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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
6章 『深緑への祝福』編
386/820

第380話 12歳(夏)…激録・密着24時(後編)

【6月24日 2時――】


 会議は七時間に及んだ。

 疲れ果てた。特に精神的に。

 大首長や各国の指揮官を始めとした会議の出席者は十四時間後の作戦の準備――さらにお仕事継続だが、おれは子供ということ、さらに作戦の要ということもあって四時間の休憩を与えられた。

 要は四時間だけ寝ておけ、ということだが……、寝られない!

 これまでにも色々とやっかいごとはあったが、もうやるしかないという状況に追い込まれてヤケクソなところが多く、こんな風に計画が立てられて長い待機時間を過ごすのはこれが初めてとなる。

 さらにこれだけ多くの人々が動員されるという状況も初だ。

 状況は作戦に向けて着々と進行していくが、自分の目の届かない部分があまりに多く、それは、いつ不測の事態が発生するかもしれないという不安をおれにもたらした。

 なるほど、こういう緊張状態にあってどんと構えていられるというのは、実は才能が求められるものらしい。

 軍の指揮官とか、この座して待つことの出来る人でないとダメなんだろうな。

 おれには無理だ。

 すでに疲れとストレスで気分が悪くなってきている。

 昨日の昼から何も食べてないが、会議中、食事の用意はされたがいっぱいいっぱいでとても食べる気にはなれず、空腹感も無かったので飲み物だけしか口にしていない。

 あと十四時間くらいしたらスナークとの決戦。

 何かの冗談かと思うほど現実感が無くて困る。

 こんな状態では肝心の作戦中にミスをするのではと不安になるし、その不安がより体調を悪くする。

 困った。


    △◆▽


【6月24日 6時――】


 起床――、ってかずっと起きてた。

 何か見落としはないか、潰しておける不安要素はないかと考えているうちに四時間はすぎてしまった。

 朝食は辞退。

 胃が気持ち悪くて食事なんてとてもとれそうになかった。

 あと十時間くらいしたら戦場に立ってスナークを迎え撃つことになっているが、どうしても実感が湧かないというか現実感がない。

 これ夢なんじゃね?

 なんかぼやっとしてるし。

 でも妙に冴えた感じもする。

 おかげで体の反応が一テンポ遅れるような、意識だけ先に行って体がついてこないような状態になっている。

 あと椅子に座ってるのが妙に楽で困る。

 ドライアイスから白い煙がふわふわーっと周囲に発散されるような感じで体から活力が抜けて行っているような気がする。

 お家に帰りたい。

 バスカーをわしゃわしゃしていた昨日が懐かしい。


    △◆▽


【6月24日 7時――】


 放心していたら大首長に要請に応じてくれた各国の部隊を回って声をかけて欲しいとお願いされた。

 おれのような小僧が出向いていって偉そうに声をかけるとかどうなのよ?

 でも一応英雄だ。

 士気の向上が望めるならやるべきだろう。

 さらにおれ一人でのこのこ慰労に向かったら迷子と勘違いされると心配されたのか、メイドたちを引き連れて行くようお願いされた。

 確かにメイドたちを付き従えていれば傍目には立派に見えることだろう。

 さらに、ここにシアとアレサとティゼリアが加わった。

 ミーネはまだ寝てる。


「ご、ご主人さま、なんか顔色が愉快なことになってますが……」

「気分もそうだったらよかったんだがなぁ……」


 今のおれはシアが普通に心配してくるような状態か。

 アレサがおれの不調を癒そうとしたが、寝不足と緊張状態から来る体調不良はどうにもならないようだった。

 それでも若干、気持ち悪さは消えたのでありがたい。


「私も行くね! 格好良く撮るからまかせて!」


 ルフィアがウキウキで付いてくる。

 その脳天気さを半分くらいおれにくれ!

 気乗りしないが、おれは皆をぞろぞろ連れて移動。

 現在、中央の森の精霊門から戦場となるウスク湖にある門へと物資の運搬が行われている。

 この運搬が終了すると、次はスナークとの戦いに臨む戦士たちの出陣だ。

 中央の森に六カ国すべての部隊が集合できるような広場はないため、各所広場や道に別れて待機中。

 まずは自国の防衛となるエクステラ森林連邦の戦士たちのところへ。

 主戦力となる連邦の戦士たちは当然ながら一番数が多く、中央の森の政庁前の広場に整列していた。

 ひとまずの緊急召集で編成された約四千の精鋭部隊。

 防衛、攻撃、援護、救護、さまざまな要員によって構成されているので連隊のような感じになるだろう。

 そんな戦士たちだが、ベルガミアで戦線へ向かうパレードをした黒騎士たちのような悲壮感はない。むしろ「やってやる」という意気込みが感じられる。これはやはり相手が『死なないもの』ではなく『死なせることができるもの』と判明したことによる変化だろう。

