第381話 12歳(夏)…ウスク湖の断廊
「ご主人様、素晴らしい演説でしたよ! いつか私もあんな風にビシッと決めてみたいと思いました! ってあれ? ご主人様?」
レイヴァース家関係者用の天幕に引っ込んだところ、まずリオが歓迎してくれたのだが……、おれはその賛辞に反応する余裕がなく、へなへなと地面に倒れ伏した。
演説が終わったところでおれは我に返った。
返ってしまった。
さっきまで溢れんばかりの全能感に浸っていたのに、急に日が陰ったように心に影が落ち、みなぎっていた自信は霧散、代わりに羞恥心がおれを焼いた。
「うぉ……、なんか偉そうなこと喋ってしまった……!」
ベルラットからもらった薬草汁は一気にたくさん飲むと精神に悪影響を及ぼす危ない代物だったんだな、と冷静になったおれは地面をごろごろしながら深く反省する。
「ついさっきまであんなに立派にしていたのに……、凄い落差だね。大丈夫かい?」
アル兄さんが困惑しつつ心配してくれる。
ははは、全然、まったくもって大丈夫じゃないですね。
「ふっふっふ! これは良い記事になるわ! 来たかいあった!」
おれが超偉そうに星芒六カ国の部隊に向けて演説している様子をルフィアは撮影しまくった。
しまくりやがった。
「良い写真があったら一枚いただける? 家に飾ろうと思うの」
「はは、それはいいな」
母さんと父さんがひどいことを言う。
地面に転がる哀れな息子を見て、何故そんなことを言えるのか。
「いやいや、さすがは英雄殿だ。ところで英雄殿、そろそろ整地作業はやめて起きあがらないか?」
「うるさいやい! うぅ……」
ややあきれた様子で言うヴュゼアはルフィアに頼まれ、おれの演説内容を書きとめる係をやっていたようだ。
余計なことしやがって。
「あとバスカー、おれは遊んでるわけじゃないからじゃれついてこないの……!」
「くぅん」
ごろごろするおれにタックルしたり飛び乗ったりしてきていたバスカーを追い払い、気が重いまま立ち上がる。
薬草汁を飲んだことで体調は無理矢理改善されたが、代わりにとてつもなく気が重くなるという事態を招いた。
「御主人様、もうこうなっては最後まで威厳を保つよう頑張りましょう。ここで急に情けない姿を見せては、あの演説はなんだったのかと印象が悪くなりますし、士気にも関わるかもしれません」
サリスがおれの服についた汚れをパタパタ払いながら言う。
確かに今更、あれは薬でラリってたんです、なんて知られるわけにはいかないからな……。
『さらば古きものよ! さらば古きものよ!』
外からは行進する兵たちの合唱が聞こえてくる。
やめてくれ……。
それ前世でクラスメイトが読んでいた文庫のタイトルなんだ。
なんとなく気に入って覚えていただけの、ただのパクリなんだ。
中身すら読んでないんだ。
演説の流れで言えそうだったから、ついノリで言ってしまっただけなんだ。
「さらば古きものよ! さらば古きものよ!」
兵たちに感化されたミーネがノリノリで叫びだした。
「ぐぉぉ……!」
おれは再び地面をごろごろした。
△◆▽
ベルガミアではスナークの群れを瘴気領域境界線付近にある峡谷にて迎え撃とうとしたが、こちら森林連邦では逆、領内に引きつけて戦闘が行われる。
それは森林連邦がベルガミアと違い、瘴気領域に接する地域が平地であり、スナークの群れを散り散りにさせないよう、まとめておける天然の隘路が無いためだ。有利に戦える場所が無いからと、真っ向勝負をするわけにはいかないわけで、結果、人工の隘路が作られた。
大森林の南東、瘴気領域側に存在する巨大な湖。
ほとりに立つと視界の大部分を水面にもっていかれ、水平線すら望めるこの湖は名をウスク湖。長さ60キロ、幅20キロ。面積800平方キロ。湖の形は楕円と言うか、いい感じの形をしたサツマイモ。
そんなウスク湖を上空から眺めると、縦を真っ二つにするように線――人工物が走っていることがわかる。
橋、と一言でまとめるには説明不足だ。
確かに大森林側から湖の中心にある水上要塞までは二十車線くらいありそうな幅が広く堅牢な石橋だが、そこから瘴気領域側までは左右を分厚い壁によって守られた湖の底を行く通路になっている。
瘴気領域側の畔から要塞に向かって徐々に下っていく通路は、最深部ともなれば100メートルを超えるらしい。
