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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
6章 『深緑への祝福』編
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第392話 閑話…お兄ちゃん頑張る

 翌朝、クロアはプチクマにセレスを任せ、食料を探すべく避難所の周囲を探索することにした。

 昨晩、眠りに落ちる前に考えた結果、ここに留まるにしても、移動するにしても、ある程度食料を確保しておく必要があるという結論に達したのだ。

 現在保持している食料をセレスに全部与えてしまうのはかまわない。

 ただ、クロア自身も活動を続けられるくらい食事を取ることをしなければ、数日後には共倒れ、という結果が待ち受けることになる。


「ぼくも兄さんの鞄みたいなのがあったらなー……」


 呟いてみるが、英雄の兄だからこそ所持することが相応しい品なのであって、自分では分不相応なのだろうとクロアは思う。

 それからクロアは森を歩きまわって食べられる野草を集めていった。

 生で囓れるものもあったが、ほとんどはアク抜きなど手間をかけ、それから火を通さないとまずくて食べられないものだ。

 理想としてはそのまま食べられる実をつけた木を見つけたいところだが……、そうそううまく事は運ばない。

 しかしそれでも芋のツタを見つけられたのは幸運だった。

 大きなものなら数日分の食料になるだろう。

 ふと思い出したのは去年の秋。

 ベルガミアのユーニス第二王子と一緒になって芋掘りをした。

 兄がその芋で作った料理はこれまで食べたことのないものでとても美味しかったが……、あれをここで再現するのは不可能だろう。

 せいぜい焚き火で焼くか、埋めておいて蒸すか。

 クロアはツタを辿り、芋の場所を特定するとさっそく地面を掘り始めた。

 まだ幼いクロア、一人で掘るのはなかなかの重労働。

 休憩を挟みつつ、ひたすら、黙々と芋を掘っていく。

 しかし――


「……?」


 ふと、物音に気づく。

 音の方へと顔を向けると、そこには肥え太った大きなイノシシが。


「え」


 うめき、凍りつく。

 イノシシは嗅覚に優れる。

 断たれたツタからの草の臭いと、掘り返された土の臭い。

 それをかぎつけ、食べ物があると判断して横取りしにやってきたのだろう。

 イノシシはすぐに襲いかかってくることはせず、数歩の前進と後退を繰り返してクロアを威嚇し始めた。

 引き下がれば襲ってまではこないか……?


「(でも、食料が……)」


 せっかく掘った芋を捨てていくのは惜しい。

 これは自分だけでなく、セレスの口にも入るものだ。

 それに――


「(あいつを仕留められたら……)」


 もしあのイノシシを倒せたら、当分食料には困らなくなる。

 自分に仕留められるか……?

 クロアは逡巡する。

 一人で野生の獣を狩ったことはあるが、自分よりも大きな相手となれば話は別だ。

 もしイノシシの突撃を受けたら自分はあっさりと弾き飛ばされてしまうだろう。

 いや、それだけですめばまだいい。

 イノシシには上下に牙が生えており、口を閉じるたびに擦れ、下の牙は鋭く研がれるようになっている。相手を攻撃する際、首を下げることでこの牙を槍のように構え、人が思い切り走るくらいの速度で突撃、そしてしゃくりあげる。

 するとどうなるか?

 大人であれば牙で太ももを抉られ、動脈をやられて失血死しやすくなる。

 では子供であれば?

 おそらく腹を裂かれ、抉られることだろう。

 イノシシと聞けば思いつく突進攻撃だが、実際はただの体当たりではないのだ。

 それに太い首を振っての叩きも人をなぎ倒すに充分な脅威があり、転倒したところに噛みつかれようものなら肉を食いちぎられる。

 イノシシは大人の狩人が狩るべき獣であり、素人や子供が手を出すべき相手ではない。

 クロアはそのことを知っていた。

 突如として現れた大イノシシを前に、恐慌をきたすことなく『退くべき』という冷静な判断を下せるクロアはそれだけで立派なものだったが、その判断をよしとしない意志も同時に存在した。

