第39話 7歳(春)…奴隷1
翌日、おれと父さんはよっぱらいが死屍累々としている酒場からハンサ婆ちゃんのところへとでかけた。
「お婆ちゃん、こんにちは」
「おやおや! 大きくなったねぇ!」
ひさかたぶりに婆ちゃんにわしゃわしゃなでられる。
「弟は元気かい?」
「うん、すごく元気だよ。だいぶ喋れるようになった」
「そうかいそうかい。そりゃあよかった。会うのが楽しみだ」
弟の成長を婆ちゃんはにこにこと自分のことのように喜んでくれる。
それから父さんは婆ちゃんに近況を報告し、続いてレイヴァース家へ滞在する日程の調整など、話をつめていく。
「ちょっと町を見てきていい?」
話に参加できず、することもなく、手持ち無沙汰だったのでそう尋ねた。
「ん? ああいいぞ」
「おや、ひとりじゃ危ないんじゃないかい?」
「大丈夫だろ。なんせ熊も追っ払うくらいなんだ」
「……、ちょっとその話を詳しく聞かせてもらおうかね」
「あ……」
婆ちゃんの目に剣呑な光が宿り、父さんは余計なことを言ったと気づいたがもう手遅れだった。
熊がでた時点で助けろ――と、父さんが説教され始めたので、おれはちょっといたたまれなくなり、散歩してくると伝えて婆ちゃんの家をでた。
が、再び早々に手持ち無沙汰になった。
そもそも目を引くようなものはないし、弟のお土産にしたいような物もない。
この町にきた一番の目的は人々がどのような生活かを観察することだったので、最低条件はクリアしているものの結局はそれだけだ。
観光特性をもたない田舎町を訪れたようなもの。
することがない。
それに観察するにしても、通りを歩いて町並みを眺めるくらいしかできない。かたっぱしから家屋に突撃し、壺やら箪笥やらを物色するような超勇者的な行動はおれにはできない。
適当にぶらぶら歩く。
そしてやってきたうらさびれた通り。
建物の様子もボロっちくなり、なかには一部が壊れているものもちらほらある。
スラム街……というほどではないか。
そもそも町がそこまでの規模ではないので、そこに比例してプチスラム?
用のない町でさらに用のない場所だ。
引き返そうかと思ったが――
「……うーん……」
聞こえてくるのだ。
喧噪が。
なにやら男たちの怒声が。
元の世界であれば興味本位でのこのこと顔を出してみるが、こちらの世界はなにかと物騒である。覗きにいってろくでもない事件に巻きこまれ、うっかりリスタートをきるような事態になったら目も当てられない。
よし、引き返そう。
「……うーん……」
引き返すべきなのだが、喧噪にまぎれて子供の――おそらく女の子の声がまじっている。どうも助けを呼んでいるようだ。
「……どうしたものか……」
引き返して父さんを呼んでくるか。
でもけっこう切羽詰まっているような感じだし、戻ってきたらもういませんでしたとなると寝覚めが悪い。
「……しゃーない」
おれはあきらめて声のするほうへ向かう。
そしておれはその現場へと到着したのだが……
「……なんだあれ」
それはなんというか、とにかく奇妙な光景だった。
見るからにゴロツキといった男たちが五人いて、ひとりの大男を取り囲んでいる。
大男は腰蓑一丁のガチムチ。古傷だらけの体をさらす歴戦の勇者。
そしてそのガチムチの双肩に足を乗せ、身なりと恰幅がいいおっさんが直立している。バランスをとらせるためにガチムチはおっさんの脛をがっちり掴んで支えていた。
そしてそして、そのおっさんは女の子を肩車している。長い銀髪で赤い目をした、おれと同い年か下かくらいの少女だ。格好は粗末。コーヒー豆をいれる麻袋に穴をあけてかぶったらそんな感じというレベルの服である。
「やめてください! 死んでしまいます!」
言っているのは真ん中のおっさん。
「ふざけんな! ぜんぜんきいてねぇじゃねえかこいつ! どうなってんだ!」
それにゴロツキは怒鳴りかえし、さらに攻撃の手を強める。
「ふぬぬっ、ぐぬっ、くふーっ、ぐっ……!」
苦悶の声をあげてはいるが、微動だにしない下のガチムチ。
そしてコーヒー豆袋の少女はというと――
「いませんかーッ! この野蛮で下品な、間違った穴からひりだされた汚物たちを消毒してくれる正義の炎を胸に宿した素敵なお方はいませんかーッ!」
ひどいことを叫んでいた。
「……えーっと……」
本当になんなんだろうあれは。
おれが元いた世界の人間はなにを思い浮かべるだろう。
トーテムポールだろうか?
