第393話 閑話…リィねえさま
「あ、あなたがリーセリークォート? ぼくの母さんの母さん?」
急な対面に驚いたクロアがあらためて確認をすると、エルフ――リーセリークォートは眉間にシワを寄せ、首を傾げた。
「母さんの母さん? おいおい、私は娘なんて――」
と、リーセリークォートは言いかけ、はたと気づいたように目を大きくする。
「あ? ちょ、ちょっと待て。ちょっと待てよな。えー……、えっと、お前……、もしかしてリセリーの息子?」
「はい。クロアと言います」
「本当に!? リセリーの息子!? うおぉ……、あいつに息子かよ……! うおぉ……、息子ぉ……! 息子ぉ……!」
「え、えっと……」
あまりの驚きようで、クロアはちょっと戸惑いながら続ける。
「ぼ、ぼくは次男で、ほかに兄さんと妹がいます」
「三人も子供いるの!?」
「それと家族にむかえた姉さんと妹がいるので、兄姉は五人です」
「さらに引き取った子までいる……!?」
リーセリークォートはとにかく驚き、若干混乱すらしていたようだが、やがて落ち着くと言った。
「――そ、そうか。つまりリセリーが私に会いに来て、それにお前はついてきたわけだな? 家族みんなで来たのか?」
「あ、それはちょっとちがいます。まず会おうとしたのは兄さんで、母さんが一緒に行くことになって、それからみんなで行こうってことになりました」
「兄さん……? なんでまた?」
「リーセリークォートさんが作った腕輪が壊れたので、なおしてもらうためです」
「……腕輪? んんー? 何だろ?」
「神さまの恩恵をつかうための腕輪とかききました」
「……ああ、あれ――、って、はぁ!? あれを使ってる!? あれそもそも神の恩恵がないと意味ないもんだぞ!?」
「兄さんは四つ祝福があります」
「四つ!? 待て、ちょっと待て、お前の兄さんってどうなってんの? 普通じゃねえぞ」
「兄さんはすごいんです」
「うんまあ凄いのはわかるよ。あの腕輪を使うような奴だし。でもあれを使わないといけない状況ってどんなんだ?」
「えっと、エクステラの国にスナークの群れがきて、それを精霊にかえるのにつかってました」
「ごめん意味がわからない」
リーセリークォートは額を押さえながら言う。
「よし、まず順番に考えよう。エクステラでスナークの暴争があったんだな?」
「はい」
「そこにお前の兄さんが行ったのか?」
「はい。呼ばれていきました」
「なんで呼ばれたんだ?」
「ベルガミアでも暴争をおさめたからです」
「ベルガミアでもやったの!? いや、ベルガミアでやったからか!」
「えっと、兄さんは新しいトイレをつくって、それがベルガミアですごく喜ばれて招待されたんです。そしたら暴争がおきて、兄さんはそこでがんばってスナークをやっつけたんです。それでスナーク狩りって呼ばれるようになりました」
「スナーク狩りって……、師匠が未来に託した二つ名じゃねえか。ってことは本当なんだな……。でも新しいトイレってなんだよ……、トイレ作ったお礼に招待されてスナーク討滅ってどういうことだよ……、リセリー、お前の息子わけわかんねえぞ……」
「え、えーっと……」
弱り切った表情のリーセリークォートを眺めることになったクロアだったが、冷静に考えてみると確かに訳がわからなかったので何も言えなかった。
「なんか聞けば聞くほど混乱しそうだな。もっと最初から順番に聞いた方がいいか……。よし、クロア、お前の兄さんのことを順番に話してくれるか?」
「順番にですか?」
「そうそう、どうやって育って、何をやったとか、順番に。わかるところからでいいからさ。さしあたって、まずは名前だな」
「あ……、それはちょっと……」
「なんで言いにくそうなんだよ」
「兄さん、自分の名前が嫌いなので。――あ、そうでした、それが兄さんががんばり始めたきっかけなんです」
「……名前が?」
「はい。兄さんは導名をほしがってるんです」
「あ……。あー、なるほど、そういう……」
ひどく納得がいったようにリーセリークォートは頷き、そして考え込む。
「……師匠と同じか……」
「リーセリークォートさん……?」
「ん? ああ、悪い悪い。ちょっと気になってな。あ、あと私のことはリィでいいからな」
「あ、はい。では……リィさん?」
