第391話 13歳(夏)…妖精の輪
バスカーが捕まえてきた妖精は名をピネといった。
そのピネが言うには、ここで自分が勝手に妖精を総動員しての捜索活動を引き受けてしまったとしても、報酬にお菓子がたっぷり用意してもらえるなら問題はないらしい。
妖精ってそんなにお菓子が好きなのか?
お菓子なら妖精鞄にまだまだあるし、足りなければ作ればいい。
これくらいのことで皆の捜索を請け負ってくれるなら安い物……、って本当に安いな。
それからおれは転移させられた者の名前や特徴を説明することになったのだが、その流れで――
「おめえロークの息子かよ!」
ピネが父さんと知り合いなことが判明した。
わかったとたんピネはゲラゲラと大笑いを始め、力が抜けたのか殺虫剤にやられた羽虫みたいにへろへろ地面に落下した。
「ま、まったくよぉ、家族みんなで遭難中とかなんだそれ! あいつらしいっちゃあいつらしいけどさ!」
ピネは落下してからもジタバタ笑い転げる。
「ご主人さまー、ピネさん、お父さまと知り合いみたいですね」
「そういや、ちっちゃな頃に父さんから妖精に会った話を聞いたことがあったな……」
かなり昔の話で今まで忘れていた。
そんなおれの呟きに、ようやく笑いが収まったピネが言う。
「おう? どんな話だ? 聞かせてみろよ」
「わたしも興味ありますね」
「えっと、確か森に迷い込んだら自分たちを捕まえようとする奴らに困っている妖精たちと出会って、流れで助けたり助けられたり? 妖精を捕まえようとしていた奴らは最終的に森の主であるアースウォームの餌食になったものの、意外と抵抗したせいでアースウォームが怒り狂って大暴れ、結果、森が滅んじゃって、結局めでたかったのかめでたくなかったのかよくわからない話だった」
「それだ。それそれ。あたしらあたしら」
「じゃあそっちの森からみんなでこっちに移住してきたのか?」
「全員じゃねえな。ある程度の数に別れて、それぞれ新天地を探しに旅に出た。あたしらは三十くらいの組でこの森に住み始めたんだが、なんか封じ込められて出られなくなってるんだ」
「封じ込められて出られない?」
「おう。お前らも出られないぞ」
「え、そうなの?」
「あれま、これは困りましたね」
「うーん……」
確かに困った問題である。
しかしまずは捜索が先、脱出についてはそれから考えよう。
「よっし。急ぐんだろ? ならまずあたしは里へ引き返してお前らのことを他の連中にも伝えるよ」
「その里って、おれたちが行っても平気かな?」
「平気だろ。里の連中は呑気なもんだから歓迎してくれるんじゃね?」
旧エルフの里は新エルフの里よりも大らかなのか。
いや、新エルフの里がおかしいだけなのだろう。
「じゃあ後で案内もお願いしたい。でもまずは捜索の要請を頼む」
「ああいいぜ。ただ、そうだな……、ちょっと前払いみたいな感じでお菓子なんかちらつかせて、さらに後で好きなだけくれるってんなら全員必死になって捜すんじゃねえかな? ま、ロークの家族ってだけでも頑張って捜すだろうけどさ! はは! あいつに子供か!」
ピネはよほど父さんが父親になっているという状況が面白いらしい。
「ご主人さま、わたしがご主人さまとバスカー抱えて、ピネさんに付いて里まで行くというのはどうでしょう?」
「あ、それでもいい――」
「いんや、それは無理だぜ」
と、良さそうと思われたシアの提案はすぐに却下されてしまった。
「なるべく急ぐんだろ? あたしは門で里に帰るけど、お前らはくぐれないから。門なしで里に戻るとなるとけっこう時間かかるぜ?」
「門……?」
「あたしら妖精が使う、違う場所に通じる門だ。お前らの精霊門みたいなもんだよ。いや、みたいって言うか、あれあたしらの門を真似して拵えたもんって聞いたな……」
ほほう、それは興味深い。
「あたしら、ここから抜けだそうと考えてる奴に協力しててさ、森の調査もしてるんだ。けど、たまに空間が捻れた場があって強制的に迷子にさせられるんだよ。だから里に帰るためにも門は必要で、かなりの数が森のあちこちにある」
「ピネさん、外に通じる門はあったりしないんですか?」
「無いんだなーそれが。あればよかったんだけどなー」
