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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
6章 『深緑への祝福』編
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第382話 12歳(夏)…空を漂う影の鳥

 やがて誘導されたスナークの群れがわらわらと姿を現し、湖の底へと繋がる断廊へと誘い込まれ始めた。

 本来であればまず瘴気領域側の断廊入口に防衛戦を張り、ベルガミアで行われたような防衛と殲滅――スナーク復活のタイミングを合わせて休息時間を確保するための防御、復活しきったところで一気に殲滅――という作戦がとられるはずであったが、今回はおれが居るため大幅な変更があった。

 スナークを断廊の入口ではなく、要塞近くまで引き込み、そこで最初の殲滅戦を行うのである。

 スナークは破壊されると黒い染みとなるため、死体が残って折り重なるようなことはない。

 なのですべてのスナークをさらに一点にまとめあげ、おれが討滅しやすいようにするのである。これはおれの方に約十分――簒奪の腕輪の効果時間という制限時間があるため、群れが長く伸びた状態では困るからだ。

 故に、この殲滅戦は最初から全力。

 ある目的のためにひたすら修練を続け、いよいよその時が訪れとなれば人は興奮するものだ。

 各国の精鋭にとっては、このスナーク戦こそがそれに当たる。

 が、しかし、これまではいつまでも繰り返し戦い続けなければならないという条件が課されていたため、そういった喜びよりも不安と恐怖が勝り、全体の雰囲気はどうしても重くなってしまっていた。

 しかししかし、スナーク狩り――おれの登場により、スナーク戦において一番の懸念が払拭されたため、兵たちは鍛えまくったその成果を思う存分発揮できる機会が到来したという戦士の喜びに素直に浸ることが出来ている。

 出来てしまっている。

 誰も彼もウッキウキ、まるで祭りのような雰囲気だ。

 不測の事態にそなえて戦闘に参加しない兵もいるのだが、それはどちらかというと隘路であるが故に、もう戦線が一杯で単純に参加できない兵だったりする。

 現在、戦線を張る者たちのほとんどはスナーク戦未経験者。

 これはスナーク戦を経験している者を増やすという、後々のことを考えての配置であったが、参加出来ない経験者は不満を抱いた。


『負けろーッ! 引っこめーッ!』


 前線へのまさかの暴言。

 しかし前線も負けてはいない。


『うっせーッ! 指咥えてみてろーッ!』


 なんで味方同士で煽り合ってんだ……。

 何というか、ベルガミアで葬列のような悲壮感一杯のパレードを見ているおれとしてはこの状態に驚くしかないが、きっと心の底には戦いへの恐れがあるからこそ自身を、そして共に戦う仲間を鼓舞するためにこの状態になっているのだと思う。そうであって欲しいと思う。

 そんな状態の戦列にうちの関係者も張りきって参加する。

 この妙なテンションにあてられて無茶をしないといいが……。


    △◆▽


 いよいよ目前に迫ったスナークの群れ。

 ちっちゃい子が黒い粘土で作った謎生物のような姿は相変わらずだ。

 これに対し戦線の野郎どもは……、待ちきれずに突っ込んだ!

 おおぉい!

 なんでもう百メートルが待てねえんだよ!?

 突撃した前線は魚鱗の陣――三角形になっている。

 どうやら「もう我慢できねえぜ!」とはやった戦線中央の奴らが飛びだし、他の連中もそれに倣ってしまったようだ。

 どこの何奴ら――、あれ、メイド服……?

 ……。

 いや、何も見えなかった!

 まったく、どこの連中なのやら……。

 スナークと接触した戦線はそこで進撃を止め、その場に留まって殲滅戦を開始。

 よかった。

 そのまま突き進まれたらどうしようかと思った。

 位置にはちょっとズレが生まれたが、なんとか作戦は予定通りに進行している。

 前線の連中はベルトコンベアーで運ばれてきた物を呑み込む粉砕機のごとく、猛烈な勢いでもってスナークを殲滅していく。


『さらば、さらば、古き、ものよ!』


 後方で待機する兵が前線で戦う者たちを鼓舞するように合唱する。

 なんだかメロディまでつき始めていた。

 これにより皆の士気は上がり、おれの士気は下がった。

 前線で戦ううちのメンバーは各国の兵やスナークに紛れてしまってどこに誰が居るかわからないが、壁から張り出した縁で母さんとコルフィー、マグリフ爺さん、ベリア学園長が魔法をバカスカ群れの後方へ叩き込んでいるのは見えた。


「ははは、これは参ったな! 皆が張りきりすぎて私の出る幕がないではないか!」


 エクステラが高笑いしていたが、おれが頭を押さえているのを見て首を傾げた。


「どうしたレイヴァース殿!」

「あー……、実はぼく、スナークの声が聞こえてしまうんですよ。まあ殺してくれって訴えなんですが。それがやたら響いて……」

「む、それは難儀なことだな! 私が撫で撫でしたら少しは良くなるだろうか!」

「……たぶんなりませんね」

「では私を撫で撫でするといい!」

「なんでそうなるんですかね?」


 謎理論だったが、ずいっと頭を寄こされたので仕方なく撫でる。


「これまで撫でる機会はあったが撫でられる機会は無くてな! ……っと、ジェミナくん、私を追いだそうとするのはやめてくれ。あとで撫でてもらえばいいじゃないか。――いや、譲らん、譲らんよ!」