 それは、自分は『あの兄の弟である』という意地だった。

 と、そのとき、威嚇を続けていたイノシシがとうとうクロア目掛けて突撃してきた。


「――ッ!?」


 クロアは咄嗟に横っ飛びで躱し、身を捻って前転。

 その勢いで体勢を整えながら立ち上がり、即座に剣を抜く。

 まだ覚悟が決まらないうちに戦いが始まってしまったことに、クロアは自己嫌悪に似た苛立ちを覚えた。

 それは出会ってすぐに覚悟を決めていたら、もっと有利な状態で戦うこともできたという後悔だ。

 しかし戦うしかないと覚悟が決まった瞬間、クロアは急速に目の前の現実に即した判断、思考を獲得していく。

 自分が剣のみで仕留めるのはまず不可能。

 ならば雷撃を付与した剣で攻撃をくわえ、麻痺したところで足を斬る。その重い体躯を支える足を一本でも失えば、もうイノシシはそれほど恐ろしい相手ではなくなる。

 あとは木と剣で槍を作り、離れてとどめを刺せばいいのだ。


「エンチャント・サンダー!」


 発動句による即発で剣に雷撃を付与。

 完全に興奮したイノシシはバチバチと音を立てる剣を前にしても恐れることなく再び突撃してきた。

 クロアは突進を躱しながら、イノシシに剣を当てる。

 雷撃の宿った剣、相手を制するのに斬撃の威力は必要とせず、ただ相手に当てるだけで事足りる。


「フギィィィッ! フギフギ! フギギィィィィッ!」


 雷撃によってイノシシは転倒し、激しく悶える。

 ちゃんと効果がある。

 クロアはさらに追撃を行おうとした。

 が――


「フギギィッ!」


 倒れたイノシシが苦し紛れに鼻先で地面の土を跳ねあげる。

 本来であれば牽制にもならない行動だが、クロア目掛けて飛んで来たのは人の頭くらいある土の塊だった。


「な――」


 クロアは咄嗟に剣を盾にしたが、塊は岩のように固く、剣を弾き飛ばされ尻もちをつくことになった。


「(イ、イノシシが魔術――!?)」


 獣の中には魔術が使えるものがいるとは聞いた。

 しかしまさかここでその獣――魔獣に遭遇してしまうなど。

 予想もしなかった事態にクロアは動揺、冷静さを欠く。

 立ち上がろうとするが、慌ててしまってなかなか立ち上がれない。

 そこにイノシシが向かってきて、クロアの足に噛みついた。


「――――ッ!?」


 悲鳴を上げることも出来なかった。

 激痛と喰われるという恐怖に。

 混乱のなか、クロアはふいに想った。

 妹を、兄を。

 それが、この危機において抗う理由となった。

 妹が帰りを待っているという、諦められない理由。

 兄の世界はこんなもんじゃないという、諦めたくない理由。

 でも――剣が無い。

 武器がない。

 拳じゃ足りない。

 なら何か。

 他に何か。

 今の自分にできる、何か!


「――――――ッ」


 それは稲妻のような閃きだった。

 自分が喰われそうになっているという極限状態のなかで辿り着いた――、辿り着くことが出来たそれは――


「魔女の――」


 憧れを模倣したクロアだけの魔術。


「滅多打ち!」


 足に食いつくイノシシの顔に拳を叩き込む。

 殴りつける威力など知れたもの。

 だがその攻撃によって雷撃がイノシシに宿った。

 付与――、その変型。

 モデルにした兄の魔術とはまた違う、相手に撃ち込む攻撃魔術。

 クロアに先天的な魔術の才能はなかった。

 しかし幼少期、兄の微弱な雷撃のピリピリする感触が気に入り、よくそれで遊んでいたクロアは、その微弱な神撃の雷が影響したことで後天的な魔術の才能を獲得していたのだ。

 雷撃は帯電しつつバツンバツンと何度も何度も爆ぜ、イノシシはたまらずクロアから離れると、のたうち暴れ回った。

 やがてイノシシは横倒しに。

 まだ弱々しく藻掻いているが、もう襲ってくるほどの力は残されていないようだ。


「はぁー……」


 クロアは大きく息を吐く。

 倒せた、という安堵。

 だがそれにひたっている場合ではなく、クロアは足の傷を確かめる。

 脛の傷の出血がひどい。

 クロアは鞄からポーションを取り出し、半分は傷にかけ、もう半分は飲んだ。ひどく喉が渇いているからか、ほんのり甘いポーションはびっくりするくらい美味しかった。

 少し安静にしていると傷はだいぶ癒え、ちゃんと立って歩けるくらいにまで回復。

 イノシシは倒れたままで、起きあがる気配はない。

 あとはとどめを刺すばかりだが、それからがまた一仕事だ。

 血抜きをして、内蔵を抜き、そのあと水場で冷やしたいところだが近くにそんな場所はなかったのでこれは諦める。


「はこべる大きさに解体して、何回か往復して、そのあと煙で燻して……、うわぁ……、やることいっぱい……」


 この後のことを考え、クロアはちょっと憂鬱に。

 するとそのとき――


「おいおい、お前がやったのか?」

「――ッ!?」


 声をかけられ、思わずびくっと身をすくめる。

 見ると、そこには若い――、まだ少女の面影が残るエルフの女性がいた。ほんのりと赤みのある金髪をしており、細く繊細な顔立ちをしている。ただ表情が気怠げなため、やさぐれた感がでてしまってせっかくの美しさをやや損なっていた。見た目の年齢はミリメリア姫くらいだが、エルフなので実際の年齢となるとクロアにはまったく想像がつかない。


「おっと、そう警戒しなくてもいいぞ。イノシシの鳴き声が聞こえてきたから、何かと戦ってんのかなって来てみたんだ。イノシシとその戦ってる奴、まとめて仕留めればしばらく肉には困らないなーってウキウキしながらな。そしたらこれだ。お前まだちっこいのにやるな」


 エルフは微笑みながらクロアを褒める。


「お前、自分からここに来たわけじゃないよな?」

「う、うん。気づいたら森にいて……」

「だよな。やっぱイーラレスカか。あのババア……、こんな子供まで送り込むとかいよいよ狂ったか。ってかなんでお前、ルーの森になんて来たんだ? 近くの人里の子供か? 薬草集め?」

「ううん、ぼくはザナーサリーから来た……、来ました」

「ザナーサリー? ずいぶん遠いけど、そんな所からわざわざこんなクソったれな森に何しに来たんだ?」

「えっと、人に会いに」

「人? 誰?」

「リーセリークォートって人です」

「……え? 私?」

「え?」


 二人はきょとんと顔を見合わせることになった。


※誤字脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/21

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/31

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/04


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