 しかし……、この大人数を労うってどうすりゃいいの……。

 困っていたところ、アウレベリトに見つかって政庁の前、要は部隊員が整列する真っ正面に連れていかれることになった。

 手を振りながら頑張って笑顔を作る。

 当たり障りのない励ましの言葉を贈り、そそくさと撤退。

 ダメだ、今は余裕がない。

 これはちょっとまずいかもしれないと、おれは密かに心配を始めた。


    △◆▽


 頭痛と吐き気までしてきたが、アレサに頼んで応急処置、一時的に抑えてもらい、慰労巡回を続ける。

 エクステラの次はベルガミアの部隊のところへ。

 大歓声でめっちゃ歓迎された。

 なんか巨大な『便器に座るおれの像』が闘技場の広場に作られたとかすごくいらない情報をもらってヘコまされた。

 ベルガミアの黒騎士たちに対しては、げんなりするおれが何かを言う必要もなく、シャンセルとリビラがノリノリで鼓舞し始めた。

 黒騎士たちが何かを言い、それに対しシャンセルやリビラが答えるという記者会見……ではないな、報道関係者を招いての舞台挨拶のような感じで勝手に盛りあがっていく。

 しかし――


「王女! リビラ嬢! 進展はありましたか!」

王女令(プリンセス・オーダー)! 凍ぉれぇぇーッ!」


 何が気にさわったのか、シャンセルが質問してきた黒騎士に冷気を叩き込む。

 お、おい、周囲が巻き添え喰らってるぞ……?


「ダンナ、悪りぃんだけどさ、あたしとリビラは置いて先行ってくんねえかな!」

「ちょっと調子に乗ってる奴にお説教しないといけなくなったニャ」


 よくわからないがおれはシャンセルとリビラに追い立てられる。

 激励に来たのに、結局なにも喋らなかったんだが……。


    △◆▽


 釈然としないものの、ベルガミアの部隊はシャンセルとリビラに任せておれたちは次にザッファーナ皇国の部隊の元を訪れた。

 大将がアレなので、きっと他も活きのいい連中かと思いきや、全員がガチガチに直列不動でびしっと整列していた。

 下がこれだから大将がアロヴでも平気なのかな、とおれは考えたのだが、そのアロヴも直立不動でいる。

 不思議に思っているとヴィルジオが言う。


「戦いが近いので緊張しているのだろうよ」

「……緊張?」


 絶望的なベルガミアのスナーク戦であってもアロヴは臆することなく大暴れで活躍していたような人なのだが……、わからん。


「アロヴさん、どうしたんですか?」

「ハハ、別にどうもしてないでござるヨ」

「聞いたこともない口調になってますが……!?」


 よくわからないが、どうやらおれが居るとこのおかしな緊張状態が続くようなので、軽い挨拶だけして次の部隊へと向かうことにした。


    △◆▽


 セントラフロ聖教国。

 聖騎士たちの部隊はおれに求めることがわかりやすく、そういう意味では非常に楽だった。

 握手である。

 突っ立っているおれの前に列ができて順番に握手。

 普通の握手とは違うのは、活を入れて欲しいので雷撃を込めてくれとお願いされたことだろう。

 なので握手するたびに「んくっ」とか「ぬふぅ」とか、逞しい男たちのうめきを聞くことになる。

 最後の方になると、さすがに安請け合いしたことを後悔し始めた。

 この人たち、……マゾなのかな?

 いや、いけない。

 そんなこと考えだしたら聖騎士全体がマゾとか恐ろしい話に発展しまう。

 おれは心を無にして握手を続けた。

 また同じことを頼まれることがあったら断ろうと心に誓った。


    △◆▽


 ヴァイロ共和国。

 髭モジャ共はエールをばかばか飲んでいた。

 正気か!?

 おまえら正気なのか!?

 決戦前だぞ!?


「なに。エールなんぞ儂らにとっちゃちょっと元気になる水みたいなもんだ。これで酔う奴ぁドワーフじゃねえ。戦いの前の景気づけよ」


 愕然としていたらエーゲイトがそう言った。

 どうやらベルガミアでもこうだったらしい。

 なんかそこかしこで笑い声やら歌やら聞こえてきて、祝勝会みたくなってるんだけど本当に大丈夫なのかコレ。

 あとかなりの数の連中が自分の剣にブフゥーッとウィスキーっぽいもん吹きかけてるけどいいの?

