第40話 7歳(春)…奴隷2
「いやいやいや、どうもどうも、危ないところを助けていただきまして、ありがとうございました。まだ幼いながらもたいへんな導士様でいらっしゃる」
おれが後悔していると、ブレーメン三段合体の二段目をやっていたおっさんが小走りでよってきてへこへこ感謝した。
「〝いやべつに――〟――いやべつに助けたわけじゃない。ただちょっとイラッとすることがあったから、つい見境なく攻撃してしまっただけだ。感謝されるようなことはない」
「またまた、ご謙遜を」
謙遜なんて微塵もないんだけど……。
「わたくし、奴隷商人をやっておりますボワロと申します。先ほどの男たちは、商品であるこの少女に目をつけ、奪い去ろうと因縁をつけてきたのです。このあたりは穏やかで治安も良いと聞いておりましたが、話が正確でなかったのか、それとも昔の話であったのか、なんにしても話をそのまま鵜呑みにするなということですね」
おっさんは奴隷商人……。
ということは、あの腰蓑一丁のガチムチ、そして死神は奴隷ということになるのか。
そう言えばふたりの首には入れ墨のような模様が、ぐるりと首輪みたくついている。となると、あれが母さんから話しだけは聞いていた隷紋――奴隷を奴隷たらしめる魔法の紋章か。
「ボワロよ。我が輩もその少年に挨拶をしてかまわぬか?」
ぬっとガチムチがボワロの隣に立つ。
目の前であらためて見ると本当にでかい人だ。バートランの爺さんもでかかったが、それをさらに一回りでかくして筋肉を追加した……上位互換?
「我が輩の名はダルダン。奴隷である。危うく不本意に果ててしまうところであったが、汝の助力により救われた。感謝する」
「あ、ああ……」
ダルダンはおれの前に跪き、両手をとって頭を垂れる。
その姿は実にさまになっていた。
こうやって跪く動作になれているというか、洗練されているというか。
奴隷なのに妙に迫力があって偉そうだし、もしかしたら元は騎士かなにかで、やむにやまれぬ事情から奴隷になったとか? 見合う鎧さえ纏えば、将軍と名乗っても違和感がないくらい威厳がある。
「ときに少年、我が輩を買い取る気はないか?」
「は? あんたを?」
「うむ。汝は見事な導士である。しかし、それを見抜けぬ有象無象にはただの少年だ。そこで我が輩のような見た目で威圧できる者を側に置くのだ。さすればいらぬ面倒を事前に防ぐことができる。それでも荒事が起きたとなれば、我が輩を盾にするもよし、囮にするもよし、もちろん敵に突撃させてもよし。いかがであるかな?」
唐突な申し出ではあったが、言っていることはもっともだ。大熊以下の奴らならどうとでもなるが、やっかいごとが前もって防げるのであればそれにこしたことはない。
さっきはゴロツキにボコスカとサンドバックにされていたガチムチ――ダルダン。どうしてふたりを自分の上に避難させたかは疑問が残るところだがまあこの際置いておくとして、あれだけ殴る蹴るされても微動だにせず耐えていたタフネスさは尋常ではない。装備を調えてやれば、おれが〈雷花〉で魔物を麻痺させているあいだに殲滅させるという戦い方も期待できる。攻撃力不足が課題だったおれにとって、うってつけの奴隷ではなかろうか。
「んー、いいかもしれないなぁ」
おれがやや乗り気になると、見守っていたボワロがぽんと手をうつ。
「ほっ、ではこういうのはどうでしょう。危ないところを助けていただいたお礼として、こちらのダルダンをあなたにお贈りするというのは」
「贈るって……タダでってことか?」
「はいそうです」
にっこりと笑うボワロを見て、それまで乗り気だった気分がカードをめくるみたいに裏返った。
ジジイが言っていた。
ただより高くつくものはない、と。
そもそも冒険者として活動なんかしないんだから、こんな護衛はいらないし、護衛が必要になるようなところにもいかない。それに一緒に戦ってくれる奴隷が必要になったら自分で捜して自分の金で買う。
おれは身銭をきらずに得られるものを信用しない。
しかし、ここでいきなり立ち去るのもなんなので、この商人がどういうつもりでおれに奴隷を贈ろうとしているのか、ちょっと探ってみようと考えた。
ところが――
「ちょっとまったぁ――――ッ!」
死神が話にわりこんできた。
「ちょっとちょっとなんですか、なんなんですか! この状況でわたしをさしおいてこんな大男に興味をもつとかいったいぜんたいどんなテンプレブレイカーですか! ボケかとおもって突っ込み待機してたら本気で引き取る感じになってきてびっくりですよもう!」
