第397話 13歳(夏)…ひとまず集合
遭難六日目。
その日の昼過ぎ、コルフィーとミーネを回収したおれは旧里へと戻ってきた。
「兄さんおかえりー!」
「ごしゅぢんさま! ねえさま!」
駆けよってくるクロアとセレス。
あと――
『お菓子ぃー! お菓子ぃー!』
迫り来る妖精の大編隊。
すぐよこせ、今よこせ、と急かすので、おれはミーネに土のテーブルを作ってもらい、そこにシーツを敷いて妖精鞄に入っていたお菓子をすべて並べた。
『アアァァァァ――――ッ!』
お菓子の山を前に奇声を上げる妖精の変態――ではなく編隊。
「君たちの協力のおかげで皆が集まることができた。ありがとう。これは約束の報酬だ。仲良く食べ……、って聞いてねえな」
妖精の編隊はお菓子の山に突撃すると、一心不乱に貪り始めた。
まだ見た目が可愛らしいからいいが、これで醜悪だったら問答無用で火炎放射器の消毒を受けても仕方ないような有様である。
「私も食べていいかしら?」
「んー、我慢しようか。これはおまえらを捜してくれた妖精たちの報酬だからな」
「むー……」
ミーネは不満そうだが、ここは堪えてもらおう。
こいつが食べ始めたら妖精たちの報酬が激減してしまう。
「ミーねえさま、ミーねえさま、そのこは? そのこは?」
そんなミーネが抱っこしている子猫がセレスは気になる。
「この子はネビアっていうの。仲良くしてあげてね」
「はい! ……あなたはネビアっておなまえなのね。わたしはセレスですよ?」
ミーネに渡された子猫をセレスは懸命に抱きかかえていたが、それが気にくわなかったのだろうか、子猫はもそもそセレスの腕から這い出すと、足をじたばたさせながら宙を泳いで逃げだした。
「と、とんだー! にゃんにゃんとんだー!」
これにはセレスもびっくりで、口を開け、目をまん丸に。
空を泳ぐ子猫はそのままえっちらおっちら何処かへ行こうとするのだが、セレスが歩いてついていってしまっている程度の速度、明らかに地面を走った方が速い。
「兄さん、あの猫ってなんなの?」
「あれは空猫っていう魔獣なんだ」
「へー」
と感心していたクロアがふと足元のバスカーを見る。
「もしかしてバスカーも飛べたりする?」
「……んん?」
そう言えば、元はふわふわする光の玉だった。
二人して眺めていると――
「わん!」
バスカーは一声鳴き、犬掻きしながら宙に浮く。
「と、飛んだ! 飛んだよ兄さん!」
「飛んだな……、まあ、それだけだが……」
でっかい風船をくくりつけられて浮いた、くらいの飛行……、いや、浮遊である。
「ごしゅぢんさま! にゃんにゃんどこかにいっちゃ――バスカーとんでる!?」
こちらにふり返ったセレスがめっちゃ驚いた。
△◆▽
これでようやく皆が里に集合したことになる。
まだ森から出る方法を考えねばならないという問題も残っているが、今は皆が無事に集まれたことを喜ぼう。
ということで、その夜はささやかな祝いの席。
クロアが仕留めたイノシシの肉でカレーを作る。
これから世話になるため、里のエルフたちにも振る舞うことにしたのだが、米が足らないのでそこはエルフたちが主食にしていたナンっぽいもので我慢してもらう。
追放ということになっているが、元から住んでいた場所に閉じ込められただけなのでエルフたちの生活は以前とさほど変化がないという状況らしかった。
農業と、森から恵みを採取しての生活。
元々森の中で完結していたため、その点だけは幸いしたようだ。
ただ肉については問題があった。
現在、森は魔素が濃くなっているらしく、その影響を受けて獣が魔獣化している場合があり、予想外の手痛い反撃を受けることが懸念されて狩りが控えられていたのだ。
獣が強くなろうがお構いなしに狩れるリィが唯一の狩人となっていたが、一人だけでは肉の供給量もたかが知れてしまう。
「ちょっと魔術を使う魔獣くらい仕留めてみせるんじゃがのう」
「んだんだ」
「じゃがうっかり怪我しても困るからの」
「んだべ」
「なにしろ儂らいい歳じゃし」
「その怪我で一気にお迎えが近くなることもありえる」
