第371話 12歳(春)…おだいじん
ネルカの葬儀があった翌日の昼、アレサとパイシェがエミルスに戻って来た。
帰ってきていきなりで悪いと思いつつも、おれはアレサと一緒に精霊門へと向かい、そこからシャロ様の隠れ家へと赴く。
門で待ってもらうことになったアレサはやはり不満そうだが、これが終わったらずっと一緒ということで納得してもらう。
「……君は……、あー、うん、なんなんだろうな……」
迷宮での出来事を報告すると、さすがのロールシャッハもひどく困惑して少しの間まともに話せなかった。
「……と、ともかく、よくやってくれた。その功績を世に伝えることが出来ないのは惜しいな」
「いえ、伝わってもらっても困りますから。今回はうまく状況が噛みあって魔王化を阻止できただけですし」
ネルカの最後に見た夢がシャフリーンと共有されていた、という一点でかろうじて危機を回避できただけだ。
他の魔王化には対処できないだろう。
「ひとまず報告することはこれくらいですね。あと気になることもあるのですが、まだ整理がついていないのでまた後日お邪魔したときに相談しようと思います」
「うん、わかった」
「あ、あと今回は無茶しても死にませんでした。あなたが見つけてくれた腕輪のおかげです。ありがとうございました」
「いや、礼を言うのはこっちだよ。本当によくやってくれた」
△◆▽
シャロ様の隠れ家に二時間ほど滞在することになったが、それからおれはアレサと一緒に屋敷へ戻り、みんなが揃ったので伯爵からもらった報酬の分配について話をすることにした。
結論から言うと、受け取りを拒否された。
みんな欲がなさすぎだ。
「いやこれ、みんなに分配する分も含まれてるものだからね……?」
話し合いの結果、報酬の一割を山分けとし、九割はおれの分というよくわからないことに。
何かあったら資金提供をする約束だが、ちゃんと困ったときに金くれって言ってきてくれるだろうか?
ともかくおれが貰い過ぎなので、そこは品物として皆に還元することにする。
シアとミーネに約束したお高い(?)アクセサリー。
二人だけでなく、ザナーサリーで待つ皆にもお土産に何か選んで行くことになる。
これは帰り際でいいかと思ったら、メッセージなどをいれたりする場合もあるし早い方がいいとシアが言ってくる。
なかなか洒落たこと知ってるじゃねえか……。
というわけで、明日から本格的に取材にかかろうと思っていたのだが、急遽、宝飾店へとお出かけすることになった。
そして翌日の昼過ぎ、午前中一緒だったシャフリーンから話を聞いたのか、ベルラットもおれたちに同行することになった。
「使いどころのない金が貯まっててな。いまさら親父づらするつもりはないけどよ、一つくらい何か買ってやろうと思ってな」
実の父として、シャフリーンに何か贈ってやろうというつもりらしかった。
△◆▽
フリード伯爵から薦められたお店の外見は地味だった。
内部を覗けるようにはなっておらず、頑丈そうな外壁には立派な扉があり、そこをデコピンでゴブリンの頭を吹っ飛ばせそうな屈強な警備員が左右に立って守っている。
まずは警備員にフリード伯爵の紹介であることを告げ、ぞろぞろと中へ。
もしかして大人数で来る場所じゃなかったかな?
内部は応接間のようになっている。
たぶん要望を聞いて候補を奥から出してくる形式だと思ったが、店主と思わしき男性がやってくると、おれたちをさらに奥へと案内した。
辿り着いた先は――、なんだろう、大冒険の果てにたどり着いた海賊が拠点にしていた島の宝物庫?
