第386話 13歳(夏)…どうしてこうなったか
ルーの森への家族旅行。
おれと母さんが妖精鞄持ちということもあり、荷物を厳選する必要がなかったので準備はすみやかに行われる。
しかし、みんな手ぶらで旅行というのは周囲からしてみれば妙に映るもの。
そこでそれぞれすぐに使う道具を入れた鞄を持つことになった。
「ごしゅぢんさま、セレスはなにをもっていくんですか?」
「セレスは何も持って行かなくていいんだよ?」
「なんにも? セレスなんにも……」
「あれ……?」
どうやら自分だけ手ぶらなのは仲間はずれのような気がしてしまうようで、セレスはしょんぼりしてしまう。
「なんですかご主人さま、気の利かない。ほら、ほら」
「お、おう……」
なんかシアが湧いて怒られた。
そこでおれはセレスのために遠征セットを考案。
腰に取りつける小さな鞄に、少々のお金、高級ポーション、飲料水と非常食にもなるおやつを詰めこんだ。
非常食は元の世界の総合栄養食をモデルに作ったもので、ひとまず名前をカロリーバディとしておいた。
メイトより強そうだ。
遠征セットは始めセレスだけのつもりだったが、要望があってミーネ、クロア、コルフィーのために追加で三セット。
四人は出発までまだ日があるというのに腰に鞄をつけて過ごし、小腹が空いたらカロリーバディを食べていた。
好評なのは嬉しいが、家で食べてどうする。
やっぱり『食べたくないけど食べなきゃ死ぬ』レベルの不味いものにしておくべきだっただろうか?
でもクロアやセレスには美味しいものを食べて欲しいからな。
ただミーネはあんまりにも食べやがるので、出発までは超塩辛い干し肉を提供することにした。こっちは山菜と一緒に煮込んで塩味スープを作るための、本当の非常食だ。
「塩辛い! からーい! なんで私だけ!?」
ミーネは不平を訴えてきたが、日に十本も二十本も食べるせいで用意したカロリーバディが出発前に枯渇、また作る手間を増やしやがったことを反省して諦めてもらいたい。
出発の日が近づくなか、父さんは心配からか日に日に萎れていった。すると、そんな様子を母さんから聞いたベリア学園長が気をきかせて魔封じのお守りを贈ってくれた。
父さんは素直に喜んだ。
でもいいのか、あんたが『魔』扱いされてるんだが……。
もし何事もなく旅を終えられたらおれも貰おうと思った。
△◆▽
留守番するメイドたちに見送られ、おれたちはまずルーの森に近い国の精霊門へと移動、そこからひと月ほどかけて森へと向かった。
その間、おれは一つ歳をくったがまあそんなことはどうでもいい。
途中、立ち寄った町や村でルーの森について話を聞いてみたが、もともと閉鎖的であり、まったく交流がないというので情報を集めようがなかった。
精霊門もほとんど活用されておらず、そのため正確にはいつから閉ざされていたのかはっきりしないという有様だが、少なくとも十年前には通行できなくなっていたことが判明している。
これは当時、新しく選ばれた聖女が各地の精霊門をくぐる習わしの最中に発覚したようだ。
帰りは精霊門を使わせてもらいたいなぁ、と思うのだが、この排他具合からしてお願いを聞きとどけてはくれそうにないと感じる。
にしても……、こういう閉鎖的なコミュニティーに不吉なものを感じるのは、おれが元の世界のお話に毒されているからだろうか?
今回はクロアとセレス、コルフィーが同行しているので、心配しすぎているのかな?
だが不安なものは不安なのだ。
そこでいよいよルーの森が近づいてきたその日、おれは最悪の事態を想定して、デヴァスには森から離れておいてもらうことにした。
もし二日連絡が無ければ飛んで助けを呼びに行ってもらうためだ。
△◆▽
ルーの森では歓迎されなかった。
森の入口にある関所、そこでさっそく通せんぼ。
ひとまず森の出身者であるリーセリークォートの関係者であることを告げるが、衛兵のエルフたちはにこりともせず、それがどうしたという反応だ。
つっけんどんを通りこしてほぼ無反応。
まるで直立不動で有名なイギリスの近衛兵のようである。
そこでエクステラ森林連邦からの紹介状を出し、リーセリークォートに会うため森に入らせてくれるよう依頼。
紹介状は一応効果があったようで、おれたちは衛兵に取り囲まれるようにしてルーの森の奥へと連れていかれる。
一時間ほど歩いたところで、森が開け里が姿を現した。
ルーの森はさほど広い森ではないらしいが、それでもここのエルフたちはずいぶん浅い場所で暮らしているのだな、と思う。
それから立ち並ぶ家々、建物がまだ新しめなことが妙に気になった。
てっきり年季の入った風情のある木造住宅と思っていたのだが、どれも実に簡素で、言い方は悪いがまるで掘っ立て小屋のようなものばかりなのである。
禁欲的で質素な生活を心がけているのだろうか……。
おれたちはひとまず大きめの小屋に案内され、そこで呼ばれるまで待機することになった。
樹木を輪切りにしたイスと、簡素なテーブルがあるだけの、実に殺風景な、避難所として用意されてある山小屋のような所だ。
それでも休憩するぶんにはなんの問題もないので、妖精鞄から飲み物とお菓子を出して皆で食べた。
やがて迎えがやってきて、ルーの森の女王に拝謁することに。
リーセリークォートについては女王が直接説明してくれるらしい。
てっきりおれと母さんが呼ばれるくらいと思っていたのに、みんな一緒で、犬を連れていっても良いとのこと。
女王の元へと行く途中、おれたちは案内されると言うより、多数の衛兵に囲まれて連行されると言った方が正確な状態だった。
しかし、妙に厳重な警備と思いきや、こちらの持ち物チェックすらしようとしない不用心さである。
このちぐはぐさはなんなのだろう?
