第395話 13歳(夏)…再会
棄てられたエルフたちの里――旧里から戻ったピネには一働きしてくれたお礼としてクッキーを一枚渡した。
「ぐへへへ、やっぱ案内役を死守して良かったぜ」
ピネはバスカーの背に座り込んでさっそくクッキーをもしゃもしゃ頬張り始める。
その姿だけは本当に愛らしい。
「案内役ならお菓子がもらえるってことで揉めてたのか……」
「んごんむむうんもごご」
何を言っているかわからん。
まあ安い報酬で協力してくれているからと、おれはピネがクッキーを食べ終わるのを待って尋ねる。
「それで依頼はどうなった?」
「ん? おお、みんなさっそく捜しにいったよ。お菓子が美味かったからな、すげえ気合い入ってたぜ。蜂蜜ぶんどるために大蜂の巣に突撃するとき以上に張りきってた」
「大蜂って……」
こっちの世界は小さい蜂から大きな蜂の差が激しい。
小指の先くらいのもいれば、2リットルのペットボトルくらいあるようなものもいる。蜂蜜を集める種類は主に小さめだが、その種類のなかでも大蜂と呼ばれるものになれば単一電池を二本縦に並べたような大きさだ。
甘いもののためとは言え、自分のサイズに近い奴らの巣に突撃するとか、妖精すげえな。
「もう夜なのに……、みなさんには感謝しないといけませんね」
「あ、ああ、そうだな、本当に」
「いいってことよ。お菓子さえちゃんとくれたらな!」
「それはもちろんだ。手持ちのをすべて差しだすよ。足りなけりゃ作るけど……、作る場所や材料がなー、まあそこは作れるもので」
はぐれた皆を見つけてくれたら、多段重ねのケーキの塔だって喜んで作る。
お菓子の家だって作ってやろう。
「お、お菓子の……家、だと? お前――さてはお菓子の神か!?」
「いやそんなもんではない」
愕然とするピネに、そこはちゃんと否定しておく。
お菓子の家は唐突な思いつきだが、作ればきっとクロアやセレスも喜ぶだろう。
恐い思いをさせたお詫びに用意してもいいかもしれない。
ひとまず報酬の話はこれくらいにして、おれはルーの森に来た理由――リーセリークォートに会いに来たことを告げる。
「お前らリィに会いに来たのか。ああ、居るぜ。今は森の調査に出てて居なかったけど。あいつ、ここから抜けだす方法はないかって頑張ってるんだ。あたしらもときどき協力するんだぜ」
ふむ、リーセリークォートは森から脱出するつもりはあるのか。
「それでも十年近く閉じ込められてるってことは、ここは相当やっかいな場所なのか?」
「そうみたいだな。難しい話はわかんねえけど、中に居る奴が出られるようには作られてないみたいだ。でも外から放り込めるんなら、内からも何か出来ることがあるはずだーって、地道に調べてる」
「なるほど……」
さらに詳しい話はリーセリークォートに直接会って聞くべきか。
「わかった。じゃあさっそくになるけど、里へ案内してくれる?」
「いいけど……、夜通し歩いても着かないぜ? 歩き続けたとしても辿り着くのは明後日くらいになるんじゃねえかな」
「けっこう遠いんだな……」
森歩きは慣れているが、そこまで遠いとなると単純に体力の問題になってくる。
なるべく急ぎたいおれは再びシアにお願いすることに。
「また背負っていってもらえるか?」
「いいですよー。急いだ方がいいですからね」
△◆▽
ピネの案内で三十六時間くらいの強行軍――主にシアが――をした結果、遭難三日目の朝に旧里へと到着した。
元々、ルーの森のエルフたちが住んでいた里。
家々は新里のような掘っ立て小屋ではなく、巨大な木の内部を家にしていたり、ツリーハウスだったりと実にエルフっぽい印象だ。
「首長の爺さまが会いたがってたから、案内するな」
まずはピネに案内されて旧里の首長に会いに行くことに。
と、そこで――
「兄さーん!」
「シアねえさまー!」
クロアとセレスが居たぁぁぁ――――ッ!
居たぁぁぁ――――ッ!
アァァァ――――ッ!
