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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
6章 『深緑への祝福』編
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第398話 13歳(夏)…女王イーラレスカの陰謀

 エルフという種族は程度の差はあれど誰もが魔術を使えるそうだ。

 しかし四大属性のうち、土、水、風は尊ばれるが、火は人気がないとのこと。  


「森を燃やすからとか、そういう理由ですか?」

「そう言われることもあるが本当のところが違う。火も自然の要素であり大切なんだ。雷が木に落ち森が燃える、これもまた在るべき姿だからな」


 まあ実際に起きたら消すけど、とリィは続ける。


「この考え方が変わったのは邪神誕生以降だ。言い伝えなんだが、邪神ってのは見た目が白い炎だったらしい。それで火が嫌われるようになっていったんだ」


 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの精神か。

 しかし白い炎……、ね。


「で、私は火の魔術が使える。だから同年代の奴らからは悪者扱いでイジメられてた。その主犯がイーラレスカだ。あいつ、妙に自分の血筋に誇りを持つキケロー氏族の執念を形にしたような奴でさ、ナイラ氏族の私に妙な対抗心燃やしてたんだよ。あ、キケローとナイラは大昔に偉いエルフの氏族だったらしい。今となっちゃなんの意味もない話なのにな」


 やれやれ、とリィは嘆息。


「私はある程度成長したところで森での生活に嫌気がさして飛びだした。五十歳くらいだったかなぁ。その時代ってまだ荒れてたから、世間知らずの私はとっ捕まって奴隷にされそうになったんだけど、それを助けてくれたのがシャーロット――師匠だった」


 世はまだ現在のように安定しておらず、奴隷法も無い時代。

 おれがその時代にいたらどれほど苦労しただろう、恐ろしい。


「そのときの師匠は……、六十くらいだったかな? それから私は師匠について回って、あちこち旅しながら色々教えてもらった。師匠から聞いた電子回路から着想を得て回廊魔法陣とか作れるようにもなった。細かい作業だから、その製作は丸投げされてたな。世界各地に精霊門設置するとか言いだしたときはちょっとキレた」


 そ、そうか、数が多いしな。


「んで二十年くらいした頃だったかな、師匠が私に魔法の実験台になってくれって言ったんだ」

「……実験? どんな魔法です?」


 相槌を打つように尋ねると、リィは覚悟を決めるように一つ大きく呼吸し、それから言う。


()()()()()()だ」

「――――ッ」


 一瞬、頭が真っ白になった。

 若返り……?

 じゃあシャロ様は……、今も……?

 もしそうであればおれは素直に喜べる。

 けれど……。

 おれが茫然とするなか、リィは話を続ける。


「どうしてそんな魔法を作りだしたか、師匠は理由を言わなかった。でもなんとなくわかった。師匠は導名を得るために頑張ってきた。でもそのせいで楽しみのために使う時間が残されてなかったんだ。だから若返って、今度は自分が好きなように生きたかったんだと思う」


 そうか……、シャロ様……。

 エミルスの隠し部屋にあった手紙からは、シャロ様が少し疲れているような印象を受けた。

 それはおれの思い違いではなかったのか。

 ちょっとショックで何も言えないでいると、代わりにシアが尋ねる。


「ではリィさんが若い姿なのは、その実験が成功した結果というわけなんですか?」

「ああ、そうだ」

「そうなると……、シャーロットさんは若返りを繰り返して今もどこかで暮らしているのでしょうか?」


 シアの質問はおれが今もっとも知りたいことだった。

 しかし、同時に知ることが恐ろしくもあった。

 もしシアの言うとおりになっているなら、リィはもっと違う話の運び方をしていたと思ってしまうから。


「実験は成功した。魔法は完成していた。でも、その魔法は自分には使えないものだったんだ」

「……自分には? なら誰かに使ってもらえばいいんじゃないですか?」

「私もそう思った。師匠もそう思った。でも、そこで判明したんだ。その魔法を使う――、いや、成功させるための条件が」

「条件?」

「相手を若返らせるなんて相当なことだ。そのためには、その相手という存在をどうにでも出来るほど自分が上位に位置していなければならなかった」


 あ、とおれは理解する。


「師匠を超える魔導師なんて居ない。居なかった。そんな都合のいい魔法使いなんて、どこにも存在しなかったんだ」


 そりゃそうだ、シャロ様を遙かに越える魔導師なんて居るわけがないのだ。


「師匠は落胆して……、その後だったな、私に別れを告げて一人旅に出たのは。色々……、冒険者ギルドのこととかはロシャに任せて」


 リィとロールシャッハと別れて……。

 ならエミルスに滞在したのはその後で、バロットの連中に協力したのは……、若返りのための手段を求めて、か。

 シャロ様が安らかな結末を迎えられなかったことは、おれにとってかなりショックだった。

 こんなショックなのは転生して自分の名前が判明したとき以来だ。


「師匠と別れたあと、私は森に戻ったり放浪したりを繰り返した。

アーカリュースとか名乗って活動したりもしたけど、馬鹿らしくなってやめた。んで三十年くらい前だったか、リセリーを拾った。いや拾ったって言うか、襲いかかられたって言うか。まあ育てることにした」


