第379話 12歳(夏)…激録・密着24時(前編)
【6月23日 14時――】
「この犬野郎め、わんわんか、わんわんなのか。こいつめ」
「わんわん! へっへっへ……!」
その日の午後、おれは仕事をほっぽりだし、甘えてくるバスカーのお腹をわしゃわしゃしてなごんでいた。
と、そこに爆走してきた馬車が一台。
到着と同時に馬車からはエルフの男性――エクステラ大使が飛びだし、形式的な挨拶すっとばして必死におれを呼ぶ。
もうその時点でただ事ではないと予想できたが――
「我が国でスナークの暴争が確認されました……!」
その言葉で緊急事態であることがはっきりした。
「突然のことで大変申し訳ございません! しかし、急を要する事態、『スナーク狩り』のレイヴァース卿にどうかご助力を賜りたく、ご多忙は承知ながらお願いに参りました!」
今は多忙というわけではないが、実際に忙しかったとしてもスナークの暴争となればそんなことは言ってられない。
スナークの暴争が確認されたのは本日未明。
実際にはもっと前に侵攻が始まっていたようだが、夜の闇の中、遠く離れた場所から真っ黒い奴らを観測するのは無理がある。そのため夜明け頃にようやくその姿が確認できたようだ。
知らせはすぐに伝達され、直ちに緊急対策会議が開始。
防衛軍の編成もすぐに始まり、救援要請は連邦に駐在していた他の星芒六カ国大使たちによって各国へと伝えられた。
現在は星芒六カ国の国々が救援部隊を編成しているところで、派遣までにはもうしばらく時間を必要とする。
大使が言うには、各国の部隊が派遣される段階になると連邦側の精霊門はフル稼働になるため、おれにはそれまでに準備を整えて連邦に来てほしいらしい。
まあ無理なら無理で、おれは強引に通れるらしいが。
そもそもスナークを討滅できるのが現在おれだけなので、おれを迎えなければ話にならないということか。
大使はこれからザナーサリー国王にも報告に向かい、またこちらに戻って来るようだ。
なら……、たぶんその間に準備は出来る。
そもそも特に準備することなんてないんだよな。
そうと思っていると――
「四十秒で支度しな、とか言われなくてよかったですね」
シアがニヤニヤしながら言ってきた。
面倒なので無視。
その反応が気に入らなかったのか、シアはしつこく四十秒、四十秒と言ってきたので、バルス、と目つぶしを喰らわせた。
目がー、目がー、と悶えながらも嬉しそうなシアに、おれはちょっと畏怖を覚えた。
△◆▽
【6月23日 17時――】
エクステラ森林連邦へ向かうため、まずは王都にある精霊門へと向かうことになる。
同行することになったメンバーは『ヴィロック』のパーティーメンバーであるシア、ミーネ、アレサの三名。
これだけならいつも通りなのだが、今回は違う。
まずミーネが推薦したバートランの爺さんが居る。
頼もしい戦力が増えることを大使は歓迎したので、ミーネは王宮に向かう大使の馬車に相乗りして一旦クェルアーク家へ。
その間、ならばとおれはシアに訓練校のマグリフ爺さん、学園のベリア学園長にも声をかけに行ってもらった。
それを待つ間、屋敷の皆に事情を説明しようとしたのだが――
「ニャーも行くニャ」
リビラが言いだした。
「まあ聞くニャ。ニャーさまの存在によってスナークとの戦いはこれまでとまったく違う――ニャーさまを軸に置いての戦いニャ。そんな戦いのなか、ちょっと小回りの利く戦力が欲しいと思うような状況が訪れるかもしれないニャ。でもそのときになって用意しようとするんじゃ遅いニャ。だからそのもしものときのためにニャーを連れていくといいニャ。スナーク戦を経験しているニャーならきっと役に立つニャ」
「そうだぜダンナ。リビラが珍しくいいこと言ってる。ってわけであたしも行くぜ」
「いやそれはどうかと!?」
「大丈夫大丈夫、戦うなんて言いださないって。ほら、あたしってベルガミアの王女だろ? だからベルガミアから派遣されてきた奴らに激励っていうか、まあ張り切れるよう声かける感じでさ」
確かにおかしなことを言っているわけではない。
でも戦場に他国の王女さま連れていくのは……、どうなのよ?
