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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
5章 『迷宮の紡ぐ夢』編
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第376話 12歳(春)…涅槃

 王都エイリシェへと帰還した翌日、おれはあらためてロールシャッハと今回の出来事を話し合うため、アレサに同行してもらって精霊門へと向かった。

 王都側で待つことになるアレサは心配そうで、いっそのこと一緒に行ってロールシャッハに紹介しようかとも考えたのだが……、なにしろ話し合う内容が内容、変に気負わせてしまうかもしれないと思い、今回は見送ることに。

 シャロ様の隠れ家に到着してからは、挨拶もそこそこにロールシャッハと話し合いを始める。


「今回、魔王の誕生を阻止したわけですが、これで訪れるはずだった『魔王の季節』は回避できたのでしょうか?」

「いや、出来ていないだろうな」


 ロールシャッハの返答に、ひとつため息。

 なんとなく予想していたが、やっぱりダメか。


「もし彼女が魔王となっていたらどんな影響が出ただろうか……。行動の阻害ならば……、最悪は生命活動の妨害か。ただ存在するだけで生けるものを死に至らしめる。洒落にならんな」


 あらためて考えると恐ろしい話だ。


「これまで、どうして魔王が世界に対して影響を及ぼすのかはよくわかっていなかったが、君のおかげで大まかな仕組みはわかった。そして魔王という存在についても。魔王とは悪神によって魔素溜まりに変えられた存在。魔素が流れ込むことによって力が蓄えられ、それにより能力が強化、さらにその能力の影響は魔素の流れによって広い範囲に拡大していくわけだ」

「対処しようのあることならよかったんですけどね……」


 魔素の流れに悪神が腕を潜ませていたことも、魔王がどうやって力を得てその影響を拡大してたのかも、判明したからといって対策の取れる話ではない。

 と、そこでおれはエミルスの屋敷でシャロ様のメモ書きを見つけたことを思い出し、ロールシャッハに提出する。


「どうぞ。これを事前に見つけていたことで、事態が理解できたというのもあるんですよ。シャロ様はけっこう近いところまで推測していたんですね」

「ふむ……」


 渡すついでに、おれなりに読み解いた内容も説明しておく。


「……魔素の汚染などどうにもならんぞ……」

「ですよね……」


 そして一緒に暗い顔になる。

 もうそんなの人がどうこう出来るレベルの話ではないのだ。


「それで、ですね。何も一緒にうんざりするために話をしにきたわけじゃないんです。ちょっとお聞きしたいんですが、三百年前、魔王の誕生と討滅は……、何と言ったらいいか……、区切り、とでも言うような、わかりやすい判断材料はあったのでしょうか? すいません、うまく言葉に出来なくて妙なことを尋ねているとは思うのですが」

「……ふむ、なんとなく言いたいことはわかる。そしてそれに答えることもできるよ。誕生に際しては誰もが感じた。『よくないもの』が誕生し、存在することを誰も彼もが気配として感じていたのだ。そしてその気配は魔王が討滅されたことで消え失せた」

「つまりその『気配』が発生していないので、まだ『魔王の季節』が始まってもいないと考えるわけですか」

「そういうことだ」

「なるほど……」

「尋ねた理由を聞いても?」

「ぼんやりとした話なのですが、何故、悪神は魔王を誕生させるのかということについてちょっと……」

「ふむ?」

「今回、いともたやすく魔王候補は選ばれるとわかりました。とすると、候補というものはこれまで想像していたよりもずっと多いのではないでしょうか? なにしろ手段が自動的です。それで思ったのが悪神は魔王というもの、そこに至る人物に対してそこまでの……、選り好みとでも言えばいいのでしょうか、そういう基準、それがそもそも無いのではないかということです」

「……魔王になるなら誰でもいいと?」

「はい。ただ、そこで疑問が生じます。そんな適当なものでもって何をしたいのか? ただ世を乱せばそれでいいのか?」

「まさか……、君は悪神の狙いに気づいたのか?」

「いえ、さすがにそこまでは。ぼくが気になったのは、そんな誰が魔王になろうとかまわないくせに、どうして三百年ほどの間隔が空くのかということです」

「うん?」

「たやすく候補を確保できる。なら、他に何か魔王化に至る条件があるにしても、もっと魔王というものが数多く誕生していたとしてもおかしくなかったとは思いませんか? この問題は千何百年も続いているんです。そんなに長い期間ですから、三百年ごとに一人ではなく、何十年くらいで、さらに数人同時とか、そういう事態が過去にあったとしてもおかしくないと思うんですよ」

「……確かに」

「ですが実際は約三百年ごとに一人です。候補の選定は自動任せで適当なくせに、長い期間を空けるという行動、ここはきっちりしています。では、どうして三百年ほどの間隔が空くのか? 単純に考えれば『準備』でしょう」

「準備……?」

「はい。では何のための『準備』か? 残念ながら現段階では推測しようもありません。しかし、そこから透けて見える事実もあります。それは魔王を誕生させることが悪神にとっての最終目的ではないということです。もしかしたら魔王は悪神の計画における段階の一つでしかないのかもしれません。魔王を誕生させることが目的ではなく、魔王が誕生することにより得る何らかの利、それこそが真の目的なのではないか、そんなことを思ってしまうんです」