フリード伯爵から話を聞き、好きに見て選べるようにとお勧めの品を並べておいてくれたらしい。
その迫力におれはすでに戦意を喪失していたが、シア、ミーネ、ティアウルの三名はきゃっきゃと物色し始める。
すげえ度胸だ。
パイシェはおれと同じように戸惑っている。
そもそもパイシェはアクセサリーを贈られても困る人なので、いずれ何か違う物を贈った方がいいだろう。
アレサはプレゼントを辞退。一つくらい持っていてもいいと思うのだが、聖女が装身具で飾っているのは対外的によろしくないらしい。ならば目立たない首飾りなどはどうかと提案したのだが、攻撃を体に受けることが多いため、破損する恐れがあり、常にどこかに仕舞っておくことにしかならないとのこと。
アレサもまた別の何かを贈ることを考えよう。
「オウ、シャフリーン、この首飾りなんてどうだ?」
「いやいやいや……!」
そしてシャフリーンとベルラットの親子だが、なにやら押し問答が繰り広げられていた。
ベルラットが手にした、ごてごてと宝石が実っているような首飾りを前にシャフリーンが全力で首を振っている。
もう遠慮を通りこして『無理』の領域に達している感じだ。
「ん? ああそうか、胸元にかかるとあれか。じゃあ耳飾りや髪飾りの方がいいな。これなんてどうだ? 色々な宝石がくっついていて派手な感じがしていいんじゃないか?」
「いやいやいやいやいや……!」
どえらい金額の品を買い与えられそうになっているシャフリーンはなかなか必死だ。
ベルラットの感覚は派手なものを良しとするらしく、それがこんな宝飾店でとなればそれは超高額の品になるに決まっている。
頑張れ、なんとか無難な落としどころを見つけるんだ、とおれは心の中でシャフリーンを応援した。
「ご主人さま、ご主人さま」
シャフリーンを生暖かい目で見守っていると、シアが手招き。
行ってみると、シンプルだが品の良い感じの手鏡とブラシのセットをシアは眺めていた。
それぞれ枠は木製で、見事な彫刻が施されている。
おれには必要のないものだが、出来が素晴らしいのでつい欲しくなるような品だった。
「これセレスちゃんにどうですかね?」
「いいね!」
お値段は――、たぶんこのお店においてはお手頃な感じなのだろう。
一般家庭の収入三ヶ月分くらい。
いいお値段だが、これはセレスに買ってあげたい。
これからどんどん可愛くなっていくだろうからな!
別に枠が貴金属で拵えられ、宝石がちりばめられた物もあるがそっちはちょっと派手すぎる。
まだ幼いセレスには似合わないし、そもそも重すぎる。
「あとこっちの、これ。これもいいと思いません?」
「ティアラか」
ティアラが並べられた一角にて、おれは考え込む。
「セレスはお姫さま好きだからな。お姫さまっぽいティアラはきっと喜ぶだろう」
「ですよね!」
「あ、あの、お二人とも、さっそく感覚が麻痺してきていませんか? 熱心に見ているそのティアラ、物凄いお値段だと思いますが……」
心配したパイシェが声をかけてくる。
ふむ、金額か。
確かにクラウン型のティアラなど、本当の王冠のような出来映えである。たぶんコルフィーの初値以上のお値段だろう。
「セレスはまだちっちゃいし、立派すぎるのもあれだからな、ここはシンプルな髪飾り型のティアラにしよう。大きくなっても使えるし」
俗にコーム型というタイプのティアラだ。飾りの後ろに櫛がついている。頭に被ったり、はめたりするのではなく、髪に挿すタイプ。小型で扱いやすいのでセレスにちょうどいいだろう。
「こうなるともう少し欲しくなるな」
「ですね」
「お二人とも……! 落ち着いてください……! セレスさんに贈るだけで全財産はたくおつもりですか……!?」
パイシェに本気で心配された。
なのでセレスには鏡とブラシのセット、それからコーム型のティアラだけにする。
商人に笑顔で感謝された。
「ティアラをお土産ということにして、鏡とブラシのセットはセレスの誕生日に贈ることにしようと思う。もうあとひと月ほどだしな」
「なるほど、それはいいですね。わたしも何か考えないと……」
ひとまずセレスに贈る物は決まったが、まだ父さん母さん、クロアにコルフィーのお土産を決めなければならない。まあ父さんはこっちのお酒を適当に買っていけばいいが、クロアは……、うん、宝石なんてもらってもそんなに嬉しくないだろう。男の子だからな。もっとでっかくて派手な感じのする物がいい。なのでクロアには別で用意しよう。
あとはティアナ校長やメイドたち、それからミリー姉さんか。
デヴァスは……父さんと一緒でいいな。
酒樽をぶん投げよう。
第三和室にオッサンと爺さんが集結して酒盛りを始めるかもしれないが……、それはそのときで対処すればいい。
「あんちゃん、あたいこれがいいな!」
ティアウルが指輪を持ってくる。