「まだ孫たちと暮らせる望みは捨てておらんから、なるべく危ないことは避けとるのさ」
そう話す爺さまたち。
イーラレスカは爺婆と蔑んでいたが、半数以上はちょっと老け始めた中年くらいのまだまだ元気そうな人ばかりだ。
なので肉だって食べたいし、たまには味付けが濃いものも欲しい。
結果から言うとカレーは喜ばれた。
珍しくて美味い料理と、たいへん喜ばれた。
イノシシを仕留めたクロアは爺さま婆さまに拝まれて困惑。
ははは、わかるかクロア。
それが兄さんの苦労だ。
「ひさびさに旨いものが食えた。だからあらためて言おう。ありがとう。良く来てくれた」
カレーを食べ終えたリィはおれの手を両手で握り、感謝を伝えようとするようにぐっぐっと固い握手をしてきた。
「リセリーも料理ができたが、お前は段違いだな。いやー、本当に妖精鞄を渡しといてよかったよ。昔の私、偉い」
腕組みしてうんうんと自画自賛したあと、リィは苦笑。
「しかしあれが本物のカレーなんだな。やっぱ師匠メチャクチャ言ってたんじゃねえか……」
「めちゃくちゃ?」
「故郷の料理を食わしてやるとか言って、何か得体の知れないどろどろとしたおぞましいものを食わされたことがあるんだよ。腹を壊すどころか頭痛で寝込んだ。あの人、料理だけは駄目だったんだよなぁ」
「…………」
そうか。
これだけ文明の発展に貢献しておいて、料理だけがいまいちであった理由。
それまでは食糧不足などの理由から発展させられなかったのだろうと考えていたが……、とうとう判明してしまった。
シャロ様は料理ダメな人だったのだ。
「そんなに料理ができなかったんですか? ぼくの料理は元の場所のものを再現してるだけなんですが、自炊は無理にしても、こういう料理があるって伝えて、作ってもらうことくらいシャロ様なら……」
「師匠も料理を再現させようとしてたけどさ、よくわかってないままによくわからないで指導するから、結局はなんだかよくわからないものしか出来なかったんだよ」
完成品しか知らない指導者。
焼く、煮るくらいしか知らない料理人。
ビーフシチューが食べたいと言われて肉じゃがが誕生したような奇跡は起こらなかったんだな。
△◆▽
みんなでカレーを食べるというそれだけの本当にささやかな宴であったが、エルフたちからは久しぶりに賑やかな雰囲気を楽しめたと好評だった。
ルーの森のエルフたちは排他的が故に外部との接触を控えていたわけではなく、本当にのどかに暮らしていたから関わる機会が訪れなかった、または逸したままで来てしまった、という印象を受ける。
まあ閉じ込められた結果、尖っていた連中もまん丸になったためというのもあるだろうが。
宴のあと、人里に来たという安心もあるのかミーネが早々にこてんと寝入ってしまった。クロアとセレスもそろそろおねむということで母さんに任せ、綿のゴミ取りを再開しようとしていたコルフィーは明日から取りかかれと強引に寝かせた。
そのあと、おれとシアはリィの家へと訪れる。
延び延びになっていた、おれがどうして転生してくることになったか、そして、これまで何をやってきたかを話して聞かせるためだ。
死神だったシアのポカでおっ死に、ふざけた名前で転生させられ、この名前をどうにかするために駆けてきた十三年。
色々あった。
領地から出てからが特に色々あった。
語るは涙、聞くは困惑。
「師匠も大概だが、お前らはさらに滅茶苦茶だな……」
すべてを聞き終えたリィはあきれたように言った。
休憩や質問も交えての説明は、けっこう時間を必要とし、すっかり夜が更けている。
「それで、どうでしょう。腕輪の修理、もしくは作り直してもらうことは出来ますか?」
「んー、なんとかなるっちゃなるよ。この腕輪だって二回は耐えたんだろ? なら同じ物を用意しても一回は大丈夫ってことになるし」
リィを尋ねてきた理由の一つである腕輪について尋ねたところ、リィはあっさりとそう言った。
「その腕輪を潰して作り直せばひとまずなんとかなる。壊れたときのことを想定して予備も欲しいところだが、素材が素材だ」
