第383話 12歳(夏)…黒き鳥を討て
最初の殲滅戦を終えたあと五時間ほどの休息時間があり、日がすっかり暮れた頃にスナークの復活が始まった。
二回目の殲滅戦は篝火と魔法の明かりによって照らされるなか、目覚めたスナークを片っ端から倒していくことになる。
要は邪悪なモグラ叩きだ。
「肝心のナスカがよく見えん……!」
星空を覆う陰りによってかろうじてそこに居ることがわかるが、それでもわかりにくいことには違いない。
しかしわかりにくいからとここで先延ばしにすると、ナスカはこの戦線をほったらかしにして連邦領の奥深くへと侵攻してしまう。
「ではレイヴァース殿、頼むぞ!」
「やってみます」
エクステラに応え、おれは竜化しているアロヴの背に乗りこむ。
同行するのは雷撃に巻き込まれても平気な護衛役、シア、ミーネ、アレサの三名だ。
「兄さん、気をつけてね!」
「ごしゅぢんさま、がんばってください! ねえさまみんなも、がんばってください!」
クロアとセレス、それから待機組の声援を受け、おれたちは要塞屋上から前線へ、さらに復活したスナークの群れの後方へと回り込む。
ここであれば前線を雷撃に巻き込むことがなく、スナークもこちらへと誘導されるため戦線は戦闘解除して撤退できる。
「俺は少し離れて見守っている!」
おれたちを降ろし、アロヴは離脱。
するとそのタイミングで群れに降りそそいでいた矢や魔法といった遠距離攻撃が中止され、各自撤退が開始される。
計画通りだ。
「――『すべての親を殺せ! すべての親となるものを殺せ!』――」
おれはすぐさま簒奪の腕輪を起動。
腕輪の表面に回廊魔法陣が浮かび上がり、これによって神々の祝福はおれが望む通り、過分な力を使おうとするおれの保護に回される。
効果についてはエミルスの迷宮で実証済み。
安心して黒雷をぶっ放す。
「大王ねずみの行進曲!」
解放された黒雷はデタラメな蜘蛛の巣のように回廊を塞ぎ、その破壊領域を前へ前へと迅速に広げていく。
黒雷に触れたスナークは光の粒――小さな精霊と化す。
その異変にすべてのスナークが戦いを放棄。
すぐにおれへと進路を反転させた。
断廊の真っ黒い染みとなって復活待ちをしていた奴らも次々と目を覚まし、黒雷を浴びようと我先に突っ込んでくる。
これはおれとしてもありがたい。
なにしろ腕輪の効果時間は十分ほど。
その時間内に群れと、ナスカを討滅しなければならない。
が――
「ご主人さま! ナスカに変化がありますよ!」
シアが大声で伝えてくる。
断廊の壁によって狭められた夜空を見あげれば、かろうじて存在を確認できていたナスカがみるみる小さくなり、より濃く、深い黒へと変化を始めていた。
そして現れたのは、明かりに照らし出されることのない闇の固まりのような黒い鳥。
大きさはアロヴとそう大差なく、その輪郭は黒い光と形容するしかないような妖しい明かりによって夜空と分かたれている。
「ギェレレレレレ――ッ!!」
けったいな鳴き声を上げたのち、ナスカは尋常ではない速度でおれに向かって急降下。
突撃してくる。
さっきまで飛行船みたいにふよふよしていたくせに、いきなり戦闘機に化けやがった。
「ぬおおおぉッ!」
突っ込んでくるナスカをアロヴが正面から体当たりで止めに行く。
湖上空でぶつかり合うアロヴとナスカ。
こちらまで振動が届くほどの衝突の結果、アロヴはぶっ飛ばされておれたちの近くに墜落。ナスカは進路をねじ曲げられ、目視できる範囲から消える。
おれという存在を確認した以上、ナスカはこの地を離れたりせずこちらを狙い続けるはずだ。
どこから来る、と警戒したところでふと思う。
まさか水中から壁をぶち破ってきたりは……。
なんて考えたらドゴンッと右の壁から衝撃が!
でもしのいだ!
さっすがシャロ様の作った壁。
しかし、耐えられるからとスナークの群れを片付けるまでここで大人しくしているわけにはいかない。
あんなのと対決するなら少しでも時間が欲しい。
おれは要塞から見守っているエクステラに呼びかけ、群れの上空に運んでくれるよう要請。
『(――よしきた! 任せたまえ!)』
すぐにおれの体が浮き上がり、断廊の天辺あたりへ運ばれると、今度は高度を維持したままかなりの速度で群れに向かって飛行が開始される。
すでに全部隊は全速力で撤退を開始しているため、うっかり雷撃に巻き込む心配は……、たぶんない。
おれは黒雷をバリバリさせながら飛行を続け、スナークを光へと変えていく。なんだか自分が電気で汚れを洗浄する装置のように思えてきたが、それについて考えるのは後だ。
と、そのとき、盛大に水しぶきをあげてナスカが水面から飛びだし、おれめがけて突っ込んで来た。
「あ、ちょ、これ!?」
さすがにやべえ。
焦ったが、ナスカは途中で見えない何かに激突。
跳ね返るように進路を変えた。
なんだか窓ガラスにぶつかった鳥のようだ。
『(任せろと言っただろう! あれは私が食い止めるから、君はスナークの殲滅に集中してくれたまえ!)』
そうか、よかった。本当によかった。
「ギョレレレレ! レレレレ!」
妨害されたナスカ、怒っているのか?