「知らんがな」
死神はぷりぷり怒っていたが、どうでもよかった。
「もしかして導士様は、シリアーナとお知り合いなので?」
「違う!」
「そです!」
おれと死神が正反対の反応だったため、ボワロは困惑して眉根をよせた。
「導士様は違うと仰いますが、シリアーナは導士様の名前を――」
「おれはあんな名前ではない! まかり間違ってそうであったとしても、おれの名を呼ぶような奴は知り合いでもなんでもない!」
「は、はあ……、そうなのですか。実はですね、そのシリアーナ、出所のはっきりしない少々特殊な条件をもつ奴隷となっております。それは誘拐などの犯罪により奴隷とされた者についての規定でして、もし身分の証明ができる身元引き受け人があらわれた場合、奴隷身分から解放することになっているのです。もし導士様がお知り合いであれば身元――」
「いや、知らん。あとこいつの名前を言うのをやめてくれるか。耳障りだ」
「ひでえっ!」
死神は心外そうな顔をしたが、真面目な話をしているところにちょいちょい〝尻穴〟なんぞと聞こえてきては集中が乱れるのだ。
「一応わたしの名前なんですよ!」
「ああ? じゃあおまえ、シリアーナって呼んでもいいわけか?」
「え? あ、も、もちろんですとも! ばしばし呼んでください!」
本気か? なんてことだ、こいつおれより強い魂を持っているらしい。
まあそれはどうでもいいとして、ボワロだ。
「ふむ、シ――、この子がこんなにはしゃぐのを見るのは出会ってから初めてのことです。てっきりお知り合いなのかと思いましたが、ただこの子が気に入っただけというわけですか」
ボワロは顎をなで、少し考えてから言う。
「もしよろしければ、この子を引き取って――」
「いや、けっこう。間に合ってる」
「ちょっとぉぉッ! なんでそこで話ぶったぎるんですか! ようやくあなたの物語におけるメインヒロインが満を持して登場したというのに、どうしてそんなに素っ気ないんです!? それに間に合ってるってなんですか! もっとよく見てくださいよこのわたしを! 今はちょっと薄汚れていますがすごい美少女じゃないですか!」
「だからどうした」
「だからどうした!? ――い、いや、わたしあれですから、恨まれてるのはわかってます。でもわたしめっちゃ美少女じゃないですか? なら普通はついつい見てくれに騙されて優しくしちゃったりするものでしょう? なのにどうしてそんな素っ気ないんです? あれですか? その間に合ってる人ってのは、わたしより美少女ってわけですか!? いったいどんな美少女なんですか、ちょっと想像できませんよ!? 魔物が化けてるんじゃないですか!?」
「おまえが美少女なのは認めよう。だが自意識過剰すぎるな。その人は美人というわけでも少女というわけではない。ただ……とても大らかで快活で頼りになる女性なんだ」
「どこのどいつなんですかそいつは! 名前は!」
「ハンサという女性だ」
「くぅーっ! 許せません! わたしをさしおいてなんてことでしょう! ちょっとそのハンサとかいう女のハウス教えてもらえませんかね! 穏便なご挨拶にうかがいますので!」
「誰が教えるかバカめ! というかおれはダルダンと話してたんだからひっこめ」
「ちょ!? 本気でそっち!?」
死神は放置して、おれはダルダンにもうちょっと話を聞く。
「ちょっと奴隷になるまえのことを聞きたいんだが」
「うむ、よかろう」
ダルダンは大仰にうなずくと、自らの遍歴を語りだす。
「我が輩は偉大な戦士の家に生まれた。恵まれた丈夫な体のおかげか、成人へと成長したときすでに勇猛な戦士として名を轟かせるほどになり、とある王国の誘いを受け、若くして騎士団長をまかせられるほどにもなった。しかし――」
とダルダンは眉間に皺をよせる。
「我が輩の心は渇ききっていた。違う、と魂が叫んでいたのだ。強者との戦いも、血の雨が降るような戦場も、我が輩の渇きを癒すものではなかった。いったいこの渇きがなんなのか、我が輩にはわからなかった。だがある日……」
そっとダルダンは空を仰ぐ。
「幼い――そう、今の汝くらいの幼い王子に剣の稽古をつけていたとき、我が輩はうっかり王子を転倒させてしまった。王子は泣きだし、我が輩を罵りながらぽかぽかと叩き始めた。そしてそのときだ。我が輩のなかに得も言われぬ喜びが生まれたのである!」
ん?
