第377話 12歳(夏)…さらなる取材旅行の計画
迷宮都市エミルスからお家に帰ってきたのが五月の終わり。
冒険の書のための取材旅行だったが、色々と問題のあったエミルスだけをモデルに製作していいものかと心配になり、もう一箇所、どこか別の迷宮都市を取材することに決めた。
当初はシアとアレサ、あと迅速な移動のためデヴァスに同行してもらい、近場にささっと行って、ささっと戻って来るつもりだった。
が、それをクロアとセレス、あと愛剣をぶっ壊されてポンコツ化しているミーネに感づかれた。
まあミーネは別として、愛くるしい弟妹のお願いを無下に出来なかったおれは、次の取材旅行には二人も同行させることを約束することに。
さて、これで近さを理由に適当な迷宮都市を選ぶわけにはいかなくなった。
なるべく二人の情操教育に良さそうな場所を選ばなければならない。
この条件だとウンコの化身が支配するエミルスなんて真っ先に却下される場所だな。
△◆▽
冒険の書三作目となる『迷宮の見る夢』の発売は今年の冬を目指していたのだが、おれが追加の取材を考えていることを知ったサリスは発売時期を延期するよう進言してきた。
「無茶です。御主人様が倒れます」
サリスが言うには、三巻に盛りこむ新要素――『クラン運営』と『デリバラーのレース』の構築はおれが想定するよりももっと時間が必要とされると思われ、にもかかわらず無理して今年の冬発売に間に合わせようとすると過労でおれがダウンするとのこと。
「ただでさえ間に合うかどうか怪しいところでした。そこにさらに追加の取材旅行を入れるとなると、もう絶対に間に合いません。無理なものをどうにかしようと無茶をして、御主人様が体調を崩すようなことがあっては一大事です。そうなれば当然、作業は中断、発売は延期。どのみち延期ならば、初めからそうと決めてゆっくり作業をした方がいいのです。そもそも、一巻はミーネさんに会った頃から製作を始めたものでしたよね?」
「あ、うん」
初めて会った頃のアレは冒険者稼業などとてもではないが危なっかしく思え、どうにか出来ないかと考えた末に遊びながら冒険者として必要な知識や考え方を養ってもらおうというコンセプトで作った。
「それがほぼ六年前の話です。そこから三年かけ、完成した一作目を披露するため御主人様は王都を訪れました」
「ああ、サリスと初めて会ったのはそのときだったな」
「そ、そうですね」
ふと、あのときどうしておれの頬をつねったのか尋ねようかと思ったが、サリスが妙に迫力のある笑顔で「聞いてくんな!」と威圧してきたので口に出すことは出来なかった。
当時は何か機嫌を損ねたのかと、実家に戻ってからお詫びにウサギのぬいぐるみを作って送ったが、そのぬいぐるみ――ウサ子は現在サリスのエプロンドレスにあるポケットにすぽっと収まり、顔だけ出して耳をぴょこぴょこ動かしている。
「と、ともかく、御主人様は三年前に王都に訪れ、そこで冒険の書の試遊会を行いました。そのあと、ひと月ほど御主人様は二作目のための取材をなさってましたよね? つまり二巻も製作期間は一巻同様に三年近くかけていたんです」
言われてみれば確かにその通り、単純な事実だ。
「おそらく御主人様は一巻発売から二巻発売までの期間が一年だったので、それに合わせるために今年の冬を目標にしていると思うのですが……、さすがに無茶です。ちゃんと落ち着いて製作するため、せめて二年は期間をあけるべきです」
「う……、で、でもこれから本腰をいれて頑張ればさ……」
今となってはこの冒険の書という代物、冒険者や冒険者を目指す者たちの遊んで学ぶ教科書のような役割を担っている。
ならばその刊行は急ぐべきなのだ。
しかしサリスは言う。
「御主人様は去年の春に王都にいらしたと思えば、訓練校の教師を始め、決闘を行い、その後にはコボルト王との遭遇戦。ベルガミアへ招待されたと思ったら英雄になって帰還。今年はもうすでに魔王の誕生阻止ですよ? 本腰をいれて製作にはげむ気持ちはあってもそれを許さない状況に陥る可能性が高いことは考慮されていますか?」
「お、おう……」
考えてなかった。
そうか、そうだな。
これから何の問題も起きず、巻き込まれず、ひたすら冒険の書の製作に集中できる可能性は……、残念なことに低そうだ。
「わかった。確かに無理な感じがする。発売は来年の冬にしよう。それだけ時間があればいくらなんでも完成させられる……よな?」
「まだ時間はあるからと先延ばしにして、さらに関係ない仕事をどんどん積みあげなければ大丈夫でしょう」
「う、うん。気をつけるよ」
「……本当ですか?」
答えたところ、じとーっとサリスに睨まれる。
あれは信用してない目だ。
でも、どうかわかって欲しい。
おれの努力ではどうにもならない問題も多いことを。
△◆▽
取材にはどの迷宮都市へ向かうか考えているうちに六月になった。
季節的には夏の始まりである。
そんな六月、我がレイヴァース家ではセレスの誕生日という重要なイベントがある。
これでセレスは五歳。めでたい。
プレゼントはエミルスで鏡とブラシのセットを買ってあるので、それを贈ることにしてある。これからますます可愛らしくなっていくセレスにはちょうどいい贈り物である。
喜んでくれるかな?