奇っ怪な鳴き声を響かせながら湖を低空飛行。
速度が速度だからか、ナスカが通過すると水しぶきが上がり、それが長い尾のようになっている。
それだけならまだよかったが、ナスカは鳥らしく風の魔術を使えるようで、暴風のミサイルをこれでもかとぶっ放してきた。
数えるのが嫌になるくらいのミサイルは水面を激しく吹き上げさせながらおれを追って飛んでくる。
「あーッ! エクステラさーんッ!?」
『(大丈夫だから! 信用したまえ!)』
「信用してますが恐いんですって!」
エクステラは宣言通りおれに軌道が近いミサイルをドゴゴゴッと見えない壁によって防いでくれたが、それでも恐いものは恐い。
おれから逸れていたミサイルはそのまま後方の水面や森へ着弾。
盛大な水しぶき。
吹き飛ばされる木々。
しかしそれだけに収まらず、夜空へと曲がりくねりながら伸びる竜巻を生みだした。
とんでもねえもんぶっ放してきやがって……、生きた心地がしねえ!
と、そこでようやく群れの討滅が完了。
小さな精霊となったスナークたち。
ふわふわと上空へと散っていく様は幻想的だが、おれにそれを眺める余裕はない。
腕輪の効果時間はあと三分くらい。
その三分ほどで、あの慣性無視の高機動戦闘機みたいな鳥を撃ち落とさなければならない。
大人しくじっとしてくれているのであれば黒雷を浴びせかけるだけでいいが、あいつバスカヴィルよりも大暴れだ。
なんとか『鎌』の一撃を叩き込む必要がある。
エクステラはあいつを捕まえておくこととか出来ないか?
『(やろうとしているが振り切られるのだ!)』
「ぼくを同じくらいの速度で併走させるとかどうですか!」
『(君をあいつの速度で飛ばすことまでは出来ない! 可能不可能で言えば可能だが、うっかりすると君が潰れる!)』
「じゃあダメですね!」
おれが潰れちゃダメだ、うん、ダメだ。
では〈針仕事の向こう側〉をめいっぱい使い、突っ込んできたところを返り討ちにする?
だがすでに無理をしているこの状況で〈針仕事の向こう側〉を使えばどうなるのだろう? 腕輪の効果はそこまでカバーしてくれるのか? ダメだったらまた幼児退行だが……、背に腹は替えられず、そして今は迷っている時間がない。
しかしそこで――
「ここは任せて!」
アロヴの背に乗り、おれに追いついてきたミーネが言う。
「ちゃんと付いて来てね!」
ミーネはアロヴの背から飛び降り――
「〝空牙疾走〟!」
エミルスで覚えたと思われる技を推進力として使い、ナスカ目掛けて突っ込んでいく。
ナスカ相手にまさかの特攻技。
おそらくエミルスで見たベルラットの『配送の向こう側』やエルセナのパルスジェットエンジンによるダッシュに影響されたのだろう。
おれは慌ててエクステラに頼み、ミーネを追う。
ナスカは突っ込んでくるミーネを真っ正面から迎え撃つ。
両者は端からぶつかるつもりなのでチキンレースですらない。
戦闘機同士が真っ正面から向かい合うヘッドオン状態。
おめえ生身で何やってんだ。
そして激突する両者。
「ギィレレレレレレレ――ッ!」
奇声を上げるナスカ。
対しミーネ、ただの体当たりではない。
「〝震空牙〟!」
突っ込んでからのさらなる魔技。
両者がぶつかり合った瞬間、その周囲の水面が水中爆破実験でも行ったみたいに派手に噴き上がった。
「ギェキョ――ッ!?」
「んにゃーッ!」
このぶつかり合いによりナスカは動きを止め、ミーネはすぽーんと弧を描いて飛んでいき、ちゃぽーんと水面に落ちた。
あっぱれだ。
後は任せろ。
『(よし! 捕まえた! 突っ込ませる!)』
「お願いします!」
エクステラに捕まり、飛び立てず水面に留まるナスカへ突撃。
「忌まわしくも尊き神聖!」
黒雷を鎌に、そして縫牙にて形を縫いとめる。
そして――
「この野郎! 二日もやきもきさせやがって! おれの怒りと悲しみと恥辱、それから物騒な攻撃で恐がらせた報いを受けろ!」
個人的な怒りを込め、黒鎌をナスカへ突き立てる。
え? 許し?
そんなもん知らん!
「ギェレ! ギィ、キョ! ギォレレレレレレ――――ッ!?」
ナスカに食い込んだ鎌からは黒雷が激しく放電される。
荒れ狂う黒雷に包まれたナスカは藻掻く。
が、身じろぎ程度では突き立てた鎌が外れることはない。
やがて表面が剥がれるようにナスカは崩壊を始め、最後は鳥の形が一気に崩壊、あとには大きな光の固まりが残った。
精霊と化したナスカはふよふよ動き回る。
これでよし。
もう大丈夫だ。
と、そこで断廊から大歓声が聞こえてきた。
どうやら暴争の終結が伝えられたようだ。
「……やっと終わった……」
暴争の知らせを届けられてから約三十二時間。
ようやく肩の荷が下り、安堵することが出来た。
それと同時に感覚的に腕輪の効果が無くなるのがわかった。
「ぎりぎりか、やれやれ……」
ではアロヴに回収されたミーネと合流しようと思ったところ――。
パキンッ、と。
左腕にはめていた簒奪の腕輪から小さな音。
見れば腕輪に大きな亀裂が入っていた。
「……え?」
腕輪がぶっ壊れやがった。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/11/02
 