「王金と霊銀の合金でしたよね?」
「ああ、それも天然物の、だ」
大変貴重な代物である。
「でも壊れること前提で作り直すってのも癪だからな、最悪はそのままってことにして、ひとまずお前用に作り直せるか考えてみるよ」
「お願いします」
「あんまり期待しないでな?」
というリィは自信なさげだ。
「つかこれ、そもそも壊れるようなことにはならない物なんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、これは神の恩恵――力を直にどうにかするんじゃなくて……、なんて説明するかな……、自分を、だな、注がれる神の力で効力を発揮する魔法陣にするようなもの、と言えばいいか」
神の恩恵とはその神の力が注ぎ込まれる細い管、その接続部のようなもの。
ほとんどはその神の権能に関わることに働きかけるが、少しはその人間の強化や保護にも影響しているとのこと。
「この腕輪はそこを利用する。身体に影響している神の力を、自分の意思で使うために、自分を神の力を溜める器にするんだ」
「ふーむ……」
専門的なことを言われてもおれには理解できないため、リィはなんとかわかってもらおうと大雑把に伝えてくる。
それは例えば、親から目的を指定されて与えられたお金――参考書を買うとか、食事代とか――を着服して、好きに使ってしまうようなものだろうか?
「自身を変質させるなんて無茶なことだからな、短い時間しか体がもたないんだ。本来の状態へと戻るためにも時間が必要になる」
お金を使っちゃったあと、ほとぼりが覚めるまで待つような感じか?
「だから、本来なら腕輪自体に負荷がかかるようなものではないんだ。でも壊れた。さて何故か?」
「何故です?」
「もしかしてご主人さまの力の源が関係するのでは?」
「そう、おそらくはそれだ。腕輪はお前を神々の力の器にするために、すでに大神の一部を宿しているお前に干渉しなければならなかった。そんなことは想定して作ってなかったからな、そりゃ壊れるよ」
ため息をつき、それからリィは真面目な顔でおれを見た。
「いいか、それはお前の体についても言えるからな。大神から便利な能力を貰っているようだが、それだって完全に元の状態へと復元されるものかどうか怪しいもんだ。お前はリセリーにとっては自慢の息子で、クロアやセレスにとっては大事な兄ちゃんだ。ここまで来ちまったんならもう無茶するなと言っても、しないといけない立場にあるんだろうが、無茶する前に考えろ。頼れるなら誰かを頼れ。負担を一人で背負うようなことはするな。それを約束するなら――、この依頼、私は全力を尽くそう」
「お約束します。……でもぼくは元々そんな感じですよ? なんとかなるなら、誰かになんとかしてほしいと常々思っていますし」
「確かに話を聞くと、自分はやりたくなかったが状況がそれを許さなかったってのが多いけど……」
リィはそこで言葉を止め、額に手をあててぐりぐりする。
「師匠にしろお前にしろ、名前が呪いになってんなー」
「え? ええ、まったくもってその通りです、はい」
何を言おうとしたのかよくわからなかったが、呪いなのは確かなので頷いておく。
「なんとか完成させられたとしても腕輪は応急処置だ。本来なら道具ではなく、お前も考えている通り神の祝福を増やした方がいい。だがまあ、祝福なんてそうそう貰えるものじゃないからな、現実的には道具でしのぐしかないか」
「はい。お願いします」
「ああ、任された。とは言え、それもこの状況をどうにかしてからになるな」
「この状況ですか……。結局、ルーの森はどうなっているんです?」
尋ねると、リィは少し悩む。
「そうだな、お前達には話しておこうか。ただそれを話す前に、まず知っておいてもらわないといけないことがあるから、それを話そう」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/21
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/26




