神々は満場一致。


「くっ……、くぅ……!」


 ダールは涙した。

 深く深く嘆き、その影響は地上――大陸各地に存在する善神の神殿、そこに安置されている善神像を涙させるという怪現象を引き起こすに至った。

 驚くことになったのはそれを目撃した信徒たちである。


「こ、これはいったい……!?」


 聖都、政庁前にある神殿。

 善神像が涙を流し始めたとの報告に、職務を放りだして駆けつけた大神官ネペンテスは愕然とするしかなかった。

 確かに報告通り、善神像は今もだくだくと涙を流し続けている。

 ここまで涙を流しているとなれば、何かの自然現象によってたまたま像の目のあたりに水が溜まり、それがこぼれ落ちたと解釈するのはさすがに無理がある。

 やはり善神像は泣いているのだ。

 これはつまり、今まさに善神が嘆かれている、その影響を受けてのことだろうとネペンテスは判断した。

 しかし、いったい何を嘆いておられるのか?

 まさかレイヴァース家の弟妹二人から八つ当たりを受けたいがために嘆いているなどと想像すら出来ないネペンテスである。とても大きな、世界の命運を左右する重大な異変に善神が心を痛めていると判断してしまうのも致し方のないことであった。

 その後、大陸各地にある神殿の善神像も涙を流しているという情報がぞくぞくと聖都に集まりだし、これはいよいよ大変なことになると考えたネペンテスは各地に散っていた聖都の重要人物たちを召集、この異変を話し合う会議を開くことにした。

 と、その通達を送り、人が集まるのを待っていたその日、神子猊下――レイヴァース卿の御付きとなっていた聖女アレグレッサ、そして父君であるロークが聖都を訪れた。

 二人の訪問に始めは困惑したネペンテスであったが、話を聞くうちにその柔和な表情はミシミシと音が聞こえそうなほど強張り、それはまるで若木が急速に年を経て堅牢な樹皮を獲得してゆく様を短い時間で眺めているようであった。

 これだ、これが善神像が涙を流した理由に違いない。

 ネペンテスはそう確信した。


「な、なんという、なんと、なんとぉぉぉぉぉ……!」


 震えるのは声ばかりではなかった。

 ネペンテスの全身に力がこもり、ガクガクと痙攣するように震える。

 それはまるで噴火の予兆としての地震。

 しかしここで怒りを爆発させてもなんの解決にもならず、そんなことをして発散している前に猊下を救うべく動くべき――、そうネペンテスの中にかろうじて残っていた冷静さが囁く。

 しばらくネペンテスは爆発しそうな怒りを抑え込むのに必死だったが、ようやく落ち着いたところで言う。


「話はわかりました。直ちに報復――、いえ、対策のために皆で話し合う場を設けることにします。アレグレッサ、お疲れさまでした。そしてロークさん、大変な目に遭われましたね。ですがどうかご安心ください。ご家族は我々が必ず無事に保護いたします」


 憤怒の形相になりそうなところを無理矢理に抑え込んでいると思われるネペンテスの笑顔は底知れぬ迫力を秘めていた。


    △◆▽


 善神像の異変について話し合う場は、急遽、猊下とその家族を救出するための作戦会議に変更された。

 神殿に集結した、聖都のみならず各地に滞在していた神官たち。

 他には抑止力としての聖女たち、聖都を守る聖騎士たち。

 神殿正面奥にある善神像の前にネペンテスが立ち、少し離れて向かい合うようにアレサ、その背後にはロークと彼のサポート役となったティゼリアが居る。

 神官、聖女、聖騎士の隊長たちは、そんな四人を中心に扇状に集結していた。


「(息子よ……、父さんはわけがわからない……)」


 異様な雰囲気になってしまっている聖都。

 ロークは心細さからデヴァスにも同席を頼んだが、全身全霊でお断りされたので諦めるしかなかった。

 これ以上はデヴァスが泣きそうだったからだ。

 すでに状況は知れ渡っているようで、この神殿内部は人々の怒りで煮え立ちそうであった。誰もがすでに我慢の限界で、それを何とか堪えようとしているのか歯軋りがそこかしこから聞こえてくる。

 いや、それどころか持てあました怒りを発散すべく、殴り合いが始まって外に連れだされていく者たちもいた。

 聖都は善神のものであり、八つ当たりに物を壊すようなことはしてはならず、そのため息の合った者たちが殴り合いを始めるのである。

 信徒もまた善神のものであるが、こっちは治療すればいいので黙認された。


「(息子よ……、大変なことになっているぞ、息子よ……!)」


 とにかく場の空気は刺々しく、殺伐、そして一触即発のような雰囲気であり、助けてもらいに来たはずのロークは怯えた。


「直ちにレイヴァース卿を救出すべきです!」


 そう声をあげるのは聖騎士セトス。

 他の聖騎士たちも同意するように声をあげる。

 彼らが望むのは聖騎士の派遣。

 特にエクステラ森林連邦に派遣され、レイヴァース卿と握手した者たちは今すぐに向かう許可を求めている。

 猊下の雷撃を込めた握手をしてしばらく、妙に体の調子が良くなり、自身が成長していることが感じ取れるようになった。おそらくそれは善神からの祝福が分け与えられたのではないかと信じられている。

 まさに彼の少年は善神の神子。

 そんな、聖都をあげて奉るべき聖人を蔑ろにするどころか森に追放してしまうなど、許せることではない。

 今こそ我ら聖騎士が猊下をお助けすべき時であると、騎士たちはいきり立ち、完全装備、命じられれば即座にルーの森へと出陣できる体勢が整えられていた。多くの者がつらい境遇にあると思われる猊下のことを思って嘆き、ようやく完成した猊下を讃える歌『さらば古きものよ』を熱唱しながらその時を待っている。