 どうやらジェミナと体の支配権を奪い合っているらしく、エクステラは「ぐぬぬぬ……」と眉間にシワを作って唸りだした。

 要塞屋上は何故かのどかになっているが、継続中の殲滅戦は激しさを増していく。

 まだ体力も気力も充分というのもあるだろうが、数日間かけて戦い続ける必要が無くなり、持てる力を存分に発揮できるとなれば激しくなるのは当然か。

 おかげで戦況はかなり一方的。

 そういうわけではないとわかるのだが、なんだかイジメ状態だ。

 この殲滅戦だが、おれはまだ動かない。

 当初はここで動く予定だったが、作戦立案会議の途中でもたらされた情報により変更を余儀なくされたのだ。

 バンダースナッチ――ナスカ。

 当初、それはスナークの群れの上空に漂う瘴気の固まりであると判断されていた。しかし観測を継続した結果、実は形を持つ巨大なスナークであると判明したのだ。

 空に薄っぺらく広がり、ゆっくりと森林連邦に迫ってくる影。

 どうやら初めて観測されたバンダースナッチらしく、どんな存在なのか、どのような攻撃をしてくるかなどまったくの未知数。

 確認されていなかったんだから当然シャロ様が識別名をつけているわけもなく、そこでおれは便宜的に『ナスカ』と呼称することにした。

 これは理解しやすいようにと描いた偵察兵の簡潔な絵が、ナスカの地上絵のコンドルのようだったからである。

 ナスカはゆっくりと、雲のようにやってくる。

 スナークの群れよりも移動速度が遅く、本来であれば群れから釣りだす手間がはぶけて喜ぶべきことだったが、まとめて黒雷でぶっとばさないといけない今作戦においては逆に問題となった。

 それに空に漂っているというのも戦いにくい。

 そこで、ひとまずスナークの群れを殲滅することが優先され、ナスカについては重要視しないことが決定する。

 バンダースナッチ一体と、スナークの群れ。

 どちらか一方を討滅するとなれば、疲弊覚悟で長時間の防衛戦を強いられるスナークの群れの方がやっかいだからだ。

 例え強力な個体であっても、一体であれば一度倒せばそれからは復活までの休息をとることができる。それに群れさえ討滅してしまえば戦力をそちらに投入できるので、少数の精鋭がひたすらナスカと戦い続けるという状況も回避できる。

 ただ、この判断には問題もある。

 例えばナスカがおれの存在に気づき、おれが腕輪のクールタイムに入ったところでのこのこ近づいてこられることだ。

 正直これは困るので、現在、ザッファーナの兵、竜化できるアロヴを始めとしたメンバーによってちょっかいをかけ、この場から遠ざけるという作戦が同時進行している。

 しかしこの接触で、ナスカがスナークの群れを相手にするよりもやっかいな存在であると判断された場合、おれが討滅する対象は群れからナスカへと切り替わることになっている。

 おれがまだ動かないのは、その報告を待っているからだ。


    △◆▽


「あの鳥! 俺たちをまったく意に介さず、進路を変更する素振りも見せん! ふざけた奴だ!」


 はい、想定外きました。

 ナスカは火を噴こうが突っ込んで貫こうが、竜たちをまったく意に介さずゆっくりこちらへ侵攻し続けている。

 どうにもならないので帰還したアロヴたち。

 総司令官と大精霊と要となるおれは、要塞の屋上でもたらされた情報に困り果てた。


「うむむ、レイヴァース殿、どうする!」

「もうけっこう近くまで来てますしね……、あれ」


 こうなったらナスカがここに到達するまで、もう一回殲滅戦をしてもらって、そこでおれが一網打尽にするという方法をとりたいが……。


「ナスカがどんな特性を持っているとかがわからないのが恐いんですよね……」


 こっちに来た途端に本気になってとんでもない攻撃とか始められるのが困る。

 そこはもういつも通り(?)の、でたとこ勝負になるの?


「あと、群れの討滅を始めても空に浮かんだままとかだったらどうしましょう?」

「任せたまえ! そのときは私が君を空に打ち上げてあげよう! 大丈夫! ちゃんと受けとめてあげるし、下は大部分が水だから失敗しても平気だぞ!」

「御存じですか、水面ってけっこう固くて、落ちる高さによっては地面とそう変わりないのを……」

「ははは! 冗談だよ! ちゃんと受けとめるさ!」


 不安だ……!

 しかしこうなったらそれを試してみるしかない。

 当たって砕けろ。

 場合によってはおれが本当に砕ける。


    △◆▽


 殲滅戦の後、ナスカが進路変更しないのでスナークの復活を待ってもう一度殲滅戦を行いながらナスカの到達を待つ旨を全軍に知らせる。

 士気が下がるかと思ったが、さらに戦えると知った兵たちの士気はむしろ上がった。

 まあこれがあと五回くらい繰り返して、と言われたらさすがに表情も曇るのだろうが。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/26

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/02

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/04

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/04/12

※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/09


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