「主、主、ジェミを連れていけって、エイリシェが。役に立つって」
「エイリシェが?」
この地の精霊であるエイリシェががわざわざ言うのなら、きっと意味があるのだろう。
ならばジェミナも連れていくとなったとき、私も、あたいも、妾も、とメイドたちが次々名乗りを上げ始める。
終いにはクロアやセレスも行く行く言いだした。
大人しくしてるからって、そういうことじゃなくてね?
え? おれの勇姿を見たい?
そ、そんなこと言ったってダメなんだぞ?
これはもう訓練校や学園へお仕事に行ってる父さん母さん呼んできて説得してもらうしかないと思ったのだが――
「私も一緒にいっていいかしら?」
ベリア学園長と一緒に戻った母さんが言いだした。
「魔法を撃っていればいいんでしょう? たくさん撃つわよ?」
戦闘に参加するのはちょっと心配……、でも高名な魔導師だった母さんが見学してるというのもあれだしな。
いやそもそも、親が同行してそこにいるっている状況がやりにくい!
あと、おまけのように付いて来ているヴュゼアとルフィアの二人はいったいなんなんだろうね?
「見聞を広めようかと」
「撮影して記事にしようかと」
「おまえら……!?」
一大事だよ!?
わりと洒落にならない状況だよ!?
おれはマグリフ校長と一緒に戻って来た父さんに言う。
「父さん、なんとか……!」
「え? いやみんな行くってんなら、俺もいかないといけないよな?」
なんでみんな行く気になってんの!?
「まあまあ、戦えない者は安全な場所に居てもらえば良いではないか」
呑気なことを言うのはミーネが連れてきたバートランの爺さんだ。
でもなんでクェルアーク家次期当主のアル兄さんまでいるんですかね!
「これでも剣に限定すればまだミーネより強いんだよ」
「えぇ……」
その事実と戦うつもりでいることに二重で驚いた。
あと、安全な場所ってお家が一番安全なんですけどね!
ったく、どうすんだよこの状況。
観光じゃねえんだぞ……。
そして最後に、王宮へ報告に行っていた大使がシャフリーンと、あとシャフリーンにしがみつくミリー姉さんを連れて戻って来た。
「レイヴァース卿、私もご一緒させてください。戦えます」
「あーん、シャフ、考え直してくださーい!」
制止を振り切るのではなく、引きずってきたのか……。
最初はパーティメンバーだけ、つまり金銀赤黒の四人という予定だったのに、何倍になってんだ。
話し合いの結果、戦闘に参加するメンバーは無茶をしないこと、戦闘に参加しないメンバーは大人しく安全地帯に居ること、我が侭を言いださないことを約束させて同行を許した。
許したと言うか、許可せざるを得なくなったと言うか……。
△◆▽
【6月23日 18時――】
大使に連れられてザナーサリーの精霊門へ到着すると、建物の内部にある門の前には聖女ティゼリアが待っていた。
「先輩! お久しぶりです!」
「うんうん、久しぶりね」
再会を喜び合うアレサとティゼリア。
「ティゼリアさんも要請を受けて?」
「んー、私の場合は貴方の護衛ね。状況が状況だから、もう一人くらい聖女を側に置いておこうってことになって」
そう言うティゼリアはおれに近寄ってくると、そっと囁くように尋ねてくる。
「……ところで貴方、密かに各地でオーク串を買うために屋台に並んだり、困っている子供を助けてはそれをあげてたりする?」
「なんですそれ……!?」
びっくりして尋ね返すと、ティゼリアは苦笑。
「関わってないみたいね。まあ、そういう情報があったから念のために確認したのよ。関係ないならいいわ」
わけのわからない質問の後、いよいよ精霊門でエクステラ森林連邦へと向かうことに。
まずは大使が門をくぐり、少し待ってからティゼリアとアレサを先頭におれたちも門をくぐって連邦側へと出る。
すると景色は一変し、木造の建物の内部へと出た。
おれはこの場面転換にもだいぶ慣れてきたが、これが二回目となるクロア、それからバスカーを抱えたセレスはまだまだ新鮮らしく感激の声をあげる。
「すごーい!」
「ふわー! ふわー!」
「く、くぅん……」
興奮したセレスに揺さぶられてバスカーはちょっと苦しそう。
おれははしゃぐ二人の様子を微笑ましく眺め、それから建物内部を見回してみたが……、この場には誰も居なかった。
はて、なんで居ないんだろう?