 確か三百年かけて生みだした新技術で作られた大事な錬成魔剣なんじゃなかったっけ?


「あれは力を与えてくれる剣に感謝しての、儀式のようなものさ」


 清めの酒のようなものか……?

 わからん。

 ドワーフはわからん。

 まあ……、命がけの戦いだし、こういう賑わいで恐怖心を打ち消していると考えることも出来るが……、ただ飲んでるだけにしか見えないんだよなぁ……。

 いや、おれは飲まないからね?

 子供だし、具合悪くなってる今飲んだら残念なマーライオンになっちゃうから。

 ここに長居するとろくな事にならないと思い、おれは逃げるように移動した。


    △◆▽


 そして最後にメルナルディア王国。

 パイシェはちょっと行きたくなさそうだったが、かつての仲間たちが戦場へと赴くのだ、ここは会いに行くべきと考えたのだろう。

 しかし到着してみると、メルナルディアの連中は作戦前だというのに乱闘を始めていた。

 怒号をよく聞いてみると、この戦いが終わったら誰がヴァイシェスと結婚するかについての言い争いが、殴り合いに発展したらしい。

 エルセナのブーケの効果だろうか?

 すげえなエルセナ。


「この馬鹿どもがー!」


 あまりの惨状にパイシェが我慢しきれなくなって突撃。

 作戦前だというのに野郎どもをぶっ飛ばし始める。

 混戦には……、ならない。

 メイド姿のパイシェに見とれ、動きを止めた連中はパイシェにぶん殴られたのが嬉しかったのか、地面に倒れてうっとりしている。


「貴様らそれでもメルナルディアの精鋭か!? 恥を知れ!」


 パイシェはきつい口調で叱責するのだが……、ダメだ。

 可愛らしく可憐なメイド姿のパイシェでは効果が無い。

 いや、違う効果が出てしまっている。

 連中は殴りやすいようにと整列し始めた。


「覚悟が足らん!」


 最前列の野郎をぶん殴るパイシェ。


「ぐふ! ……ありがとうございます!」


 殴られた奴は礼を言ってからすみやかにどき、後ろの野郎に場所を譲る。


「よろしくおねがいします!」

「緊張感が足らん!」

「ごほ! あ、ありがとうございます!」


 もはや儀式。


「……なんだこの地獄絵図……」


 パイシェはメルナルディアでずっとこんな調子だったのだろうか?

 皆で唖然と眺めるなか、シアが感心したように言う。


「フラグをバキバキにへし折っているので……、ある意味これは素晴らしい激励なのではないでしょうか」

「ああ、なるほど」


 そう納得したあと、はっとして何がなるほどだと自分に突っ込みを入れる。

 疲れでだいぶ思考がおかしくなっているようだ。


「憧れのあの子との記念写真……! これは……売れる!」


 ルフィアは嬉々として写真を撮っていた。

 どうやらぶん殴られツーショットをあの野郎どもに販売するつもりでいるらしい。

 本当に金を出しそうな気がするので、あとでヴュゼアに無料で提供させるように言っておこう。


    △◆▽


【6月24日 9時――】


 各部隊が決戦の地――ウスク湖へと移動を開始する。

 おれは部隊が移動し終わったところで向かうことになるため、皆には今の内に出発前の挨拶をしようとしたのだが、クロアやセレスを始めとする戦闘に参加しない者たちも向こうへ行きたいと言いだした。

 戦闘に参加するのは、決死隊(?)がおれ、シア、ミーネ、アレサ、そしてちょっと特殊な要員となったジェミナの五名。

 部隊に混じって戦う者、近接戦が父さん、ティゼリア、バートラン、アル兄さん、リビラ、リオ、アエリス、パイシェ、ヴィルジオ、シャフリーンの十名で、魔法での遠距離攻撃が母さん、コルフィー、マグリフ爺さん、ベリア学園長の四名だ。


「コルフィーも攻撃に参加するの!?」


 驚くおれに対し、母さんとベリア学園長は問題ないと言う。

 てっきりコルフィーは攻撃魔法とか使えないタイプだと思っていたのだが、実際は裁縫だけに興味が向いていたせいで蔑ろにしていただけだった。そもそも魔装職人として働けていたという事実は、魔道士として優秀であるという証明に繋がるのだ。