用意することも出来たらしいが、妖精たちの感覚――習性ではまず本拠地を決め、そこを中心として門を用意するものらしく外部には作っていなかったとのこと。
「じゃあピネはその門から一旦里に戻って、捜索のお願いを仲間に伝えてからまたこっちに来てくれるってことか?」
「おう、そういうこと」
「その門、ここに作れない?」
「作れるけど何日もかかるぜ?」
「あ、そんな簡単なもんじゃないのか」
「そりゃそうよ。門にする枠はどうにかなるが、そのあと儀式があるからな。そこに時間がかかるんだ。門になれー、門になれーって」
「そ、そうか……」
聞く分には簡単そうだが……、おそらくそれは魔術儀式に分類されるもの、きっと凄く頑張って祈るのだろう。
「じゃあおれたちもその門までは行こう」
「あ、そだな。そうしてくれるとこっちに戻る手間が省ける」
こうして話がまとまり、まずは妖精たちが使う門の場所へ向かうことになった。
なるべく急ぎたいため、ここはシアにちょっと頑張ってもらう。
シアは背中に縄で縛り付けたおれ、右手にピネ、左手にバスカーという状態で、妖精の案内に従って門を目指す。
シアはかなりの速度で森を駆け、日が暮れ、森が急速に暗くなり始めた頃に件の門へと到着した。
門は地面に生えた草花とキノコで形作られた輪――いわゆる妖精の輪だった。
「よし、じゃあちょっと行ってくるぜ」
「あ、これ、報酬の前払い分」
「おおっと、そいつを忘れちゃいけねえな!」
おれはハンカチにたくさんのクッキーを包んでピネに渡す。
ピネよりも大きな包みになったが、それくらいなら問題ないのかピネはぶら下げて妖精の輪へとするする沈んでいく。
「話がついたら戻って里に案内すっから。まあ待っててくれよ」
そう言い残し、ピネは輪の中に消えた。
妖精が子供を連れてっちゃう話って、こういうのがあるからかな?
それからおれとシア、バスカーはピネが戻るまでの待機。
「よーしバスカー、よくピネを捕まえてきた。お手柄だぞ」
「わん! わんわん!」
ピネが居る前では大っぴらに褒めてやれなかったので、ここぞとばかりにバスカーを褒め、これでもかと撫で回した。
まだ事態が解決したわけではないが、状況を打開するための有効な行動を起こせたことで心の余裕も少し生まれる。
「落ち着いたつもりだったんだが、やっぱちょっと動揺が続いていたみたいだな。リーセリークォートが里にいるかどうか聞くの忘れてた」
「あ、そうですね。居てもおかしくないですからね」
どうしておれたちはルーの森へ訪れたのか、そこにピネが疑問を持って尋ねてきていたら流れで喋っていただろうが、あいつその辺りのことはまったく無視だったのでそのまま話が進んでしまった。
「ピネの話がリーセリークォートにまで伝われば……、うーん、母さんの名前だけで母さんが来てるってわかるかな? もしかしてとは思うだろうからきっと捜索も手伝ってもらえ……、あ、ダメか」
「へ? どうしてです?」
「だっていい歳だぞ。シャロ様の弟子なんだから」
「――あ、そうですね。エルフだから若いままのイメージでした。もしかしたらもうお婆ちゃんになってるかもしれないんですね」
「そういうことだ。やっぱり捜索は妖精たちに期待するしかないみたいだな。ひとまずピネが戻ったらそのあたりのことを聞いてみよう」
「ですね」
それからおれとシアはピネの帰還を待ちながら軽食をとった。
真っ暗になった森の中で、魔道具の照明を眺めつつさらにピネの帰りを待つのだが……、なかなか戻らない。
「……なんか遅くね?」
「んー……、そろそろ戻って来てくれてもいいと思うんですが……」
「まさか前払い分のお菓子食べてて遅れてるとかじゃねえよな?」
「そ、それはどうでしょう……」
さすがにそれはないか、と思ったところ、タイミングを計ったようにピネが妖精の輪から飛びだしてきた。
「わりーわりー、お菓子の奪い合いで大混乱になってさ、そのあと誰がお前らを里に案内するかでケンカになって遅れた!」
「「……」」
妖精たちに任せて大丈夫なのか心配になってきた……。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04