この湖を走る橋と要塞と通路、これら合わせて『断廊』と呼ばれる。
この断廊こそがスナークの群れを呼び込み、戦うことになる森林連邦の戦場だ。
スナークは瘴気領域側から、防衛に参加する戦士たち――悪く言えばエサに引き寄せられ、湖の底まで続く断廊に入る。
そこからはベルガミアと同じく遅滞戦術。
殲滅と休憩を繰り返しながらの後退である。
ベルガミアとの違いは、戦線が完全に崩壊することが予測された場合、兵を要塞へと撤退させ、その後、左右の壁にある放水口を解放して一度だけスナークたちを一網打尽に出来る仕掛けがあることである。ただの水攻めではなく、壁はそれ自体が魔道具として設計されており、大量の水と共に雷撃が荒れ狂うことになっているようだ。
この断廊の水没によって時間を稼ぎ、さらなる救援要請、そしてそこからは橋となっている残り半分で戦うことになる。
言ってみれば瘴気領域側から要塞までの通路が第一防衛ライン、砦からの橋が第二防衛ライン、そして橋を抜けた広場が最終防衛ラインなのだろう。
ここまでなら、わざわざこの湖ではなくもっと瘴気領域に近い場所、人工隘路を建設しやすい場所を選べば良いのではと思うのだが、この大森林の端が選ばれたのはこの地ならではの理由があった。
△◆▽
断廊中央、水上要塞。
ここが水門開放という事態になるまでの作戦本部となる。
現在、おれはこの要塞の屋上から断廊を見下ろしていた。
まったく、とんでもない建造物である。
元の世界で同じものが作れるだろうか?
出来る出来ないで言えば、たぶん出来るのだろうが、これを作る理由というものが存在しないので、作られることはないだろう。
ちなみにこの断廊、シャロ様がちゃちゃっと土魔法で湖を分断して、それから建築が始まったとか。
まったくシャロ様は最強だぜ。
断廊を形成する両側の壁は、分厚すぎて壁と言うよりはビル。三十キロくらいある横長のビルだ。壁内部には通路があり、断廊側に張り出した縁から矢とか魔法とか下に向かってぶっ放すことになっている。
こんな場所で破壊魔法?
死ぬって!
と、思われるだろうが、そこはちゃんと対策がされている。
なにしろ構想と設計、建設はシャロ様で、雷撃の仕掛けや対水圧・魔法攻撃耐性については弟子のリーセリークォート、別名アーカリュースによる回廊魔法陣が用いられている。
同じエルフということもあり、森林連邦ではリーセリークォートは他の地域よりも有名らしい。
ちゃんと強度のテストが行われ、シャロ様が一回ぶっ壊しちゃったものの、さらに強度を増す対策がとられ、完全なものとなった。
そんな断廊をすごーい、こわーい、と眺めてはしゃいでいるはクロア、セレス、ミーネ、ティアウルの四名で、サリスとシャンセルが監督している。
ミリー姉さんはそれをにこやかに眺め、ルフィアは黙々と周囲の様子を撮影。
戦闘に参加しない面々はここで……、言い方は悪いが観戦する。
「……本当に大丈夫なんですかね?」
「大丈夫だとも! 任せたまえ!」
今回の作戦は要塞に近い場所までスナークの群れを引きつけて行われる。なのでこの要塞もほぼ前線。そんな場所に皆がいることを心配するおれに対し、ジェミナに体を借りている大精霊エクステラは言う。
「もし不測の事態が起きたとしても、私が責任を持って畔にある精霊門まで運んでやろう!」
腕組みをして言い放つエクステラだが、姿がジェミナなので偉そうな姿がむしろ可愛く見えてどうも不安がぬぐえない。
「わん! わんわん!」
「む? ははは、そうか、お前も皆を守るか!」
エクステラの傍らにはバスカーが居て、この新米精霊をエクステラはわりと気に入っている。
エクステラはここで戦いの様子を見守るためにいるわけではない。
てっきり精霊エイリシェのように連絡網としての役割を果たすのかとおもったら、エクステラは望まれれば普通に攻撃に参加するようだ。
このエクステラの協力が、大森林の端――精霊の支配域内にあるウスク湖が戦場に選ばれ、断廊が建築された理由である。
強力な助っ人が存在するというのは、ベルガミアと比べて恵まれているところだろう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/26
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04




