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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
6章 『深緑への祝福』編
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第384話 12歳(夏)…想定外の家族旅行

 スナーク討滅戦の完了が告げられたのは夜の十時過ぎだった。

 各人、これからさらに撤収作業などまだ色々とやることがあるようだが、おれとその関係者は特別扱い、休息をとってもらうためにと中央の森へ戻された。

 確かにもう夜遅い。

 ちびっ子たちはいつもならもうとっくに眠っている時間だ。

 今はまだ興奮していて元気だが、もう少しして落ち着いたらこてんと眠りこんでしまうだろう。

 中央の森へ帰還すると、エクステラのお偉いさん方に出迎えられ長々と感謝を述べられた。

 明日は勝利を祝っての盛大な祝勝会が催されることになっているのでご期待くださいとのこと。

 あんまりこの地に留まると精霊が押し寄せて来かねないのでととっと撤収したいところだが……、じゃあこれで帰りますというわけにはいかないか。

 それにおれもお願いをしないといけないことがある。


「腕輪が壊れてしまったのですか……?」


 皆には先に休んでもらい、おれは大首長に相談を持ちかけた。


「ええ、今後もこのようなことが起きた場合、この腕輪が無いというのは問題です。そこでザナーサリーへ帰還後、すぐに制作者であるリーセリークォートに会いに行こうと思っているのですが……」

「ああ、ルーの森ですか」


 大首長はすぐにおれの意図するところを理解したようだが、少し表情を険しくさせて言う。


「実はこちらもリーセリークォートに連絡をとろうと手紙を送っているのですが……、未だ返信はありません。ルーの森は元々あまり外部と交流を行わない森でしたが、近頃は特にその傾向が顕著――閉鎖的になっているようなのです」

「交流があった頃はどのような感じだったのですか?」

「どのような……、そうですね、一言で言えばのどかな田舎。暮らしているのは基本的には穏やかな者たちです。ただ一部、未だにエルフであることに妙な価値観を抱く者たちも居るのですが……」


 どうやら自分たちの世界はその森で完結しているらしく、特に外部と接触する必要を感じず穏やかに暮らしている者たちと、エルフであることを誇りとして外部を見下し、拒絶する者たちが混在しているようだ。

 ふむ、こういう場合、穏やかな者たちは波風を立てるようなことはせず、主張を持つ声の大きいバカが主導権を取ろうとするものだが……、精霊門を閉ざすという行動を起こしたことから、どうもエルフであることに誇りを持つ連中の勢力が拡大しているらしい。


「外部もわざわざルーの森と交流を持つ理由がないため、ほぼ不干渉の状態です。ただごく一部、ルーの森でおそらく唯一の交易品である家具――特に椅子の良さを知る者は細々と取引をしていたようです」

「椅子ですか……」

「はい。椅子です。他では見かけない変わった椅子ですが、座り心地は素晴らしいの一言です。ルーの森はのどかで、のんびりと一日を座って過ごすことが好まれます。ならば座り心地は良いものであるべきと、長い年月をかけて追求されていきました。やがて座り心地だけでは満足できず、そのまま居眠りしても快適なよう、追求は寝心地にまで及んだのです」


 寝やすい椅子……?

 リクライニングチェアみたいなものかな?

 ちょっと気になったが、このままでは大首長がいつまでもルーの森産の椅子の素晴らしさを語り続けそうな気がしたので軌道修正する。


「……すいません、つい語ってしまいました。ええっと、つまり現在、ルーの森がどんなことになっているのか我々もよくわからないという状況なのですよ」

「そうですか。しかしぼくは向かわねばなりません。そこでお願いがあるのですが、森林連邦からの紹介状などをしたためてもらうことは出来ませんか?」

「ああ、おやすいごようです」


 大首長は快諾し、おれが帰還する前までに紹介状を用意すると約束してくれた。


    △◆▽


 眠ろうとしたが目が冴えて眠れなかった。

 ベルラットにもらった薬草汁の効果だろうが、さすがにそろそろ効き過ぎていて心配になってきた。

 効果が切れた途端におれは死ぬんじゃなかろうか?

 翌日、勝利を祝う式典があり、おれも挨拶させられたりしたが無事に終わり、その後に昼間っからの宴会となった。

 多くは野外での大騒ぎだが、おれたちは屋内の会場。

 各国の武官たちもこちらに招かれている。

 とにかくめでたいということで、形式張った食事会ではなく、それこそ宴会のように賑やかなものだ。

 宴会が終わると、おれたちはザナーサリーへと帰還。

 これが夕方前だったので、おれは四十八時間この地を離れていただけということになるが、もっと何日も向こうにいた気がする。

 屋敷に戻り、皆がそれぞれにほっとひと息つく中、おれも仕事部屋の椅子に腰掛けて安堵していた。

 そこで意識がとぎれた。


    △◆▽


 意識を取りもどしたら帰還から三日たっていた。

 どうやら薬草汁でも誤魔化しきれないほど疲労が蓄積しており、安堵して緊張の糸がきれたことで一気に表面化したようだ。

 おれの異変は突発的なイベントのせいで狂った予定をどうするか相談に来たサリスによって発見されたらしい。

 アレサの診断で過労と判明すると、おれはそのまま隣の寝室にあるベッドにごろんと寝かされ、そのまま三日間眠りっぱなし。

 結局いつもと大差ねえじゃねえか……。

 おれが眠っている間に世間ではエクステラ森林連邦で起きたスナークの暴争とその終息が大々的に周知されていたようだ。


「兄さん! これこれ!」


 クロアが持ってきてくれたのは、暴争の始まりと終わり、その一連の流れをまとめた新聞だった。

 うん、おれの事がやたら載ってるね。

 演説内容そのまま掲載か。

 ぐふっ……。

 良かれと思ってクロアは持ってきてくれたのだろうが、おれは目覚めて早々に大ダメージを負った。

 クロアの優しさが痛い……!


