第370話 閑話…針の役割
メルナルディア国王リマルキスは執務室で頭を痛めていた。
現在、室内にはリマルキスと彼の護衛である聖女、そして従兄にあたるロット公爵家のガレデアの三名しかいない。
リマルキスは椅子に腰掛け、手にした一本の光る針を眺める。
これは聖女アレグレッサとザナーサリーに派遣していた武官ヴァイシェスに連行されてきたバロット・エミルス支部の支部長であるカークスがレイヴァース卿に与えられた神鉄の針である。
迷宮都市エミルスで起きた出来事は、最悪こそ免れたものの、とても世間に公表できない恐るべき事態であった。
すでにアレグレッサとヴァイシェスはこの地を発ったが、カークスは勾留してある。
エミルスでの出来事はアレグレッサとヴァイシェスだけでなく、カークスからも詳しく聞いたが、そこでリマルキスはさらに驚いた。
これだけのことを引き起こしておいて、カークスはまだこの研究の継続を望み、訴えてきたためだ。
これにはリマルキスもとっさに怒鳴ることもできず、ただ驚きあきれ果てるしかなかった。
ヴァイシェスの話では、レイヴァース卿は研究を中止する見返りとして神鉄の針をカークスに提供したようだが、当のカークスはそれを研究を継続するための手土産のつもりでいる。
リマルキスが深々とため息をつき、倍ほど歳の離れた従兄に言う。
「従兄上、バロットの研究者はどうなっているのですか。魔王に対抗するための研究で魔王を誕生させかけ、さらに、よりにもよって『スナーク狩り』であり、この度の魔王誕生を阻止したレイヴァース卿の不信を買うとは」
公の場でないとき、リマルキスはガレデアを『兄』として扱う。
ガレデアにはそれはよろしくないとずっと窘められるが、リマルキスはそれを止めるつもりはなかった。
「あの男が最も排除したい部類の研究者であったことが不幸でした。幸いなのはレイヴァース卿の近くにヴァイシェスがいたことでしょう。彼のおかげでレイヴァース卿のメルナルディアに対する不信感は軽減されています」
「そのようですが……、あの男のせいで私が試されることになりましたよ」
「針ですか」
「ええ、レイヴァース卿はもうあの男に見切りをつけていたのでしょう。結局、あの男はレイヴァース卿の最後の慈悲にすら気づきませんでした。まったく……」
針は縫うためにある。
では、この状況においては?
それはお喋りな口を縫いつけるために使われる。
この針はレイヴァース卿の「このアホはそっちでどうにかしろ」というメッセージである。神鉄の針を提供してまでのメッセージだ。そんなつもりはないが、もしこれを無視したとなれば、いくらヴァイシェスが働きかけようがいよいよレイヴァース卿はメルナルディアに敵対の構えとなるだろう。
「では、あの男は二度と口が開かなくなるようにさせましょう。そのことは大使を通じてヴァイシェスに知らせ、それとなくレイヴァース卿に伝えるようにさせます。これでレイヴァース卿の溜飲もいくばくか下がることでしょう」
「本当に下がると思いますか?」
「……あまり下がらないでしょうね。レイヴァース卿の憤りはあの男へ向いているわけではなく、あの男が権限を持って活動することを許しているメルナルディアへ向いていると思われます」
それを聞き、リマルキスはまた深いため息をつく。
「ヴァイシェスは上手くやってくれているようですが、だからといってこのままというわけにはいきませんね。いずれ、機会を見て僕が直接話をする機会を設けたいと思います」
「こちらへ招くのですか?」
「いえ、僕が行きます」
「それはさすがに……、うーん、確かに効果的とは思いますが……」
ガレデアは唸る。
メルナルディアの王がわざわざ出向くのは本来であれば有り得ないことだが、そこまですればレイヴァース卿もこちらが本気だと理解する一助にもなる。
「私は賛同しかねますね。レイヴァース卿にはこちらにお越しいただくべきかと」
「呼びつけて謝罪をするのは、王としては正しいかもしれませんが、レイヴァース卿とは王ではなく『僕』として話した方がいいと思うのです。歳も一つ上なだけですし、案外、仲良くなれるかしれません」
この言葉に、静かに話を聞いていた聖女は困惑の表情を浮かべた。
リマルキスは生い立ち、そして立場という問題があり、友人という存在が居なかった。
歳の近いレイヴァース卿と話すのを少し楽しみにしているリマルキスをがっかりさせたくはないが、その身にもしものことがあってもらっては困るのだ。しかしがっかりもして欲しくない。
「なにもすぐに会いに行くというわけではないんです。まずは会いに行く方向で考えて、良い状況が作れるなら会いに行くということにしましょう」
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04




