第374話 12歳(春)…犬とリヤカー
ひと月ほどの取材旅行はなんだかんだでふた月近くかけることになってしまったが、ともかくおれたちは王都エイリシェへ帰還した。
屋敷の玄関口、みんなの出迎えにようやくほっとひと息。
クロアとセレスは見違えるほど大きく……、なってるわけないな。
相変わらず元気。それだけでいい。
ほらほら、兄さんだよ。
なんだかよくわからないことに巻き込まれて、なおかつ物凄いことになって、それでも頑張ってなんとかして、もう帰りたいのを堪えて当初のお仕事もこなしてやっと帰ってきた兄さんだよ。
「兄さんおかえりー」
突撃してくるクロアをがっちりキャッチ。
セレスはシアの方に突撃していってキャッチされている。
コルフィーはそんな様子をにこやかに見守る。
その一方、ぬいぐるみたちがわらわら。
こっちは同行させたプチクマの周りに集結し、プチクマがわちゃわちゃ身振り手振りで何か表現するのを、うんうんと頷きながら見守っている。ぬいぐるみなので微笑ましい。人間なら通報ものだが。
「わん! わん!」
バスカーも尻尾をぺるぺるさせながら足元にすり寄ってくる。
「おまえも変わらずか。……そう言えばおまえってさっぱり大きくならないな」
犬の成長は早い。
半年もすればそれなりに大きくなるはずだが、こいつの場合はさっぱり大きさが変わらない。
やはり精霊が化けているからだろうか。
「くぅん? わん!」
そしたらバスカーが吠え、みるみる大きくなった。
子犬のまま。
「うん、確かに大きくなった。でもな、違う。そうじゃない」
ロバくらいの柴の子犬とか違和感がひどい。
しかしクロアとセレス、コルフィー、ミーネ、ティアウル、それからリオのウケはとても良く、でっかくなったバスカーにむらがって押しめき犇めき、モフモフを堪能し始めた。
ひとまずそちらは落ち着くまで好きにさせておくとして、おれは一つ気になることを解決することに。
「あの、ミリー姉さま、その姿はいったい……」
「深い理由があるのです」
そう言うミリー姉さんはメイド姿だ。
うん、よく似合っている。
でも似合っているからと流していい問題ではない。
姉さんが言う深い理由とは、セレスにお世話されながら、ちょいちょいアドバイスをしているうちに『自分も一緒になってやればセレスが覚えやすいのではないか』と思いたち、そのままメイドを始めてしまったという深くもなんともないものだった。
王女なので身の回りの世話をするのは一流の使用人であり、そんな仕事ぶりを幼少より常に見ている人なので、実際にやってみると見よう見まねであってもそれなりにこなせてしまったようだ。
するとセレスが感心してますます懐き、結局、ノリノリで今日まで来てしまったらしい。
シャフリーンを遠ざけてのリハビリで明後日の方向に育つことになったが、この程度ならそう問題でもない。
「ミリメリア様、ただいま戻りました」
「おかえりなさい。……あら、貴方すこし……、変わったかしら? 落ち着きが出たように感じますね」
「そうですか?」
とシャフリーンが少し微笑む。
「あらあら本当に変わっていますよ。きっと変わるような何かがあったんですね。あとで聞かせてくださいね?」
「はい。ミリメリア様にはぜひ聞いて頂きたいと思います」
シャフリーンは向こうであったことすべて話すつもりだな。
ちょっと魔王になりかけました、とか話されたら、ミリー姉さんびっくりするだろうなぁ……。
それから犬モフ祭りが一段落したのを見計らい、みんなで応接間へと移動、そこでお土産を配っていく。
まずは早く、早く、とせがんでくるセレス。
「よーし、セレス、ちょっと目を瞑ってみろ」
「はい」
ぎゅ、とセレスが目を閉じたので、おれはコーム型のティアラを頭に乗せてやる。
見守っていた両親やメイドたちが目を剥いているが気にしない。
「なに? なに? もう見ていいですか?」
「よし、いいぞ。ほい鏡」
妖精鞄から鏡を出してセレスに向けると――
「ふわぁー!」
顔いっぱいで驚きを表現。
「セレスおひめさま!」
お姫さまお姫さま言いながら、セレスは大はしゃぎだ。
これだけ喜んでくれるなら贈った甲斐もあるというもの。
「兄さん、ぼくは? ぼくは?」
「クロアのは……、ちょっと外に出ようか」
おれはクロアを連れて一旦外に出ると、妖精鞄からクロアのお土産を引っぱりだす。
でん、と地面に置いたのは小さなリヤカーだ。
横1メートル、縦1.5メートルというコンパクトさで、日差しよけの屋根とゆったりとした座席が一つある。
オモチャの馬車のような代物だが、このリヤカーはエミルスのリヤカー製造技術によって作りあげられた一品である。
座席にクロアを座らせ、おれか父さんか馬に引かせようと考えて用意した。
しかし今はちょうどいいのがいるのでそっちに任せることにする。
「バスカー、ちょっと来てくれー」
「わん!」
うひょひょーと呼ばれてやってきた巨大な子犬に布を巻き、それをリヤカーのハンドル部に縛り付けて即席の輓具にする。
用意が出来たとき、すでにクロアは座席に乗りこんで目をきらきらさせていた。
「よし、じゃあバスカー、ちょっと広場をぐるっと回ってくれるか。歩きでいいからな? 走っちゃダメだぞ?」
「わん!」
一声鳴き、バスカーがぽてぽて歩き出し、引かれてクロアの乗るリヤカーもゆっくり動き出す。
「あはっ! あはははっ!」
クロアは喜んでくれている。