いまいちルーの森の状態が判断しきれない。
衛兵の役目は治安維持なわけだが、今のところ里で見かけたのはその衛兵たちだけだ。
生活している人々の姿はなく、活気どころかここで人が生活しているという生活感すら感じられない。
もちろん家々に誰もいないわけではなく、そっとこちらを窺っている気配はあるのだが……、それはまるで行動規制――戒厳令が敷かれているような状態なのである。
やがて到着したのは掘っ立て小屋群から一転、大きなレンガを積みあげて作られたピラミッド型の建造物だった。見た目はエジプトよりもマヤ文明のククルカンの神殿――チチェン・イッツァに近い。
頂上には神殿のような場所があり、その神殿の屋根からはさらに上へと一本の柱が林冠を突きぬけて天に伸びていた。
避雷針……、なわけないか。
建造物の正面には頂上へと続く長い階段があるのだが、この階段、セレスにとっては足蹴が大きい。
そこでセレスをシアに背負わせようと思ったが、それより早くクロアがお兄ちゃんぶりを発揮した。
右腕でむぎゅっとプチクマを抱えるセレスの左手をとり、登るのを手伝い始めたのだ。
これはあとでナイスなお兄ちゃんぶりを褒めてやらないといけないな。
時間をかけて階段を上りきり、頂上部の神殿へと辿り着く。
神殿の内部はなかなか凝った造りとなっており、至る所に魔法陣や文字が刻まれていた。
一番見事なのは中央の床と天井の魔法陣。
床の魔法陣は実に複雑怪奇で、機械式時計のムーブメントのような機能美すら感じさせる。
対し天井の魔法陣は星形正九角形が描かれたわりとシンプルなものだった。それは歪んだ五角形を二つ組み合わせたような星形であり、九芒星とはまた違う星形だ。その九角形をメインとして、文字や記号がちりばめられている。
そんな内部の奥、立派な椅子に腰掛け、手に人の頭くらいの装飾がある杖を持つエルフの女性が居た。
なるほど、あのエルフがルーの森の女王か。
とても美しい人だが……、うん、決して口には出せないがちょっと全盛期を過ぎていると言うか、わずかに老け始めていると言うか、そんな感じである。
エルフの寿命は個体差もあるがだいたい四百年ほど。
このうち生まれてからの三十年くらいで成長し、三百年ほどそのまま、それから五十年かけてシワシワ老いていく。
ってことはあの女王、年齢は三百五十前後ってところだな。
おれたちは室内の真ん中辺りで跪き、女王の言葉を待つ。
「余がルーの森の女王、イーラレスカ・ルムローバー・キケロー・ルーである」
名前なげえな。
「紹介状には目を通した。まだ幼いにも関わらず、ずいぶんと活躍をしているようだな、セクロスとやら」
あ?
「……こらえてー、こらえてー、ご主人さまこらえてー……」
後ろに控えるシアがつんつんしながらおれを諫める。
「しかしセクロスとやら、その活躍も名声も、このルーの森にしてみれば与り知るところではない。よいかセクロスとやら、そもそもこのルーの森というものは――」
イーラレスカはそれからルーの森がどれだけ由緒正しく、そこに暮らしている自分たちエルフが止ん事無い存在かをぐだぐだ喋り始めたのだが、そんなのはどうでもよかった。
おれ、両親以外に連続して名前呼ばれるの許したことないんだけど。
マジないんだけど。
「……うわぁ……」
「……はわわわ……」
ミーネとシアが呻く。
おれがビキビキきてるとわかるらしい。
ただ、怒りが一周回って冷静になってきたところで思う。
なんでこいつ、いちいち「とやら、とやら」とおれの名前呼びやがるんだ?