 襲いかかられたって何だ。

 母さん、あんたいったい何した。


「十五年くらい育てて、リセリーが独り立ちしたあと、またこっちに戻った。で、今回の発端はそこからだな」


 ようやくルーの森の異変についての話が始まる。

 おれが精神にけっこうなダメージを受ける話をした意味は果たしてあるのか?


「知ってるかな、邪神誕生以前、昔のエルフってのはもっと寿命が長かったらしいんだ。竜が今より遙かに強かったみたいな話でさ」


 では何故、エルフは寿命が短く、竜は貧弱になったのか。

 死にすぎて数が激減し、混血が進んだ結果である。


「昔のエルフはハイエルフって呼ばれる。私がやけに若いから先祖返りしたハイエルフなんじゃないかって話になって、私を次期首長にしようなんて話になった。若返ってるだけなんだけど、それを言うわけにもいかないし、正直困ったよ」


 うんざりするようにリィは言う。


「そしたらだ、首長になりたいイーラレスカが突撃してきてな、ほぼ同い年なのに私だけ若いのはおかしいって大暴れだよ。面倒になって、あと意趣返ししてやろうって気持ちで、若返りの魔法についてちょっと話してやった。そしたら自分にもやれって食いついてきてさ、まあ無理だって言っても聞かなくて、自分よりも上位の存在が必要ってまで説明してやっと引き下がったんだ」

「「…………」」


 おれは嫌な予感を覚えた。

 きっとシアも同じだろう、眉間にシワを作っている。


「あ、あのリィさん、それを話すってことは……、この状況と関係あるってことですよね? つまりそれって……」


 恐る恐るシアが尋ねると、リィは盛大にため息をついた。


「そうだ。あの馬鹿は自分が若返るためだけにルーの森をこんな状態にしやがったんだ。話した私も馬鹿だが、まさかこんなことを始めるなんて思わないだろ?」

「「ええぇー……」」


 あきれるとはこのことだ。

 本当に本当に、あの女王は本当にバカだ。

 女王の目的は若返ることであり、新里の連中が信じているような崇高な目的なんてものはなかった。

 どうりで新里が全体的にちぐはぐ、そして胡散臭いわけだ。

 怪しい気配がするだけで、いまいち凄味が無い。

 そうあるよう求められ、求められるままにその役割に徹していっただけの人々。

 被験者たちを看守役と受刑者役に分け、それぞれの役割を実際の監獄に近い設備で演じさせた結果、二週間の実験のはずが六日で中断されることになったスタンフォード監獄実験のようなものだ。

 こんなことを十年も続けているのだから、本人たちはすっかりその気になっているのだろう。

 だが、本当の狂信者を知っているおれからすればまだまだだ。


「あー……、リィさん、言い忘れてたんですが、あの女王、悪神の手下になってますよ。ぼく、他者の状態を称号として知ることができるんですが、あれ、悪神の使徒でした」

「はあ!?」


 おれの情報にリィはぶったまげ、若干おもしろ顔になった。


「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、底抜けの馬鹿か。どんだけ馬鹿なんだよ、かんべんしろよ。じゃあなんだ、あの馬鹿に入れ知恵した奴らも悪神の手下だったのか?」

「入れ知恵した奴とは?」

「あいつ馬鹿だけど人気取りだけは上手くてな、そんな馬鹿が馬鹿なりに頑張って首長になった頃だったか、あいつを尋ねて魔道士っぽい二人組が来たんだ。そっから色々とおかしくなり始めた」

「どんな奴らでした?」

「ローブ着て仮面かぶってたからどんな奴か詳しくはわからん。でも声の感じからして一人は若い男、もう一人は年配だな。若い方は私にも愛想がよかったが、何をやってるかはさすがに言わなかった。もう一人はつっけんどんでろくに会話もできなかった」