「…………」


 話してみたところ、ロールシャッハは顔を引きつらせた。


「……君は恐ろしいことを考えるな。と言うことは、悪神の真の目論見は着実に進行していることになる。まいったな、それは考えたことがなかった。何故、長い空白があるのか、か。そういうもの、と先入観を持っていては気づけない違和感だ」

「もちろんただの考え過ぎって場合もありますし、それを肯定する証拠もなにも無い話です。ただ、もしこの仮説が当たっていて、そしてその悪神の利に気づくことが出来たら……、こちらから何か行動を起こせるのかもしれないなー、と思ったんです」


 そう話したところ、ロールシャッハはおれをじっと見つめてきた。

 なんだろうと思っていると、急にほろりと涙をこぼす。


「……ちょ!? あの、どうしました!?」

「――あ、いや、すまん。ふと話と関係ないことを思ってしまっただけだ」


 ぐしぐしと目を擦り、ロールシャッハが苦笑する。


「大したことじゃない。本当に。……ただ、君にはシャロに会ってほしかったな、と思っただけなんだ。君ならシャロと色々なことを話し合えたんだろう、そう思ったら急にな」


 ロールシャッハは不意にシャロ様のことを思い出してしまったらしい。

 おれも会いたかった、そう思ったときシャロ様の手紙を持っていることを思い出し、せっかくなのでロールシャッハにも見てもらうことにしたのだが……、それが失敗だった。


「……わ、私は、心の支えになれたのか……? でも、なら最後も一緒に居させてくれてもよかったじゃないか……、うぅ……」


 ロールシャッハがいよいよ泣き出して話どころじゃなくなった。

 おれは超一生懸命に慰めた。

 シャロ様についてちょっと聞きたいこともあったのだが、さすがに空気を読んだ。


    △◆▽


 シャロ様の隠れ家から屋敷に戻ったところミーネに絡まれた。

 そしてなんやかんやあって、おれとミーネはメイドたちの手によって縄でぐるぐる巻きにされ、仲良く木に吊された。

 下ではぬいぐるみたちが輪になって暗黒盆踊り大会を開催し、唐突に湧いたルフィアはニヤニヤしながら写真を撮って去っていった。

 あいつは後で捕まえよう。


「うん、やっぱり剣が完成するまで魔術は禁止すべきね」

「ダメっぽいってわかってんなら試すなよ!? ってかおれ完全にとばっちりじゃねえか!」


 現在、愛剣が打ち直しになったミーネはクォルズから借りた代用の剣を所持している。

 単純に剣を使うぶんには問題ないが、魔術となるとやはり愛剣でなければ制御に支障が出るとのこと。

 ちょっとつきあって、と言われ、魔弾の練習を見守ることにしたおれと、面白がって集まってきたメイドたち。

 パチン、とミーネが指を鳴らすと強いつむじ風が周囲を襲う。

 結果、その場にいたお嬢さん方のスカートがバサッと勢いよくめくり上がり、おパンツ様がお目見えになった。

 おれはただそこに居ただけなのに、謎の連帯責任によってミーネと一緒に木に吊されることになった。


「私だってスカートがめくれたのにね。ところで私、新しくなる剣に名前を付けようと思うの。昨日からずっと考えてるんだけど、なかなかしっくりくるのがなくて……、何かいい名前はない?」

「おまえこの状況で頼み事とかどんだけ神経太いんだよ」

「だって暇だし……」

「知るか。ミーネソードとでも付けとけ」

「ふむふむ、そうね。案外、あなたの名――」

「よーし! ちょっと待ってろよ、凄い名前考えてやっから!」

「いえ、あなたの――」

「まあ待て! まずは聞いてからでも遅くないだろ! な!」

「そ、それもそうだけど……」


 嫌がらせとかではなく、こいつ本当におれの名前を剣につけようとしてやがった。まったく、響きだけは案外格好いいからってあの名前を剣に付けるのはやめてもらいたい。もうそんなの攻撃してこなくても剣の名を叫ぶだけでおれに大ダメージじゃねえか。

 しかし剣の名前ねぇ……。

 あっちの世界で伝わっていた伝説の剣とかでいいかな?