    △◆▽


 目覚めたその日は寝過ぎてだるい体の調子を取りもどすことに費やし、翌日からはリーセリークォートに会うため、ルーの森へ向かう計画をさっそく立て始めた。

 元々、ザナーサリー国王からの依頼の関係でルーの森へ向かう予定はあったので、ちょうどいいと言えばちょうどよくもある。

 ルーの森は大陸のずっと東。

 そのあたりまで行くと、近隣諸国がいざこざしているらしい。瘴気領域から遠くて脅威が少ないために、お隣さんと喧嘩する余裕が生まれているというのは世知辛い話である。

 ルーの森の精霊門は閉ざされているので、まずは森に一番近くの門に出て、そこから陸路を行くことになる。

 調べてみると近場の国からルーの森まで一ヶ月ほどかかるようだ。

 往復で二ヶ月ちょっとと考えて……。

 今は六月下旬だから、帰還するのは九月あたりになるかな。

 そこから迷宮都市に取材しに行ったとして……、うん、冒険の書三作目の製作なんて普通に無理ですねこれ。

 サリスはよくぞ発売時期の延期を提案してくれたと思う。

 あれがなければ今頃どうすんだこれと頭を抱えていただろう。

 ルーの森へ向かう目的については、事情のすべてを話すと心配されるので腕輪がないとスナークと戦えないといった感じで説明した。

 しかし、そこで母さんが言う。


「それなら私も一緒に行くことにするわ」

「えーっと、えーっと……、ええぇ……」


 何か言おうとしたが思いつかなかった。

 まあ母さんが付いてくるのはいいのだ。

 問題は――


「じゃあセレスもいっしょにいきます!」


 甘えたい盛りのセレスが母さんと離れるのに耐えられないことだ。

 そしてさらにコンボ。


「セレスも行くならぼくも」

「兄さんと姉さんが行くなら私も一緒に行きます」


 クロアとコルフィーが声をあげる。


「あれ? じゃあ……、俺も?」


 最後に戸惑いながら父さんが言う。

 どうしたものか……。

 ルーの森はちょっと観光というわけにはいかない場所かもしれないのだ。

 流石に「侵入者だ、捕らえろ!」みたいなことにはならないと思うが、門前払いでしばらく交渉、なんて事態は普通に有り得る。

 そのために大首長から紹介状を書いてもらったわけだが、それがどこまで有効かは行ってみないとわからない。

 そこでまず母さんの説得を試みたが、どうも育ての親であるリーセリークォートをほったらかしにしていたのをちょっと悔やんでいるようで、自分も行くと譲らない。

 母さんはほったらかしと言うが、それはおれたちを育てていたからで、さすがに仕方ない話だと思う。

 母さんに出来ることは近況を手紙に綴って送るくらいだったのだ。

 それを思うと母さんのお願いも聞かないわけにいかず、となれば次に説得するのはセレスとなる。


「びぃやぁぁぁん! やーだー!」


 ひさびさに泣かれた。

 大泣きだ。

 おれとシアが王都へ行くのを嫌がって泣き続けたセレス再びだ。


「シアさんや……、説得とかできませんかね……」

「無理ですね……」


 こうなるとおれとシアでは太刀打ち出来ない。

 前回は母さんの取りなしがあったが、今回はその母さんも行くわけで、こうなるとセレスを納得させるのは難しいだろう。

 そもそも母さんはセレスを連れていってもよい派。

 父さんも似たようなもの。

 領地からちゃんと王都まで来られたし、大丈夫だろうと言うのだが、そういうことではないのだ。

 もうさすがに、おれは自分が高確率で妙なことに巻き込まれる運命にあると学習した。

 それにセレスが巻き込まれるのが心配なのだ。


「……お前……、父さんと同じ心配をするようになったのか……」


 説明したところ、父さんが凄く申し訳なさそうに言ってきた。

 いやこれは父さんのせいじゃないからね?


「ねえねえ、でも大人しく家にいても問題は起きるじゃない。それでセレスが巻き込まれる場合だってあるんだし、一緒にお出かけするのが悪いってわけでもないんじゃない?」


 ミーネの言うことも一理ある。

 この屋敷に居ても、問題に巻き込まれるときは巻き込まれる。

 話し合いはそのままレイヴァース家族会議となり、同行するミーネとアレサも交えて長い長い話し合いが行われた。

 この会議の間、メイドたちは森林連邦のときのように同行を願い出ることはなかった。

 言いだせば事態がさらにややこしくなる、と空気を読んでくれたのだと思う。

 会議の結果、ルーの森への家族旅行が決定した。

 おれ一人ではどうにもならなかった。

 ルーの森へ向かうのはレイヴァース家の面々と、ミーネとアレサ、それから緊急時に飛んでもらうため同行をお願いしたデヴァスだ。

 あとおまけにバスカー。

 こいつはクロアとセレスが疲れたら乗せる犬車を引かせるのと、誰かが迷子になったら捜索させるために連れていく。


「でも、ご主人さまとお父さまが一緒とか、即やっかいごとに巻き込まれそうですよね……」

「洒落にならんからそういうことを言うな」


 十歳前、父さんと二人で王都エイリシェへ向かったときは特に何も起きなかった。

 だから大丈夫だ。

 きっと大丈夫だ。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/21

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/05

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/05/02


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