「どんな人物なのか、調べてみたりは?」

「精霊門でやって来てたからな、追うとなると明らかに怪しんでるって言うようなものだし、出来なかった。まあ私はこの森が好きってわけじゃなかったし、ここまでの事態になるとは思っていなかったからあんまり真剣じゃなかったんだよ。そしたらいつの間にかこの森の若い連中は馬鹿にいいように煽られ始めた。ルーの森の復権とか、馬鹿としか言えん。森を出たこともない若造どもがなに言ってるって話だ」


 悔しそうにリィは言うが、そこでため息と共に肩を落とす。


「しかし一番の馬鹿は私か。どうせ大したことにはならないとルーの森がおかしくなっていくのを見過ごしていたわけだからな。二人の魔道士についても、この森に宝でもあれば話は別だったが、本当に何も無い森だ、酔狂な奴らくらいにしか思わなかった。まさか想像を超えるろくでもないことのために動いてるとは気づかなかった」


 うーむ、判断が難しい。

 確かにリィが若返りの魔法について喋ったこと、そしてイーラレスカが何か始めたのを放置したのはまずかったが、まさか生まれ故郷を狂わせるまでやるとは想像できないだろう。

 なんというか、相手が悪かったのだ。

 勢いのある馬鹿ほど恐ろしいものはないって言うからな……。


「具体的に、女王は何をしているんですか?」

「わかりやすく言うと……、そうだな、魔石を作るための魔法陣って知ってるか? 今この森はその状態になってる。魔素を集め、それを閉じ込めてどんどん濃くしてるんだ。獣が魔獣化してるのはその影響。おそらくこの内部で上位存在を誕生させるつもりだろう」

「上位存在……?」

「どんなものを目指しているかはわからん」

「ご主人さま、この閉じ込めて待つ感じってなんか〝蠱毒〟みたいじゃないと思いません?」

「ああ、言われてみれば確かに」

「コドク……?」


 さすがにリィは知らないので簡単に説明する。

 生き物を使った呪術の一種で、百種類の虫を集め同じ器で飼い、互いに共食いさせるものだ。

 そして最後に生き残った一匹を祀る。

 蠱毒は人を害するために使用されるのが有名だが、自身を富ませるためにも利用されるのだ。

 なるほど、確かに祀るということは自身よりも上位の存在として拝するわけで、上位存在とも言える。

 まあこっちは百種の虫どころか森の生命そのもので、閉じ込められたエルフたちも混ざっているのだが。


「ろくでもない術だなそれは。しかしそうなると、上位存在が誕生したら結界は無くなると考えていたが、そうもいかないのか。どうしたものか……」

「あ、ぼくがこっちに来たので近いうちに外部から圧力がかかると思いますよ?」


 ルーの森がこのままでいられるのは時間の問題でしかない。

 おれたちがここにいる間に、決定的にイーラレスカの目論見が進展することもないだろうし、外部の圧力があるのはほぼ確定、なのでこちらは森でのんびり骨休めしていても事態は収束するのだ。

 おれは万が一を警戒して竜のデヴァスを森の外に待機させ、こちらとの連絡が途絶えたら救援を要請するようにと指示してあることをリィに説明した。


「そうか、お前って重要人物だったな。となれば六カ国が黙ってないわけか」

「ええ、アレサがうまく逃げてデヴァスに合流していたら、まずは聖都からの圧力でしょうね。ただ……、聖都はぼくをちょっと過剰に崇めてるんで、過激なことになるかもしれないなーと……」

「……」


 と、リィがそこで押し黙り、どうしたのかと思っていたところ、重々しく口を開いた。


「お前……、どれくらい聖都で慕われてる?」

「え? えーっと、けっこう、ですかね?」

「正確に」

「ええぇ……、正確にと言われても……、そうですね、ちょっと恐縮するんですが、シャロ様の再来とか、そんな感じで」

「……」

「あの、どうしました?」

「お前、聖女の恐さを知ってるか?」

「え、ええ、何度か罪人を更正させる場面にも立ち会いましたし」


 あれこそ本物。

 ルーの森のなんちゃってとは違う、本当の狂信者。

 アレサもティゼリアも普段はのほほんとしているが、実はその魂は叩き鍛えられた鋼であることを知っている。

 しかし、リィは言う。


「それはただの日常業務だ」

「……は?」

「やっぱり知らないか。もしお前が聖都にとって本当に尊い存在であるなら……、二百年ぶりに『痛み止め(ペインキラー)』が始まるだろう。あの馬鹿に踊らされている連中は気の毒だよ」


 本当に、とリィが深々とため息をつく。

 それからおれとシアはそのペインキラーなるものがなんなのか話を聞いたのだが……、確かに踊るバカたちがちょっと気の毒になるようなものだった。

 おれがお仕置きする余地は残るだろうか……?


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/26

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/04


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