おれはブレーメンの音楽隊だ。
ただし、あれは動物たちが最後に盗賊のアジトを強襲するのに失敗し、フルボッコにされている感じだ。なんというか、そうそう良いように事は運ばないという世知辛い現実を目の当たりにしたような、寂しさを覚える光景だ。
「……帰るか」
大丈夫そうだと判断し、おれはそっと立ち去ることにした。
が――
「あーッ! ちょっとそこの男の子ぉーッ! たぁーすけてーッ!」
豆袋がおれに気づいて声をはりあげた。
「ちっ」
舌打ちし、ふり返って最上段の少女を睨む。
豆袋は両手をばたばたさせていらぬアピールをしていたが――
「――――ッ!?」
目があったとたん、その動きをぴたりととめる。
そして――
「あなた! セクロスですね!」
「あああぁんッ!?」
どういうわけか、いきなりおれの名を呼びやがった。
ひさしく聞いていなかったおれの名を!
名を! 大声で! こんなに人のいるところで!
おれはキレた!
「その名を呼ぶんじゃねえぇぁぁッ!」
パッチーンッ、と渾身の指鳴らし。
バチコ――ンッ、と炸裂する強雷撃。
『んぎゃあああああぁ――――――――ッ!』
豆袋もおっさんもガチムチもゴロツキも、誰であろうと区別なくまとめて〈雷花〉にのみこまれ絶叫をあげる。ゴロツキたちはその場にぶっ倒れ、豆袋を筆頭とした三人組はブレーメンフォーメーションをたもてず倒壊するように崩れ落ちた。
「悪は滅びた」
おれは今度こそ立ち去ることにする。
しかしだ。
「な、な、なにいきなりしてくれるんですかーッ!」
きびすを返したおれの背に豆袋の声がとどいた。
肩越しにふり返ると、豆袋はおれに駆けよろうと踏みだし――
「へぶ!」
途中で倒れていたゴロツキに足を掴まれ、ビタンッと五体投地をきめた。
「へっへっへ、やっとつかまえたぜ」
「ちょ、なんですかあなたはもう邪魔ですよ今すごく大事なところなんですから汚物はさっさと肥溜めなり畑なりにいってくださいよホント空気汚すんじゃなくて読んでくださいよ」
あいつ本当に口が悪いな……。
「こんのガキ……ッ!」
「うわ、怒りました? あ、ちょ、這い寄ってきて顔近づけないでください、口臭やばいですからホント近づけないでく――って、ちょっとぉぉ! へるぷ! セクロス、へるぷみーッ!」
「だから名前を呼ぶなってんだよこのボケがッ!」
再度〈雷花〉をぶっ放す。
『んぎょおおおおぉぉ――――――ッ!』
わけへだてなく雷撃の抱擁をうけて、ふたたび全員が痙攣した。
だが――
「……んぬぉぉ、ま、負けません、わたしは負けませんよ……、た、例えわたしが滅びたとしても、第二第三のわたしが必ずや……」
誰よりも早く身を起こし、這いずるように豆袋はおれに近づこうとする。
なんなんだコイツは。妖怪か。
ただならぬ気迫に、そろそろおれは恐怖を覚え始めていた。
ちょっと〈炯眼〉を使ってみよう。妖怪なら真の名を明らかにすればかき消えてくれるかもしれん。
というわけでひさしぶりの〈炯眼〉発動!
《シリアーナ》
【称号】〈暇神の使い〉
〈元死神〉
〈気狂い姫〉
【神威】〈暇神の興味〉
〈群体の関心〉
【秘蹟】〈喰世〉
【身体資質】……優。
【天賦才覚】……有。
【魔導素質】……並。
おい……、これはなんだ。
家族でもないのに情報がいっぱいでたとかそんなのどうでもいい。
名前も〝尻穴〟とか悲惨だが、それだってどうでもいい。
問題は称号――、こいつ、アホ神の関係者か!
ってか元死神ってあれか、暇神の隣にいたあの死神か!?
おれが人生リスタートきるはめになった原因のあの死神か!
「〝てめえかぁ――――――ッ!〟」
ぷつん、とおれのなかでなにかが切れて、とっさに日本語で叫んでいた。呼応するように体からは無制御の雷撃が放出され、あたりかまわず小爆発を起こす。
それに驚いたのはゴロツキどもだ。
「な、なんだぁ!?」
「おいあのガキやべえぞ!」
「ちっ、くそが!」
ゴロツキどもはあたふたと逃げだすが、そんなのはどうでもいい。
「〝てめえあのアホ神んとこにいた死神か!〟」
「〝お? お? 気づきました!? そうです死神です! やっと会えましたね!〟」
「〝会えましたねじゃねえんだよ! てめぇなんの用だこら!〟」
「〝なんの用って、あなたのお手伝いですよ、決まってるじゃないですかもう!〟」
コーヒー豆袋の化身――死神は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながらやってくる。
「〝そちらはどうです? 新しい人生を楽しんでいますか? 幸せですか? ちなみにわたしは見てわかるとおりさんざんです! 薄幸の美少女を地でやってますよこんちくしょーッ!〟」
死神は勝手にキレてじたばた憤慨し始めた。
どうしようこれ。
やっぱり声が聞こえたときに、引き返しておけばよかったか……。