 そして戦闘に参加しないのはそれ以外――クロア、セレス、サリス、ティアウル、シャンセル、ミリー姉さん、ヴュゼア、ルフィアの八名なのだが、安全な中央の森で留守番ではなく、戦場の後方から戦いを見守らせて欲しいと言う。

 何とかして思いとどまってもらおうとしたのだが――


「はっはっは! よろしい! いざとなったら私が安全なところまで送ってやるから安心したまえ!」


 そう許可してしまったのはジェミナ――ではなく、ジェミナを依代とした大精霊エクステラである。

 精霊エイリシェがジェミナを推薦したのは、大精霊エクステラの依代とし会話できる状態にするためだったようだ。

 うん、今のところは迷惑にしかなってないんだが……?


    △◆▽


【6月24日 13時――】


「兄さん、がんばって!」

「ごしゅぢんさま、がんばってください!」


 無邪気に励ましてくれるクロアとセレスに笑顔で応えはしたが、いよいよ体の調子がおかしくなってきていた。

 きつい。つらい。

 でもクロアとセレスにはいいところを見せたいので頑張る。

 頑張れおれ。

 負けるなおれ。

 危ないところにクロアとセレスを来させてしまう結果になったが、こうなったら状況を逆手にとって立派な姿を見せる機会が出来たと思うんだ。

 たぶんこの先、こんな機会はない。

 ベルガミアでの戦いはお話だけだったが、今回はちゃんと兄の勇姿を見せることが出来る。ここでいいとこ見せておけば、いずれおれが大したことないとバレてもなんとか威厳を保つことが出来るはずだ。

 だから頑張れおれ。


「うぉぉ……、うぅぅ……」


 自信に喝を入れようとするも、さっぱり力が入らない。

 いや、体の不調だけならまだいい。

 問題は意識の混濁だ。

 寝られないとか言っていないで、シアにぶん殴ってもらって気絶してでも意識をリセットする時間を設けておくべきだった。

 あんまり疲れと睡眠不足が蓄積されると、脳は起きていながら眠ろうとする。

 するとどうなるか。

 幻覚や幻聴が見えたり聞こえたりするようになる。

 覚醒と昏睡の狭間。

 現実と夢の境界線の崩壊。


『……欲しいか……』


 なんか変な声が聞こえてきた……。

 恐い……!


『……力が欲しいか……』


 いらない!

 力よりもぐっすり眠れる状況が欲しい……!


『……むぅ……』


 うん、いらないからね。

 妙な幻聴と戦っていたところ、作戦開始の皮切りとすべく、ウスク湖前で整列した全軍に向かって何か演説して欲しいと頼まれた。

 ぐおぉ……、さらにストレスが……!