出迎えを期待していたというのではなく、こんな状況だ、精霊門の順番待ちとか、混雑整理用の人員とか居るはずなのだ。
不思議に思っていたところ、ティゼリアが口を開く。
「ここはエクステラ森林連邦にある『中央の森』よ。連邦を構成する各森の首長が集まって会議をする中央都市ね」
エクステラ森林連邦は、その名の通り九つの森(国)によって構成される連合国家だ。
基本、各森は独立しているので、連邦としての役割は小さい。ある程度、足並みを揃えておくというのと、あと緊急事態に際し、一丸となって対処する場合のための形態だからだ。
連邦の大首長と大首長補佐は、各森の首長によって構成される連邦最高評議会にて首長たちのなかから選ばれる。
「よくぞいらっしゃいました。要請に応じていただけたことを深く感謝しますぞ」
精霊門のある建物から出ると、その大首長と補佐に出迎えられた。
他にも整列したエクステラの戦士、精霊守たち。
出迎え無しというわけではなく、入りきらないのでもっと広い場所で待ちかまえていたらしい。
予想していなかったので、この仰々しい歓迎には驚いたが、おれよりも他の者たち、特にクロアとセレスはびっくりしてぽかんとしてしまっていた。
歓迎されたあと、差し迫った状況ということもあり、挨拶もそこそこにおれとシア、アレサ、ティゼリア、あとバートランの爺さんとマグリフ爺さんとベリア学園長が話し合いの場へと向かうことになる。
それ以外のメンバーは待機。
エクステラの人たちが対応してくれるようだ。
「すいません、付いていくって聞かなくて……」
「かまいませんよ。レイヴァース卿が要請に応じてくださるのであれば大概のことは歓迎しますから」
寛大な大首長によっておれたちは立派な建物へと案内され、そのまま大きな会議場へと通された。
普段は評議会の会議に使われる場所らしい。
「申し訳ありませんが、会議に参加する者がこちらへ到着するまでしばらくお待ちください」
要請をした星芒六カ国のうちの他五カ国、その部隊の指揮官が到着するのを待つらしい。
その間におれたちはかつてベルガミアに派遣されていたエクステラの武官、精霊守のアウレベリトから簡単に状況を聞いた。
△◆▽
【6月23日 19時――】
アウレベリトの説明が終わったあたりで星芒六カ国の救援部隊の隊長たちが到着する。
懐かしい顔ぶれ、と言うにはまだ早すぎるか。
ベルガミア王国からは黒騎士アズアーフ。
え? 娘はよくやっているかって?
ええ、よくやってくれていますよ。こっちに来ているのであとで会ってはどうでしょう。
は? 猫族は尻尾の付け根が弱点とか、唐突になに言いだしてんだアンタ。
おれにマッサージでもしてほしいのか?
ってか娘のことだけじゃなく自国の王女のこととかもう少し気にしてやれよ。
ザッファーナ皇国からは竜騎士アロヴ。
はい? ヴィルジオの様子?
なんでヴィルジオを……、あ、もしかして好意を……?
なんならあとでそれとなくアロヴさんが仲良くしたいことを――、ってなんで家宝を差しだすから余計なことを言うななんて話になるんですかね?
その図体で意外にプラトニックな感じなんですか?
セントラフロ聖教国からは観光のときにもお世話になった聖騎士セトス。
はい。拝むのを止める。おれは御神体ではありません。
え? そちらへお邪魔したときに不思議な現象が起きた話が広まり、聖都ではおれを善神の使者として崇めようという機運が高まっている?