 でもミーネが自分の剣をエクスカリバーとかレーヴァテインとかデュランダルとか言って振り回すのは……、見てるこっちがきつい。

 なんか強そうな、適当な名前を……。

 発想の助けになるものはないかと、ぶら下げられた状態で辺りを見回してみる。

 ふと目に付いた……、と言うか、でかいので視界に入ってくるのは涅槃仏シャロ様。

 涅槃――。


「確か、ニルヴァーナ……」


 思い出すように呟く。


「なんか強そうね」

「いや強いとかそういうんじゃなくてな?」


 仏教における完成した悟り――解脱の話なので強い弱いはまったく関係ない。

 人としてこの世に現れた仏――ブッダ。

 涅槃仏とは、実はブッダが入滅――肉体の死を経て、生死を超越した境地に入る様子を仏像として表現したものである。

 それからおれは『ニルヴァーナ』という言葉に妙に食いつくミーネにせっせと解脱について説明をすることになった。

 どうかわかってもらいたい。

 悟りとか、おまえにはほど遠いことを。

 しかし――


「ニルヴァーナにするわ!」

「おぉう……」


 結局ミーネはニルヴァーナに決めてしまった。

 まあ名前を不釣り合いなものにしたからどうにかなる話じゃないからいいけども……。


「『魔導剣』ミネヴィア=ニルヴァーナ。うん、いいと思う」

「さいですか……」


 すっかりその気になって足をじたばたするミーネに言う。

 いいですよね、自分の名前を格好良く飾れる人は。


    △◆▽


「楽しかったですか?」

「楽しくねえよ!」


 小一時間ほど吊されたあと解放されたおれは仕事部屋に引っ込んで迷宮都市エミルスを取材して作った資料を整理する。

 これは特に手のかかる作業でもなく、手伝いはいらない。

 なのにどうしてシアが部屋にいるかと言うと、ただ吊されていたおれをからかいに来ただけである。


「まったく、ひどいとばっちりだった」

「まあまあ、ミーネさんが元気になったということで」


 確かにしょぼぼんとしていたのが、すっかり元通りになった。

 解放されたミーネは……、たぶんおやつを貰っているのだろう。

 メイドたちは吊されてもさっぱり反省の色が見えないミーネを懲らしめるため、テーブルとイスを持ってきて優雅にお茶会を始めた。

 要はみんなで楽しくお菓子を食べていただけだが、参加できないミーネは心に継続ダメージを受けていた。


「それでご主人さまはこれから三作目の製作にかかるんですか?」

「それなんだがな……」


 確かに今回迷宮都市の取材を行ったのだが、果たしてエミルスだけで得た情報で冒険の書三作目を作っていいのか、少し不安が残る。


「スライムが支配していたり、シャフリーンが半熟魔王になったり、そういうのは省くとしてもな、あの都市の雰囲気をそのまま反映させていいものか疑問なんだよ」

「じゃあ……、他の迷宮都市にも取材へ?」

「ああ、あと一箇所くらいは見ておいた方がいいかなと。あんまり時間はかけたくないから、それこそデヴァスに乗せていってもらって、一週間くらい見学して戻って来るくらいのを。おれとおまえと、あとアレサ? まあ三人くらいで――」


 と言ったところで、少し開いたドアの隙間に顔が三つ並んでいることに気づいた。


「ごしゅぢんさま、またセレスおいて行っちゃう……」

「ぼくも連れてってほしいなぁ……」

「置いてく? 置いてく?」


 セレス、クロア、そしてミーネだった。


「ちょ、ちょっと行ってくるだけだし……」


 戸惑いながら言ってみるが、三人はむぅと不服そう。


「ミーネは剣がないと調子でないだろ?」

「そんな何ヶ月もかかるものじゃないから待ってて」


 それはそうだが……、まあミーネは待つとしよう。

 次にクロアだが、同行したがるのは珍しい。

 今回――エミルスのときは何も言わなかったのに。


「行きたかったけど兄さん困るかなって。そしたらクーエルがまかせろって意気込んでたからまかせたの。……ダメだったけど」


 クマ兄貴に……?

 ん? そう言えば出発前に何か訴えに来たが……、あれか!

 いや、弟よ……、何故にアレを信用した?

 アレに交渉役は無理だと、さすがにミーネでもわかると思うぞ?

 そして最後にセレス。

 この状況にあっては一番の強敵だ。

 ミーネやクロアと違い、セレスはただ家族一緒に居たいという純粋な気持ちだけだ。


「ま、またお土産を持ってくるから……、な?」

「おみやげよりも、いっしょがいいです……」

「…………」


 ダメだ、おれでは幼気な妹の望みを絶つことが出来ない。

 期待を込めてシアを見るが、困ったような笑みを浮かべたまま「無理」と首を振ってくる。


「……わ、わかった。次はみんなで出掛けられるようにしよう」

「「やったー」」


 クロアとセレスが抱きついて来たので、とりあえず撫でる。

 よーしよしよし。

 つい押しに負けて言ったものの、実際に連れていくとなるとどうすればいいんだろう? 

 まあそれはどこへ向かうかも含めてこれからしっかり考えよう。

 これでひとまず問題は片付いたかに思われたが、そのあとクロアとセレスから話を聞いたコルフィーが部屋に突撃してきた。


「兄さん! 出掛けてばっかじゃなくて裁縫! 裁縫しましょう!」

「そんなこと言われても!」


 コルフィーはまた近いうちに布の都カナルに連れていくということで手を打った。


 これにて5章『迷宮の紡ぐ夢』は終了です。

 6章『深緑への祝福』は12月20日からの更新を予定しています。

 きっと間に合う、そう祈っています。


※脱字を修正しました。

 ありがとうございます。

 2018/12/21

※さらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/02

※さらにさらに脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/09


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