輪が宝石の流れ星が一周回ってきたようなデザインになっている指輪だ。
「とうちゃんにもらった首飾りとお揃いになる!」
「そっか、じゃあそれにしよう」
普段は指につけないよう、星のペンダントに通して身につけておくようにするようだ。
まずティアウルが決まり、シアはセレスのお土産ばかり考えていたのでまだ。
あとミーネなのだが、調度品のスペースで腕組みして悩んでいた。
どうやらミーネは身につける物よりも、部屋に飾れる物が好みのようだ。
何をそう悩んでいるのかと近寄ってみると――
「うーん……」
ミーネは黄金の巻きクソを見つめて悩んでいた。
「待て。本気で待て。何故、どうして、おまえはそれをじっと見つめている? まさかそれが欲しいのか?」
「そこまで欲しいわけじゃないけど……、これ、あなたの像の隣に置いたらちょうどいいと――」
「頼むからやめろ本当にやめろ」
ベルガミアでもらった純金製の『便器に座るおれの像』の隣に置く気なのか。
ちょうどいいって何がちょうどいいんだ。
さすがに泣くぞ。
「なあミーネさんや、こっちのリヤカーの模型なんてどうかね?」
と、おれが気をそらそうとしたのは、金と銀、そして小さな宝石によって飾られた手の平に乗るくらいの小さなリヤカーのミニチュア。
「え? それ、この都市っぽくて素敵だけど、すごく高そうよ?」
「いいんだ。おまえは頑張ったからな。いいんだ」
「いいの? ありがとう」
リヤカーも気になっていたのだろう、ミーネはすんなり納得する。
黄金の巻きクソなんてなければ出費はもっと抑えられたかもしれないのに……。
まさか、それを見越して置かれていたのか?
連れがこれに興味を持ってしまったとき、より高価で立派な物を買わせようという商人の企み……?
んなバカな。
「こちらはフリード伯爵から、宝飾の商いを行うなら常に一つは用意しておくようにと指示がありまして……」
商人も苦笑いで言う。
後日フリード伯爵に文句を言うことにする。
ともかく、これでミーネの品は決定。
便器に座るおれの像の隣に、美しい芸術的なリヤカーが並ぶのもまたシュールな話だが、黄金の巻きクソを置かれるよりは遙かにマシだ。
でもこれいくらくらいするんだろう?
百分の一コルフィーはまず間違いなく突破するだろう。
そんなことを考えていたら、シアがこちらをにっこりと見つめていることに気づいた。
そのくらいの金額までわたしもいいんですよね?
目で語っている。
おれは黙って小さく頷いておいた。
△◆▽
店から出ると時刻は夕方になっていた。
皆で相談しながら、あれやこれやと選んでいたらずいぶんと時間が経過してしまっていたようだ。
シャフリーンはなんとか無難な品へ落ち着かせることに成功。
それでもお高い品なので、ベルラットに礼を言いっぱなしだ。
そんな道すがら、ふと視界に入ったのは建物の影からこちらを見守る人影。
エルセナさん……。
どうやらエルセナはベルラットのストーカーと化してしまったようだ。
最後の勝負がうやむやになってしまい、さらにベルラットとネルカとの間にシャフリーンという娘がいることがわかってしまって、気持ちの整理がつかないのだろう。
「……ご主人さま? ……あ」
シアもエルセナに気づいたようだ。
「ご主人さま、ちょっとほっとけないので、わたし少し話をしてきますね」
「わかった」
シアはこそこそしてるエルセナと話に行き、その後、夜になってから戻って来た。
エルセナはかなり気落ちしているらしく、今一人にさせておくとまずい予感がするとシアは言う。
「それでなのですが、私はしばらくエルセナさんの面倒をみてあげようかと思います。なので取材の手伝いが出来なくなるのですが……」
「あー、わかった。こっちは大丈夫だから。このままほっといて身を持ち崩されても後味が悪いしな。なるべく励ましてやってくれ」
「ありがとうございます」
「なんなら、おれもちょっと話を聞きに行こうか?」
「いえいえ、ここは女の子同士でないといけませんから」
「……はあ、そうなのか。まあ任せるよ」
エルセナはたぶん二十代後半に入ったところだと思う。
はたしてそれを『女の子』と呼んでいいのか、とおれはふと思ったが、きっと余計なことだと思うので、口には出さずにおいた。
果たしてそれが良かったのか悪かったのか。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/19
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/03
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/27
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/22