 もうダメ。倒れそう。

 でも頑張らないと……。


「あ……」


 いよいよ限界かと思われたそのとき、おれはちょうどいい物を持っていたことを思い出した。

 偉大なる魔迅帝ベルラットにもらった薬草汁だ。

 効果は折り紙付き。


「……こ、こいつがあれば……!」


 若干ヤケになっていたおれは薬草汁を一気飲み。

 本来、かなり希釈して飲む薬草汁。

 まずい。

 あまりにもまずい。

 良薬は口に苦しどころじゃない。

 混ぜるな危険をちゃんぽんして口に注ぎ込んだような不味さにおれはぶっ倒れてのたうち回る。

 しかし――、不意に、消えそうなロウソクの火のようだったおれの精神がガソリンをぶちまけられたかのように燃え上がった。

 恐ろしいほどの活力が全身にみなぎり始め、突如湧き上がった得体の知れぬ全能感は得も言われぬ高揚感をもたらした。

 不安、恐怖、おれの精神を抑圧していたものは味覚と共に砕けて消えた。

 おれはゆっくりと起きあがり、大きく深呼吸をする。

 もはや恐れるものなど無かった。


    △◆▽


【6月24日 14時――】


 エクステラ森林連邦――大森林の南東の端にウスク湖はある。

 精霊門はその湖の大森林側の畔に存在し、門の周囲はすぐに使用される物資の集積場、そして部隊が集合できるようにと整地された広大な広場となっていた。

 いよいよ開戦間近となった今、森林連邦を始めとした星芒六カ国の部隊は整列し、強い覚悟を秘めた目でおれを見つめてくる。

 おれは全部隊の正面、ミーネが拵えた三メートルほどの高さがある土の演説台に立ち、戦士たちの眼差しを一身に受けとめていた。

 手前には背の高いテーブルが置かれ、その上には拡声の魔道具。

 演説台の周囲にはおれと一緒にエクステラに来た面々の他、森林連邦のお偉いさん方と各星芒六カ国の指揮官が並び、部隊に向かい合っている。

 これだけの大人数が集まっているというのに、周囲はしんと静まりかえっていた。

 おれはしばし瞑目していたが、ゆっくりと瞼をあげ、口を開く。


『あらゆる命を喰らう恐ろしき存在――邪神。

 命あるものたちすべてが、その存在に脅かされることになった時代があった』


 それは文明がことごとく消滅してしまうほどの惨事を引き起こしたと伝わる。


『命あるものたちは選択を迫られた。

 ただ喰われるか……、それとも、喰われる前に邪神を滅するか』


 あまりの恐ろしさに戦うことを選べなかったものもいただろう。

 だが、多くの者たちは戦った。

 戦うしか選択肢が無かったというのもあるが、きっとそれだけではなかったはずだ。

 あらゆる命が戦った。

 種の垣根を越え、『命を持つもの』という共通点が結束となった。


『戦いの末、邪神は倒された。

 だが……、犠牲は多かった。

 あまりにも多かった。

 それは皆もよく知っていることだろう』


 もはや犠牲の数など残すことも出来ぬほどの死。

 だが邪神は倒されてなお、その影響をその地に残した。


『邪神は呪いのごとく瘴気をまき散らし、その地は穢れ、瘴気領域という死の領域を残した。

 そしてそこに留まる、古くは瘴気獣と呼ばれていた存在――スナーク。

 いったいどれほどの数が居るのかすらわからぬ群れ。

 それこそが犠牲となったものたちの成れの果てなのだ』


 と、そこでおれは一度言葉を止め、皆を見回す。


『皆はこれまで、スナークを忌まわしき存在と考えていただろう。

 私もかつてはそうであった。

 しかし――、私はベルガミアでスナークに遭遇して知った。

 スナークは助けを求めていた。

 殺してくれと。

 そう、スナークは死なぬのではない。

 死ねないのだ。

 死ぬことのできぬ存在になってしまったが故に、殺してくれる誰かを捜し求めていたのだ』


 スナークとは哀れな存在であった。


『だが、だからといってスナークを許せとは言えない。

 これまでの歴史のなかで、スナークの犠牲となった者たちが居る。

 それはとても少ないなどと言うことのできない数だろう。

 スナークとは邪神の落とし子、忌まわしき存在。

 そう教えられてきた皆の考えをあらためよとは言わない。

 憎むなとも言わない。

 だが、どうか、今日、この地に押し寄せるスナークに限っては許す気持ちを持とうとしてもらいたい。

 祖国を守ろうとするエクステラ森林連邦の精鋭たちよ。

 何故、君たちは戦おうとするのか?

 固い同盟で結ばれた星芒六カ国の国々の勇士たちよ。

 何故、君たちは共に戦おうとするのか?

 その理由、それはかつて命もつものであったスナークたちも抱いていたものなのだ。

 押し寄せる黒きものどものなかには、我が子が生きていられる世界のために邪神に挑んだ者たちがどれほどいるだろう。

 そう、彼らは君たちの遠い遠い祖先なのだ。

 だからどうか、許す心を持とうとしてほしい。

 私は、今ここに集った君たちにならそれが出来ると信じている。

 君たちだからこそ、かつて邪神に挑んだ戦士たちに、畏敬の念を抱かずにはいられないと私にはわかるからだ。

 かつての戦士――彼らの犠牲なくして今の世は無い。

 けれど穢れた英霊は、守り通した子らの末裔を襲う。

 これがどれほど悲しいことか、皆ならばよくわかるはずだ。

 だから、どうか、叶うならば……、許そうとして欲しい。

 そして出来ることなら祈って欲しい。

 敬意からでも、感謝からでも、慈悲でも、同情でもいい。

 剣を振るうときも、矢を射るときも、魔法を放つときも、どうか祈って欲しい。

 この地で最後を迎える彼らに。

 ようやく不死の呪いから解き放たれる古きものたちに。

 弔いの念を込め、さらば、さらばと――』


 おれは腕を両手を掲げ、叫ぶ。


『さらば古きものよ、と!』


 そう締めくくると同時――


『うおぉぉぉ――――――――――――――ッ!!』


 大気を振るわせる大歓声。

 勇ましき戦士たちよ、我に続くがいい。

 我はメシア、今日この国を救済する。

 ……。

 …………?

 あ、お薬の効果が切れてきた……。


※誤字脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/21

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/31

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/01

※誤字脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/04


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