「二人とも無事だったか……ッ!」
「ああ二人とも……、よかった、あー、よかった……」
おれは駆けよって来たクロアを、シアはセレスをがっちりキャッチして再会を喜び合う。
時間にすれば丸二日ほどにすぎないが、この再会は間違いなく感動的なものであり、めでたしめでたしとこのあとエンドロールが始まってもおかしくないものであった。
「わん! わんわん!」
「おーおー、よかったじゃねえか」
バスカーも喜んで吠え、ピネは腕組みしてうんうん頷く。
「無事でよかった。本当によかった。ごめんなー、大変だっただろ?」
「大変だったけど大丈夫だよ。ぼくがんばったもん」
「そうか、頑張ったか」
クロアはそれから嬉しそうに何があったか一生懸命話してきた。
まずセレスと一緒にいたのがクロアとプチクマだったと判明。
クロアはセレスを守らなければならないと感じ、危機的状況を打開する方法を探ったようだ。
なんと利発なお子さんなのだろう。
それから話は食料を捜していて遭遇した魔獣化イノシシとの戦闘に移る。
「いや本当に頑張ったってか頑張りすぎてる……!?」
マジか。
そんな危険な目に遭っていたのか。
「す、すまないクロア、兄さんが一緒に来ることを認めたばっかりにそんな恐ろしい目に遭うことになってしまったんだな……」
「ううん、ぼく来てよかったよ。おかげで兄さんみたいに雷の魔術が使えるようになったんだから」
なんたるポジティブ。
でも話を聞くと生きるか死ぬかのぎりぎりまで追い詰められて覚醒したような状況だ。
弟が新たな力を身につけたのは確かに喜ばしい。
でも兄としては申し訳なさで一杯である。
クロアを撫で撫でしながら反省していると、何かが脛のあたりに触れる。
見下ろすとそこにいたのはプチクマで、おいっす、と手をあげたあと、あっち見ろ、とばかりに腕を伸ばした。
なんだろうと顔を向けると、そこには若いエルフの女性がにこやかにこちらを眺めていた。
「クロアは本当に頑張ったからな、よく褒めてやれよ、お兄ちゃん」
「え……? あ、はい」
「あ、兄さん、紹介するね! この人がぼくたちをここまで連れてきてくれたリーセリークォートさん! 魔法でね、空を飛んでここまできたんだよ!」
「なぬ!?」
リーセリークォート?
ちょっと若い……、いや、若すぎるんでは!?
「私がお目当てのリーセリークォートだ。気軽にリィと呼んでくれ」
リーセリークォート――リィはそう言って軽く手を挙げる。
想像していたのとずいぶん印象が違ってちょっと戸惑う。
「ど、どうも初めまして。クロアの兄です。弟と妹を保護して頂き、ありがとうございました。本当にありがとうございました」
「うーん……」
おれが礼を言うと、リィは腕組みして首を捻る。
「どうしました……? あ、お礼ですか。さすがにお菓子ではないでしょうし……、どのようなものを好まれますか?」
「いやいやいや、待った待った。固い固い。もっと気軽に。私はお前にとっては婆ちゃんみたいなもんだろ? まあできれば姉ちゃんくらいの感じでいてくれると嬉しいが」
「ね、姉さんですか……」
「そうだ。あと礼なんていらん。孫を助けただけなんだからな」
「では……、えっと……、何か気になったんですか?」
「大したことじゃないよ。お前がクロアやセレスとはまた違って礼儀正しいなと思っただけだ。リセリーの奴、あれで案外子育てに才能でもあったのか……?」
……あったのか?
英才教育が過ぎて産婆のハンサ婆さんに怒られてたが。
「いや、そうか、そもそもはお前から、か。まあそのあたりはリセリーが戻ったら聞けばいいし、今は置こう」
「あれ? 母さんもここに?」
「リセリーは昨日の早朝にこの里に飛んで来て、事情を説明したあとお前達を捜しに飛んでいったらしい。そのうち戻って来るだろ」
じゃあ、この里の一番乗りは母さんだったのか。
これで行方不明なのはミーネとコルフィーの二人だ。
妖精たちの捜索に期待しよう。
△◆▽
もっと再会を喜び合いたいところだったが、先に首長の元へ滞在させてもらうための挨拶に伺うことにした。
その間、クロアとセレス、それからバスカーはリィに任せることに。
「こいつが元バスカヴィルだと……? くっ、なんという可愛らしさだ、抗えん……!」
それからリィはバスカーを撫でるのに夢中になる。
バスカーもリィに撫でられてご満悦だ。
子犬もいいけど、クロアとセレスの面倒も見てあげてね?
おれとシアは三人と一匹を残し、首長の家――里一番の大木、そのもっとも高い位置にあるツリーハウスへ向かう。
そんな場所に家があるというのは、おれとしてはわくわくよりも恐怖が強い。
うっかり落下とかしないのか?