お誕生日会の準備は前日から行われ、当日は家族とメイドたち、ぬいぐるみ軍団、それから最近やけに出没回数が増加しているミリー姉さんと、それに付きあわされるシャフリーン、あと撮影係のルフィアによって祝われた。
訪問こそしてこないが、贈り物を届けてくれる人たちもおり、そんななかダリスの贈り物――季節の果実でちょっと問題が起きた。
セレスは桃が好きだ。
正確には桃ではないが、形とか香りや味、もうまんま桃なのでおれは桃と思っている、そんな果実がセレスは大好きだ。
たくさんの桃が届けられ、セレスは大いに喜んだ。
傷みやすい果物は出回りにくく高価。
そうそう食べられるものではないのだが、セレスは貴重なものだから喜んだのではなく、単純に桃だから喜んだ。
気に入った桃を一つ手にとり、嬉しそうに頬ずり。
その様子は見る者をほっこりさせたのだが……、御存じだろうか?
桃には生毛が生えていることを。
そしてその生毛は何気に固いことを。
そんな生毛びっしりの桃に頬ずりしまくったセレスは、しばらくすると頬がかぶれて赤くなり、しきりに「ちくちくするー」と痛みを訴えだした。
アレサはそれを治してあげようとするも、そこに立ちはだかるのは我が家のしきたり。
ほっといても平気な怪我は自然治癒に任せる。
どうにもならないセレスは、ほっぺを赤くしてちょっとしょぼくれる。
せっかくの誕生日に自分で水をさしてしまったことが不服なようだが、自業自得なので怒るわけにもいかず、むすーっと膨れた。
頬が赤くなっているせいでその様子は妙に微笑ましく、あまりの可愛さにミリー姉さんが悶えた。
そんなセレスの機嫌だが、シャンセルと協力して作った桃のシャーベットを食べたらすぐに収まった。
ちょっとアクシデントはあったものの、お誕生日会は無事終えることが出来た。
△◆▽
さて、こうしてめでたく五歳になったセレスだが、現在おれの仕事部屋に押しかけてきてちょっとした嘆願をしていた。
嘆願というのは大げさかもしれないが、セレスの後ろにずらっと並び、そして頭上にふわふわっと浮いているぬいぐるみ軍団を代表してのものなのでわりと的確なのではないかと思う。
「ごしゅぢんさま、みんなもつれていっちゃだめですか?」
「うーん……」
嘆願の内容は、ぬいぐるみたちが取材旅行に付いていきたいという話だ。
考えるフリはしているが、おれの心は決まっている。
こんな妖怪軍団は連れて行けません!
即答しないのは、それではセレスの沽券に関わるのではないかという配慮である。
「……シアはなんて言うかな……」
「シアねーさまは、ごしゅぢんさまにきいてみないといけませんっていってました」
くっ、あいつおれにぶん投げやがった……!
これじゃあおれがNOを突き付けるお父さん役じゃねえか!
「だめですか……?」
ちょっと上目遣いでお願いしてくるセレスは可愛いので、ついつい許可してしまいそうになるが、それはぐっと堪える。
さすがにこいつら連れてくってのは問題だからな……。
「セレス、ごめんな、こいつらは連れて行けないんだ……」
「あう……」
しょんぼりするセレスの頭を撫でながら言う。
するとセレスの背後にいたぬいぐるみたちは地団駄、頭上に浮いていた奴らは水揚げされたみたいにぴちぴちして抗議。
一部、鳥とか両生類もいるんだが……。
つか創造主に文句付けてくるとかどういう了見だこいつら。
ちょっと人類がやんちゃだからって洪水で洗い流した神の気持ちがわかるわ。
「なあセレス、一体か二体くらいとかじゃダメか?」
「……みんなでけんかになるからだめです」
「あー……」
同行できる権利を争ってバトルロワイヤルが始まってしまうのか。
たぶん屋敷にいるほとんどの者が微笑ましく見守るだろうけど、セレスはケンカするのを見過ごせないらしいからな。
「じゃあ今回は留守番していてもらうしかないな」
「……あぅ、わかりました」
この世界においてすらこいつらは奇異な存在。
連れていくのは難しい。
絶対、変な騒ぎになる。
「みんなはおるすばんです」
ふり返ってセレスが宣言すると、ジタバタしていた奴らはすてんとすっ転んで倒れ、浮いていた奴らはボトボト床に落ちてきた。
どんだけがっかりしてんだ……。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04