いやいや、善神の祝福をもらってるだけの小僧をむやみやたらに敬うのはよくありませんよ。
おれの髪なんてお守りになりませんから。
むしろトラブルを呼び込む可能性があるので欲しがらないでください。
ヴァイロ共和国からは魔剣兵エーゲイト。
なんでこの状況でこれまでにない酒の開発を打診してくるんだこの髭モジャは。
おめえここに何しに来てんだよ。
そもそもシャロ様がウィスキーを確立できたのはウィスキーの国の人だったから――、いや、シャロ様だったからこそか。
だって俺が日本酒作れるかって聞かれたら、答えはNOだからなぁ……。
まあ要はあれだ、やはりシャロ様は偉大であるということだ。
わかったかこの髭モジャめ。
メルナルディア王国からは初対面の男性。
まあベルガミアのとき指揮していたヴァイシェスは今うちでメイドやってるからな。
うん、えっと、あれです。
なんで自己紹介に自分がヴァイシェスの真の婚約者ですなんて説明がはいるんですかね?
まずそこがおかしいし、次にどうして男性のあんたが婚約者なのかも、そこに『真』がつくのかも、もう色々とおかしい。
ヴァイシェスの人気で持っていた隊が瓦解しかけているとかそんな情報いらねえよ。
ヴァイシェスが若干病みながらもパイシェとして自国の評価を上げようと頑張ってんのに、なんでそれ以外のメルナルディアの連中は評価をガン下げにかかってくるんだ?
どうなってんだメルナルディア。
「それでは作戦立案会議を始めさせていただきます」
参加者が揃ったということで大首長自らがそう告げ、会議が始まる。
もうおれなんか疲れてんだけど。
そんなおれの気分など放置でまずは現状報告。
スナークの群れが防衛線に到達するのは明日の夕方、およそ二十時間後と予測されている。
「これまでであれば防衛戦によってスナークが撤退するまでの時間を稼ぐところですが、レイヴァース卿の存在が状況を変えました。行うべきは防衛戦ではなく、殲滅戦。しかし、これまでのスナークの殲滅戦など想定されていないもの。作戦の立案が難しい。そこでこの戦いに参加される皆様の意見を取り入れながら立案しようと思います」
大首長は素直に皆の知恵を求めた。
こういう場合、うちの国のことなんだから決めた作戦に従え、と来そうなところだが、このあたり、瘴気領域を取り囲む星芒六カ国は違うようだ。
しかし……。
皆の意見と言うが、要がおれってことになってる以上、主におれの意見を反映した作戦にするってことだよな、これ。
一国のお偉いさんたち、各国の武官たちを前に、偉そうに意見を言うのはけっこうしんどいのだが。
でもうじうじしている時間すらももったいない状況。
まずおれは自分が作戦に参加するにあたり、開示しておかなければならない情報を伝えることにした。
と言うのは、無茶をすると死ぬ――まあ蘇生するのでしばらく行動不能になるという情報だ。
現在はロールシャッハからもらった腕輪で誤魔化しがきくが、やはり万能というわけにはいかず、短い制限時間が課される。
このあたりのことを把握してもらってないと、実行可能な作戦にはなりえないのでちゃんと最初に伝えておく。
どんなペナルティがあるのかについては、ベルガミアでスナークの群れに黒雷あびせかけたときには心臓が止まり、バスカヴィルを倒した後は体温が消失という状態になったと説明。
バスカヴィルを倒したあとの様子から、無理をしているとは伝わっていたのだろうが、そんな状態になるとまでは知られていなかったため、会議に出席していた面々はひどく驚いたようだ。
それから死すら覚悟しての行動に敬意と感謝を述べられ始めたのだが長くなりそうなので、それどころじゃねえと突っぱねる。
スナークは討滅できるということがわかってしまってるからちょっと余裕が出来てしまっているのか?
緊張感を持て。
危機感を持て。
なんでおれが一番必死になってんだ。
※クロアとセレスが精霊門体験済みにもかかわらず初体験と説明していた部分を修正しました。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04
※後々矛盾するので文章を一部変更しました。
ありがとうございます。
2021/04/22
 