「我が輩は王子のおかげでようやく気づくことができたのだ! 我が輩の魂は幼子に虐げられることを渇望していたのだと! 我が輩は王がとめるのも聞かず、騎士団長を辞めるとそのまま自らを奴隷とした! 幼い少年少女に買い取られ、虐げてもらうために!」
「…………」
ド変態は仲間になりたそうな目でおれを見ている。
ノーサンキュー。
こんなの家にもって帰れるか!
弟に悪影響しかねえし、産まれてくる子にだってそうだ。
どうしてボワロは気前よく商品であるダルダンを贈ろうとしたのか?
いらないものだからである。
「助けた礼は気持ちだけでけっこう! それでは失礼する!」
「ちょ、ちょっとお待ちください、そう言わずにどうぞお受け取りください。なんなら二人まとめてでもよろしいですよ!」
立ち去ろうとするおれの肩にボワロがしがみつく。
「ざけんな! いらんもの押しつけようとしてるだけだろてめえ!」
「そ、それは心外ですよ! これはわたくしの感謝の証! いくら恩人とはいえあまり失礼なことを言われますと訴えますよ! でるとこでてしまいますよ!」
どこにどう訴えて、どこにでるんだこのおっさん。
「いらないならさっきのゴロツキにくれてやればよかったろ!」
「そういうわけにはいかないのが奴隷商なんです! 規定があるんです! 奴隷商人には奴隷の安全と健康を保証する義務があるんです! 果たせなければ聖都からお叱りをうけてしまうんです! なのでどうか、どうかひとりだけでも引き取ってもらえませんか! できるかぎりのお礼をさせてもらいますから!」
「お礼しなきゃいけないほどってどんだけだ!? 女の方もやべえのか!?」
「見た目はすばらしいのですが、魔法でいうところのエナジードレインのような能力を持っていまして、それで買い手をかたっぱしから衰弱死寸前の状態にしてしまうんです。そのため今ではトランプのお婆抜きのように奴隷商人同士で押しつけあってます」
お婆抜き……ああ、クイーン一枚抜いてやるばば抜きか。
「でもあなたなら大丈夫です! これまでもうほとんど出会い頭にいきなり昏倒させていたのが、あなたにはすっかり懐いています! ですよね!?」
「そうです! わたしはあなたに巡り会うのを待っていたのです! ……いや、ホントのところ最初から一緒と思っていたんですが、なんかそういうわけにもいかないらしくて離ればなれだったんですよ。ちゃんとサポートしますから引き取ってもらえませんか? もし引き取ってもらえるなら、な、なんでもしますから……ッ!」
うるうると瞳を滲ませて死神が懇願してくる。
「いや別になにもして欲しくねえし」
「興味なし!? まだクララが立たないからですか!?」
「クララ言うな! あーもーわかったよ。そこまでおれの奴隷になりたいんなら、あと二回会いに来い。そうしたらあれだ、軍師にしてやるから。ちょびヒゲはやして、羽根のうちわパタパタさせながらはわわ敵がきましたーとかなんとか好きなだけ言うがいい」
「いやいやいや〝三顧の礼〟どころかもう会えない可能性大なんですって! というかそれ立場があべこべじゃないですか!」
「あれ、そうだっけ?」
「素!? 突っ込み殺しもたいがいにしてください!」
なんとなく聞きかじっただけだったからな。
物語自体に興味なかったし。
つかあの話って結局どの国が勝ったんだ?
「お願いしますよぉ、イジワルならあとで好きなだけしてくれていいですから、わたしを引き取ってくださいよぉ~、もうあちこちたらい回しにされるのは嫌なんですよ~、よよよ~」
「んー……」
正直な話、本当にいらなかったが……、あちらの知識をもった存在という事実は無視できなかった。それに野に放っておいたらなにをしでかすかわかったものじゃない。ここは仕方なく引き取って、手元に置いておくのが得策なのだろう。
しかしこいつを引き取るとして……、親にどう説明したものか。
ここはボワロにうまい説明をしてもらうべきだろう。
ダメそうならなにか一芝居うつくらいのことをしなければならないか?
意見を聞こうとおれはボワロを――
「……いねぇ!?」
見ようとしたが、そこには誰もいなかった。
おれが死神と話してるうちにこっそりこの場を去ったらしい。
「逃げられた!」
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/10