泥酔とかしたらかなりヤバそうだが。
うちの父さんは住めないな。
「ご主人さま、クロアちゃん頑張りましたね」
木の幹に巻き付くように伸びる螺旋階段を上る途中、ふとシアが言う。
「ああ、クロアは頑張った」
「女王は許せませんね」
「ああ、女王は許せない」
元々ただじゃすまさないと思っていたが……、正直まいった、クロアが危なかったと知ったことで、もうどうしてやったらいいかわからなくなってしまった。
「おれの貧困な発想では、この怒りに見合う報復を想像することができないのだ……」
「考える楽しみというのもありますから、どうするかは後にとっておきましょう。ひとまず森を脱出、それから女王を引きずり下ろして……、ふふ、それからゆっくり考えましょう」
「そうだな、そうしようか」
おれもシアも笑顔であったが、内心ブチキレている。
キレすぎてもうよくわかんなくなってしまい、笑顔なのである。
不思議なものだ。
激怒、激昂、赫怒と、怒りを表現する熟語はだいたい激しさの意味を伴うのだが、この今のおれの状態を表すような言葉はあるのだろうか?
「にこにこぷん?」
「シアさんや、それは違う。だいぶ違う」
例えそうだったとしても、そんな表現は使いたくない。
話ながら階段を上りきり、やっと首長の家へと辿り着く。
シアは平気そうだがおれはちょっとつらかった。
首長は元ルーの森の首長であり、女王イーラレスカの前任者、そして父親であった。
何故『王』ではなく『首長』なのか気になったが、本来エルフは『首長』の方が正式で、普通は『王』や『女王』は使用しない。にもかかわらずイーラレスカが『女王』を使用していたのは、ただその方が自分に相応しいからという理由からだった。
由緒を求めるくせに、伝統無視かよあのオバさん……。
「あんのバカ娘がご迷惑をおかけしとります。誠に申し訳ない」
首長はすげえ普通そうな爺さまエルフだった。
おれが不思議に思っているのを察してくれたのか、その辺りのことも説明してくれる。
元は首長も懐古主義のエルフだったらしい。
そもそも首長やイーラレスカのキケロー氏族自体の考え方がそちらへ傾倒しており、推し進める派閥だった。
しかし、イーラレスカの暴走によって自分たちが切り捨てられる立場となったとき目が覚めたとのこと。
自分たちの考え方の結果がこの有様。
一気に脱力し、考え方が柔軟で穏やかになったそうだ。
まさに人のふり見て我がふり直せ、である。
それからおれたちは首長と話し、里で生活する許可を貰った。
首長は出られない同士仲良くやろうとすんなり受け入れてくれた。
そればかりか空き家を貸してくれ、足りない物も用意できる物であれば提供してくれるようだ。
こちらはお返しに不足している塩、及び調味料を提供することに。
森の中、どうも塩が不足する。
リィは妖精鞄にある程度物資を入れてあったようだが、閉じ込められた人々に十年近く行き渡り続けるような量はさすがに無かった。
「ここに居るのは年寄りばかりで活気がありませんでした。こう言っては失礼なのですが、貴方がたのような子供が来てくれたのは素直に嬉しいのです」
昔は残念な人だったのかもしれないが、今は穏やかで気のいいお爺ちゃんである。
懐古主義派の者たちは封じ込められた最初こそ騒いだが、今では諦念に達して穏やかに暮らしているそうだ。
首長との対面は挨拶と、閉じ込められた者同士、互いに協力できることはしましょうという穏便なものになった。
実はちょっと肩すかしだったが……、まあ受け入れてくれるならそれにこしたことはない。
おれとシアは首長の家を後にし、それからクロアとセレスの所へ。
相手をしてくれていたリィに首長との話を伝えると、主に塩と調味料のことで凄く喜ばれた。
「リセリーに魔導袋を贈っといてよかったぜ。クロアとセレスに聞いたんだけど、お前たち料理の腕前かなりのものなんだってな。……できた料理、持ってたりする?」
「ええ、ありますよ。ちょっと早いですが昼食にしましょうか?」
「お、じゃあそうしよう」
すんなり提案に乗るリィは平静を装っているようだが、顔がちょっとにやけてしまって嬉しさを隠しきれていない。
「兄さんの料理ー!」
「ごしゅじんさまのー!」
クロアとセレスは素直に喜んでくれる。
二日もひもじい思いをさせたからな、いっぱい食べてくれ。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04