「ああ、それでいい。さて、お前の兄さんのことをじっくり聞くのは時間がかかりそうだから、まずは……」
リーセリークォート――リィはイノシシに指を向け、一言。
「フリーズ・アロー」
放たれた小さな冷気の矢はイノシシに突き刺さると、その巨体を一瞬で凍結させた。
「これでよし。こいつ私が持つな」
リィはイノシシに近寄ると、腰につけていた鞄を外して近づけ、その内部へと収めてしまう。
魔導袋だ、とクロアはちょっと羨ましく思う。
「じゃあクロア、これから森に放りこまれた連中が暮らしてる場所に連れていくよ。話はその道すがら聞くから」
「あ、待ってください。べつのところに妹がいるんです」
「なぬ? そうか、じゃあ迎えに行かないとな」
「はい」
「なるほどなぁ、妹のためにもイノシシを狩ろうとしてたのか」
リィは感心してクロアの頭を撫でる。
「偉いな、お兄ちゃん。よく頑張った」
「あ、えっと……、ありがとうございます」
本当は芋を掘っていたら寄ってきてなし崩し的に戦うことになってしまったのだが、わざわざそれを説明するのもなんなので、クロアは大人しく褒められておくことにした。
△◆▽
「ちっこいリセリーがいるーッ!?」
クロアがリィを連れて拠点に戻ってくると、セレスはアークを抱え、木の根に腰掛けて退屈そうに足をぱたぱたさせていた。
そんなセレスを見たリィは度肝を抜かれた様に叫んだ。
どうやらセレスはリィが驚愕するほど幼い頃の母に似ているらしい。
リィが急に大声を出したので、セレスは何事かとビクッと驚いた拍子に根から転げ落ちた。
抱えられていたアークはセレスがバランスをとろうと腕を振ったため、投石機にセットされた岩みたいに勢いよくどこかへ飛んでいった。
「あ、セレス!」
小走りに駆けより、ひっくり返っているセレスを起こしてやる。
セレスは突然の事にちょっと混乱しているようだったが、クロアの顔を見るとすぐにひしっと抱きついて来た。
「にいさま、おそいです! まいごになってるのかとおもいました!」
「ごめんごめん」
予想外のことがあり、時間がかかってしまった。
セレスは寂しい思いをして待っていたのだろう。
「これからは一緒にいるからね」
「ほんとうです?」
「うん、本当。あと、これから人のいるところに行くからね。あの人が母さんのお母さん。リーセリークォート。リィさんだよ」
「リィさん?」
セレスはきょとんとしてリィを見るが、リィは声をあげた場所から固まったまま動いていない。
クロアが手を引いてリィの前に連れていくと、セレスはスカートをつまみ、ちょんとお辞儀。
「はじめまして。わたしはセレスです」
「……そ、そんな……、リセリーそっくりなのに礼儀正しい……、おいクロア、礼儀正しいぞ……!?」
「いや、あの……、母さんは礼儀ただしくなかったんですか……?」
「拾って育て始めた頃はそりゃあもうこましゃくれたガキだった。私が何か指示するとチッて舌打ちしてめっちゃ睨んできてた。あとすぐ怒って殴りかかってきた。物凄い野生児だった。ってか野宿してる私をリセリーが襲撃してきたのが出会いだったからな」
「か、母さん……!?」
母のあまりの行いに、さすがに唖然とする。
するとその様子を見たリィはまずいと思ったか、慌ててフォローにはいった。
「ま、まあこれくらいの幼さで一人生き延びてた奴だからな。それくらいの逞しさは必要だったんだよ、うん。それに慣れてきてからは大人しくなったぞ。大人しくなったって言うか、獣からやっと人になったって言うか……、ははは」
カラ笑いをしたあと、リィはセレスに言う。
「私はセレスのお婆ちゃんみたいなもんだけど、見た目はまだ若いからな、親戚の姉ちゃんくらいの気でいればいいぞ」
「はい。リィねえさま」
にこっとセレスが笑う。
「うわぁ……、可愛いな。撫でていい?」
「ぼ、ぼくに聞かれても……、セレス、撫でていいかって」
「はい。どうぞ」
「うわぁ……、リセリーリセリー」
「セレスですよー?」
リィにはセレスが幼い頃の母に見えて仕方ないらしい。
「リィねえさま、リィねえさま」
「ん? なんだ?」
「あの……、おみみさわっていいですか?」
それを聞いてリィが目を丸くする。
「だめですか?」
「ああいや、触ってもいいぞ。ほら」
リィがしゃがみ込んでセレスに尖った耳を触らせる。