紹介状に名前についての注意事項が書かれていたとしたら、あえてそれを言うのは挑発だ。おれをキレさせたいのか? だが注意事項がなかったとしたら……、侮蔑だろうか? おれがここにいるのに「とやら」というのは『まあそう持て囃されているらしい奴』くらいのニュアンスだろう。
いきなり『おらが村』の自慢話が始まったことからして、世間では有名だろうがここでは通じないというのを示そうとしているのだろうか?
歴史だけはある場所で、そこに住んでいることを自身の価値にまで昇華している人々というのはなかなか面倒でやっかいな存在だ。
勝手に張り合ってきて勝手にキレるからな。
ここは大人しく話を聞いて滞在許可をもらい、リーセリークォートに会うのがいいだろう。
リーセリークォートに会ったらまず用件よりもこの森を出てうちに来てくれるよう説得だ。
こんなのが統治する場所ではとてものんびりできない。
拷問のような――、本当に拷問のような名前の連呼に耐え、おれはなんとかリーセリークォートに会うための滞在許可を願い出たのだが――
「あの者は森へ追放した」
イーラレスカがとんでもないことを言いだした。
「追放……? どうしてそんなことになったのです?」
「あの者は森の品位を貶める反乱分子であった」
「森の品位?」
「そうだ。女王となってから、余はこの森を生まれかわらせる取り組みを始めた。それは若い苗木のために、枯れ始めた老木を切りたおし日の当たる場所を用意するようなものだ。先に述べたように、エルフとは高貴な存在であった。余はエルフの復権を目指している。あの者はそれに反対したのだ」
「具体的にどのようなことを行おうとされたのですか?」
「まずは外界との断絶だ。しかしあの者は外界との交流を推進した。まったく愚かな考えだ。外界との交流を進めれば、その過程でさらに他の種族との混血が進むことになるだろう。それは認められない。いずれ世界を制する我らルーの森のエルフは、エルフとしての純度を保つ義務があるのだ」
「その意見の対立によって追放ですか」
「他にもあるぞ。余はな、超越民族たるエルフは、若く美しい者たちで構成された社会であるべきと考えている。故に、我は老いた者らの追放を決めた。あの者はそれにも異議を唱えたのだ」
棄老――姨捨山じゃねえか。
それも口減らしのためとか切実な問題ではなく、自分たちを立派なものに見せるため、という見栄のためとくる。
こんなのリーセリークォートが反対して当然だ。
しかし、残念なことにこの地ではイーラレスカの言うことが優先なのだろう。
閉鎖的なコミュニティの理論は倫理を超越する。
うん、ここはヤバい。
おかしな病が蔓延している。
それは元いた世界では数々の陰惨な結末をもたらした、殺戮へ至るやっかいな病だ。
いつものメンバーだけならまだしも、今回は弟妹たちがいる。
リーセリークォートに会えないなら、もう撤退してしまうべきだ。
ただ母さんがなぁ……。
ひとまず、話を「会えないなら帰ります」といった雰囲気で無難に終わらせる必要がある。ただ、うかつなことを言ったらいきなり発狂するかもしれない相手のため、おれは〈炯眼〉で女王の称号を確認した。
称号によって狂っている方向性を知ろうと思ったのだ。
しかし――
《イーラレスカ・ルムローバー・キケロー・ルー》
【称号】〈悪神の使徒〉
はい、撤収。
こいつはダメだ。
話を穏便に終わらせてすぐ撤収だ。
しかし――
「それに皆さんは納得しているのですか? 自分の親を追放することに誰もが納得しているのですか?」
シアが女王の発言に食いついてしまう。
ちょっとシアさーん!
おれですら名前の連呼に堪えたんですけどー!
「納得しきれぬところもあるだろう。だが、仕方のないことと受け入れてもらわねばな。なにしろ、まず余がそれを示して見せたのだ」
そんなの、コミュニティのトップが率先してやったんだから下もそれに倣うべき、というある種の脅迫じゃねえか。
「悲しいことだが、醜き老いは取り除かねばならないのだ」
「――ッ」
そこで――、限界だったのだろう。
シアは立ち上がり、イーラレスカを指さして叫んだ。
「今のあなたが一番醜いです!」
これにイーラレスカはぽかん。
が、すぐに――
「な、な、なんだとぉ――ッ!?」
大激怒。
いつものシアならこの状況で暴言を吐くことはなかったろうが、棄老――親を捨てさせている女王がよほど許せなかったのだろう。
その暴挙は責めるべきだが、おれも名前を呼ばれまくってかなり頭に来ていたので、今回はなんとなく許せる気分だった。
「無礼者め……! 貴様も――、いや、まとめて追放だ!」
イーラレスカが杖を突き出すと同時、天井と床の魔法陣が強い光を放ち、眩しさに目を瞑る。
「ディバインシールド!」
目を明けられない状態で聞こえたアレサの声。
そして――
「……?」
目を開くとおれは森の中に一人だった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/21
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/26
※設定に矛盾をきたす余計な文章を削除しました。
ありがとうございます。
2021/01/24
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/09
 