でっかい子犬に引かれたリヤカーに乗っているという状況が楽しくて仕方ないのか、とにかく笑っていた。
そしたらセレスが血相変えて屋敷から飛びだしてきた。
「ごしゅぢんさま! ごしゅぢんさま! セレス! セレスも!」
「んー、あれはクロアのだから、クロアに聞いてみないとな?」
言うと、セレスは巡航中の犬車に突撃していった。
「にいさま、にいさま、セレスものせて! のせて!」
言いながらセレスはもうすでによじ登ろうとしている。
結局、クロアはセレスを抱きかかえるような状態に。
まあ二人ともきゃっきゃして楽しそうだからいいか。
敷地を出てどこかへ旅立とうとするのはさすがに止めた。
△◆▽
いつもは聞き分けのいいクロアとセレスだが、バスカーに引かれて別の場所を巡りたいという欲求はそれほどまでに強いのか、珍しくだだをこねてきた。
うーむ、まさか気にいられすぎて問題が出るとは……。
しかしでかい子犬は目立ちすぎるからなぁ。
「わかった。じゃあそのうち町の外をのんびり巡ろうか」
都市内部では悪目立ちしすぎる。
そこで後日、郊外で景色を眺めながらの巡航を提案。
クロアとセレスはひとまずそれで納得してくれた。
それから父さん母さん、コルフィー、そしてティアナ校長とメイドたち、ミリー姉さんやデヴァスにお土産を配る。
あとは夕食までゆっくりするかな、とおれはひと休みしようとしたのだが、そこでミーネにつんつん突っつかれた。
「鍛冶屋に行かないと」
「明日じゃダメですかね」
「早い方がいいわ」
「いいですか」
「いいわ」
仕方ない。ミーネにとっては剣が無いという状態はアイデンティティの危機らしいからな。
「じゃあシア、ちょっと行ってくる」
「おや、わたしは留守番ですか?」
「クロアとセレスを頼む。こっそりバスカーに引かれて旅立って行かないように」
「あー、なるほど。わかりました」
シアにクロアとセレスの相手を頼み、それからコルフィー先生にバラバラになったミーネの剣の状態を確認してもらう。
「剣身がバラバラですが、宿る力は失われていません。これを直せるかどうかは……、私ではわからないです」
「そうか、わかった。ありがとう」
剣に宿る能力、そしてまだ死んでないと判断してもらえれば、それをクォルズのオッサンに伝えることができる。
それからおれはミーネとアレサ、そしてせっかくだからとなかなか家に帰ってやらないティアウルを連れ、鍛冶屋『のんだくれ』へ向かった。
「こ、これはまた派手にやったのう……」
テーブルにミーネの剣の破片を広げると、クォルズは愕然とした様子で呻いた。
「ちゃんと直るかしら?」
「うーむ……」
すぐには答えず、クォルズは唸るばかり。
「な、直らない……? もう直らない……?」
心配になったミーネが不安そうに言う。
「うん? あ、いや、直すだけなら難しい話じゃない。復元、おまけに成長の特性を持つ魔剣じゃからな。破片を剣の形に揃えて、隙間を金属粉で埋めておけばいずれ元通りじゃろう」
「そうなの? よかった。でも、ならどうして困ってたの?」
「ふむ、いっそのこと打ち直してみてはどうかと思ったんじゃ。この剣は嬢ちゃんの幼い頃に合わせて作られたもんじゃからな」
「打ち直して大丈夫なの?」
「たぶん。ほれ、坊主の短剣は元は魔鋼化したハサミと神鉄化した針じゃろ? ただ我が強く出て、剣の形は勝手に決まってしまうかもしれんが……」
「うむむむ……」
復元を待つか、打ち直すか。
ミーネは難しい顔をして悩んでいたが、そっと剣身のない柄を手にとって問いかける。
「どっちがいい?」
すると、だ。
パキンッ、と甲高い音を立て、柄が砕けてしまう。
「…………」
茫然とするミーネだったが……
「そう、わかったわ。打ち直しね」
打ち直しを決める。
柄は限界ギリギリで形を保っていただけか、それとも打ち直しを自ら望んだのかはわからないが、ミーネはそれを剣の意思と受けとった。
「よしわかった。儂に任せとけ」
おそらくクォルズも剣の意思と感じたのだろう。
すっかりやる気になっている。
決まってしまえばあとは預けて待つだけだ。
用件はこれで終わりだったが、おれたちはクォルズに連れられて工房奥にある食堂に向かい、ティアウルの母親も含めたおばちゃん方に囲まれてエミルスでの話をすることに。
話は主にティアウルによって語られ、ちゃんと活躍したことを嬉しそうに皆に聞かせる。
しかし――
「本当かぁ?」
「もー、とーちゃんひどいぞ!」
クォルズは懐疑的。
「あんた! そんなんだからティアウルがなかなか帰ってこなくなるんだよ!?」
そしてクォルズは奥さんに怒られ、気まずそうに髭をわしわし。
疑われてはティアウルが可哀想なので、おれやミーネ、アレサも話を補足するようにティアウルの活躍を説明する。
迷宮内での周辺把握、索敵の他、リヤカーの不具合を発見したことなどを話したのだが――
「大工房の?」
ヴァイロ共和国から派遣されてきたドワーフの話になったところでクォルズが顔をしかめた。
「ええ、それがどうかしましたか?」
「ん? あ、いや、大した話じゃない。こっちに来る前、儂はそこで働いていたこともあってな」
クォルズは詳しく語ろうとはしなかったが、楽しくすごせた、という雰囲気でないことは確かだ。
ソリが合わなくて飛びだしてきたとか、そんなんかなぁ……。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/03