「リセリーが懐いてきたときに同じことを言ったんだ。それでちょっとびっくりしてな。はは、くすぐったいな」
母の母ということもあり、セレスはすんなり打ち解けていた。
「これから私が暮らしてる所へ行くからな」
「がんばります」
「いやいや、頑張らなくてもいいぞ。私が抱えて飛んでいくから。セレスは空を飛んだことなんてないだろ?」
「たくさんあります」
「あるの!? たくさんって……、あ、リセリーか」
「かあさまじゃなくて、りゅうのひとにのせてもらいました」
「竜……!?」
どういうこと、とリィはクロアを見る。
「兄さん関係で……」
「また兄ちゃんか……」
どうなってるんだ、とため息をつき、うつむいたリィはそこで足元まで来ていたアークを見つける。
アークは「おいっす」と手を挙げて挨拶した。
「なんだこれ!?」
リィが驚愕すると、それにはセレスが答えた。
「このこはアークです。まどうぐです」
そうそう、とアークが頷く。
「いやいやいや、これ魔道具じゃないよね?」
さすがにリィは誤魔化されず、クロアを見る。
「あー……、はい。兄さんが誰かにきかれたらそう答えるようにって言っていたんです。本当は兄さんが作ったぬいぐるみで、精霊がはいって動かしています」
「精霊!? どっからそんなもんが来たんだ!?」
「えっと、それを話すとまた話すことがふえていくので……」
「お前の兄ちゃん本当にどうなってんだよ」
「すいません……」
「あ、いや、怒ってるわけじゃないんだ。ただあまりにも色々とめちゃくちゃで私も混乱してるんだ。すまんすまん」
苦笑いを浮かべつつ、リィはアークを拾いあげるとまじまじと観察。
アークは恥ずかしがるように両手で顔を隠した。
「……え、えっと、もしかしてまだこういう不思議なのいたりする?」
「おうちにいっぱいいます。おるすばんです」
「い、いるんだ……。こっちに来てるのはこいつだけか?」
「はい。アークだけです」
「そうか」
セレスの話にリィは少し安堵の表情を見せる。
「ほかにきてるのは、かあさまと、とおさまと、ごしゅぢんさまと、ねえさまと、いもうとと、わんわんです」
「リセリーとその旦那と姉と妹だな。御主人ってのは?」
「にいさまです」
「兄なのに御主人なのか?」
「ねえさまがごしゅぢんさまってよぶから、セレスもよびます」
「よくわからんな……。それでわんわんは犬か」
「バスカーってなまえです。いつもはこれくらいので、おねがいするとこーれくらい大きくなってセレスののったリヤカーをひいてくれます」
「それ犬じゃなくね!?」
どういうこと、とリィが見てくるので、クロアは簡単に説明する。
兄が倒したバスカヴィルが精霊になり、それが今は犬の姿になっている、と。
「なあクロア、お前の兄ちゃんどうなってんだ? 普通なところは無いのか? いやわかる。私も師匠がアレだったからよくわかる。でもこれに関しちゃお前の兄ちゃん師匠をぶっちぎってんだよ。だから聞かずにいられない。どうなってんだ?」
「兄さんだなーと」
「あ、やっぱそういう感想になるか。私もそうだった」
リィは少し懐かしむ様に言う。
「それで兄ちゃんがイーラレスカを怒らせて転移させられたのか?」
「それはシア姉さんが」
クロアは覚えてるかぎりのことをリィに説明する。
そしてシアが言いはなった「今のお前が一番醜い」との言葉を聞いた瞬間――
「ぶははははは!」
リィは大笑いを始めた。
「お前の姉ちゃん最高だな! あ、あいつに醜いって言い放ちやがったのか! そりゃ激怒するわな! あははははは!」
リィは腹を押さえていたが、やがて体勢が保てなくなって地面に転がる。
それでも笑い続ける。
するとその様子を見たセレスが言う。
「かあさまそっくりー」
「あ、そう言われるとそうだね」
おそらく母さんにそっくりなのではなく、母さんがそっくりなのだろうな、とクロアは思った。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/16
※セレスが竜に乗って空を飛んだ回数を修正しました。
2回(すでに間違いで実は3回)から「たくさん」に。
ただこれは機会が3回あったということで、何回か飛んでもらった、という状況もありえます。
そこで「たくさん」に変更しました。
ご指摘ありがとうございます。
2019/04/12