「我々もそれを支持いたします」


 そう言ったのは一人の神官。

 レイヴァース一家が訪問した際、共に善神に祈りを捧げ、そして不思議な現象を目の当たりにした者の一人だ。

 あの現象がなんだったのか、それは推測するしかないものの、おそらく善神と他の神々であったと居合わせた全員が信じている。

 神々はレイヴァース家の人々の祈りに応えたのだ。

 そんな神々に愛された者たちを貶めるなど許されざることだ。

 善神を信奉することは、人の善性を信じることではあるが、だからといって咎人を優しく諭すだけでは何も解決しないことを彼らは知っている。守るべき善き者のためならば、罰すべき悪しき者を害することのできる厳しさも持ち合わせているのだ。

 そこでネペンテスが口を開く。


「もちろん救出のために全力を尽くします。レイヴァース卿とそのご家族を救い出すことに異議を唱える者など居ようはずもありません。ですからここからが本題です。どのようにして救出するか……」


 このネペンテスの言葉にセトスが言う。


「我々を! 是非、我々を行かせてもらえませんか!」

「それは難しいですね。聖騎士を信用していないというわけではないのです。ルーの森は遠く、それでは間に合わないためです」

「そこは精霊門があるではありませんか!」

「落ち着いてください。はやる気持ちはよくわかります。しかし考える冷静さまで欠いてはいけません。貴方がた聖騎士をルーの森へ進軍させるのは、良くない前例を作ってしまうことになるのです」


 そこでセトスはハッとする。

 よくわからないでいるロークにティゼリアが説明する。


「これまで精霊門が軍事利用されたことはありません。ここで聖騎士を門を通してルーの森へ派遣するとなると、模範となるべき聖都が率先して暗黙の了解を破ったことになります」


 要は精霊門を管理する聖都ならば何をやってもよいのか、という不信を買うことになる。星芒六カ国ならばレイヴァース家の人々を救出することの重大さを理解できるが、その他の国々もすべてが理解してくれるかはわからない。正当な理由があるなら軍事利用しても良いのかという話にもなるだろう。


「ではどうするのですか!」


 セトスの声に、ネペンテスは静かに頷くと、アレサに向かってそっと手で促した。


「私は『戦隊』の再発足を提案します!」


 アレサのその言葉で、集まっていた人々は一瞬動きをとめ、それから一斉にざわめき始めた。

 あれほど怒気に充ちていた者たちが動揺する様子に、ロークはただ事ではないものを感じ、そっとティゼリアに尋ねる。


「なあティゼリアさん、戦隊って?」

「戦隊というのは……、簡単に説明しますと、二百年ほど前までは行われていた聖女たち五人のパーティーによる世直しです」


 善き世が為、戦うことも辞さぬ聖女たちの部隊。

 通称――戦隊。

 発足は約三百年前までさかのぼる。

 当時は現在ほど良い世の中ではなく、石を投げれば悪人に当たる、そんな時代であった。

 国そのものが腐敗し、力なき者たちを虐げるのが当たり前。

 当時の聖女は善神に仕え、人々に教えを説く伝道師としての役割を担う女性でしかなかった。しかしいくら教え説こうと、邪心を抱く者たちの支配する世界においてはあまりに無力。

 そんな状況を変えたのが聖女シャーロットであった。

 彼女の行いに深く感銘を受け、感化された聖女たちは自分たちもただ説くだけではなく、戦う必要もあると理解したのだ。

 そして聖女は変質した。

 真摯に世を想うが故に、その変質は劇的であり、急激であった。

 なにしろ聖女シャーロットが居なくなったあとの百年で、弱者の悲しみ、苦しみ、そういった『痛み』の元となる『社会の患部』は聖女たちによって『治療』され尽くしたのだから。

 容赦なく、徹底的に、聖女シャーロットが目指した世界を実現するため、善神の名の元、世界中で『治療』が行われた。

 それは戦隊による未来への祝福。

 別名――『痛み止め(ペインキラー)』である。


「アレサもなかなか思い切ったことを……、いえ、この状況においてはそれが最善かもしれません。戦隊は聖女五人の集まり。軍ではありません。それが再発足したとなれば、例えどう思おうと、どの国もつまらない言いがかりを訴えることはないでしょう。どの国の上層も、自分たちが『治療』の標的にされるようなことを望みませんからね」


 ティゼリアは優しい口調で言うのだが、この状況にあってはむしろそれが恐ろしかった。

 皆の動揺が収まらぬなか、ネペンテスは言う。


「二百年ほど昔に戦隊は役目を終え、解散されました。しかし、今再びその力が求められる時が訪れたのです。再び戦隊を再発足する条件は神官、聖女、聖騎士の許可。すでに問う必要はないように思われますが、ね」


    △◆▽


 戦隊の再発足が決定したのち、聖女アレグレッサをリーダーとした戦隊の構成員を決める話し合いが行われる。それに平行して世界各国に戦隊再発足の知らせがもたらされ、為政者たちを恐怖させた。

 すでに戦隊の恐怖を知る者は少なくなったが、その猛威はお伽話のように伝わっている。

 そんななか、寿命の長さ故、不幸にもそれを知る――あまりにもよく知るザッファーナの竜皇ドラスヴォートは恐れおののき寝込んだ。


「陛下! 陛下! 聖都より協力要請が届いております! 竜化できる竜騎士四名に協力をお願いしたいとのことです!」

「ア、アロヴに任せる! 最適な者を選んで派遣するよう伝えよ!」


 戦隊という存在。

 それは当時やんちゃだった竜皇がシャーロットによって徹底的に根性をたたき直された事件に起因するものであった。


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/04/08

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/23


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